【不定期連載】望まぬ少女の異世界転移
安達尤美
理不尽な転移
「ここは?」
気がつくと雲の上に立っていた。頭上の空は青々と晴れ渡り、水平線に見える太陽が、雲に掛かって白銀の光を放っている。
「私は……」
さっきまで、何か大切なやり取りをしていたような気がする。なのに、何をしていたのか思い出せない。
それどころか、自分の過去や名前すらも思い出すことができなかった。
「やあ、はじめまして」
すると目の前に人型の、輪郭だけの何かが現れた。なんとなく、その輪郭は私に似ているような気がする。
「誰?」
「私は神。姿は人によるから、君には自分の分身のように見えるんじゃないかな?」
「ええ、見える」
「でしょ? 神は偶像じゃいけないからね。人によって姿が変わらないといけないんだよ」
「ここは何処? どうして私はここに?」
私は神の説明を無視して尋ねる。
「神に対して失礼だね、君。まあいいか、ここは天界だよ。そして君はとある事情で、この空間に連れてこられたんだ」
「事情?」
「そう。深くは詮索しないでほしいな。ところで、君は自分の名前を覚えているかな?」
「……」
もう一度思い出そうと記憶を辿っていく。しかし、やはり思い出すことができない。
「覚えてない」
「よし、しっかり記憶は喪失しているね」
神はその事実に嬉しそうにする。
「あなたがコレをやったの?」
「うん。君は元の世界にいることができないからね。知らない方がいいと思ったんだ」
神は悪びれる様子もない。私はそれに不快感を覚える。
「さて早速だけど、君には異世界に行ってとある人物を倒してほしいんだ」
「とある人物?」
「そう、異世界の支配を目論む存在である『魔王』をね。せっかく魔族が発生しないよう干渉したのにまさか……おっとと」
神はしまったと言わんばかりに口元を覆う。
「まあ、詳しくは異世界に行けば分かるよ。それから、ルールとしてコレを渡しておこう」
すると目の前にポンと刀が出現した。手に取ると、自分に馴染むような感覚を覚える。
「これは『へその武器』。初期装備としてへその緒が変化したものなんだ。その人物に最適な武器だから、これで鍛えてモンスターや魔族に立ち向かおう!」
神は高いテンションでそう言った。私はそれを冷やかな目で見つめている。
「何かご褒美はないの?」
「ご褒美?」
「そう。このままじゃ私、損しかしてない」
理不尽に連れてこられ、記憶も奪われて、さらには魔王を倒せとまで言うのだ。それぐらいないと割に合わない。
「あー確かに。なら、なんでも1つ願いを叶えてあげよう。私に不可能なことはないからね」
神は自信満々に言う。
「なら、魔王を倒したら元の世界に帰らせて」
「……」
私の願いに神は何も言わない。さっそく不可能があったみたいね。
「それは……無理だねごめんよ。大きく世界を変えた影響で、世界そのものがとても不安定なんだ。アレに決着がつくまでは、とてもじゃないがアップデートできない」
神が捲し立てる。事情を知らない私には意味が分からない。
「そういうことだから、その願いは叶えられない。他の願いにしてくれないかな?」
「無理」
「即答だね……まあ仕方ないか。じゃあそれは検討するとして、それ以外には何かないかな?」
「なら私の記憶を返して。このまま何も分からないままはイヤ」
「うーん、元の世界への帰愁が高まるだけじゃないかな?」
「それでも、知っておきたいから」
「……分かった。君が魔王を倒してくれたら元に戻すよ。それでいいかな?」
「いい」
「じゃあこれで万事解決だね。最後に、この世界で名乗る君の名前を教えよう」
「名前?」
「そう、名前がなかったら色々と不便だろ?」
「なら、私の本名を……」
「ごめん、それはできないんだ。だからお詫びに、君には“アイ”って名を授けるよ」
「アイ?」
「そう、君にピッタリじゃないかな?」
「……そうね」
提示された名前には、妙にしっくり来る感覚があった。なので私はそれを受け入れる。
「よし、コレで話すことは以上だ! それじゃあ出発進行! 異世界についたら、まずはギルドに向かってね!」
神がハキハキした口調でそう言った瞬間、
私の視界はブラックアウトした。
「ここは?」
気がつくと、私は大きな門の前に立っていた。鎧を着た兵士に身体チェックを受けている。
私は刀を差し、麻でできた布を着ていた。それ以外は何もない身一つ。
「よし、通っていいぞ。……しかし、今度はもう少し用心して出掛けるように」
兵士のチェックが完了したのか、大きな門が開いていく。
私は兵士の小言を無視して、開けた空間に視線を移す。
すると目の前には、中世ヨーロッパの街並みが広がっていた。
と言っても、あくまで知識として知っているだけ。自分のことは忘れてるのに、こういった知識はきちんと残っているみたい。
「ここが異世界……」
RPGの世界を忠実に再現した町並みは、確かに異世界と言って差し支えない。人によっては、感激して涙することもあるかも。
でも、私にはなんの感慨もなかった。
それよりも、突きつけられた現実が心を蝕んでいく。
思い出せないけど、確かにあった温かいモノ。それをもう二度と感じることはできない。
私を知る人はここにはいない。
自分自身のことも、まったく分からない。
私の胸にあるのは、ただひたすらな不安だけだった。
「帰りたい……」
気がつくと、私の頬を一筋の雫が伝っていた。
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