第6話 マッスルパーティー

「ねええ、薫ちゃん、お願い、マダム・タマラに会わせて。マダム・タマラが、事件の重要な手掛かりを持っているんだって…」

 少し酒の入った流石は、思いっきり甘えた声で、そのニューハーフに話しかけた。

「あんた、頑張ってるのはわかるけど色気が全然ないわね。ううん、気持ちはわかるけど、あの方は私たちにとって、神様みたいな人だから…。おいそれと頼みごとはできないわ…」

 薫ちゃんはそういうと、ブルーベリーサワーをもう一杯用意した。するとウタポンが瞳をウルウルさせながら薫ちゃんにグッと近づく。

「お願い、このニューハーフのショーパブ、アルティメットミューズに来るまでもそりゃあそりゃあ大変で、ここに来たら、絶対にマダム・タマラに会えるって聞いたから頑張ってたのに…。お願い、マダム・タマラに合わせて…」

 すると薫ちゃんが大きな声を出した。

「ううん、ウタポンってかわいい、いじらしい、守ってあげたい…でもあたし、根本的にオカマなの。感じないわ。残念ねえ。それに、あたしたちみたいな下っ端じゃ、どうにもならないのよ」

 すると、ウタポンの隣にいたマスクの女が、薫ちゃんに迫った。

「じゃあ、薫ちゃんをオカマと見込んでお願いするわ。マダム・タマラに話を通せるお偉いさんをここに連れてきてくれはりますやろか」

「あら、それは面白いかも…。でも、サリーお姉さま連れて来たら、あとが大変かも…」

 すると、ブルーベリーサワーを一息にグビっと飲みほし、流石が食らいついた。

「責任は、この捜査一係、白峰流石がきっちりとったる。しのごの言ってないで、その、サリーお姉さまをここに連れてこんかい」

 すると、薫ちゃんはニコニコ笑いながら立ち上がった。

「うふうん、刑事さん、女にしとくのもったいないわ。色気は無いけどかっこいい。今、あたしキュンときちゃった。待っててね。いまサリーお姉さまつれてくるからさ」

「色気がないだけ、余計じゃー」

 いったい娘三人組がなぜオカマのショーパブにいるのか、マダム・タマラとは何者なのか。そりゃあ、ここまでも大変だったのだが。やがて、店の中がちょっとばかり緊張した。めったに出て来ないサリーお姉さまがやってきたのだ。

「ふうん、あなたたちね。とんでもないリクエストをしている三人組って…」、

 サリーお姉さまは、すらっとしたシルエット、気高き瞳、亜麻色の髪がサラサラなびく絶世の美女…流石は負けちゃならんと睨み返したが、すごい、目を丸くして見上げるしかなかった。

「デ、デカすぎる…」

 そう、ニューハーフのサリーお姉さまは百八十五㎝以上ある、鋼のような筋肉がまぶしい位、超強力なお姉さまだったのだ…。でも、はったりなら負けていない。

「わざわざ呼び出して悪かったわね。この白峰流石、逃げも隠れもしないわ。お話しましょうか」

 もう、捜査だか何だかわからなくなってきた…。ことの始まりは、昨日の朝にさかのぼる。


 天山署の捜査一係の朝の打ち合わせ。珍しく柴田が何かを説明している。

「…と、いうわけで、友田、安川、そして先日の錦織、この三つはすべてこの県境の地域の、しかも違う管轄で起こった殺人未遂事件だということが確認されました」

 すると流石がどや顔で補足説明を加える。

「駐車場に停まっていた怪しい車のなかで偶然見た日にちと人名が一致したんです。しかも、錦織の事件は起きたばかり、新聞報道やテレビ報道の前です。運転者は弁当屋だと言っていましたが、確実な裏付けはありませんでした。さらに、次の予告殺人のような日付と人名まで記載されていたんです。この一連の事件には、何か関連があると思われます」

 突っ走りすぎる流石を押さえるように柴田が続けた。

「ですが、友田は、釣りの最中に突き落とされての窃盗、安川は夜道を帰宅中の通り魔事件、錦織は先日の薬物強盗ですから、犯人の年齢も動機、手口もみんなバラバラで、特に共通点はないように思われます。ちなみに、友田は海産物の問屋、安川はワインの輸入業者、錦織はイタリアの輸入雑貨の会社を去年までやっていたそうです」

柴田のよどみのない説明が一通り終わった。白峰が食らいつく。

「友田と、安川の事件の犯人は何歳くらいなのよ」

「ええと、はい、友田の釣り仲間の証言だと、周辺にいたのは四、五十代の男性ばかり、安川の犯人は十代のおやじ狩り部隊だと推測されています」

高橋がつっこみを入れてきた。

「犯人像に共通点がないとして、被害者につながりはないんですか」

「どうも、本人たちが語りたがらないのではっきりわかりませんが、被害者たちは、昔の遊び仲間だったらしいです。まだ襲われていない、片桐さんや、東条さんも、ほぼ確定ができました。みんな同い年で、昔の顔なじみです。それ以上はなんともいえません…」

 すると、黙って聞いていた大橋部長が口を開いた。

「よく調べた柴田刑事。さらに追跡して、追って連絡してくれ。さあ、それでは、打ち合わせは終わりだ。それぞれの仕事にかかってくれ」

 皆がいっせいに動き出した。白井は、聞こえるようにブツブツ言いだす。

「よくもまあ、でどころのはっきりしない情報を会議にかけるよな。あれじゃ、仏の部長様も、調べてくれとしか言いようがないよな…」

「ふん、そのうちに驚くなよ、このカマキリ野郎!」

と、流石は心の中でつぶやいた。

 柴田と白峰は丸亀のところに駆け寄って行った。

「その弁当屋の正体も気になるが、今確かなのは次の事件予告の片桐だ。アポはとれたのかな。」

「ばっちりです。隣の署にも許可をもらったので、事情聴取なら、すぐにでも出かけられますが…」

「わかった。じっくりいこうか」


 しかし、捜査はやはりなかなか進展しなかった。パソコンのネットサービス会社の片桐社長も、穏やかな人柄ではあったが、錦織と同じで、肝心の部分になると口が重くなるのであった。

