第九話 ゲリラライブ!


「いってきまーす」


 日曜日の午前。

 私とミラトは一緒に街に出かける。

 道に出てから振り向くと、お父さんが家の前で私とミラトを心配そうに見つめていた。

 その姿は不審者にしか見えない。

 いつまででも見送りそうなので、とりあえず次の角で曲がってしまう。


「なんだか悪いことしているみたいなんだけど」


 ミラトが申し訳なさそうに言うけど、その顔は笑いをこらえているようにも見える。


「お父さんが心配しすぎなの」

「にぎやかな人だったね」

「にぎやかって言うか……」


 今朝、お父さんにもミラトのことを紹介した。

 人の姿のミラトと一緒に大あくびをしながら居間に行ったときのお父さんの顔はちょっと忘れられない。


 最初のうちは娘はやらんとか漫画みたいなことを言っていたけど、ハーちゃんもいたし途中でミラトにお人形の姿になってもらったのでようやく理解してくれた。

 人形が人になる事実を案外さらっと受け入れてくれたお父さんは、俺のプラモも動かないかな、とロボットプラモデルを持ってきて真面目にミラトに聞いた。


 だけどミラトに『この子は動かない。あまりにも大量生産で作られたものは人形であってもまず心を宿すことはないから』と言われ、お父さんはガッカリ。

 その後、よく出来ているってプラモの出来を褒められて喜んでいたけどね。


「それでも人間の姿のままだと私にあんまり近づかないようにとか言うんだから、おかしいよね、お父さん」

「でも、男親ってそういうものらしいよ。カオルが言ってた」


 お父さん、ミラトはお人形なんだからさすがにその心配はないと思うよ。


 そう思ってミラトの横顔を見ると、陽の光に髪の毛がキラキラとガラス細工のように輝く。

 私の視線に気づいたミラトは何気なく、だけどとても優しそうに微笑んだ。

 瞳が水晶のように輝いて私を射抜く。


 はう。


 また胸がキュッとする。


 心配ない……かな?

 かも?

 多分。



 ギューン!



「わっ?!」


 呆けていた所に突然すごい音が響き、気がつけばミラトにしがみついていた。


「ご、ごめん」

「どういたしまして。それより何の音?」


 体を離して呼吸を整える。今も向こうからすごい音が響き続けていた。


「ギターの音っぽいけど……」

「知っているギターと音が違うな」


 ミラトが不思議そうに耳を傾けている。


「あ、ギターはギターでも、多分エレキギターの方」

「エレキギター?」


 ミラトがなにそれ? と興味深げに目を輝かせた。

 こういう所は男の子っぽいや。


「路上ライブかも。行ってみよう」


 私は自然とミラトの手を握って走っていた。



「うわ……」


 角を曲がると、楽器の音が一段と大きくなる。

 そこには路上ではなく、コンビニの屋上で大音響のライブをしている人がいた。


 え? どうやって登ったわけ?


 歌っているのは中学生くらいで、鮮やかなグリーンのツンツンヘアーの男の子。

 後ろにはバンドのメンバーがいるようだけどよく見えない。

 男の子は屋根ギリギリに立って超ノリノリで歌っている。そのうえ、見ているこっちがハラハラするくらいのキレキレな動きで踊っていた。


 うわ! 足が宙に浮いてる! ジャンプしないで!


「もっとだもっと! オレの歌を聞きたいなら声を聞かせろぉぉ!」


「きゃああ! 快夢ー!」


「聞こえなぁーーい!」


「快夢ーーーっ!」


「きこーーえまーーせーーーん!」


「かぁいむうぅぅーーーーー!」


「オッケー! イクぞぉ! ついて来れないヤツは置いてくぞおおぉ!」


「ぎゃああああーーー!!」


「……すごい」


 私は耳を抑えながら圧倒されていた。

 ミラトも目をまんまるにしている。


 観客はほとんどが中高生くらいの女子。

 みんな歌に合わせて振り付けまでしているし、グッズも持っている子が少なくない。

 快夢? 誰? 有名な人?


