第39話

 白蓮に包まれること一炷香いっちゅうこう、涼悠の心も落ち着いて、これからのことを整理して考えた。美優の気が回復していないし、何かが違う事が気掛かりで仕方ない。都の大正門と、羅城が破壊されてしまったが、今は片付けでもしているだろう。師匠の身体は大丈夫だろうか? あとで様子を見に行こう。あれこれと、考えている涼悠を見て、白蓮は優しく微笑んで言った。

「私も付き合おう」

 涼悠は何も言ってはいないが、白蓮は心を読んでいるのだろう。

「うん」

 涼悠は心を読まれることをまったく気にしてはいない。白蓮に知られたくないことなどないのだから。

「姉ちゃん、今はどうしているだろう?」

 様子を見に行きたいが、まだ休んでいるようなら迷惑だろうな、と涼悠は思った。

「姉君はまだ、床に伏せていると颯太殿から聞いた」

「そうか。それじゃ、顔を見に行くのは悪いな」

 そんな会話をしているところへ、颯太がやって来て、

「涼、起きているんだろう? 美優が会いたがっている」

 と御簾越しに声をかけてきた。

「行っていいの?」

 涼悠が嬉しくて、御簾を勢いよく上げて言った。

「元気そうじゃないか」

 颯太は涼悠に優しい笑顔を向けた。元気になった涼悠を見て安堵しているようだ。

「うん」

「美優は白蓮殿にも会いたがっています。お二人で美優のところへ来て頂きたい」

「分かりました」

 白蓮は立ち上がり、涼悠へ手を差し伸べると、涼悠はその手を取ってゆっくりと立ち上がった。もうふらつくことなく、身体に力が漲っているようだった。先ほどの術により、身体に気が満ちたからだろう。


 美優の待つ部屋へ行くと、颯太が御簾を上げて、

「入るよ」

 と声をかけた。

「どうぞ」

 美優はきちんと身なりを整えて座していた。その隣へ颯太が座り、涼悠と白蓮に座るよう促した。

「涼ちゃん、あなたに話したい事があってここへ呼んだの。きっと、私の様子が気掛かりだったでしょう?」

 そう言って、一呼吸おいてから、言葉を続けた。

「今、私のお腹には命が宿っているの」

 美優は微笑んだが、まだその顔は蒼白で、今にも倒れそうなほど儚げだった。美優の身体からは颯太の気を感じていたが、それは颯太から気を分け与えられたからだけではなかった。新しい命の気を感じていたのだ。

 美優に無理はさせられない。そう思った涼悠は、

「姉ちゃん、おめでとう。身体を大事にして、ゆっくり休んで」

 そう言って、白蓮と共にその部屋をあとにした。


「白蓮、姉ちゃんに赤ちゃんが出来たのは嬉しいけど、心配なんだ。霊力が回復していないのに、姉ちゃんは大丈夫なのか?」

 涼悠が沈んだ声で聞くと、

「心配ない。美優殿は高位の修行者。お前より強い。傍には颯太殿もいる」

 白蓮はそう力強く言った。彼の言葉に間違いはない。白蓮が心配ないと言うのなら、きっと大丈夫なのだと、涼悠も安心できた。

「それならよかった。姉ちゃんに赤ちゃんが出来たことを素直に喜べなかったこと、姉ちゃん気にしていないかな?」

「問題ない。お前が美優の身体を案じていることも気付いている」

「そうだよな」

 白蓮は、落ち込んでいる様子の涼悠をそっと包むように胸に抱いた。甘い花のような香りに包まれ、涼悠の心も落ち着いてきた。夕べ、美優がこの事を伝えなかったのは、涼悠を想っての事だったのだろう。それに気付いた涼悠は、姉の心遣いが身に染みた。いつまでも、自分は守られる側なのだと。

「気にするな。美優はいつまでもお前の姉なのだから、守りたいと思うのは当然なのだよ。だから、素直に守られていればいい」

 そう言って白蓮は、愛おしそうに涼悠の髪に口づけをした。

「今は心を鎮めて、精気を養い、憂い事は明日、考えなさい」


 白蓮は帯から扇子を抜いて開いた。

「お前の好きな蝶の舞を見せよう」

 そう言って扇子を緩やかに振ると、そこから風と共に白く輝く蝶が幾つも現れた。それはひらひらと優雅に舞い、その翅からは光りの粒が舞い飛ぶ。得も言われぬ美しい光景に、涼悠は目を輝かせた。涼悠も度々、紙を使って蝶を飛ばすが、これほど見事な舞はとても出来なかった。蝶が好きなことを白蓮が知っていたこと、そして、落ち込んでいる涼悠を喜ばせようという、白蓮の気持ちが嬉しかった。

 白蓮の優しさに包まれて、穏やかに過ごす時間が、涼悠にはこの上ない幸福なことだった。そんな涼悠を、温かな眼差しで見つめる白蓮もまた、幸福を感じているのだろう。穏やかな微笑みを湛えている。

「明日、師のところへ行こう」

「うん」

 この日はこうして、何もせずに夜が更けた。

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