第45話

 そんな仲睦まじい様子の二人を見つけた者が、声をかけてきた。

涼悠りょうゆう様!」

 涼悠がそちらへ顔を向けると、そこには阿麻呂あまろと、笠をかぶった小柄な女性がいた。

「おう! 阿麻呂。買い物か?」

 涼悠は阿麻呂の姿を見ると、嬉しそうに手を振った。阿麻呂と女性が近づいてきて、

「妹が市へ行きたいというので、連れて来たのです」

 と答えた。

「そうか。良かったな、兄ちゃんに連れて来てもらって」

 涼悠が妹に声をかけると、

「はい。これも涼悠様のおかげです」

 と笠を取って頭を下げた。

「おい、おい。頭を上げろよ。礼なんて要らない。兄ちゃんにたくさん買ってもらえよ。阿麻呂、金は持ってきているんだろうな?」

 涼悠が言うと、

「もちろんです。妹が欲しいものは何でも買ってあげようと思います」

 と阿麻呂が答えた。

「それでこそ兄ちゃんだな。それじゃあ、楽しんでいけ」

 そう言ってから、涼悠は阿麻呂の耳元で、

「阿麻呂、玄道を見かけても声はかけるな。二人でお忍びを楽しんでいるから、邪魔はするなよ」

 と忠告した。

「分かりました」

 阿麻呂には詳細は分からなかったが、真剣な顔つきで返事をした。それから、

「涼悠様たちも、お二人でお忍びですか?」

 などと、阿麻呂が配慮に欠けた質問をした事に、妹が厳しい一言を言った。

「兄上、失礼です!」

 そんな二人を見て、涼悠は笑いながら、

「俺たちは忍んではいないぞ。誰に見られても構わない。なあ、白蓮はくれん?」

 そう言って、白蓮に笑顔を向けた。

「ああ」

 と白蓮は静かに頷いて、涼悠を抱き寄せた。そんな二人を見て、阿麻呂も妹の百合恵ゆりえも微笑ましく思うのだった。


 涼悠と白蓮は阿麻呂たちと別れてからも、市を見て回った。涼悠は興味のある物を見つけると、喜んで駆け寄って、

「ねえ、白蓮。これを見てよ」

 などと言って、玩具を買ったり、美味しそうな果物を買って、食べ歩いた。

「涼悠」

 果物を齧る涼悠の口元から零れた汁を、白蓮が手拭きで拭いてやると、

「ありがとう」

 涼悠がにっこりと笑顔を向ける。白蓮にはそれがとても愛おしく思い、つい、彼の頬に触れてしまうのだった。

「くすぐったい」

 涼悠はこそばゆくて、肩をすくめた。それがまた可愛らしく、白蓮は微笑みを浮かべて彼を見つめる。

「そうだ、姉ちゃんに何か買って行こう。何がいいかな?」

 涼悠はそう言って考えたが、まったく思いつかない。白蓮を見ると、彼も考えているようだが、何も答えなかった。結局、果物とにしきを買った。

「白蓮、お前は欲しいものはないのか?」

 涼悠は自分が欲しいものばかり買ったのに、白蓮は何も買っていないのが気掛かりで、遠慮しているのではないかと思った。

「ない」

 白蓮はただ一言そう言った。

「本当に? 何も欲しいものがないのか?」

 涼悠が念を押して聞いてみたが、

「ない」

 と答えるだけだった。その言葉に嘘はないことは涼悠には分かったが、まったく、何の欲もない奴だなと思った。

「私はお前が傍にいるだけでいい。他には何も要らない」

 白蓮の真っ直ぐな想いは、いつも涼悠の身体を痺れさせた。

「分かったよ。俺はずっとお前の傍にいる」

 そう言って、涼悠は白蓮の腕に両手でしがみついて、彼の顔を見上げた。

「お前は可愛い」

 白蓮は微笑み、涼悠の髪を撫でて、頬にそっと触れた。ただただ、愛おしいというように涼悠を見つめる。

「今日はもう、十分見て回ったし、他に欲しいものはないから、帰ろうか?」

 涼悠が言うと、

「分かった」

 白蓮が答えて、二人は家路についた。


 沙宅家へ帰ると、まずは、玩具を拓真に渡した。

「涼にぃ、ありがとう」

 拓真は竹で出来た蛇の玩具を手にすると、大喜びでくねくねと動かして遊んだ。涼悠は満足げな顔でそれを見て、

「拓真、買ったのは俺じゃない。白蓮だぞ」

 と言った。

「白蓮様、ありがとうございます。大切にします」

 拓真がとびきりの笑顔で礼を言うと、白蓮はそれに無言で頷いた。その顔には薄く笑みが浮かんでいた。


 それから、美優みゆのところへ行って、果物と錦を渡した。

「あら、涼ちゃん、これを私に買ってきてくれたの? ありがとう。でも、お金を払ってくれたのは白蓮様よね? ありがとうございます」

 と、美優は二人に礼を言った。

「白蓮殿、私からも礼を言う。ありがとうございます。涼が迷惑をお掛けしませんでしたか?」

 颯太が言うと、

「迷惑なことなど、ありません。とても楽しく買い物が出来ました」

 と白蓮が涼しい顔で答えた。実際、白蓮は涼悠と市へ行って、とても楽しかったのだった。彼が何を言っても、何をしても、ただただ愛おしく思う。


 二人は涼悠の部屋へ戻ると、どちらともなく身体を抱き寄せた。白蓮の逞しい胸に頬を寄せると、涼悠はとても安心できて、微かな花のような甘い香りに包まれて心地よかった。白蓮もまた、華奢な涼悠の身体を包み込み、彼の匂いを嗅いで恍惚としていた。

「白蓮、もう一人で天界へ帰ったりしない?」

「私の帰る場所はお前のいるところだ。私はいつでもお前の傍にいる」

「俺もお前の傍にいるよ」

 愛おしそうに見つめ合い、口づけを交わす。口の中ではお互いの舌を絡め合い、情熱的で幻想的な心地よさに浸る。

 そんな甘い時間を過ごしていた時だった。慌しく誰かが涼悠の部屋まで駆けてくる足音がした。

「涼悠様! 今、お話しても大丈夫でしょうか?」

 家人が、なぜか慌てた様子で声をかけてきた。

「何事だ?」

 涼悠が聞くと、

「大納言の使いが来ています。至急、涼悠様に来て頂きたいとのこと」

 家人がそう告げた。

「分かった、今すぐ行こう。白蓮お前も」

 涼悠が言うと、白蓮は黙って頷いた。

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