第22話
涼悠の力は弱まり、
「涼! 大馬鹿野郎!」
そう言って颯太は涼悠の身体を抱き上げて抱きしめた。そこへ、沙宅家の者たちが駆け付けてきた。
「終わったのか?」
「まだだ。恵禅尼は消滅していない」
そう言って颯太は、涼悠を背負い、家に着くまで言葉を発しなかった。霊力を使い果たした涼悠が無事なわけはなかった。早く連れ帰り、処置を施さなければこのまま命は尽きてしまう。
「涼ちゃん!」
「颯ちゃん、少し二人だけにしてほしい」
美優が言うと、
「分かった」
颯太はそう言って部屋を出て、御簾を下ろした。美優は最後の別れをするつもりなのだろうと。
そこへ、天からまばゆい光を放ちながら降りて来る者がいた。
「沙宅殿」
沙宅家の門の前に降り立ったその白い人影が門を叩いた。
「これは
和幸は門を開けて、白蓮を招き入れた。
「涼悠は?」
常に冷静な白蓮だが、この時ばかりは落ち着きがないように見えた。
「こちらです」
そう言って、和幸が案内しようとした時、誰もがその術の発動を感じた。
「まさかっ」
和幸は顔色を変えて、急いで涼悠の部屋へ向かった。他の者たちも集まり、颯太もそこに来ていた。
「美優!」
すぐさま御簾を上げて中に入ると、美優は座った状態からぐらりと身体が傾き倒れるところを颯太が抱きとめた。横たわる涼悠には蘇生術をかけた痕跡があり、美優の身体にもその痕跡が見て取れた。
「涼悠!」
白蓮は部屋へ入るなり、涼悠に駆け寄り、その顔を両手で包んだ。すると、涼悠の長い睫が僅かに震えた。
「白蓮?」
目を開けた涼悠は、目の前に白蓮の顔があるのを見て言った。
「俺、死んで天に昇ったのか?」
「違う。ここはお前の部屋だ」
白蓮が言うと、涼悠は驚いたように目を見開き、視界に入った颯太と美優を見た。美優の胸元に残る跡を見て、それが禁術を施した証であることを知った。
「何でだよ! 姉ちゃん」
涼悠は起き上がろうとしたが、身体が動かず全身に痛みが走って、顔を歪めた。
「安静に」
白蓮はそう言って、涼悠を宥めたが、
「こんなこと、俺は望んでなんかいない!」
となおも不満をぶつけた。
「涼、美優の気持ちを拒むのはやめろ」
意識のない美優を抱きかかえている颯太を見ると、涼悠の胸は張り裂けそうだった。
「俺は美優を寝かせてくる」
颯太はそう言って、美優を抱えて出ていった。集まって来た叔父たちも部屋を出ると、そこには白蓮と涼悠だけが残った。
「涼悠。姉君の想いを受け止めなさい」
「分かっている。けれど、この蘇生術には決まりがある。姉ちゃんの望みを叶えれば意識が戻って、俺はまた死ぬ。この蘇生術は死んだ者に魂を一時的に戻して、術者の望みを叶えさせる。蘇った死者が望みを叶えられなければ、術者も死に、死者も再び死ぬ。姉ちゃんは俺に何を望んだ?」
「夢の中で姉君はお前に何を言った?」
白蓮の言葉で、涼悠は思い出した。夢の中で美優と会い、すべての元凶となった者と向き合い、それを克服しなさいと。幼くして両親を亡くし、つい先ほどその真相を知った。恵禅尼がすべての元凶、戦いの末、涼悠は力尽き、呪縛することしか出来なかった。だが、これで終わりではない。美優はその先に何をするかを考えて、解決の道を見つけなさいと。そうでなければ、涼悠の心に閊えているものは取り除けないのだと。
涼悠はそのことを白蓮に伝えると、
「そうか、分かった。それなら私も一緒に」
「うん。それじゃ行こうか」
涼悠はそう言って、身体を起こそうとした。
「今は駄目だ。動くことも出来ないほど、お前は霊力を使ってしまった。私が分けてあげよう」
白蓮はそう言うと、仰向けに横たわる涼悠の身体に覆いかぶさり、その手を優しく握り、唇を重ねた。その行為に涼悠は驚いたが、白蓮の柔らかな唇が涼悠の口をふさいでいて声は出せなかった。けれど、その感触が心地よく、しばらく離さないで欲しいと願った。白蓮は涼悠の閉じられた唇に舌を押し当てて、その中へと差し入れた。それは熱を帯びたように温かく、口の中をゆっくりと丹念に愛撫していく。涼悠は熱に浮かされたように意識が薄れて、その快楽に溺れそうになる。しばらくの間、白蓮の身体から発せられる、仄かに甘い香りに包まれながら、心地よい感覚に浸ると、身体がだんだん熱くなっていった。白蓮から流れてくる気は、涼悠の心も身体も満たしていく。
