第4話 チーム白峰
次の日の朝から、現場周辺の聞き込みに当たることになった流石と柴田だったが、忙しいさなか、大橋部長に呼び出された。大橋部長は話のよくわかる有能な上司で、流石の援護を買って出てくれる、数少ない味方の一人だ。
「大橋部長、いったいなんですか。犯人の手掛かりとか…」
すると大橋部長は、手早く説明を始めた。
「この忙しい時に大変だが、例の君の指導官がお見えになった」
「ヒェー、なんですと!」
「もう、去年定年を迎えた捜査官だが、私の古い先輩で、優秀な方だ。隣の部屋にいらっしゃる。挨拶に行ってくれ。何かと打ち合わせもあるだろう。柴田も一緒に頼む」
「は、はい。」
あちゃー、すっかり忘れていた。どんなおっさんが来たんだろう。めんどくさいことに…。でも、怒らせたりしたら今度こそクビかもしれないし…。
ふと振り返れば、あのカマキリ白井とゴリラ高橋がこっちを見てニンマリしている。くそー、負けてなるものか。
「あれ?」
隣の部屋に入ると、窓辺にカバのような太ったおじさんが佇んで外を見ていた。
「お世話になります。白峰流石です」
するとそのおじさんは、やさしそうにニコッと笑って、ちょこんとお辞儀した。
「はじめまして、指導官の丸亀です。よろしくお願いします」
なんかいっぺんに緊張がほどけたようだった。柴田も挨拶し、さっそく打ち合わせが始まった。
「…それで、研修ってどんなことをすればいいのか、何もわからなくて…。ええっとなんか難しいことに取り組むわけですよね…」
でも、丸亀はニコニコ笑うばかりで、難しいことは何も言わなかった。まだ、君のことがわからないから、研修計画も立たないというのだ。
「だからね、しばらくは、ただ君たちの捜査についていくだけにさせてもらうよ。君たちの捜査の邪魔にならない程度にね」
「はあ、そんなんでいいんですか」
すると、丸亀は、今回のスタジアムで起きたカップ酒事件の報告書のコピーを取り出した。もう何か所も赤線が引いてある。
「ちょっとだけ、目を通させてもらったんだが、この報告書によると、君たちの初動捜査はスピード感があって、出足がいいじゃないか」
「はい、ありがとうございます」
「そういうわけだ。ああ、今から君たちの捜査に付き合うから、置いてかないでおくれよ。ははは。」
なんだかとても和やかな雰囲気だ。これでいいのかしら…。
その頃、隣の部屋では、パソコン画面を見つめながら、白井がなにかつぶやいていた。
「おかしいな、あの丸亀っておっさん、ここ数年退職した刑事の中にはいないようだぞ。いったいどういう経歴の持ち主なんだろう」
さて、それから白峰と柴田は外回りの聞き込みに出かけた。もちろん丸亀がついてくる。なにか口出しするのかと思っていたら、何も言わず、こちらを静かに見守っている。なんか拍子抜けだ。駅方向の監視カメラや不審人物の目撃例の聞き込み、逃走経路の再確認など、足を棒にして探し回ったが何も出て来ない。白峰は三人の主婦のことも調べたが、埒があかない。時間だけが過ぎていく。出来事が時間の彼方に消えていく前に、もっと確かな証拠をつかもうと動き回るのだが、あの帽子の若者は見事に捜査網をかいくぐり、しっぽも出してくれない。
「監視カメラもいくつもあるし、非常線もはったのに、これだけ見事に姿を消すってのはどういうことなの…」
二人は作戦を立て直そうかと相談を始めた。すると、丸亀がぽつりと言った。
「事件は物取りだが、薬物をつかったり、その後消息をたったり、この犯人はかなり計画的に動いているようだな。思い付きの衝動的な事件ではないのかもしれない…。」
「と、いうと…」
「錦織と真犯人との間には、チケットのやりとり以上の深い関係が何かあるんじゃないのかな…」
その時、大橋部長から連絡が入った。昨日の被害者、錦織の意識が戻り、捜査の許可が下りたのだという。
「これから、天山病院に直行します。丸亀指導官、よろしいでしょうか」
「わかった、急ごう。それより、丸亀指導官は長いな。丸亀さんって呼んでくれよ」
こんな調子である。
天山病院に到着し、まずはドクターや看護師に容体を尋ねる。
「ああ、錦織さんね。搬送が早かったんで胃の洗浄がうまくいって、もう意識も完全に戻ったよ。操作も特に問題はないと思います。まあ、疲れない程度にお願いします」
ドクターからはオーケーサイン、だが看護師さんがちょっと難しい顔をしている。
「そうねえ、錦織さん、もう体調はよさそうなんだけど、機嫌が悪くて、あまりしゃべらないし…。」
「そうですか、とにかく行ってみましょう。いい、柴田、こっちよ」
三人は、病棟のエレベーターを昇って行った。
白峰と柴田が事情聴取を行っている間、丸亀は病室の隅で様子をうかがっていた。
「…何かおかしい。錦織さんは違法行為以外にも、何かを隠しておるのではないかな。まあ、ここはあの二人の腕の見せどころじゃな。」
事情聴取はなかなかはかどらなかった。今は無職だが、少し前まで会社の経営をしていたという錦織は、どこか偉そうで、不機嫌だった。家族から届いたという、派手なパジャマと色のついたメガネをかけていて、マフィアの小ボスみたいだった。
「だからさあ、どこにでもいるような若造が、俺のそばにやって来て、オークションの引換番号を書いた紙をを黙って差し出したんだ。それで俺が、チケットをそっと見せたら、リュックの中から厳重に包んだ封筒を取り出してね。今、中を確認して見せますから、その間にこれでも飲んでくださいと、カップ酒を渡してくれた。おれの大好物だから、何も言わずに受け取って、俺はさっそく飲み始めた。すると若造の封筒の中には確かに二十五万入っていたんだ。一枚一枚数えるのを確かにこの目で確認していたんだ」
