第十話 ライブ終了!


「みんな! 俺のライブにこんなに集まってくれてありがとー!」


 輝く水晶のような汗を散らし、肩で息をしながら快夢が手を振る。

 ファンのみんなが悲鳴と感謝の言葉を投げ、快夢は今にも飛び降りそうな勢いで身を乗り出して応えていた。


 私も気がつけば途中から思わず見入ってしまい、自然に拍手をしてしまう。

 さっき解説してくれた子がそれを見て良きかな良きかな、と満面の笑みで私にサイリウムをくれた。

 快夢の髪の色と同じ、爽やかなグラスグリーン。

 これからさらに成長する青々とした植物をイメージした色だそうだ。

 アイドルのコンサートなんて行ったこと無いけど、こんな感じでみんなと一体になって応援するものなんだろうか。


 いいかも、と思い始めていた。


 そのとき、快夢の足元がもつれ、本当に落ちそうになる。


「あぶ……!」

 

 だけど快夢はまるで演出のようにくるりと体を回し、ポーズを決めて更に歓声、と言うか悲鳴を湧かせた。


「すごいパフォーマンス……」


 あっけにとられていると、ミラトが小さく首を振る。


「いや、本当に危ない」


 ミラトは眉をひそめ、とても真面目な顔をしていた。

 だけど一緒にもらったサイリウムを持っているのでなんか緊張感をなくしてしまう。


「彼はもうギリギリだ。立っているのが信じられないくらいだよ」

「えっ?」


 慌てて快夢を見る。

 そう言われれば確かに汗が異常かも。立ち方も踏ん張るような棒立ちに近くなっている。


「え? じゃ、じゃあ、も、もしもあそこから落ちたりしたら……」

「ぼくもだけど、見た目は人間でも実際は人形だ。あの高さから落ちたら、きっと壊れる」

「どど、どうしよう?!」

「もう少し近づけば、彼を人形に戻せる」

「じ、じゃあ、落ちる前に戻そう!」


 眼の前で大惨事が起きるかもしれない。

 まずクランの定義がよく分からなくなっているけど、とにかく放ってはおけない。

 道いっぱいにぎゅうぎゅう詰めのバープリファンの間を、足をふまれたり髪を引っ張られたりしながらやっとの思いで通り抜ける。


「ミラト、平気?」

「な、なんとか……。ファンってすごいんだね」


 ミラトの髪が少し髪が乱れていた。私は手早く髪を整える。

 それからできるだけ快夢に近づくためコンビニの裏へ回ろうとしたその時。

「きゃあっ!」

 突然、頭の上から黒い影が飛んで来て、私達の前で羽ばたき、邪魔をする。

「な、何? カラス?」

「いや、これは……」


「無粋なマネはおやめなさい」


「えっ?!」


 はっと前を見る。

 建物の影で顔が見えなかったけど、女の人が道を遮るように立っていた。

 鳥は私達の前から離れて空中を旋回し、そして女の人の肩にとまった。


 なんで?


 私は目を丸くする。

 だって今の声って……。


「絢香?」


 影から一歩前に出て表れたのはやっぱり絢香。

 そしてその肩にとまっていたのは、気のせいでなければ、あの庭で見たクロウタドリだった。


「なんでここに? ていうか、無粋って、どういうこと?」

「歌い手から歌を奪うことが無粋でなくて何? そんなことすら分からない?」


 とことん呆れた、と言う顔で言う。

 だけど私は絢香の言葉が正直耳から通り抜けていた。


 だって。


「……ファン?」


 絢香は今も通りで悲鳴を上げているバープリファンと大差ない格好をしていたから。

 サイリウムとウチワ、高級そうなシルクのアウターにバッジを付けていた。

 布に穴空いちゃわない?


「べっ、別にこれはただの付き合いで! 案外いい歌かもとかそういう事は思ってないから!」

「ああ、はいはい」

「その悟ったような笑顔やめなさいよ!」


 絢香は緑のサイリウムを振り回しながら吠える。


「愛菜」


 ミラトがそろそろまずい、と口を挟む。


「あっ! いや! そんな事よりもそこ通して! 絢香、きっとなにか事情知っているんだよね? なら分かるんじゃないの? あそこに居る快夢が危険な状態なの!」

「当然知っているわ」

「なら!」


「愛奈、あの子は今生きている。なのにまた死ねと言うの?」


「えっ……?」


 言葉に詰まっていると絢香は私ではなくミラトを睨むように見つめる。

 ミラトも絢香を見つめ、唇を噛みしめるようにしていた。


 空気が痛いほどに張り詰めている。


 その時。


「よっ……うわあぶなっ!」

「ふぎゅむっ!」

「愛菜っ?!」


 いきなり頭の上に何かが落ちてきた。

 それはまさかの快夢。

 私はそのまま押しつぶされる。


「えっ? 愛菜大丈夫? って快夢? あなたどうして?」


 絢香も驚いていた。


「おい! 待ちやがれ!」


 更にもう一人が屋根の上から飛び降りてきて、ずしん、と勢いよく着地する。

 快夢の下敷きでよく見えないけど、その真っ黒い服装と強面な顔には見覚えがある気がした。


「うわ、来ちゃった」


 快夢が私の上でオロオロしている。


「ど、どい……」

「あ、ゴメン!」


「梗! なにしてるの?」

「何もカニも、いきなり逃げ出したんだよ」

「快夢が?」


 梗と呼ばれた黒ずくめの人が快夢を指差し、絢香も快夢を驚いた顔で見る。


「おい。ふざけたマネしてんじゃねぇぞ」


 梗がゆらぁりと立ち上がり、スゴみを効かせて快夢ににじりよる。


「うわ、ええと……ええと……」

「ぐえ……」


 快夢がなかなかどいてくれない。

 重いってわけじゃないけどだんだん意識が遠くなってきた。


「ええい!」


 快夢がいきなり立ち上がり、そして私をお姫様抱っこして走り出した!


「はぁ? ちょ! 快夢!」


 絢香があっけにとられている。


「梗! 追い……」


 そう言いかけた絢香が突然足をもつれさせて転んだ。


「おい! このバカ!」


 快夢を追いかけ始めていた梗が足を止めて絢香に駆け寄り抱き上げる。


「今だ!」


 快夢がさらに速度を上げて走る。

 私より背は小さいのに、私を抱きかかえたまますごい勢いで走る。

 視界がめちゃくちゃに揺れ、頭がクラクラする。

 私は無我夢中で快夢に抱きつく。


「待て!」


 私を抱っこして走る快夢をミラトが追いかけ、梗はぐったりしている絢香を抱き上げながらこっちを睨んでいる。

 ああ、なんかこういうシチュエーション、恋愛映画とかにありそうな……。


 梗と絢香はどんどんちいさくなる。

 それと一緒に、私の意識もボヤけていった。



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