第38話
「
目の前に座る白蓮に声をかけると、彼はゆっくりと目を開いて、
「なあに?」
と微笑んだ。
「なんだかとても不思議な感覚だったよ」
「そうか。身体はどうだ?」
「うん、すごくいいよ」
「それは良かった。でも、今日はゆっくりと身体を休めるのだよ」
「分かった」
白蓮は、涼悠が考えていることはすべて分かっていた。気になることが多く、それらをすべて解決したいと思っていることも。
「腹が減っているだろう? 食事の用意を頼んでくるよ」
「うん」
白蓮が部屋を出て行き、一人になった涼悠は、いつもと変わらぬ庭を眺めていると、白蓮と共に経験してきたことが、まるで夢のような気がしてきた。
「俺は夢を見ていたのか?」
ぼんやりとしていると、白蓮が膳を持って廊下を歩いて来た。
「さあ、食べなさい」
涼悠の前に膳を置くと、白蓮はその隣へ座った。
「お前は食べないのか?」
「私はもう、頂いた」
「そうか」
涼悠はそう言って箸を取って食べようとしたが、指先に力が入らず箸を落としてしまった。
「私が食べさせてやろう」
白蓮はそう言って、箸を取り、白米を涼悠の口元へ運んだ。
「ほら、口を開けて」
優しく微笑んで言う。涼悠は恥ずかしさで顔が熱くなった。以前、自分が白蓮にしたことだが、こんなにも恥ずかしい気持ちになるなんて思ってもいなかった。そんなことを考えていると、
「ほら、口を開けて、落としてしまうではないか」
と白蓮に急かされ、口を開けると、そっと口の中に白飯を置いていった。箸が持てないから仕方がないが、これでは物が喉を通らない。そう思ったとき、白蓮は箸を置いて匙を持ち、汁物を掬って、
「さあ、口を開けて」
と言った。涼悠の心を読んでいるのではないかという気がして、どうにも落ち着かない。そんな涼悠を見て、白蓮がいたずらっ子のような笑みを浮かべている。きっと心は読まれているのだろう。
食事を終えると、白蓮は膳を片付けに行った。その機を見計らうように、従弟の拓真がひょっこりと縁側から現れて、
「涼にぃ」
と遠慮がちに声をかけた。
「拓真、こっちにおいで」
涼悠が言うと、
「でも父ちゃんたちは行くなって……」
もじもじしながら言った。
「いいよ。おいで」
涼悠は笑顔でそう言って、両手を広げると、拓真は嬉しそうに靴を脱ぎ棄てて飛び上がるように縁側に上がって、涼悠に駆け寄った。けれど、まだ蒼白な顔をしている涼悠に抱きついていいのか戸惑って、動きを止めた。
「どうしたんだ? ほらおいで」
涼悠に言われて、拓真がはに噛みながらゆっくりと涼悠の懐に顔をうずめると、優しく包むように抱かれた。
「涼にぃ、元気になったの?」
拓真が心配そうに言うと、
「うん。もう大丈夫だよ。心配するな」
涼悠は拓真の頭を優しく撫でた。そこへ、白蓮が戻って来て、拓真は慌てて涼悠から離れた。
「ごめんなさい!」
手と頭を床につけて、拓真が謝ると、
「構わない」
と白蓮が一言言った。その顔は怒っているようではなく、心なしか微笑んでいるようだった。
「拓真、白蓮もこう言っているんだ。遠慮はいらない」
涼悠がそう言って、また両腕を広げたが、
「涼にぃが元気なら、もういいんんだ」
そう言って、拓真は靴を履いて行ってしまった。
「なんだ? あいつ」
「私たちに気を遣ったのだろう」
涼悠の言葉に白蓮が答えた。
「あいつ、どこでそんな大人びた事を覚えたんだよ」
涼悠は拓真が二人の関係をどう思っているのだろうかと考えて、少し恥ずかしく思った。あんなに小さな子供にも、男同士の恋愛が理解できるのだと。
「涼悠」
白蓮は涼悠の傍に膝を立てて彼を胸に抱いた。
「お前は可愛い」
愛おしそうに頭を撫でる。
「白蓮、恥ずかしいよ」
「可愛い」
と言って涼悠の頭に頬を摺り寄せ、まるで身の内に納めてしまいたいとでもいうように、彼を全身で包むように抱きしめた。
「ねえ、白蓮?」
「なあに?」
「俺の事、そんなに好き?」
「大好きだ」
恥ずかしくなるような言葉を、白蓮が口にするたびに、涼悠は身体が痺れる感覚を味わった。その感覚がとても快感で、何度も味わいたいと、白蓮にまた問いかけた。
「俺は可愛い?」
「ああ、可愛いよ」
その言葉にまた、あの痺れを感じた。
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