「犯人は、現金をもっていたんですね」
「ああ、だから俺も信頼してそれをじっと見ていた。だけれど、見ているうちに目がクラクラしてきて、体がフラフラしてきた。すると男は、俺を介護するふりをして、チケットをひったくったんだ。もちろん金をしまいこんでな。取り返そうとしたら、体に力が入らねえ。やられた。こりゃ、毒だ。カップ酒に毒を入れられたんだって気づいた時はもう動けなかったんだ…」
「もう一度確認しますけれど、つまり、あなたは二十五万円でチケットを売る約束をしていたわけですね」
「いや、そういうわけじゃねえんだよ…。ちぇ、面倒くさいな…」
チケットの代金はいくらだったのかとか、犯人とどこで知り合って金のやり取りを決めたのかとか、そもそもエスピオのチケットをどうやって入手したかに話が及ぶと、不機嫌になり、ほとんど何もしゃべらないのだ。そうかと言って、若い男のそれ以上の手掛かりや特徴も新しいものが出るでもなく、捜査はなかなか進まないのだ。
「どんな特徴でもいいですから、思い出してください。その男のほんのささいな特徴でいいんです。…そうですか…、ちょっと休憩しましょうか」
二人は、廊下に出ると作戦会議だ。
「なによ、あのちょい悪親父、自分が違法なことやってるからって、ぜんぜんだんまりじゃないのよ。もう、ダフ屋行為の方から別件で引っ張っちゃおうかしら」
「今回は、金銭のはっきりしたやり取りがなく、彼の言ってることも曖昧ですから、そっちの方は立件自体難しいでしょうね」
「くっそー、あのおやじ。どうしてくれよう…」
その時、心配そうに見守る丸亀の姿が目に入った。そういえば丸亀さん、さっき、錦織と犯人の関係がどうとか言っていたよな…。
あれ、そういえば…。
その時、流石は遠くを見るような目つきになった。柴田がそれに気づいて顔を輝かせた。流石が、こういう顔をするとき、決まっていいことがあるのだ。
「ちょっと、気になることがあってね。錦織のおっさんのところに行ってくるわ」
「錦織さん、もう少し、チケットや若者と知り合ったきっかけについて教えてくれませんかね。」
「…なに言ってるんだ。みんなしゃべったよ。全部しゃべっているじゃないか」
「そうですかそれじゃあ、これはどうでしょうかね」
流石は脈絡なく、思いついた通りの言葉をしゃべり始めた。
「七月二十五日友田浩太、八月九日安川恭介、九月二十五日錦織康則、ええっと、十月三日、片桐誠……。そして…十月十一日、東条勝也…」
そう、それは白峰の隠し技、無駄な観察眼であった。なにかでチラリと見た名前と日付けを、彼女は見逃さず、忘れないうちにメモっておいたのだ。
その言葉を聞いた途端、錦織の顔色がどんどん蒼ざめて行った。錦織は愕然として、突然情けない大声でしゃべりだした。
「なんだって、片桐も危ないのか? やめてくれ、わかった、それ以上は何も言わないでくれ…。わかったしゃべるよ。あの若造とは、違法サイトのオークションで知り合ったんだ。そこでは、相手の情報はいっさい確認できないようになってる…。だから、俺にもそれ以上はわからないんだ。ああ、取引金額も言うから、だから、もうその話は言わないでくれ…。今のことは、おれの前で二度と言わないでくれ」
柴田が細かくメモを取りながら、犯人の手掛かりを聞き出した。話は急に進み始めた。それまで、静かにそれを見ていた丸亀は大きくうなずいた。
「ふうむ、まだはっきりはわからないが、この白峰流石、大化けするかもしれんぞ。本部にどう説明するかな」
やがて三人は病院を出て、本署に戻ってきた。
「それで、白峰さん、あの時の謎の名前と日にちはいったいなんなんですか。あれで、錦織は一発でしゃべりだしましたからね。白峰流石の天才的観察眼、久々に見ましたよ。いや、さすがですね」
柴田が、メモを整理しながら話しかけた。
「昨日の夜、走り回っている間にどこかでチラリと見た書類にあった名前と日時よ。どこで見たのか、それが思い出せないんだけれど…。錦織と関係ないところで錦織の名前を見つけたもんだから、犯罪の匂いを感じたわけね。ええっと、どこで見かけたんだっけかな…。そうか、駐車場だっけ…」
「きっと、すぐ思い出しますよ。犯罪の匂いがするんなら、こっちでも調べましょう、もう一度おっしゃってください」
「おっしゃ、いいかい、言うよ」
なかなかいいチームワークだ。一通り終わった後で、丸亀が二人の前に出てきた。
「ええっと、なんでしょうか。これから研修会ですか?」
「疲れただろう、今日はもう終わりにしよう。それから、研修についてだがね」
「はい、ええっとやっぱり明日から…ですか」
「この事件が一区切りするまでは、特に特別な研修は行わない。そのかわり、私も君たちのチームに入れてくれ、少しばかり捜査の手伝いをやらせてほしい」
「わかりました。じゃあ明日から、うちらはチーム丸亀ですね」
すると丸亀はニコニコしながら答えた。
「いいや、決まってるだろ、チーム白峰さ。どうだい明日からよろしく頼むよ。」
「は、はい。こちらこそよろしく」
なにがなんだかわからないうちに、ユニークな若い刑事のコンビと正体不明の老刑事のユニット、チーム白峰が動き出したのである。
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