第44話

 翌日、涼悠りょうゆうの元にたまが突然やって来た。

「子供たちを迎えに来た」

 珠がいつもの涼しい顔をして言った。

「え? 何でだよ。俺たちの時は迎えに来なかったじゃないか」

 涼悠が言うと、

「気まぐれだ」

 珠はすました顔で答えた。

「暇なのかよ?」

美優みゆの様子を見に来た」

「お前も姉ちゃんのことが心配だったんだな?」

「心配などしていない」

「姉ちゃんに会ったのか?」

「まだだ」

「そうか。じゃあ、行こう」

 涼悠は珠を促し、美優のいる部屋へ向かった。もちろん、白蓮はくれんも無言でついて行く。

「姉ちゃん、珠が来たぞ。今、会えるか?」

 涼悠が声をかけると、

「入れ」

 颯太そうたが答えた。三人が入ると、美優は颯太にもたれかかるように座っていた。

「姉ちゃん、大丈夫か?」

 そんな姿を見て、心配になった涼悠は思わず駆け寄ろうとしたが、

「大丈夫よ。落ち着いて涼ちゃん」

 と力なさげに美優が言った。

「涼、慌てるな。美優の身体は大丈夫だ。赤子を宿すと、皆、こうなるのだ。お前が美優の心を乱すなよ」

 と颯太に諭された。

「美優、お前が母になることは、私も喜ばしく思うぞ」

 珠らしくない言葉だが、それが珠の本心であることは涼悠には分かった。

「秋麗様も、お喜びだ。身体を大事にするのだぞ」

「ありがとう、珠。その言葉を伝えに来てくれたのですね」

 美優はそう言って、柔らかに微笑んだ。

「そろそろ行く。子供らの支度も出来ただろう」

 珠がそう言った時、ドタバタと乱暴な足音が近づいてきて、部屋の前で止まった。

「美優姉さま!」

 海斗かいとの元気な声が美優へ呼びかけた。

「俺たち、修行に行きます!」

 悠斗ゆうともそう言って、出発を告げた。

「入りなさい」

 颯太が言うと、

「はい!」

 双子は同時に言って、御簾を上げて入って来た。

「涼にぃ、白蓮様も。それと、誰だ?」

 双子は珠に会うのは初めてだった。

「二人とも、美優に出発の挨拶をしなさい」

 そう言われて、双子は美優のそばへ行き、姿勢を正して座り、深く頭を下げて、

「美優姉さま、颯にぃ、行って参ります」

 と言った。それから、涼悠と白蓮に向かって、深く頭を下げ、

「涼にぃ、白蓮様、行って参ります」

 と言い、珠を見て、

「こいつは誰だ?」

 と言った。双子の言葉は見事に揃っていた。

「私は珠。お前たちを迎えに来た」

 その言葉に驚いた双子は、

「誰だって?」

 まったく理解が追い付かないようだった。

「こいつは師匠の使役する精霊で、俺の友達だ。いい奴だから仲よくしろよ」

 涼悠がそう言うと、

「私を軽んずるな」

 と冷たく言い放った珠だが、その顔は怒っているようでもなく、少し口元は緩んでいた。涼悠が友達と言ったことが嬉しかったのだろう。


「お前らの見送りをしてやるよ」

 涼悠は双子が出発するのを、沙宅家さたくけの門から見送った。そこには叔父たちや、他の親戚一同が揃っていた。

「それじゃ、頑張れよ」

 双子は珠と共に沙宅家をあとにした。

「まったく、珠の奴。姉ちゃんの様子を見に来たついでにと言いながら、迎えに来るなんて、どういう風の吹き回しだ?」

 涼悠が言うと、

「珠は元より、そういう奴だ」

 と白蓮が静かに言った。考えてみれば、涼悠が修行中、姉のいかづちに打たれた時、迎えに来て背負ってくれた。鬼に敵わず、行き詰まっていた時も、彼らの前に現れ、導いてくれた。

「そうだったな。あいつはいい奴だ」

 涼悠は思い出して、笑みを浮かべた。


「なあ、これから市へ行かないか? 羅城らじょう大正門だいせいもんもどうなったか見たいしな」

 涼悠が言うと、

「分かった」

 と白蓮は答えて、二人は手を繋いで出かけた。沙宅家から大正門まではおよそ二十町で、西の市、東の市までは、どちらもそこから十町ほど。歩きではあるが、白蓮と二人で都を歩くのは初めてで、とても嬉しくて足取り軽く、半ば浮かれて小さく跳ねたりして、まるで子供のようなはしゃぎぶりの涼悠に、白蓮は微笑みを向けた。それをまた嬉しく思う涼悠が、可愛い笑顔を向ける。大路を行く二人の姿は目立ち、都人みやこびとの目に留まる。