 昔の仲間についても曖昧で、何も新しい話は出て来なかった。ただ、最近、妙な嫌がらせメールがあり、命の保証はないなどと書かれたと神経質になっていた。犯人は、ネットカフェをうまく使い、居所が確定されないようにしているらしい。

「じゃあ、次は私が狙われるというのですか…」

 片桐社長の話によると、その日は、会社の十周年記念パーティーがあり、どうしても出席しなければならないのだという。その日、チーム白峰が一日つきっきりで警護に当たることにはなったが、あの殺人計画の真相も、口を閉ざす被害者も、まるっきり謎の扉の向こうであった。

 その日の夜、裏道グルメ研究会は、場所を変えて例会を開いていた。いつもの地球屋は、マスターがどこぞの漁師のところに買い付けに行くとかで3日ほど店を閉めるというのだ。

「というわけで、今日は風水薬膳料理の竜玉楼での開催でえす」

「ウタポンね、一度は来てみたいと思っていたのよ。曽根崎さん、ご招待、ありがとうございますう」

 ウタポンが、珍しく最初からノリノリ、流石もいつもと目つきが違う。

「ええっと、じゃあ詳しい生年月日と、生まれた時間、生まれた場所をここに書き込めばいいんですね…、うう、開運、開運じゃあ」

 この竜玉楼、格式が高いわけでも、値段が高いわけでもない。でも、なぜ裏道グルメなのかというと、お客さんが増えるとたちまち捌ききれなくなるからだ。にこやかなチャンさんがみんなの書いたものに目を通しながら話しかけてくる。

「ほうほう、みなさん、変わった星をお持ちのようアルねえ。女の子二人は、特に陽の気が強まっているところだから、今日はボリュームたっぷりのメニューになると思うアルよ。ええっと、しばらく占いの鑑定に時間がかかるけど、待ってるアルよ」

 そうなのだ、ここは来客の細かい生年月日を聞き、今日一番体に必要な漢方薬や食材を占いで出すのだ。

 さらにそれらを組み合わせて、オーダーメイドの食事を作ってくれるのだ。占いだから、本人にも自覚のない症状まで直してくれると評判だ。だから、一日のお客をたくさん取ることは決してできない。でも、チャンさんは漢方薬の輸入会社もやっていて、店の評判のせいか、しこたま儲けているらしく、ふつうの人気中華料理と値段は変わらない。

 しかも、チャンさんの料理はとてもおいしいことはもちろん、体の疲れや、ストレス解消、慢性病にも聞くともっぱらの評判だ。裏道グルメの曽根崎の人脈がなければ、なかなか来られない店なのだ。

「あのう、チャンさん、恋愛運とか、色気とかにもここの料理は効くんですかね」

「ああ、うちの料理は運勢がどんどんよくなるよ。間違いなし。じゃあ、特に恋愛に効く薬膳にするアルよ」

「ええ、本当ですか! ギャッハハハハ…」

「っていうか、その豪快な笑いから直した方がいいかもね」

 皮肉を言いながらも、二人娘が喜んでいるので、曽根崎も悪い気はしないらしい。少しするといろいろな漢方薬を調味料にふんだんに使った中華の前菜が運ばれてきた。一人一人皿に乗っているものが全然違うが、目にも鮮やかで、食欲をそそる。

「香りもいいし、なんてきれいな盛り付けなのかしら」

 するとチャンさんがニコッと答えた。

「五行の色素をその人の占いに合わせて組み合わせてあるアルよ。色がいいと、体も喜ぶアルよ。今日は、頭の回転が良くなる特別な前菜よ」

 一口噛むごとに、体がよくなるような気さえする。

「ちなみにさあ、この間最先端の科学健康料理をやっている、ハーバード大学のマクロビオテックの専門家をここの店に連れてきたんだけど、体内酵素や必須化学物質などを見事に体調に合うように組み合わせて作ってあると絶賛していたよ。ただ占いだけで見事に体調を言い当てるのは、東洋のマジックだと驚いていたけどね」

 流石は、でも曽根崎の説明はもう半分も聞いていない。この待ち時間を利用して、二人に捜査のヒントをもらうつもりのようだ。

「というわけでね、私が偶然乗った車に、犯行計画があったのよ」

「ふうん、それが本当かどうか、その次の片桐社長が襲われればわかるわけだ」

「はっきりしないけれど、全員昔の遊び仲間で、同い年、片桐さんが襲われるのは間違いない。でも、その原因や、犯人のことが全然霧の中なのよ…」

 そう言って、流石は、男たちの職業や、怪しい点などを詳しく説明した。

「なるほど…、と、いうことは、あれ、片桐社長って、もしかして片桐グルメネットの片桐さんか? ウタポン、会ったことあるんじゃない?」

 そう、ウタポンはネットで有名な料理研究家。世界中のあらゆる料理を家庭で簡単に作れる魔法のレシピで話題の人なのだ。だから、ネット業界からの引き合いも多い。

「ああ、あの片桐グルメネットの社長さんなら何回も会ったことがあるわ。なんか例のイタリアンスウィーツの『タベルナ・ココデ』と提携していて、バレンタインケーキをコラボ企画で作ったから、感想を聞きたいって、この間もお仕事でね」

