第48話

 翌朝、二人は縮地の術で葛上郡かつらぎのかみのこおりへ行った。

「朝早く訪ねて悪いが、預けていた遺体の身元を確認したい」

 賀茂家かもけに着くと涼悠りょうゆうはそう言って、遺体の保管場所へ行った。この暑い時期に、遺体が腐らないよう、術を施しておいた。

「俺たちで魂に聞く。外で待っていてくれ」

 涼悠は、そこまでついて来た阿麻呂あまろに言った。

「分かりました」

 二つ並べた遺体に向かって、涼悠は語り掛けた。

「お前たちは一体、誰なんだ? 名前を聞かせてくれ」

 すると、遺体から霊魂が抜け出て来て、涼悠の前に跪いて、こうべを垂れた。

「その必要はない、立ってくれ。名を聞かせてくれ」

 涼悠がもう一度言うと、

「私は朴井美君えのいのみきみ、こいつは弟の真君まきみ

 と美君が答えた。

「そうか。お前たちは兄弟なんだな。歳は幾つだ?」

 涼悠が聞くと、美君が答えた。

「私は十七で、真君は十六」

「そうか。死ぬにはまだ早かったな。救ってやれなくてごめん」

 涼悠は心が痛んだ。彼らが口に毒を含んでいたことに気付いていれば、すぐに吐き出させることも出来たのに。しかし、彼らは失敗したら死ぬという覚悟を持ってその任務に当たっていたのだ。たとえ、毒に気付けたとしても、救う手立てはなかっただろう。

「あなたが謝る必要はありません。私たちは、あなた方を殺すことを命じられていた。あなたにとって、私たちは敵なのです。情けは無用」

 美君がそう言うと、

「何を言っているんだ? お前たちは何もしていないじゃないか。こうして出会えたんだから、俺たちはもう友達だろう? お前らを里へ帰してやる。里はどこだ?」

 涼悠は屈託のない笑顔で言った。それを聞いた朴井えのい兄弟は、呆気に取られて、何を言われたのか理解に時間がかかった。

「あのー? どうして、そんなことをなさるのですか?」

 涼悠の言葉の真意が分からず、戸惑いながら美君が聞いた。

「なぜって? 俺たちは友達なんだから、当然だろう?」

 涼悠は美君の言ったことの方が、可笑しいとばかりに答えた。

「さあ、帰る場所はどこだ? 言わないと俺が困るだろう?」

 と涼悠は美君を急かした。

渋川郡しぶかわのこおりです。朴井家えのいけ物部氏もののべうじの同族で、武器を作り、管理し、護衛、暗殺の任務を受けたり、戦にも赴く。私たちはそういう氏族です」

 と出身地とその氏族の職務について簡潔に話した。

「なるほどな。渋川郡か。白蓮はくれん、行ったことがあるか?」

 涼悠が聞くと、

「ある」

 と意外な答えが返って来た。

「そうなのか? じゃあ、縮地の術で行けるな」

 と涼悠が言うと、

「遺体は運べない」

 と白蓮が答えた。

「え? 運べないの? じゃあ、どうやって行くんだよ?」

 遺体を持って空は飛べない。となると、歩いて行くしかないことは涼悠にも分かっているが、つい言葉が口をついて出た。

「もちろん、歩いて行く」

 と白蓮が淡々と答えた。外で待っていた阿麻呂に、

牛車ぎっしゃを用意してくれ。大きいやつだぞ。それと、彼らを乗せる荷車を用意してくれ」

 と涼悠が頼んだ。

「分かりました。それで、どこまで行かれるのですか?」

 と阿麻呂が聞いて、

「渋川郡だ」

 涼悠が答えた。

「それは、遠いですね」

 と阿麻呂は他人事のようにのん気に言った。


 牛車と荷車の用意ができると、

「それじゃ、阿麻呂、行ってくるよ」

 そう言って、涼悠たちは渋川郡へ向かった。

「なあ、白蓮?」

「なあに?」

「俺たち、よく牛車で旅をするよな?」

「そうだな」

「俺はお前と一緒に旅が出来て楽しい。お前も楽しいか?」

「うん、楽しい」

 白蓮はそう言って、涼悠を抱き寄せて、そっと髪に口づけをした。

「渋川までは長い道のりだ。白蓮、何か面白い話をしてくれよ」

「どんな話が聞きたい?」

「俺の知らない、俺とお前の話し」

「分かった」

 白蓮はそう言って、語り始めた。

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