「ちょっと! 邪魔!」

「わ! ごめんなさい!」


 ボーッとしてたら後ろからやってきた子に睨まれた。

 背負ったバッグにはキャラクター缶バッチがびっしりと付けられ、更にアクキーがジャラジャラとタッセルのように並んで揺れている。

 よく分からないけどプロだ。


 バッジに描かれているキャラを見ると。


「……あれ? あの子?」


 バッジ瓜二つだ。


「愛菜、あの子は……」


 ミラトも快夢と呼ばれた子を真剣に見ている。うん、確かにいい歌。

 興味出たんだね。

 なら、と睨まれついでに聞いてみる。


「は? 知らないのに歌聴いてんの? まぁ惹き寄せられるのも分かるけどね! あんた地味だけどセンスいいじゃない!」


 地味はかんけーない! と声にでかけたけど必死に飲み込む。

 ファンの子は咳払いしてすぅ、と息を呑み。


「いい? あそこでクリスタルエンジェルボイスで歌ってあらせられるのは『唄う! 踊る! バラ色プリンセスシアター!』、通称バープリの第一期、つまり創立メンバーの中でも未だ人気の高い、最年少組の天才小悪魔系シンガーの快夢クンっっ!!!! ……のコスプレした誰か!」


 ファンの子は一気にまくし立て、目を血走らせた。


「だ、誰か? 本人じゃないのにこんなに集まるの?」

「馬鹿ね。元々ゲームのキャラよ。快夢クン本人が居るわけないじゃない」

「そ、そうか」

「でも、今そこで歌っているのはアタシたちファンにとって『快夢クン』なのよ! 快夢クンを表現しているのなら快夢クン! アタシたちが想えば快夢クンはそこに実在するの! これが真理! Truth!」

「な、なるほど」


 そんなムチャクチャな。とは言い切れなかった。

 小説、アニメ、漫画、映画、舞台にゲーム。そこにいるキャラクターに夢中になるのはおかしい事じゃない。

 演じている人を通してキャラクターを感じる。そういうのもあるのか、と私は感心というか感動に近いものを感じていた。


「うわー! うわー! 快夢クンをあそこまで再現するなんてヤベー! これはヤベーわ! まるで公式絵をそのまんま立体化したみたいな再現度だわ! やっぱVRなんかよりもリアルだわ! これは捗るわ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる度にバッジとアクキーがガシャガシャ音を立てる。

 この熱狂具合にはちょっと引くけど。


「しかも快夢クンのソロステージ専用バンドメンバーまで再現してんじゃん! そっちもすごい! 神か? 神なのか?! これは次回の舞台はあの子にやってもらわないとだわ! 運営に凸しないとだわ! オッホォ!」


「あ、ありがとう」


 ささ、と身を引いて距離を取る。


「……だそうです」


 バープリファンはいつの間にか道を埋め尽くすほどに集っている。

 どこから湧いたの? って言うと失礼だけど、この熱気は流石に怖い。


「愛菜、彼は……」


 ミラトの目がさっきより真剣だ。

 待って。本気でハマってる?


「彼は、クランだ」

「いや、歌に惹かれるのは分かるけどでも課金とかそういう入れ込み……えっ?」


 クラン? 


 クランって、あの心が病んだドールって意味の?


「ものすごい元気だけど?!」


 ヘドバンしてるよ? 回って跳ねて絶叫してるよ?


 真逆じゃん!


 快夢は爽やかな汗を光らせ、少年期特有のどこか中性的な笑顔を輝かせる。


「きゃあーん!」「いやぁーん!」「うおおおお!」


 艶のある声やごく一部で野太い声が上がり、中にはそのまま腰を抜かす人まで表れ始めた。


 アレがクラン? 嘘でしょ?



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