「え、ちょっと待って、ウタポン。今イタリアンって言っていたわよね」

「それがなにか?」

「今は落ちぶれて違法な取引をやっていた錦織だけど、去年までイタリアの輸入雑貨の会社をやっていたっていうのよ…。イタリアつながりかしら…」

「イタリアつながり? ああ、もしかして、イタリアはイタリアでも、レストランつながりじゃないかな。安川もワインの輸入業って言ってたから、イタリアの輸入品を篤かっているんじゃないかな。それにイタリアンの店にはよくイタリアの置物や雑貨なんかも置いてあるよな。錦織の会社だよね。きっとそうだよ、全員イタリアのレストランかなんかでつながるんじゃないか?」

「スッゲー、曽根崎ちゃん、天才」

「さすがですわ。私の一言で、あっという間に…」

「ほう、頭の回転がよくなる前菜、さっそく効果出たアルね」

 さて、盛り上がる三人のところにチャンさんの豪華メイン料理が運ばれてきた。

 ウタポンには肉汁たっぷりの水ギョーザ、フカヒレとウニの漢方スープ、流石には黒酢と八種類の野菜の酢豚とスタミナチャーハン、どちらもなかなかのボリュームだ。

「娘さん二人には、大きな開運のチャンスがあるけど、体力も使うから、内面から気力を高め、胆力を上げるような薬膳アルよ」

 曽根崎のところには、あっさりとした中華がゆが運ばれてきた。

「曽根崎さん、星の巡りがずーっと悪くて、ストレスが限界にきているみたいだから、十二種類の穀物が摂れるスペシャル薬膳がゆよ。体をいたわるよろし。」

 まずは流石が声を上げた。

「ああ、おいしい。なんか薬っぽいのかと思っていたら、スパイシーですごい食欲そそるわ!」

 流石が大口で食らいつく。チャーハンの米粒がもう、ほっぺたにくっついている。

「なんだか、体の芯がジンジン熱くなります。なんか、お肌にもすごくいいみたいだし…」

 ウタポンは体中の血流がよくなり、なんか火照って色っぽい。

「俺のストレスたまってるのをよく当てたもんだ。うう、体がこの優しさの中に埋もれそうだ。食べるというより、体が求めているって感じだ…」

 さらに、オーダーメイドの中華デザートも食べつくし、三人とも生き生きツヤツヤピカリンコの状態だ。

「さあ、これでみんな運気上昇間違いなしアルよ」

「じゃあ、明日の今頃は、男に囲まれてウハウハかしら」

「ああ、男運もばっちりアル。明日か明後日の夜にはもういやというくらい男が寄ってくるアルよ。チャンさんを信じるよろし」

 なんか本当にそんな気になってきた。

 流石が最後に曽根崎に聞いた。

「ありがとう、もしかしたら、イタリアンのレストランつながりで、やつらをくくれるかもしれない。でも、もっとやつらのこと詳しくわからないかな」

「そうだ…マダム・タマラだ」

「マダム・タマラ?」

「日本の政財界のお偉方が、夜の政治を行っていると噂も高い、『ファラオノーツ』って高級店のオーナーで、そのほかにもいくつもの店を流行らせている謎の女だ。もとミュージカルの花形女優だったとかで、今も年に1回ぐらいは舞台に立っているらしいんだけど、あとはほとんど表にでてこない。どこにいるのかもわからない。でも、飲食店なんかの裏のことは全部仕切ってるんだ。噂に聞いたんだが、彼女はレストラン業界の内情を詳細に記録した『タマラファイル』というのを持っているそうだ。それさえあれば…」

「どこにいるんだかわからなくても、警察の捜査なら逃げられないでしょう」

「ふふふ、甘いな。彼女は警察嫌いらしいし、居留守を普通に使うって話だ」

「そうだなああ、占い好きの有名人でも連れていくんだな。マダム・タマラはよく当たる占いもやってるそうなんだけど、よっぽど有名な人じゃないと見てくれないって話だからな。」

「我に勝算あり…ふふふふ」

 流石が、不気味な笑いを始めた。チャンさんの料理で、パワーが異常に増幅してしまったのか。とにかく不気味だ。

「我に勝算あり、行くわよ、ウタポン」

「はい、いいわよ。何を手伝えばいいかしら」

「そうね、まず…」


 そして翌日、流石のマダム・タマラ捜しが始まった。予想通りというか、午前中警察を通しての事情聴取は、見事に肩透かしをくわされた。所属事務所、経営している店に何度問い合わせても「長期旅行中で、連絡がとれない。」と繰り返されるばかりであった。そこで、ひそかにウタポンに連絡して、おいしいお土産と占いの好きそうな超有名人を呼んでもらったのだ。ケーキも手作りし、まさかの大物を連れて来るのに成功した。先日のミートパイの力が絶大だったようだ。ウタポンは、かなり苦労したみたいだった。なんたって、今日の今日である。

 さらに曽根崎から連絡が入り、マダム・タマラはそばまで来ていて、どうも、今晩、経営するショーパブに姿を現すらしいとのことだった。

 退勤後、夜の街で流石はウタポンたちと待ち合わせ。だが、流石は電車をお約束通り乗り過ごし、ウタポンとすれ違い、ショーパブで待ち合わせにしたら今度はウタポンたちが店を間違え大騒ぎ、やっとのことでこの『アルティメットミューズ』に行きついたのである。


