第43話

 阿麻呂あまろが帰って来た知らせは、賀茂家かもけにも伝えられていて、家人が涼悠りょうゆうたちを迎え入れた。屋敷までの距離もかなりあり、森林を抜けると開けた場所に大きな屋敷が見えた。

「どうぞこちらへ」

 家人に案内されて行くと、数人が屋敷の前で待っていた。若い娘がこちらへ向かって駆け寄り、

「兄上!」

 と声を張り上げ、感情が溢れ涙を流して兄の身体にすがった。

「ただいま、百合恵ゆりえ

 阿麻呂は優しく微笑み、妹の背中にそっと触れた。

「まさか、兄上。生きておられたのですね。嬉しゅうございます」

 と言う妹に、阿麻呂はやや悲し気な表情で、

「いいえ。私は死人です。詳しいことは中で話しましょう」

 と優しく言った。


 涼悠たちは屋敷へ入り、阿麻呂の父、母、妹と対面して、事のいきさつをかいつまんで話した。

「そうでしたか。沙宅様、白蓮様。この度は、大変なご尽力を賜り、誠に感謝申し上げます。こうして、息子の魂を連れて帰って頂きありがとうございました。これで、息子も浮かばれます」

 と阿麻呂の父は頭を下げた。隣では母と妹も同様に頭を下げている。

「いや、いや。大したことはしていない。阿麻呂は俺の友達だ。当然の事をしただけだ。それにしても、地方がこのように乱れていることは知らなかった。もっと対策を考えねばならないだろう。白蓮、ここの実情をすべて報告してくれよ。お前の術で」

「分かった」

 白蓮は短く返事をした。阿麻呂たちには、白蓮がどのように報告をしているか想像もつかないだろう。高位の修行者である白蓮は、優れた術を身に着けていて、それは涼悠にも出来ない事ばかりだった。白蓮はどれだけ離れた相手でも通話ができる術を持っている。これは相手にも同様の術が使えることが条件で、今回は都にいる玄道に、ここでのことを報告していた。御門みかどは玄道の通話を共有でき、事のすべてを把握している。


「阿麻呂、俺たちは都へ帰るよ」

 阿麻呂を送り届けることと、国司の不正を白状させたことで、今回の涼悠たちの任務は終了した。

「はい。ありがとうございます」

 阿麻呂は涼悠たちに頭を下げて礼を言った。

「お前の心残りがなければ、その魂はいつでも天へ昇ることができる。まだその姿でいたければそれも可能だ。いつか気が済んだ時、魂は天へ昇り、また転生てんしょうするだろう」

 阿麻呂の家族もその言葉に安堵し、何度も礼を言って、涼悠たちをいつまでも見送った。二人の若い武官も、調書を書き終えて、涼悠たちと共に都へ戻った。



 都へ戻った涼悠と白蓮、若い武官二人は宮殿へ行き、改めて報告した。

「ご苦労だった」

 御門みかどに代わって、玄道が労いの言葉をかけた。御門は御簾の向こうに居るが、本来、御門の声すらも人に聞かせることはしない。直接言葉を交わすことは出来ないのだ。今までの涼悠の無礼な行動は、許されるものではないはずなのだが、彼の行動はいつも許容されていた。それがなぜなのか、誰も知らないが、疑問すら抱いてはいけないと誰もが思っていて、それを口にする者もいない。涼悠本人はそのことに何の疑問も抱いてはいなかった。

「下がりなさい」

 用が済むと、玄道は涼悠たちに言った。武官二人は速やかに下がったが、涼悠はそんな淡白な対応に、

「玄道、事は重大だぞ。俺には国を治めることについて良く分からないが、人の命が奪われるのは悲しいことだ。何とかしてくれよな」

 と玄道に声をかけた。もちろん、こんな発言が許される訳ではない。集まった重役たちは慌てて立ち上がろうとしたが、御簾の向こうの御門がそれを制するように手を挙げた。

「静粛に。沙宅涼悠、御門の御心みこころを軽んずるな」

 玄道のその一言で、ざわつきは治まり、涼悠の気持ちも落ち着いた。

「分かった」

 白蓮は黙って、涼悠を見つめた。重役たちはこの状況にまだ落ち着きは取り戻せずにそわそわとしているが、そのまま解散となった。


「帰ろう、白蓮」

 涼悠は何事もなかったかのように、可愛らしい笑顔を向けて言った。白蓮はそれを見て、

「うん」

 とだけ言って、涼悠の手を握って宮殿をあとにした。


 沙宅家へ戻ると、従弟たちが涼悠たちを出迎えた。

「涼にぃ、お帰り。白蓮様もお帰りなさい」

 海斗と悠斗が涼悠の空いている方の手を握り、拓真は涼悠の前を後ろ向きで歩いて行く。

「涼にぃ、俺たち、明日、修行に行くんだ」

 海斗が嬉しそうに言った。

「そうか。良かったな」

 秋麗しゅうれいも回復しているし、予定通りに修行が始められそうでよかったと涼悠は思った。後ろ向きで歩いている拓真が石に躓き転びそうになったのを、白蓮がすかさず彼の手を引き戻した。

