第21話

 その後しばらく、無言のまま二人は飛び続けた。歩けば半日はかかる距離を、たったの一炷香いっちゅうこうで着いた。

 金剛山の頂にあるお堂の前で、秋麗しゅうれいたまが並んで立ち、二人が来ることを知っていたかのように出迎えた。

「師匠、突然のお尋ねを失礼致します」

 颯太が言うと、

「用件は分かっている」

 秋麗はある方向を見つめながら言った。それは恵禅尼えぜんにを封印した霊山の頂で、今もなお、そこに封じられている。

「恵禅尼は封印を解いたのですか?」

 颯太が質問すると、

「いや、そうではない。ただ、恵禅尼の怨念に刺激された怨霊が蘇り、恵禅尼の意志に従い、都と御門みかどを襲ったのだ。封印を再度施しても、それは意味を成さない。恵禅尼本人にも、己を止める事も出来ないだろう」

 秋麗が答えた。

「では、どうするのですか?」

「もはや、私の力も及ばぬ」

 と秋麗は首を振った。

「師匠でも無理なら、誰も恵禅尼を止められないじゃないか」

 涼悠が言うと、

「一人の力が及ばぬのなら、皆で力を合わせればいい」

 と秋麗が答えた。


 その時、皆が強い邪気に気付いた。

「都が危ない。師匠、俺たちは都へ向かいます」

 颯太と涼悠は飛翔し、急いで都へと向かった。

 秋麗と珠は、恵禅尼の封印を強め、邪気を祓うために霊山の頂へ飛んだ。



 怨念の強い悪霊が十数体、開け放たれた大正門から都へと入って来た。玄道げんどうはそれらが都へ入る前から気付き、すでに宮殿には強い結界を張り、御門を守っていた。

 悪霊たちが目指すのは宮殿。そして、その的となっているのは御門だった。このところ、都を襲う死霊も悪霊も、そのすべてが御門を襲ってくる。玄道にはそれが誰の仕業であるかも分かっていたが、師に手をかけるわけにはいかなかった。


 以前、白蓮が降り立った時、都を襲っていた死霊も恵禅尼の仕業だが、御門を襲いに来る死霊を、玄道が強い法力で操り、都の外へ向かわせた。

 先日、怨念の強い悪霊が一体、都へ差し向けられた時には、それに新たな指示を与え、涼悠へ向かわせた。これは涼悠なら問題ないと分かっていたからだった。玄道が思ったとおり、その悪霊は涼悠によって鎮められ、玉に収められている。

 しかし、今回の悪霊は数が多く、桁違いに怨念が強かった。これでは、涼悠一人ではどうにもならない。玄道には御門を守る使命があり、身動きは取れなかった。


『玄道、どうするんだ?』

 涼悠が念で玄道に聞くと、

『私には御門をお守りする務めがある』

 と返って来た。

『分かった。俺があいつらを都から連れ出す』

『俺たちでだろう?』

 颯太が念で伝えると、

『お前は姉ちゃんのそばにいろよ。それが約束だろう?』

 と涼悠は言って、悪霊たちの前に出ていった。

「涼!」

 颯太は声を張り上げて呼んだが、涼悠は振り返ることなく行ってしまった。

 涼悠が考えていることは分かっていた。誰も死なせない。そのために自分一人だけが命を張るつもりなのだと。ただ、颯太には守るべき者がいる。そして、涼悠がそれを望んでいる。姉の美優を守って欲しいと。その想いを裏切るわけにはいかない。


「お前ら、俺について来い」

 涼悠はそう言うと、呪術の縄を投げて悪霊たちを縛り、連れて行こうとしたが、縄はいとも簡単に引き千切られてハラハラと落ちた。

「困ったな」

 次にたもとから呪符を取り出して飛ばした。それらが悪霊たちに張り付くと、涼悠は印を結び唱えた。すると、呪符の文字が赤く光り、悪霊たちの身体を強く縛った。

「行くぞ」

 涼悠はそう言って大路を走り、大正門へ向かった。悪霊たちは強い呪縛に足掻きながらも逆らえず、見えない縄で引かれるように涼悠のあとに続いた。そのまま大正門を出ると、沙宅家の者たちは門を閉めて封印した。

「涼!」

 門が閉まる直前、その隙間を走り抜けて颯太が飛び出してきた。

「颯太! 戻れ。ここは俺に花を持たせろよ。俺一人で十分だ。俺は死なない。だから心配するな」

 悪霊は苦しみもがき、唸り声を上げていた。

「お前ら、落ち着けって」

 涼悠が声をかけたが、彼らの耳には届いてはいないようだった。

「涼、こいつらにいつもの手は効きそうもない。お前の癒しの語りでも鎮められないだろう」

「分かっている。怨念が強すぎる。恵禅尼の影響だろうな」

 二人が話している間に、悪霊たちの呪縛が解けて、涼悠に襲いかかった。

「まったく、お前たちは。理性をどこへ置いてきたんだ? ちゃんと人に戻れよ」

 悪霊たちは強い邪気を放ち、涼悠の身体に害をなそうと何度も襲ってきたが、涼悠にとっては、それらは全く問題にはならなかった。

「涼! もうこいつらの魂は滅するしかない」

 颯太はそう言って、周りを取り囲んできた悪霊を滅した。

「分かっている」

 涼悠がそう言って、残りを滅したところで、更に強い邪気が彼らの前に瞬時に現れた。それは、涼悠にも予期せぬことだったが、咄嗟に強い霊気で颯太を包み、邪の者の前に立ちふさがった。

 そこに現れた邪悪なるものが何者なのか、その姿を初めて見た涼悠は確信した。

「恵禅尼」

 涼悠がぽつりというと、強い邪気の波動が恵禅尼の身体から放たれ、黒い波紋が広がった。颯太は涼悠の霊気の結界に包まれていて、その波動は受けずに済んだ。涼悠も防御の姿勢で、その波動を受け止めた。都は沙宅家の結界で守られていたが、その波動により、大正門と羅城はビリビリと音を立てて半壊した。

「なんて強い力だ。まさか、師匠がやられたなんてことはないよな?」

 涼悠が言うと、

「秋麗様が、そんなに弱いわけがないだろう。だが、負傷した」

 たまがそう言って、涼悠の傍らに立った。

「師匠はどこだ?」

「鬼共に託した。深い傷を負った身体で、お前の元へと向かおうとしたから、私が縛った」

「お前が師匠を縛った?」

「ああ、秋麗様の力が弱まれば、私の力の方が勝る。無駄話は終わりだ」

 恵禅尼が獣のような咆哮と共に、次の波動を放った。それは空気を震わせて広がり、大正門も羅城も破壊されて飛び散った。

「珠、やれるか?」

「ああ、私に指示しろ」

「恵禅尼を俺が縛る。そして、また金剛山へ連れて行き、封印を施す」

「分かった。私が運べばいいんだな?」

「ああ」

 涼悠は残りの霊力をすべて使い、恵禅尼を呪縛した。それは死を意味するものだ。

「やめろ! 涼!」

 颯太は泣きながら叫んだ。しかし、涼悠を止めることは出来なかった。結界に守られ、そこから出る事も出来ずに、ただその成り行きを見ていることしか出来ず、拳で何度も結界を叩き叫び続けた。

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