 気高きサリーお姉さまは、その見下ろすような美貌でこちらに迫ってきた。

「あら、刑事さんって聞いてたけど、なかなか美形じゃない。なにより、鼻っ柱が強くて、いい目してるわ」

「今、私は重大な事件を担当してます。もう、三人が命を狙われ、今度は四人目の命が危ない。それでどうしても、マダム・タマラに捜査の協力をお願いしたいの。」

すると、サリーお姉さまは軽く首を振った。

「あなたもばかねえ。マダム・タマラは警察嫌いなのよ、聞いてない? 警察が会いたいって言ったら、ますます出て来なくなっちまうわ」

「ちゃんと考えてあるわ。占い付きの有名人を連れてきたわ。占いっていえば、会ってくれるでしょう」

「あら残念、占いは予約がないとやらないわ。じゃあ、1週間くれれば、占いの予約ってことで、マダム・タマラに連絡をいれるわ。それでいいかしら」

 しかし、流石は首を大きく横に振った。

「あら、まさか断るつもりなの? いい度胸ね」

 すると流石ははっきりと答えた。

「ありがとう、サリーお姉さま。でも、事件は待ってくれない。1週間後では遅いわ。間に合わないのよ」

「そう、残念ね。じゃあ、今回はここまでよ」

 サリーお姉さまは、大きな舞台のある店の奥へとサッと歩き始めた。

「あら、逃げる気」

 サリーお姉さまはピタリと止まった。

「あなた、自分の立場がわかってないようね」

「こうなったら力ずくでこちらの言い分を聞いてもらうしかなさそうね」

 すると、さっきの薫ちゃんが、青い顔をしてサッと飛び込んできた。

「力ずくはやめて、やめて。サリーお姉さまは、カミングアウトするまでは、プロのマットに上がっていた喧嘩ファイターだったのよ」

 だが、酒に酔っているのか、流石は笑い出した。

「面白いじゃない。そのくらいじゃなくちゃ盛り上がらないわ」

 すると流石のはったりがクライマックスを迎えてしまう。流石は指を三本立てて、サリーお姉さまに言い放った。

「三十分ちょうだいな。そしたら、あなたより大きくてもっと強い人をここに呼んじゃうんだから」

 すると、サリーお姉さまは笑い出した。

「ほほほ、あなたって言っていることがぶっとんでて面白い、面白すぎる。筋は通ってないけど、面白いから付き合ってあげる。ただ、へんな奴連れて来たら、お話はすべて終わりよ。いいわね」

「もちろん。二言はないわ」

 するとウタポンの隣にいた、マスクの女も突然言い放った。

「じゃあ、うちにも三十分くれはりますか。あんたより大きくてきれいな娘を呼びますわ」

 サリーは笑みを浮かべながら一言言って去って行った。

「三十分後よ」


「ふふ、見てなさいよ。あたしが呼べば、すぐに大物が来るのよ」

 しかし、携帯を操作する手があぶなっかしい。もともと機械音痴の上に、酔っぱらっているのだ。

「ええっと、ええっと、間違えた。もう一度」

 そんなこと言ってる間に、マスクの娘はそのデカい女に連絡がとれたといって、勢いづいている。

「あああ、もしもし、え、丸亀さん? すいません、間違えました。今どこにいるかってね、アルティメットミュウーズなんすけどね。はあ、また報告します。さいなら」

もう二回も間違えている。さすがだ。でもやっと三回目に相手に通じたらしく、説得にかかる。

「ねえ、確かここ三日は仕事ないはずよね。うん、ちゃんと知ってるんだから。ちょっと来てくれるだけでいいのよ。お願い。そうだ、ウタポンもいるわよ。え、来るって? わかりやすすぎるわ。じゃあ、場所なんだけど…」

 そんなことをしているうちに、一人の屈強な女が大きなトランクを抱えてやってきた。そして、マスクの女の前にすっとひざまついたのだ。

「ヨーコ、参上しました。なんなりとお申し付けください」

 なんか、この屈強な女、マスクの娘に命まで賭けているという感じだ。

「すぐに用意してくれる? あのとびっきりのやつがいいわ」

「了解」

 女はさっと化粧室に飛び込むと何か用意を始めた。

 そんなことをしているうちにあっという間に三十分が過ぎ、サリーお姉さまが数人のオカマダンサーを連れて歩いてきた。

「ずるい、ハイヒールはいて、五センチは高くなってるわ」

 もうすぐショーパブのショーが始まるとかで、派手な衣装に派手なハイヒール姿になっている。ダンサーもみんな色鮮やかに、着飾っている。

 それにしても、みんな背が高く、腹筋も割れ、動きに一部の隙もない、女装してるけど、すごい迫力だ。

「へへ、あのくらいは屁でもないわ。ヨーコはん、出番やで」

 すると、店の奥から歓声が上がった。二十センチはあるハイヒール、そして輝く翼、盛り上げた髪は三十センチはあり、身長は、ゆうに二メートルは超えている。

 しかも、その女は、そんな衣装をものともせず、軽やかにステップを踏んで、サリーお姉さまの前に舞い降りたのである。

「スペース・ファンタジー・オーケストラ、エスピオのダンサー、マーズストームのスキャパレリ・ヨーコ参上!」

「やるわね、あんた。私たちと勝負するつもり? でも、残念、もう一人が来てないみたいね。ここで、もう終わりかしらね」

 すると、マスクの女がマスクと帽子を投げ捨てた。

「トゥインクルグルグルタマコ、あたしも歌と踊りなら負けないわ」

 広い店内から歓声が巻き起こる。知的な美貌、超有名人の登場だ。しかも、流石の呼んだあいつも、このタイミングにのっそり姿を現した。

「遅れてすまん」

「あれえ、大吾さん、来てくれたんだ」

 ウタポンの歓声が上がる。そう、裏道グルメの聖地「地球屋」の店員大吾、心優しい大男だ。店内からどよめきが起こる。

「どう、大吾はね、元から二メートル以上あるんだから…」

 なんかすごいメンバーだ、オカマダンサーズとロックバンドの歌姫に、最強のコスプレダンサー、二メートルの大男、そして、女刑事に、美人料理研究家である。

 いったい、なにがどうなっちゃうのか、流石にもわからなかった。

だが、驚いたことに、突然サリーお姉さまが飛び出した。そして大吾の胸をつかんだのである。

「大吾、あたしは、強いおまえに憧れていたわ。愛していた。なのに、遊び歩いて、体壊して、肉がだぶついて、セミリタイヤなんかしちゃってさ。弱くなったあんたなんかに会いたくなかったわよ」