「危ない。前を向いて歩きなさい」

 その行動に驚いた拓真は、照れ笑いしながら、

「ごめんなさい」

 と謝った。

「まったく。気を付けろよ」

 涼悠は笑って、拓真の頭にぽんと手を置いた。拓真の手を引き戻した時、白蓮が涼悠と繋いでいた手を放していた。それを見て拓真は、悪い事をしてしまったと思い、二人の手を取り、

「手を繋いでいて。涼にぃが転ばないように」

 と言って、二人に笑顔を向けた。

「お前、俺が転ぶとでも思っているのか?」

 涼悠は反論したが、

「そうだな」

 白蓮はそう言って、涼悠と手を繋いだ。そんな二人を見て、拓真は満足そうにしている。

 双子は明日から三年間の修行が始まる。その間は帰って来られないのだ。拓真は淋しいだろうなと涼悠は思った。

「今日は何して遊ぶか? 白蓮、お前も一緒に遊ぶんだぞ」

 涼悠が言うと、双子と拓真は大喜び。

「本当? 白蓮様も遊んでくれるの?」

 途端に大はしゃぎで、何して遊ぼうかと相談を始めた。白蓮がいるのだから、いつもと違う特別な遊びがいいという結論が出た。

「特別な遊びか? 白蓮、何かないか?」

 涼悠が言うと、

「分かった」

 とだけ言って袖を振ると、蓮池に浮かぶ蓮の葉が三枚、池から舞い上がり、子供たちの前に浮かんで止まった。

「それに乗りなさい」

 地面から少し浮いている蓮の葉は、子供が乗ることができる大きさで、言われた通り三人は葉に乗った。それは子供たちが乗っても破れることはなく、しっかりと安定している。

「座った方が安定する」

 白蓮に言われて三人が座ると、蓮の葉は屋根より高く上がっていく。

「これはいいな」

 涼悠は従弟たちと同じ高さまで昇った。白蓮も飛翔し、

「都を空から散歩しよう」

 などと、粋なことを言った。これが本当に白蓮の言葉かと疑いたくなるほどだが、これは涼悠の気持ちに答えた結果だった。

 都の上空を飛ぶ姿は、多くの都人の目に触れたが、天上人てんじょうびとの白蓮と、都一の術者と言われ始めている涼悠の類稀たぐいまれな飛翔を見る事が出来て、皆、その神々しさに感嘆の声をあげていた。何かご利益でもあるかの如く、手を合わせている者までいる。


「すごい、すごい!」

 拓真は目を輝かせて、空の散歩を楽しんでいた。

「俺たちも、いつかこんな風に術を使えるようになるんだよな?」

「そりゃもちろん、そうだよ。涼にぃたちみたいな立派な術者になるんだ」

 双子はより一層、憧れを抱いて、修行への志を高めている。白蓮の粋な計らいが、子供たちの心を癒し、勇気づけたことが涼悠には嬉しかった。隣を飛ぶ、白蓮の涼しい横顔を見て、涼悠は微笑んだ。

『お前って、意外と優しいんだな』

 その心の声が白蓮に聞こえて、

『私はただ、お前の笑顔が見たいだけだ』

 と言葉が返って来た。

『本当に、お前って、俺の事が好きだな』

『好きだ』

 恥ずかしげもなくそんな言葉が返って来て、涼悠は恥ずかしくて顔が熱くなってきた。揶揄おうとして言っても、いつも素直な想いが返ってくる。それが嬉しくもあるが、こそばゆいのだ。

 広い都は、歩けばかなり時間がかかるが、飛翔すればあっという間に一回りしてしまった。

「帰ろうか」

 白蓮がそう言って、涼悠たちは沙宅家へ戻った。

「すごい! とっても楽しかったよ。白蓮様、ありがとうございます」

 拓真は頭を下げてお礼を言った。双子もそれぞれ、礼を言って頭を下げた。

「うむ」

 白蓮はそれに頷いた。彼もまた楽しかったのだろう。涼悠が嬉しそうにしているのを見て満足げな表情をしている。

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