訳なしのキミと、訳ありのボクと
望月しらす
君はボクを連れ出した
プロローグ
思い返すのは花火のようなあの夏の日の記憶。澄み渡る空に灼熱の太陽、蝉たちの生命を感じさせる大合唱にせせらぐ川の音。猛暑の中、木が生い茂る山の中は涼しくて、よく虫を取ったり、川遊びをしたり、意味もなく山頂まで登ったり下りたり、と山を遊び場にことを思い出す。
田舎に住んでいたけれども、そこでの生活が気に入っていたボクは引っ越しが決まってよく泣いていたっけか。
引っ越し前日、仲の良かったあの2人はいつも通りに一緒に遊んでくれた。おかげで別れを感じることがなくて、僕たちは離れていても心は繋がっているのだと感じられて嬉しかった。
ーーアオちゃん!こっちこっちー!
ーーアオ!ムカデだ!捕まえようぜ!
赤ちゃんの時に母を亡くしているボクをみんなが憐れんで接してくる中、あの2人だけはボクと対等に接してくれた。
ーーうわ、あれ!蜂の巣だよ!蜂の巣!
ーーだれが山頂まで1番早く行けるか競走だ!
みんながボクから一歩引いていた。大人も、子供も、みんなボクを可哀想な子を見る目で見ていた。ボクがそれに怒るとよりいっそうその憐れみは強くなった。世界から締め出され、閉じ込められるような感覚を覚えた。
ーーアオちゃん!
ーーアオ!
そこで、あの2人と出会った。世界が色を取り戻したようだった。ずっと3人で過ごしたいと思った。
だけど、それはもう二度と叶わない。
そう、思い出すのはあの夏のあの日の記憶。梅雨明けの激しい雨の日の翌日の記憶。大雨の、豪雨の後にもかかわらず川は穏やかに流れていたのを覚えている。けれど引越し前、あの二人と別れる前に聞いた声は決して穏やかなものではなかった。
ーーアオちゃん!逃げて!
ーーアオ!お前だけでも逃げろ!
ああ、そうだ。あの日からボクはまた……。
にわかに激しくなった川の音と共にボクの意識は流されていった。
〜〜〜〜
蝉の声を聞き流しながら飛び起きる。カーテンを開け、窓を開けると、そこは灼熱地獄。ゆらめく視界が今日の暑さを物語っていた。
伸びをして窓とカーテンを閉める。夏用の薄手のパジャマは汗でびしょびしょだった。それが気持ち悪くて、ボクは汗を流そうと浴室に向かった。
あの日から、梅雨明けは早起きばかりだ。
〜〜〜〜
七月も後半、一学期末のテストを終えたボクはクラスメイトの田中と駄弁っていた。
「お前、いつもその髪飾りつけてるよな」
呆れた表情を浮かべ、そう指摘するのは田中。部活には入っていないもののなかなかにゴツめの体格をしている。中学からの知り合いで、このクラスで唯一ボクがちゃんと話す相手である。
田中が指摘しているのはボクの赤い髪飾りのことだ。赤いアジサイに赤い羽が2枚添えられているといった感じの衣裳の髪飾りである。
「うるさいな。何をつけようがボクの勝手だろう」
「でもあいつらがまたお前をバカにしてた。女男だって」
「知らないよ。……勝手に言わせておけばいい」
正直に言うと男性が身につけるにはいささかかわいすぎるデザインではある。そこにボクの女顔や体質のことが加わるといわゆるそういう人なのか、などと思われるのは想像に難くない。かといって他人にどうこう言われる謂れはない。
ボクはこれ以上その話題を続けるなという気持ちを強く込めて低くそう返した。こうした時、彼が踏み込んでくることはないのだ。
「夏休みはなにして過ごすんだ?」
「何もしないよ。強いていうなら読書かな。せわしなく過ごすつもりはないんだ」
田中の下手な気遣いに乗り、いつものようにぶっきらぼうにそう答える。田中がそうか、と言うとボクらの会話は終わりを迎えた。
しかし、ボクの夏休みが穏やかに終わることはなかった。
訳なしのキミと、訳ありのボクと 望月しらす @aiyoaiyo
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