 そう、大吾は総合格闘技の世界チャンピオンだったが、以前体をこわし、セミリタイヤしていたのだった。

「え、この二人、どういう関係だったの?」

 しかし、大吾は余裕で微笑みながら、サリーお姉さまの手をゆっくり振りほどいた。

「何よ! 大吾の馬鹿野郎!」

サリーの平手打ちが、ものすごい音とともに、大吾の胸元にめり込んだ。二度、三度、すごい音が響き渡る。だが、大吾はよけようともしなかった。

「俺が体をこわしたって? いつの話しだったかな」

 大吾はそう言いながら突然シャツを脱ぎ、、上半身裸になった。

「こ、これは…」

 サリーお姉さまが目を丸くした。そこにあったのは、現役時代をはるかにしのぐ張りのある、見事にシェイプアップされた肉体であった。肉のだぶつきなどかけらもない。美しい!

「大吾、あ、あなた…」

「俺は、地球の恵みを感謝の気持ちとともにきちんと食べることにより、よみがえったのさ。暮れのタイトルマッチは、たったこれっぽっちも負ける気がしない」

 この二人の間に以前、何があったのか知らない。でも今サリーお姉さまは大吾の大きな胸で泣き崩れていた。

 すると、トゥインクル・グルグル・タマコが叫んだ。

「ちょっと、私たちはどうすればいいの、かっこよく用意したのにさあ」

 するとサリーお姉さまがサッと大吾から離れ、オカマダンサーズになにか合図した。

「女刑事さん、甦った大吾を連れてきてくれて、ありがとう。彼は格闘技を志していた時の、私の夢だった。感謝と敬意を表して、今から、アルティメットミューズの最高のダンスをプレゼントするわ。そのあとで、マダム・タマラにもお願いしてあげる。行くわよ」

 すると、タマコがオカマダンサーの中に突撃、エスピオのカラオケあるのとか、ダンスの掛け合いできるの、とかいろいろ叫びだした。

「ワン、ツウ、スリ、フォー!」

 トゥインクルグルグルタマコの六オクターブの歌声が空間を切り裂く、スキャパレリヨーコがなんとオカマダンサーズとともに登場。オカマダンサーズの割れた腹筋、鋼のような練り上げられた筋肉が躍動し、その凄い迫力の中に、妖精のように、いや巨大な火の鳥のように、スキャパレリ・ヨーコが軽やかに舞い踊る。

しかも、曲が間奏に入ると、サリーお姉さまと大吾が入場、サリーお姉さまのハイキック、カミソリワンツーパンチが襲い掛かる。それを、あるいはいなし、わざと受け止め、笑いながら反撃する大吾。膝蹴り、ひじ打ち、ハンマーパンチと凄い迫力、技のキレも最高だ。

 トゥインクルグルグルタマコの歌声もさえわたり、オカマダンサーズとスキャパレリヨーコのダンスはゴージャスを極め、サリーと大吾が命を懸けた真剣勝負のような感動を見せだ。だがその時、調子に乗った酔っ払いが、俺たちも混ぜろとばかりに、殴り合いを始めた。笑いながらまわりのテーブルをひっくり返し、やりたい放題だ。このままでは、サリーお姉さまと大吾に殴りかかって行く勢いだ。薫ちゃんを始め、数名のニューハーフが席に戻そうと駆けつけたが、かえって調子に乗って暴れ出すのである。このままでは、せっかくのショーが台無しだ。

「畜生、あのおっさんたち全員逮捕だ」

 流石が立ち上がった時だった。丸い太ったおじさんが、どこからかすーっと姿を現し、酔っ払いたちに近付いたのである。

 すると酔っ払いは、そのおっさんを殴りつけようとして、逆にひっくり返り、躓き、同士討ちになり、そのうち腰が抜けたようになって、椅子に座りこんだのである。ショーは無事に終わり、なんかみんなで抱き合って、大声で声を掛け合っている。いつの間にか、みんな仲良しだ。なんだこりゃ。

 大吾が舞台から飛び降り、さっきの太ったおじさんに声をかける。間違い電話を掛けられてやってきた丸亀である。

「白峰刑事の上司の方だそうで。御見それしました。今のは天外流合気道術の応用技ですね。あの酔っ払い、自分が技で座らせられたのも気付いていないでしょう。いやあ、すごい技だ」

「しー、流石君には黙っておいてくださいね。なんとかなりそうだから、私はこれで退散します。ありがとう」

 その時、サリーお姉さまのところに、ニューハーフの伝言がきた。

「あら、よかった。今のをマダム・タマラが見ていたそうよ。すぐにでも会ってくれるってさ。よかったわね」

 流石たちは、店の二階にあるサロンへと案内された。


「いらっしゃいませ」

 ゴージャスな金髪、大粒のブラッドルビーが輝く高貴なドレス、神秘的で気品に満ちた生きた伝説、それがマダム・タマラであった。

 本当の年齢はわからない。だがマダム・タマラは想像に反して、三十代半ばにしか見えない、若々しい、神秘的な女性であった。せっかくここまで来れたのだ。なんとか機嫌をとって、情報を聞き出さなければ、流石は使命に燃えていた。しかし、イギリスの貴族の屋敷を思わせる豪華な内装、温かな雰囲気、ウタポンは、夢見るように雰囲気に浸っている

