迷子と母親


「あの、どうかしたのですか?」


 泣いてる私を心配したのか、一人の女性が話しかけてきた。少しピンクがかった茶髪に、麻でできたワンピースを身に着けている。


「なんでもない」


 私は涙を拭いて強がる。余計な心配をかけてはダメ。そうしないと……



 そうしないと、なんなんだろう?



 無意識にしている強がりの理由を、私は忘れてしまっていた。


「よろしければ、お話聞きますよ」


 女性が優しい声で言ってくれる。心からの心配は嬉しい。


「いいから」


 けど、それに対してすら私は強がってしまう。素直に親切を受け取ることができない。


「そうはいきません。泣いてるということは何かあった証拠。話を聞かせてください」


 女性の方も強情な姿勢で対抗してくる。放っといてほしいのに、どうして私を構うの?


 ジッと、澄んだ瞳が私に据えられていた。


「いえ、泣いてる女性に無理強いするのはよくありませんね。私の方から質問していきますから、可能な限りで答えてください。あなた、私と一緒にビギニングタウンへ入ってきましたよね? 以前はどちらに?」


「……」


 答えられない。何処から来たのかさえも分からないのだから。


「ご出身は……」


「……」


「では、お名前は?」


「……一応、アイ」


 ポツリと私は呟く。その言葉に、女性は不思議そうな顔になる。


「一応って、どういうこと?」


「さっき貰った名前だから。本当の名前は知らないの」


 だから、私はそう付け足した。


「もしかして、記憶が?」


 私はその質問にコクリと頷く。女性はそれを見て、何かを決意したような顔になった。


「わかりました!」


 女性は私の手を握ると


「ギルドまで行きましょう!」


 そう言って、そのまま私を引っ張っていった。






「え、登録されてない?」


 そして酒場のような場所に連れてこられると、女性は受付の女性に話しかけていた。私はそれを後ろから見ている。


「はい。顔認証システムも利用してみましたが、未登録のようです」


 受付の女性はバツの悪そうな顔をする。


「ギルドなら身元が分かると思ったのに……入ってすらないなんて」


 女性は困り果てた様子だった。私のためにやってくれてるだけに、こちらもバツが悪い。


「ごめんなさい。アナタのこと、少しは分かると思ったんだけど……」


 女性は申し訳なさそうに言ってくる。どうしてこの人は、ここまで優しくしてくれるのだろう?


「とりあえず、新規登録してはいかがでしょうか? そうすれば、ギルドのサポートも受けれますよ」


 受付の女性が提案してくる。


「サポートって何?」


 それに対して、私は質問で返した。


「クエストの斡旋はもちろんのこと、最低限の居住地と生活費の支給、武器修繕の割引などです」


 受付の女性が説明してくれる。少なくともギルドに入っておけば、最低限の生活は送ることができるようだ。神様がギルドに行けと言っていたのも頷ける。


「分かった。お願い」


 だから断る理由がない。私は提案を飲むことにした。


「分かりました。それではまず、アナタのお名前と生年月日、それから出身地を教えて下さい」


 受付の女性が事務的に聞いてくる。


「名前はアイ。それ以外は分からないわ」


 けど、私に答えられるのはコレだけだ。


「分かりました。生年月日は今日、出身地はビギニングで登録しておきましょう。では続いて、そちらの機械でステータスの確認を行います」


 お姉さんが角柱の機械を手で指す。そのてっぺんには、手を模したマークが描かれていた。


「そこに手を置いてください」


「……」


 私は言われるがまま装置に手を置く。


 すると手の平がほんのり暖かくなり、まるでスキャンするみたいに光がスライドした。


「ありがとうございます。それでは、さっそくステータスを見てみましょう」


 お姉さんがそう言うと、装置から画面が照射されステータスが浮かび上がる。


 ステータスの項目は頭脳、筋力、魔力、耐久力、持久力、素早さ、才能、運があり、それぞれB、SS、SS、SS、SS、SS、SS、Cだった。


「こ、こんな数値見たことありません……! 頭と運は人並みですが、戦うことにおいては類を見ない才能! 王族であってもここまでの持ち主はいません! つい先日オールAの方が出たところなのに!」


「そんなに凄いんですか?」


 案内してくれた女性が、受付の女性に尋ねる。


「凄いなんてもんじゃありません! ステータスは基本Aが最大、Sが規格外の天才なんです! なのにSSなんて……」


 いまいち実感は湧かないけど、どうやら私はスゴイらしい。


 でも、このステータスが正しいという確証はない。異世界とはいえ、地球の中世にこんな高度なモノが作れるとは思えない。


「む、その顔は疑ってる顔ですね。ご安心下さい。この機械を使った判定で、間違っていた例はほとんど報告されていません。


 うちには毎日、たくさんの志望者や更新者がやって来ます。その膨大なデータと照合しても、判定結果と実際のご活躍に大きな差が生じたことはないのです」


 受付の女性が、聞いてもいないのに説明してくれた。きっと日頃から言われ慣れてるんだろう。


「なら、どうして文明が発達してないの?」


 ならばと私は質問をぶつける。この精度の機械を作れるなら、もっと文明が発展してても不思議じゃない。


「それは……この機械の開発方法が分からないからです。さらに言えば、いつからあるのかさえ分からない。気がついたらそこにあった。端的にそう表せます。はっきり言って、現在の技術では再現不可能な代物です」