白蓮は涼悠の身体に気が満ちるのを確認すると、その行為をやめた。涼悠はその唇が離れてゆくのが惜しくて、白蓮を抱き寄せ、自ら唇を重ねた。白蓮はそれを拒むことなく、涼悠の気が済むまでその行為を続けた。
「白蓮」
やっと気が済んだ涼悠は、唇を離して彼の名を呼んだ。
「なんだ?」
二人は鼻先が触れるほど近くで見つめ合っている。
「俺、お前が好きだ」
涼悠が言うと、
「私も同じ想いだ」
と白蓮が答えた。
「なんだよ、それ。はっきり言えよ」
涼悠が不満そうに言うと、白蓮は頬と耳を赤く染めて、
「私もお前が好きだ」
と言った。
「うん、知ってる」
涼悠は嬉しそうに白蓮を抱き寄せて、その胸に抱いた。白蓮は涼悠の胸に頬を寄せて鼓動を聞き、深く息を吸い込み、その匂いを嗅いだ。
「白蓮、お前、俺のために天から降りてきたのか?」
「そうだ」
「そんなに俺が好きか?」
「そうだ」
「なら、もう俺から離れるなよ」
「分かった」
「そもそも、お前が言ったんだぞ」
「何を?」
「傍にいろって」
「そうだ」
「それなのに、お前は天界へ帰って行った」
「すまない」
「赦さないよ。俺を一人にして。どれだけ淋しかったか」
涼悠がすねたように言うと、白蓮は再びその口を自らの口で塞いだ。それ以上文句も言えなくなった涼悠は、白蓮の身体を抱いて組み敷くと、自ら舌を差し入れ、白蓮の口の中を愛撫していく。白蓮もその舌に自らの舌を絡ませた。二人の息は徐々に荒くなり、口の中での情交だけでは足りないというように、服を脱ぎ棄て、肌を合わせ、互いの身体を手で愛撫していく。身体中から熱を発しているかのように熱く、滲む汗は混ざり合い、芳醇な香りを放つ。それがより一層、二人の心を昂らせて、激しく絡み合い、お互いの身体のすべてに触れて愛しむ。心も身体もその愛に満たされ、高揚感に包まれる。敏感になった肌が擦れるたびに甘い声が漏れた。そして、二人は同時に絶頂に達した。
翌朝、
「
彼の名を呼んだ。
「ここにいる」
白蓮は、涼悠の枕元に胡坐をかいて座っていた。
「白蓮」
涼悠はもう一度、彼の名を呼んで、甘えるようににじり寄り、白蓮の腿に頭を乗せて見上げると、白蓮は愛おしそうに涼悠の頬に触れた。
「身体の具合はどうだ?」
「もう大丈夫だよ。夕べ、白蓮が俺に気を分けてくれたからな」
涼悠が言うと、白蓮はその行為を思い出し、頬を赤く染めて、目をそらした。
「白蓮」
涼悠は起き上がると、白蓮の前で胡坐をかき、頬杖をついて、白蓮の顔を覗き込むように見つめた。白蓮の顔は
「夕べはあんなに積極的だったのに、なんで今更、恥ずかしがっているんだ?」
涼悠は面白くなって揶揄うように言った。
「あれは、お前に身体を思っての事。気を分け与えるための行為だ」
「それじゃ、俺が死んだら、またしてくれるのか?」
涼悠が言うと、
「もうそうんなことにはならない。私がお前のそばにいる」
真剣でいて、少し怒ったような顔で言った。白蓮のそんな顔は、出会った時以来だった。
「怒るなよ。ちょっと揶揄っただけだ」
「怒ってはいない」
白蓮は穏やかな表情で言って、あの掛け軸が視界に入ると、それを見つめた。涼悠はそんな白蓮を見て振り返り『
「お前は、あの絵を描いた奴が誰か知っているのか?」
涼悠が聞くと、
「知っている」
と答えた。『月下の白蓮』は涼悠にとって大切なものだが、白蓮にとっても何か特別な物のように熱い眼差しで見つめていた。その絵はとても繊細でいて美しく、細かな描写で、描いたものは白蓮のすべてを知っているかのようだった。誰が描いたか知りたいと思っていた時期もあったが、今はそれを知るのが怖かった。
白蓮は、そんな涼悠を見て、淋し気な顔をしている。
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