「マダム・タマラ、あなたが占いをしてくれると聞いて、友人を連れてきたんです」

「あら、そうなの。私、とっても気分がいいから、特別に見てあげてもいいんだけれど、最初に一つだけ聞いておくわ。そこの三人のお嬢さん」

「はい、タマコです」

「ウタです、ウタポンと呼んでください」

「白峰流石です」

「あなたたちの夢は幸せは、何かしら」

 変な答えを言ったら、多分そこで終わりなのだろう。緊張が走った。でもまったくそんなことを考えないで、タマコが話し出した。

「やっぱ最高のステージやね」

 マダム・タマラは笑っている。ウタポンが続けた。

「おいしい料理を作って笑顔になってもらうことです」

 こうなってはしかたない、流石も、覚悟を決めて思った通りをきっちり答えた。

「そりゃあ、事件を解決して、街の平和を守ることです」

 一瞬静けさがあたりに広がった。みんな、マダム・タマラを見つめていた。

「合格ね、私は、夢をいくつも追いかける人と、お金や富ばかり追い求める人の占いはしないのよ」

 みんなきょとんとしてマダム・タマラを見つめた。

「夢は大きいほうがいいけれど、たくさんはいらない。あなたの体は一つしかないでしょ」

「は、はい」

「どんな天才だって、そんなにいくつもの夢はかなえられない。選択は少ないほうがいいのよ。あとあなたたちは、お金や物を欲しがらなかったから、さすがね」

「そ、そうですか…」

「本当に欲しいものなんて本当は自分でもわからない。幸せって形のあるものばかりじゃない。朝と夜とで変わるでしょ」

「そうかもしれません…」

「自分でがんばって手に入れたものこそが、自分の欲しかったものだと思える人は本当に幸せよ」

「なるほど…」

「人にはその人相応のものが決まっているのよ。それをわからず大金や財産を手に入れれば、人生のバランスが崩れるのよ。あなたにも私にも一人一人の中に、この世にひとつしかない幸せの種が埋まっている。その花を咲かせることが、自己実現こそが近道なのよ。いいかしら、そこをわかってくれる人には、占いで、幸せのお手伝いをさせていただくのよ」

「はーい」

 部屋の奥で椅子に座っていたマダム・タマラは、そこまで言うとやさしく微笑んだ。

「難しいこといってごめんなさい。もう終わりよ。そう、そういえば、先ほどは、すばらしいショーをありがとう、今日来たお客は幸せね」

 すると、ニコニコしながら、トゥインクルグルグルタマコが飛び出した。褒められてうれしかったのだ。しかし、この娘をノリノリにさせると、後がこわい。タマコは、突然タマラの横に立つと大きな声で叫んだ。

「ええっと、タマコとタマラでダブルタマチャンでえええす」

 流石は唖然とした、初対面でこのノリ。こっちの天然を忘れていた。これで心象を悪くしたら、ここまでの努力がすべて水の泡だ。

 ところが、意外な展開になった。マダム・タマラは立ち上がると、タマコの肩に腕をかけ、自分から叫んだのだ。

「タマラとタマコでダブルタマチャンでええええす。うふふ」

 みんなで大笑い。流石も、一緒に来ていたサリーお姉さまも、ちょっと引きつりながらいっしょに笑った。マダム・タマラは想像より、ずっと器の大きい人のようだ。

「女刑事さん、あなたからの依頼はもう承知済みよ。サリーちゃん、例のファイル持ってきて。」

 サリーが飛んで行っている間、今度は膝の上にタマコを乗せると、突然生年月日を聞き、大きな水晶玉を取り出した。今すぐにでも、占いをしてくれるらしい。

「ごめんなさい、私訳あって警察は嫌いなんだけど、ショービジネスは大好き、エスピオのコンサートも隠れて見に行ってるのよ」

「えー? ほんま? うれしいわあ」

「でも、タマコちゃんも音域広くてすごいわね。もろ宇宙人じゃないかって思うのよ。それから、スキャパレリ・ヨーコさんの踊りはいつもあんなにごてごてつけながら見事に踊りきるから感動してたの。そしたら、今日、手塩にかけて育てたうちのアルティメットミューズと共演してくれて、しかも柔と剛が見事にとけあって素晴らしかった、もう、涙ものだったんだから。」

 ヨーコは目を閉じて頭を下げた。

「ありがとうございます」

「あら、タマコちゃん、あなたの仕事運、今年、来年と、尻上がりによくなっているわ。すばらしい仲間に会える暗示も出てるし、うふふ、恋愛運もけっこういけてるわ」

「そうやろか。そうやろね、もう、男前の女刑事さんとすっかり仲良しになったし…」

「男前の女刑事っていったい何者よー」

 そこにウタポンが何か箱を取り出した。

「私には歌も踊りもできないから、ケーキを作ってきました。どうぞ」

 飲食店の影の支配者と呼ばれ、数々の美食通をうならせるマダム・タマラに手作りケーキ? よっぽど自信がないと、もしくは気合をいれていかないと恐れ多いのだが、例によって、ウタポンは何も考えてない。お友達のノリだ。

「あら、うれしいわ。最近手作りケーキなんてずいぶんもらってないわね。あら、これは、すごいわ。ミルクレープね、いったい何枚クレープ焼いて重ねたの」

「2十枚です。間にイチゴと特製のクリームが入っています」

「うちのパティシエに見せてやりたいわ。ほら、2十枚クレープ焼いて、間にいろいろはさんでごらんなさいな。普通は周りを切り取らないと全然形がまとまらないのよ、でも、端がきれいにそろって、おいしそうな形にまとまっているでしょう。細心の注意を払っても、なかなかこうはいかないのよ。ああでも、おいしそうだから、すぐにみんなで食べましょうね」

