第37話
二人が部屋を出ると、
「もう話は終わったのか?」
「うん。姉ちゃんを休ませてやらないといけないから」
「そうだな。お前もゆっくり休め」
「うん」
颯太は優しい眼差しを向けて、
「お前が無事でよかった」
そう言って、
「やめろよ、
と涼悠は照れながら言ったが、颯太の手をどけるでもなく、こそばゆいとばかりに肩をすくめた。
「白蓮殿、弟を無事に連れて来て下さって、ありがとうございます。これからも弟をよろしくお願いします」
颯太のまるで娘を嫁に出すみたいな口ぶりに、白蓮も微笑みを浮かべて、
「分かりました」
と答え、涼悠を抱き寄せた。
「白蓮」
涼悠は颯太に見られて恥ずかしかったが、白蓮から離れたくもなく、ただ彼の名を呼んでその美しい顔を見上げた。それを見た颯太は、
「それでは、お二人とも、おやすみなさい」
と言って、部屋へ入って御簾を下ろした。
二人は涼悠の部屋へ行くと、待ちきれなかったとばかりにお互いの身体を抱きしめた。白蓮の胸に顔をうずめると、仄かに甘い花の香りが涼悠の鼻をくすぐって、大好きな匂いを心行くまで吸い込んだ。それから、彼を見上げて、
「白蓮」
とその名を呼ぶと、
「なあに?」
白蓮が微笑みを浮かべて言う。
「俺、お前のことがすごく好きだ。これからもずっと一緒にいたい」
涼悠が言うと、
「私もお前が好きだ。もうお前のそばを離れたりはしない」
そう言って白蓮は涼悠に口づけをした。彼の唇が涼悠の唇に軽く何度か触れたあと、ゆっくりと舌を差し入れ、涼悠の口の中を愛撫していく。そして、飴をなめるかのように涼悠の舌を自分の舌で転がしながら、不意に涼悠の身体を掬い上げるように抱きかかえて、更に激しく口づけを続ける。涼悠は白蓮の首の後ろに手を回してもっと深く彼に埋もれたいとでもいうように抱きついた。それからしばらく口での情交を続けた。お互いに満足したところで白蓮は唇を離すと、涼悠を下ろして、
「涼悠、今日はもう寝よう。お前も休まなければいけない」
そう言って、頬に口づけをした。
「うん」
涼悠は素直に返事をして、彼の言葉に従い横になった。白蓮は涼悠の隣に向かい合うように横になった。
「おやすみなさい」
涼悠が言うと、
「おやすみ」
白蓮も言って、二人は手を繋いで眠った。
翌朝、涼悠が目を覚ますと、隣で寝ているはずの白蓮の姿はなかった。
「白蓮!」
不安になって、思わず大きな声で彼の名を呼んだ。すると、部屋の御簾がそっと巻き上げられ、
「起きたのか?」
と白蓮が微笑みを向けた。陽は高く昇り、強い日差しが眩しく、その光の中に白蓮がいる。
「白蓮?」
あまりに幻想的過ぎて、幻なのではないかと不安な気持ちで、もう一度、彼の名を呼んだ。
「なあに?」
いつもの優しい返事が返って来て、涼悠は思わず駆け寄ろうと立ち上がったが、足に力が入らず、よろけて倒れかけたところを、白蓮がすぐさま涼悠の身体を受け止めた。
「危ない」
白蓮に包まれるように抱かれた涼悠は彼を見上げると、とても穏やかで優しい眼差しで見つめている。
「ありがとう」
ちょっと躓いただけなのに大げさだな、と思いながらも、こうして彼の腕に抱かれているのは心地よかった。白蓮の匂いに包まれて、とても幸せな気持ちでぼんやりとしながら彼と見つめ合うと、また、あの甘い口づけを期待してしまう。
「まだ休んでいた方がいい」
白蓮が言うと、
「俺はもう大丈夫だよ。ちょっと躓いただけだ」
と涼悠は強がって答えたが、普段こんな風に躓くことはない。まだ、体力が完全に回復していないのは自分でも分かっていた。けれど、寝てばかりは居られないと思ってしまう。美優のことも気がかりだし、師匠は大丈夫だろうかとか、都の大正門と羅城が破壊されてしまったが、あれはどうなったのかなど、色々と気になってしまうのだ。
「涼悠、そこに座って」
と白蓮が言った。涼悠は言われたとおり座ると、白蓮は御簾を下ろし、涼悠と向かい合うように座った。
「今から私と内丹術を行う。互いの気を交わすことによって、気を高め、身体を保養する。これは、精神の交わりであり、身体に触れてはならない。淫らなことは考えてはいけない。約束できるか?」
白蓮の真剣な眼差しに、涼悠は頷いて、
「できるよ」
と答えた。それから二人は目を瞑り、精神を集中させた。程なくして、二人の意識は精神世界に入り、身体が空の状態になった。精神世界がどこにあるかなど無駄なことは考えてはいない。ただその空間には二人の精神が玉のような形で浮いていた。その玉は輪郭がぼやけてふわふわとしている。
『白蓮?』
水色の玉が言うと、
『そうだ』
と真っ白な玉が答えた。
『このあと、どうすればいいの?』
涼悠が言うと、白蓮が言った。
『こちらにおいで』
水色の玉はふわふわと真っ白な玉に近づいて行った。
『白蓮、何だか楽しいよ』
『そうだね』
『白蓮も楽しいの?』
『もちろん楽しいよ』
白蓮は涼悠が居ればどこにいても何をしていても楽しいのだった。
ふわふわと水色の玉と、真っ白な玉が互いに近づくと、それはぴったりとくっ付いてしまった。
『白蓮とくっ付いちゃったよ』
『そうだね。それでいい』
二つの玉がくっ付き、そのままゆっくりと、互いにめり込んでいって、一つの玉になった。
『一つになっちゃったよ。俺たちどうなったの?』
『これでいいんだよ。私の精神とお前の精神が交わり、お互いの気を
涼悠には詳しい事は分からなかったが、今の状態はとても心地よく、少し暖かく、心は穏やかで精神は
『とても落ち着くよ』
『そうだね。お前の精神はとても落ち着いていて、心地よさを感じている。お前の感じていることは私も共有しているのだよ』
『そうか。今は俺たちの精神は交わっていて一つになっているんだったな』
涼悠はそれを嬉しく思った。
『あと少しで終わる』
白蓮はそう言ったあとは、しばらく無言になった。それでも、涼悠には不安など微塵もない。白蓮の精神と一つになっている事で、今、白蓮が無の状態であることが分かる。余計なことを考えず、ただ、涼悠に必要な気を注ぎ込むことに集中していた。温かなものが涼悠に流れ込んでいるのを感じる。今の涼悠は精神の状態で、身体からは離れているが、それはまるで渇いた身体に生命の水が注ぎこまれて、それがだんだん満たされていくようだ。
『これで終わりだ』
『そうなの? もう終わっちゃうのかよ。すごく気分がいいのに、これが終わるのは何だか惜しい気もするなぁ』
『これは遊びではない。お前の為に行っている』
『分かっているよ。でも、白蓮と一つになっているのが、すごく嬉しくて、心地よくて、このままでいたいなって思ったんだ』
涼悠がそう言うと、白蓮はただ、
『そうか』
とだけ言った。そして、その不思議な世界から、涼悠の精神は、すっと、元の身体に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます