第十二話 歌う理由


「詩織は、課金が過ぎたのとゲームのやりすぎで体調を崩した。そして家族会議になったんだ」


 快夢は顔をくしゃくしゃにしながら言う。


「俺はみんなを幸せに、楽しい気分にしたくて芸能界に入ったんだ。妹が歌が好きで、歌ってやると元気になった」


 快夢がぼそりと呟く。

 

「病弱で泣いてばかりだった妹が、歌っているときは笑ったんだ。だから俺も歌うのが好きになった。……結局、助からなかったけど」


 快夢が泣きそうな顔で笑う。


 ああ、これは『設定』だ。


「妹は最後に言ったんだ。みんなを笑顔にって。俺の歌は素敵だからって。だから芸能界に入ったのに……」


 快夢という『キャラクター』の設定だ。

 だけど、快夢は本当にその設定で生きている。

 快夢は病気で亡くなった妹さんの遺志を継いで歌っていたんだ。


「歌も踊りも頑張った。センターになろうと、一位になろうと。そうすればたくさんのファンが喜んでくれるって。なのに、それが詩織を苦しめた!」


 快夢はベンチを拳で叩く。小さな拳だからろくに音も響かないけど、それでも握りしめた拳から悔しさが伝わる。


「詩織はゲームをやめることにした。たくさんのグッズ、音源、殆どは泣く泣く処分した。ファンクラブもやめた。でも俺だけは手元に残してくれた。だけど詩織の妹の部屋に移動させられたよ。側にあると心が揺らぐからって」

「じゃあ、その沙織って子から引き離されたのがクランになった原因……?」

「いや、その前から快夢は心は病ませていたんだろうと思う」


 ミラトが快夢を見ながら言う。


「持ち主が自分が原因でつらい目に遭っているのを見ているんだ。心を傷めないわけがない」


 ミラトの言葉に、快夢はひどく自虐的な笑い方で肩をすくめた。


「分かっているのにどうしようもなかった。辛かった。苦しかった。そんな時、あいつらに会ったんだ」

「あいつらって……」

「絢香と梗」


 そこでかぁ、とため息が漏れる。


「あの日、俺は真っ黒い鳥にさらわれたんだ。そして二人に会った」

「さらわれた?! 盗まれたってこと?」

「あ、それはちょっと事情がね」

「どんな理由でもだめでしょ!」

「でも、あのままだったらもっと後悔していたと思う」

「どういうことだい?」

 ミラトが問いかけた時。


「そのままのほうが幸せだったかもな」


 椅子の後ろから低いドスのきいた声が響き、私はビクッと後ろを振り向く。

 そこに立っていたのはさっきの黒ずくめの人、梗。

 そして凛とした表情で唇を結んでいる絢香がいる。梗の背中にちょこん、とおんぶされて。

 それだけでも見た目がアレなのに、更に頭の上にはさっきの黒い鳥が乗っかって落ち着いている。

 快夢はヤバい、と弾けるように立ち上がって少し距離を置く。


「何よ」


 私の微妙な視線に気づいた絢香が梗の背中越しに噛みつく。頭の上の鳥がキュッと可愛い声で鳴いた。


「いや、別に」

「私のことはいいの! それより快夢、なんで逃げたの? ちゃんとライブはやらせてあげたでしょう?」


 おんぶされたままで絢香が吠え、鳥がびっくりしてぱっと羽ばたく。快夢は叱られた子供のように苦しげな顔でうつむく。


「……あんたをいじめたい訳じゃないの」


 快夢の顔を見た絢香が一変して、静かな口調でなだめるように言った。

 こんな優しい喋り方の絢香、私知らない。


「待って」


 私は一つだけ聞きたい、と前に出る。


「絢香、快夢を盗んだの?」


 絢香が一瞬顔をこわばらせる。


「答えて」

「俺だ」


 梗が背中の絢香を隠すようにしながら憮然と答える。


「梗!」


 絢香が何かを言おうとしたけど梗がじろりと絢香を睨んだ。絢香は絢香は気迫に圧されて口をつむぐ。


「待ってよ!」


 快夢が私達の間に割って入る。


「梗も絢香も、もういいよ! 俺の事でこれ以上誰かが悲しむのは嫌だ!」


 快夢が泣きそうな声で叫んだ。

 その声に場が静まる。


「俺、あの日、詩織に窓から投げ捨てられそうになっていたんだ」


 えっ?