 マダム・タマラは自ら高級な磁器をならべて、ミルクレープを切り分けた。さらに、奥からいい香りがして、薫ちゃんが、紅茶を持ってくる。

「いっただきまああす」

「うわー、お、おいしい!」

 マダム・タマラもかぶりつく。

「最近の私の暮らしに足りなかったのは仲間と食べる、この味ね。すばらしい。おいしい。」

 ウタポンの手作りは、いつもみんなの絆を深める。なんかもう、みんなすっかりいい雰囲気だ。

 ウタポンも占ってもらい、なんか幸福は気が付かないけれど、すぐそばにあると言われて喜んでいた。

 そこにサリーお姉さまが、ファイルを持ってきた。おお、カジュアルに着替えたアルティメットミューズのメンバーと大吾も一緒だ。

「いやあん、女刑事さん、かっこよかったわ、しびれちゃう」

 あれ、流石の周りにはいつの間にか、薫ちゃんやオカマダンサーズが集まってきている。ウタポンが感心する。

「この間のチャンさんの男運ばっちりっていう占い、当たっているんじゃない」

う、確かに…大当たりだ。

「なんか複雑よー!」

 マダム・タマラがファイルを開いて話し始めた。

「ええっと、女刑事さんの占いを始めるわ。十年ちょっと前、もともと腕のいい二人のシェフがやっていた「タベルナ・ソレオ」っていうイタリアンがあったのよ。高級料理じゃなかったけれど、心のこもった芸術品だったわ。そこに自称経営コンサルタントの荒谷という男がチェーン店化しようとねじこんで、「タベルナグループ」ができたのよ。でも、チェーン店が軌道に乗り、グループが大きくなった頃に、私もはっきり覚えているけど、ある会議を境に、創業者二人が追い出され、荒谷がグループ全体を乗っ取ったのよ。あの当時、業界ではかなりの話題になったわね。ほら、そのときの乗っ取りに関わった荒谷の手下五人の名前が載ってるでしょ。友田、安川、錦織、片桐、そして東条、みんな、もともと荒谷の事務所に出入りしていたゴロツキよ。私も一回あったことがあるけど、程度の低い遊び人ね。しかも、そのあと創業者の一人は入院、もう一人の天才的シェフは交通事故で亡くなってね。うちらの業界では、消されたって話題でもちきりだったわ。この五人の男と、荒谷はね、他人の店とおいしい料理でしこたま稼いだうえに、その創業者の命を奪ったって恨まれてるわけ…。これでいいかしら。よければもっとくわしく載ってるからこのファイルをお貸しするわ。刑事さんの占いは、これで満足してもらえたかしら」

 みんな、シーンとなった。流石が進み出てファイルを手に取った。

「私たちのメチャクチャな申し出にこんなに丁寧に答えていただきありがとうございます。警察の不十分な捜査で、きっと泣いている人も多いのでしょう。絶対真実をつかみ、事件の全容を解明し、そこにこめられた思いを明らかにしたいと思います」

 流石の目には、涙が光っていた。すると、タマラは立ち上がり、そっと流石を抱きしめた。

「警察は嫌いだけれど、今の涙は本物ね」

 流石は、わけもわからず涙が湧きあがった。いっぺんに緊張がときほぐれたようだ。

「いいのよ。もっと泣きなさい。あなたは泣いて強くなる星。泣いて、もっと強くなって、明日からまた真実を追い求めるのよ」

 それは、聖母のようなやさしさだった。

 みんな、夜遅くまで占いをしたり、歌とダンスの掛け合いをしたり、最高の夜だった…。


 それから数日後、チーム白峰は、片桐の会社に向かっていた。柴田が、移動しながらいろいろ報告をする。

「タマラファイルの裏がとれました。あの乗っ取り事件は今となっては闇の中ですが、かなり強引な法律ギリギリの行動だったようです。そのすぐ後に創業者の一人が亡くなっていますが、飲酒の上での居眠り運転で、不自然なことが多く、再検証の必要があるかもしれません。もう一人の創業者は、今では高齢者福祉のNPO法人を立ち上げ、とても評判もよく、犯罪の匂いはまったく感じられません。片桐の件が片付いたら、一度話を聞きに行きたいと思ってます。ええっと、確か、高見沢さんって名前です」

「了解。もう、柴田君優秀、助かるわ」

「あ、ありがとうございます。今日もきっちり頑張ります」

 片桐は朝十一時まで社長室にいて、それから近くのパシフィックホテルで打ち合わせと十周年パーティー。終了後三時過ぎに会社に戻って、五時には退社。狙われるとしたら、移動中と多数の参加者が集まる、パーティーの会場だろうということになった。

 やはり、十一時までは何も起こらない…緊張した時間が過ぎていく。やがて十一時、警察の車両に乗って片桐はゆっくり移動していった。

 特にパーティー会場は規模が大きいので、出入り口付近に丸亀、片桐のそばに柴田が常駐、フリーで流石が動き回ることとなった。

 いよいよ参加者入場、招待名簿と入場者に間違いがないか丸亀が目を光らせる。

 そして十周年記念セレモニーとお歴々のスピーチ、静かな中に着々と進んでいく。

「乾杯」

 サッと緊張が解け、立食パーティーが華やかにはじまる。席を離れ、歩き出す参加者たち。チーム白峰に緊張が走る。柴田は片桐社長のいるテーブルを中心にしっかり見張り、近づいて来る不審人物をすべてチェックしている。