 それに対して女性は不思議な返答をする。でも再現不可能な技術ロストテクノロジーなら、存在していることに納得はできる。


「この国には、そういったモノが至るところにあります。我々は大昔からそれを活用し、モンスターや魔族の蔓延る世界を生き抜いているのです……と、ここまでが学校で習うこの国の歴史です。本当に記憶喪失なのですね」


 受付の女性が困惑した顔をする。私の疑問は、この世界では何度も指摘されてることらしい。


「さて、続いては『へその武器』の業物鑑定をさせていただきます。こちらは、ギルト専属の鑑定師に判断していただく形になります」


 受付の女性がそう言うと、受付の奥から初老の男性が現れた。精悍な顔つきをしているが、体つきは職人として鍛えられてるのが分かる。


「鍛冶屋のミナキです。あなたの武器、お預かりいたします」


 私は腰に差した日本刀を渡す。すると職人は、スラッと刀を抜いて刀身を見た。


「なるほど……」


 職人は感心したような声を出す。


 しかし


「この場で鑑定をしたいところですが、まだ何本か鑑定が残っています。鑑定はその後になりますから、1日ほどお待ちいただきたく思います」


 すぐに鑑定してくれるわけではなかった。刀についても、既に納刀してしまっている。


「とのことですが、いかがでしょう?」


 受付の女性が再び尋ねてくる。


「今日登録できなかったら、サポートは受けられないの?」


 それに対し、私は再び質問で返した。


「本来であればそうですが、事情が事情ですからね。今回は特例でサポートを提供いたします」


「なら、それでいい」


「ありがとうございます」


 受付の女性が頭を下げる。ミナキという人物はそれを確認すると、受付の奥へと帰っていった。


「というわけですので、続きは明日とさせていただきたいと思います。それではアイさん、提供できるお部屋に案内いたしますね」


 受付の女性はそう言うと、腰掛けていた椅子から立ち上がった。






『今日は私の家に泊まって!』


 と女性に勧められ、私はその女性の家に来ていた。ギルドが宿を貸してくれると言っていたのに、強引に押し切られた形である。


「ねえ」


「ん、なーに?」


「どうして私に優しくするの?」


 私はキッチンで料理をしている女性に尋ねる。ずっと気になっていた。私には、ここまで世話を焼いてもらう理由がない。


「それは……なんでだろう?」


 女性は本当に分からないという顔をする。まさか、理由なく優しくしようとしてたの?


「強いて言うなら、アナタが小さな子供のように感じたからかな? 泣いてる子供に声をかけるのは、大人として当然の義務でしょ?」


「私は子供じゃない」


 失礼な物言いに腹を立てる。私の身体は完全に成人女性のものだ。胸だって人並み以上にあるし、体毛だって生えてる。


「肉体じゃなくて精神の話。今だって、ムキになって子供みたいでしょ?」


 女性は悪びれることなく言ってのける。けど、なぜかこっちは否定できない。


「だから、今はお母さんの言うことを聞きなさい。あなたが立派な冒険者になるまで、あなたが私のママだから」


 さらに意味不明なことまで言ってきた。どうしてそうなるのかまったく理解できない。


「ママ……」


 なのに、その言葉は私の心を強く射抜いていた。


「あ、そうだ!」


 女性が素っ頓狂な声を上げる。どうしたんだろう?


「まだ自己紹介してなかったわね……母親になるにしても、そこはしっかりしておかないと」


 女性が頬を掻きながら言う。そういえば、名前すらまだ知らなかった。なのにこの人は、私の母親になろうとしている。


「ふふっ」


 そのめちゃくちゃな態度が、妙におかしく感じた。意図せず笑みが溢れる。


「あ、笑った! やあーっと鉄面皮が剥がれたわね!」


 女性は私を見て嬉しそうに笑う。なんか、少し恥ずかしい。


「いいから、早く自己紹介して」


 私は照れを隠すため、女性に自己紹介を促す。


「ふふっ、分かったわ。私の名前はアイリス。よろしくね、アイ」


「よろしく、アイリス」


「こら、そこはママでしょ」


「私はママと認めてない」


「あ、またそんなこと言う!」


「当然でしょ?」


 それからしばらく、私はアイリスと下らないやり取りをした。


 そのせいで、作っていた料理が焦げたのはまた別の話。

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