第十一話 アイドルは辛いよ


「はっ?!」


 ぱっと意識が戻った。

 あ、目の前にイケメン天使が居る。

 私死んだ?


「愛菜! 良かった」

「……あ、ミラト」


 目の前にいた天使はミラトだった。

 驚いて起き上がろうとするけどズキン、と頭が痛む。


「落ち着いて。まだ起きなくていいから」

「あ、うん」


 体の力を抜き、ミラトの太もも枕に頭をのせて周りを見る。

 私はどこかの公園のベンチでミラトの膝枕状態だったようだ。

 目が覚める前からなんとなく心地よかったの、そのおかげかぁ。

 少し前ならもう顔真っ赤の心臓ドキドキなのに、額に添えられたミラトの手が幸せで、興奮するよりも眠くなるような安心感が勝っていた。


「あの、ええと、何がどうなったんだっけ?」


 気を失う前って、私なにしていたっけ? と思うけどまだ頭がうまく回らない。


「……大丈夫?」

「わ」


 突然、視界にひょこっと、少しばつの悪そうな快夢が顔を出す。

 そうだ! 思い出した!

 快夢のゲリラライブがあって、それで快夢がそこから逃げ出すときに下敷きになって、何故か私はそのまま掻っ攫われたんだ。


「まずはゴメン。俺、またやっちゃったよ」


 快夢があー、と頭を掻きむしりながら泣きそうな顔をする。

 さっきライブをしていたときの可愛くも凛々しいい姿から一変、年相応の少年らしい表情だった。


「快夢、あなた……クランなんだよね?」

「らしいね」

「そう……」


 私は膝の上からミラトを仰ぎ見る。

 なんか聞いたのとイメージ違うじゃん、と念を込めて。


「い、いや、本来は違うんだ。彼がいきなり特殊だったんだよ」


 ミラトがすごく戸惑っている。


「あのさ、よく分からないけど、クランって普通俺みたいなのとは違うわけ?」


 快夢が首を傾げている。


「違うよ。君はどうしてそんなに元気っていうか、無理をしているんだ? 本当は体中が苦しいはずだろう?」

「……どうやら、にーちゃんも当てずっぽで言ってるんじゃないんだな」


 快夢は苦笑いして頭を掻いた。


「快夢、あなたはどうしてゲリラライブしてたの? ていうか、あなたは人形なんだよね? どういう人形なの?」


 私はゆっくりと体を起こす。ミラトが肩に手を添えてくれたので、ありがとう、と寄り添った。

 私、流石に慣れてきたなぁ。


「そうだね、うっかり愛菜をさらっちゃったし、しかもミラトもドクタールだなんてそれも驚いたし、最初から話すよ」


「ミラト『も』?」


 そこも含めて、と快夢は屈託のない笑顔ではにかんだ。


「まず、俺を動けるようにしてくれたのは絢香とあいつ、梗」

「やっぱり関係してるのかぁ」


 梗っていうのはさっきの黒ずくめの人だね。

 そっか、その人と絢香、つるんでるのかぁ。

 辟易してしまうけど、私は腹をくくる。


「あ、一つだけいい?」

「どうぞ」


 快夢がなんでも、と笑う。


「クランにっていうか、心を持てる人形は確か大量生産品だと難しいって聞いたんだけど……」

「うん」

「気に触ったらゴメン。あの、快夢ってゲームのキャラクターの人形でしょ? それってつまり大量生産品じゃないの?」


 私はゲームのキャラのグッズと言うとどうしてもキャッチャーの景品とかをイメージしてしまう。


「ああ、ちゃんと知ってるんだね。じゃあそこも含めて話す」


 快夢はむしろ感心した、と笑って話し始める。


「じゃ、ちょっと失礼」

「あ、はい」


 快夢が私の隣にすとん、と座る。

 無造作に手がくっつくくらい近くに座った快夢を、私の頭越しにミラトがどことなく不満げに見ている。

 そんなミラトと快夢に挟まれ、私はなんだか動けなくなってしまった。


「俺はある子の持ち物だったんだ。あ、まず俺は大量生産品じゃないよ。廃課……じゃなくて、特に熱心でコアなファンに特賞として送られたフルスクラッチフィギュアさ」


 聞き捨てならない単語が出かけたけどそれはさておき、なるほど、フルスクラッチだからか。


 なるほど。


「……フルスクラッチって何?」


「あはっ。そこからか」


 快夢がケラケラ、と笑う。


「知らないんだからしょうがないじゃない」


 あんまりあけすけに笑うからちょっとムッとなる。


「ごめん、なんだか新鮮でさ。俺のファンはみんな何かのプロかっていうくらいクロウトが多かったから」

「あー」


 よくわからないけどみんな濃かったな、とは確かに思った。

 屈託なく笑う快夢は普通の少年だけど、やっぱりどこか普通とは違うキラメキを感じる。

 これがカリスマ……?


「フルスクラッチっていうのはね、簡単に言えば手作りの事。俺は原型師って呼ばれる人が一から作った正真正銘の一点もの。プラモとかのような大量生産品じゃないよ」

「あ、そういうことか。つまり作った人の心がこもっていたんだね」

「まぁ、俺を作ったあの人は普通見えないような脇の下の服のシワにまで拘っていたから。男のフィギュアでここまで入れ込む人は珍しいよ」

「なるほど」

「まぁ、あの人のは心と言うより怨念に近かったけどね」


 快夢がちょっと顔をひきつらせて笑った。


 一から作られている人形なら、素材や形状は関係ないらしい。

 形はともあれ、それだけ心を込めたものにはやっぱりそれに応えるように心がが宿るんだな。

 さっきまではフィギュアって聞いてそれって異質では? と思っていたけど、快夢もミラトと同じ、愛情で心を授かった人形なんだ、と思えた。


「……ん? まさか、持ち主って絢香?」

「違うよ。俺の本当の持ち主は詩織って言うんだ。大学二年生。ほんの少し前まではすごく大事にされて、自分で言うのも何だけど……愛されていた」


 ふと、快夢の声が沈む。


「詩織が色々話しかけてくれて、それで俺の心が満たされた。目覚めて、そこには愛してくれた人が居て、毎日が楽しかった。俺、詩織のためなら何でもするって思ったし、実際にやったよ。詩織が悲しそうにしているときは元気づけた。楽しそうなときはもっと嬉しくなるよう応援した。でも……」


 快夢が拳を握って言葉をつまらせた。


「辛いなら」「いや、言う」


 私の言葉を遮り、快夢がキッと顔を上げて鼻をすすった。


「俺はゲームのキャラクターだ。しかもソシャゲの。俺が出ているゲームってさ、ユーザーからの『人気』次第で出番が露骨に増減するんだ」

「それって」

「そう、いわゆるガチャ。俺のゲームってぶっちゃけ札束で殴り合うゲームだったからさ」

「ああ……」


 そういうの、聞いたことあるなぁ……。


 私の顔を見て快夢が苦い顔で笑った。



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