 流石は、会場の隅から隅までチェックしながら、バイキング料理や、バイキングスウィーツを食べまくっている。

「あれ、先輩、そんなに食べちゃっていいんですか」

「毒物はないみたい。チェック終了よ」

 流石はそう言うと、会場に来ていた有名人に聞き込みをおこない(?)、一緒に写メにおさまっていた。

 やがて、お楽しみのビンゴ大会。会場は盛り上がるが、なにか想定外の出来事が起きないかと、柴田たちは気が気でなかった。

「あれ、先輩、われわれ警護は、ゲームに参加してよかったんですか?」

「ばかねえ、参加者と同じ体験をするものがいなきゃ困るでしょ」

 流石は、USBメモリー付きのかわいらしいストラップを、参加賞としてチャッカリほかの参加者とおなじようにせしめていた。

 そして、ついに10周年記念パーティーは何もなくおわった。社長を会社まで護送し、チーム白峰は隣室で一息ついていた。

「もう、従業員もほとんど帰り、人の出入りも原則ありません」

「このままなにもなく終わってくれればそれに越したことはないのだが…」

 だが、そんな瞬間だった、社長のほかは誰もいないはずの社長室から悲鳴が聞こえた。

それはまぎれもなく、片桐社長のうめき声だった。駆けつけるチーム白峰の三人。

近くの事務室に残っていた事務員のお姉さんも走ってきた。

「社長、どうしました!」

「救急車を呼んでくれ…う、うぐ」

 片桐社長は左肩を押さえ、自分の椅子でうずくまっていた。白峰と柴田が駆けつけると、社長は近くの机の上に置かれたギリシャ風の置物を指差した。

「この椅子に座って、ノートパソコンを開いたら、その途端、あの石像から、アイスピックのような針が私の胸に飛んできたんです。運よく、心臓は外れたみたいですが…。」

「もうしゃべらない方がいい。柴田君、救急車と本部への連絡を。白峰刑事、石像の確認をして! また針が発射されるとまずい」

 丸亀が的確な指示を出し、柴田と白峰が飛び回る。丸亀が、事務員に聞く。

「あのアルテミスの置物はいつここに置かれたのですか」

「今日の昼ごろ、誰もいなくなったこの会社に十周年の記念だと運び込まれたんです。事前に連絡があり、きちんとした作業員の人が届けてくれたので、ついノーチェックで…。あ、納品書あります」

 事務のお姉さんがどたどたと走り回る。

「これは、大手のギフト会社になってますね。裏はとりますが、たぶん偽物ですかね。すいません、梱包品とか、その他、犯人の残していったものは何でもいいんです、ありませんか。」

「そういわれれば、すべての梱包やゴミは丁寧に片付けていました。すいません、お役に立てなくて」

 慎重な高見沢は、また出張奉仕の主婦を呼び、すべてのゴミと犯行に使った作業着、小物の処理をすでに終わらせていた。もう、あとの祭りである。

 すると、アルテミスの像を調べていた白峰が叫んだ。

「わかりました、この石像の矢は作り物の筒で、中にアイスピックのような針と強力なバネが仕込んであったようです。もう、針はないと思いますが、いちおう電源を切っておきます」

「おう、頼む」

 でも、日の浅い丸亀は、まだ白峰流石の破滅的な機械音痴は知らなかったのだ。このアルテミスの置物は電池で動いていたのだが。とりあえずわからないので、近くのコンセントを抜き、その近くにあった電源のスイッチを適当に切り、さらに近くのボタンを適当に押してしまったのだ。

 やがて救急車が来て、針が肩に刺さったままの片桐が搬送されていった。命に別状はなさそうだったが、激痛と精神的ショックは大変なものだった。さらに、会社のサーバールームにいたメンテナンス部隊が、飛び込んできた。

「大変です、会社のシステム全体の電源が落ちて、サーバールームだけでは処置ができません。この社長室の大元のサーバーがダウンした可能性が…、ゲエ、完全にダウンしている。一体誰が…」

 丸亀が横から訪ねた。

「天山署の丸亀です。私はこういうのは疎くてわからんのですが、簡単にダウンするものなのですか。それとも犯人が意図的に…」

 すると、飛び込んできたエンジニアは詳しく調べながら話した。

「いいえ、地震や不慮の事故に備えて二重にセキュリティをかけてあるし、万が一とまっても、非常電源と自家発電装置がはたらくことになっているのですが、どれも手順通りにすべてオフにされている。これは意図的にやられた可能性が大きいですね。ここまで完全に止めることはまず誰にもできない。でも、今日がメンテナンス日でよかったです。会社の営業日だったら、数百万の損害です」

 すると、白峰が自信たっぷりに言い放った。

「社長とこの会社の大元のシステムに危害を加えようとした、サイバーテロの卑怯な手口です。」

「だとすると、この社長専用のサーバーに何か仕掛けが…? 別の機械をすぐ代用でシステムの再起動を行うことにしましょう。このサーバーは危険かもしれない」

「わかりました、このサーバーのパソコンは、鑑識に分析してもらうことにします」

 しかしそのやりとりを見ていた柴田は、愕然として黙っていた。先輩が…白峰先輩がまたやっちまったんじゃ? でも、何重にもセキュリティがかかっていて、非常電源も発電装置も全部オフにするなんて、いくらなんでもあり得ないよな。うん、そうだよな。

 いいや、そのありえない完全サーバーダウンを、適当にやってしまった女がいるのだよ! でも、本人さえそれを知らない。

 どちらにしても、今日はチーム白峰の負けだ。犯人はみんなが一生懸命警護をしている間に堂々と社長室に乗り込んできていたのだ。でも、なぜ社長が椅子に座ってパソコンで作業しようとしたときにだけ、針が発射されたのか。どういうメカニズムなのか誰にもわからなかった。不気味な謎を残したまま、次の日になった。

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