 私はびっくりして声が出なかった。 


「あの日の詩織はおかしかった。部屋にふらふらと入ってきた詩織に握りしめられた。なにかと思ったら窓を開けて、俺は窓の外に突き出された。足の下が何にもなくて地面が遠くに見えたよ。そのうえ、詩織が窓に足をかけようとした」


 鳥肌が立ち、思わずミラトの手を握る。ミラトも握り返してくれた。


「叫んだよ。誰にも聞こえないけど叫んだ。やめろって。俺だけを捨てろって。ありったけ叫んだけど聞こえなかった。俺のせいだ。俺が居なければ。誰か助けてくれって声が潰れそうなくらい叫んだ」


 快夢が絞り出すように呟く。


「その時、ぶーちゃんが飛んできて大声で鳴いた。詩織は驚いて、俺を手放してころんだ。俺は空中に投げ出されて、そのまま落ちると思った。その時、俺、これでいいかもって思った。だけどぶーちゃんが俺をつかんでそのまま連れ去ったんだ」


 良かった、と私は胸をなでおろす。

 冷や汗が背中を流れた。


「そして気がついたら俺、ニンゲンの体になっていた。驚いたよ」


 快夢が両手を見ながら言う。その表情には驚きと喜びが混じっているように見えた。


「ミラト、快夢を人の姿にしたのはどうして?」

「クランは心に傷を追った状態の人形だ。そのままじゃ僕のようなドクタールか、愛奈のようなごく一部の人間にしか意思の疎通ができない。人の姿にすることはクランの治療のためなんだ」

「……そうか、話をするためなんだ」

「うん、誰とでも話せるのって人なら当たり前だけどさ、俺みたいな人形からすればすごい新鮮だったよ」


 快夢が楽しそうに言い、そしてまた表情を曇らせて続ける。


「そして俺に梗が言ったんだ。苦しみ続け、持ち主にも迷惑をかけ続けるくらないなら、心なんて捨てろ。俺が楽にしてやるって」

「心を?」


 私はえっ? と目を丸くする。


「心を捨てるなんてできるの?」


 ミラトは厳しい表情で梗を見つめていた。梗は気づいている筈の視線に何の反応もしない。ミラトを無視しているみたいで気分が悪い。


「……出来ないことはないと思う。でも、愛で生まれた心を捨てるなんて考えもしないよ」


 ミラトは梗に強い視線を向けながら言う。


「だよね。だから悩んだよ。詩織のとの思い出を捨てたくない。でも俺が心を持ち続ければクランの俺が詩織に悪影響を与えてしまうって」


 大好きな人が自分のせいで心を病むなんて、どれだけ苦しいだろう。

 私はそれを思うだけで胸が苦しくなる気がした。


「君まで悲しそうにしないでよ」


 快夢はそんな私の顔を見てアイドルの笑顔で言う。だけどその笑顔には辛さが滲んで見えた気がする。


「絢香が言ったんだ。大人しく手放すなら何か望みを一つくらい聞いてあげるって」

「……それって、最後の晩餐的な?」

「それを聞いた時、思いついたんだ」


 快夢がうつむいていた顔をあげ、拳を握った。


「俺はアイドルだ。でも、この体で歌ったことはない。踊ったこともない。だから、俺にライブをさせてくれってね」


「そっか、それでライブを……」


 あのゲリラライブのいきさつはとりあえず分かった。

 そう思ったらもう一つ、小さいことかも知れないけどさっき思った疑問が浮かび上がる。


「そう言えば、さっき言ってたぶーちゃんって……何?」

「この子だよ。俺の命の恩人一号」


 快夢がいつの間にか絢香の頭の上に戻っている黒い鳥を視線で指す。


「その子はクロウタドリ。ブラックバードとも言う。だからぶーちゃん」

「……その可愛らしい名前は君の命名?」

 問うと快夢があはっ、と笑う。

「ううん、違うよ、絢香が」「今関係ないでしょ!」


 絢香が顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 え? 絢香が?

 絢香は猫みたいな威嚇をして私を睨んでいた。



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ビスクドールはお年頃☆ 〜私のイケメンたちはみんなお人形?!〜 まやひろ @mayahiro

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