 この世の者とは思えぬ美しい天上人てんじょうびと月下げっかの白蓮』と、都一の術者と言われ、華やかな美しさを称えられる『麗華れいかの涼悠』が二人並んで歩いているのだから、誰もかれも目が釘付けになるのは当然だろう。しかし、二人の視界にはただ想い人しか映ってはいない。そんな二人の姿は神々しく、近寄り難い尊いもので、ただ見ているだけで御利益でもあるかのように、皆が見つめている。

 二人が向かったのは大正門で、その周りの羅城も瓦礫と化していた。それを撤去する作業がまだ続いているようだった。

「あ~あ。まったく、恵禅尼の奴、とんでもない破壊力だな」

 涼悠は呆れたように言った。羅城と大正門が再建されるまでは、かなりの時間がかかるだろう。

「まあ、気を揉んでも仕方ないな。あいつらに任せておけばいいだろう。ところで、今日はどっちの市だ?」

 涼悠が聞くと、

「東の市だ」

 と白蓮が答えた。月の前半が東の市、後半が西の市が開かれるのだ。

「そうか、それじゃ行こう。白蓮」

 涼悠は嬉しそうに白蓮の手を引いて、東の市へ向かって足を速める。そんな涼悠を見て、白蓮は微笑んだ。


 市に入ると、涼悠は早速、飴屋を見つけた。

「白蓮、飴を買ってよ」

 涼悠が言うと、白蓮は頷いて、

「飴を一つ」

 と飴屋に声をかけた。白蓮に声をかけられて驚いた飴屋は、上ずった声で、

「はい!」

 と答えて、棒付き飴を一つ渡した。白蓮は代金として金貨を一枚渡すと、

「これじゃ、多すぎて釣りがありません」

 と飴屋は困惑の表情を見せた。

「釣りは要らない」

 と白蓮は涼しい顔で言った。飴屋は白蓮にお礼を言って、

「また来てください。その時は、お代は要りません」

 と付け加えた。


 嬉しそうに飴を舐めている涼悠を見て、

「喉を突かぬよう気を付けなさい」

 と白蓮が言うと、涼悠は笑って、

玄道げんどうと同じことを言うんだな」

 と言った。その言葉を聞いた白蓮は眉を寄せて、不快な表情をした。その時、涼悠は白蓮越しに玄道の姿を見た。

「噂をすれば影だな。お~い、玄道」

 と声をかけると、玄道はちらりとこちらを見たが、すぐに視線を戻し、涼悠に興味などないと言った様子だ。

「何だよあいつ。つれないなぁ。あれ? 一緒にいるのって、みかっ、んっ」

 涼悠が言葉を続けようとしたが、急に口が開かなくなった。上唇と下唇がくっついてしまったかのようだ。

「慎みなさい」

 白蓮が静かに言った。涼悠が言おうとした言葉を白蓮が封じたのだった。玄道の隣には女物の笠をかぶった華奢な女性がいる。しかし、それは本来の姿を隠した御門だったのだ。涼悠にはそれが分かったので、口に出してしまいそうになったのだ。

『慎むよ。もう言わないから、術を解いてくれよ』

 涼悠は念を使って、白蓮に術を解くよう頼んだ。

『分かった』

 白蓮が術を解くと、

「まったく、術で人の口を封じるなんて乱暴だな。他に方法があっただろう?」

「今のが最善の方法だ」

 白蓮は涼しい顔で、涼悠の反論をあっさり否定した。涼悠はそれを気にも留めない様子で、再び飴を舐めた。そんな涼悠を白蓮は気に掛けるように見ていたが、不意に涼悠の飴を奪い取ると、歯で飴を割って棒から外して、涼悠へ口移しした。

「んっ」

 涼悠は驚いたが、口を塞がれて言葉も出なかった。

『お前、何てことをしているんだ?』

『棒が喉を突くと、お前が怪我をしてしまうから』

『だからって、いきなりこんなことをするなんて。お前、大胆だな』

 二人は念で会話をしているが、はたから見たら、口づけをして見つめ合っているようにしか見えない。

「もうこれで、喉を突くことはない」

 白蓮は安心したように微笑みを向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る