第5話 後半

起きてすぐ森野は思った。世界が暗いと。それは昨日から感じていたが今日は一段と暗かった。このまま二度と西宮に会えないと考えると更に暗くなっていく。 まるで白黒映画の世界の様だった。

 このまま何も考えず再び寝てしまいたいが家族に心配される為普段通りに起きた。精神はともかく体は特に何も無いはずだが、異常に重かった。支度中に少し母親から心配されたが適当に誤魔化して学校に向かった。本来なら西宮桜花と一緒に行きつつ、坂本ペアーや片岡ペアーと合流して何の生産性も無い無駄話をして学校に向かっていたが、今日は誰とも会いたく無く、喋りたくも無いので、普段とは違う、遠回りになる為誰も通らない道を選んだ。人通りが無い為、カラスなどの鳥の鳴き声だけしか聞こえない静寂な道を壊さない様に、ひっそりとのんびり遅刻ギリギリで学校に着くように歩いた。勿論学校に西宮の姿は無かった。森野はなるべくいつも通りを心掛けた。変だと友人共に心配されるからだ。心配はありがたいが、今は話すのすらダルい。だから授業も普段通り寝た。全く眠くなかったが。

つまらない。つまらない。つまらない。

 そして昼休みになっても食欲が無く、一人自分の机で一応広げた弁当を前にボーとしていると片岡に話し掛けられた。

「ちょっと話があるんや。あと坂本も。やから放課後の時間貰うな」

 普段通りの片岡に見当違いな怒りを少し覚えながら、断ったが

「どうせ西宮さん居ないし暇やろ?だから話くらい聞いてくれや。宗教勧誘の時の話よりはおもろいと保証したるわ」

このまま断り続ける方が面倒と考え渋々承知した。

一方坂本は自分の席からちらっと神条の席で弁当を食べている白雪を見ながら

「白雪が良いなら俺は良いぜ」

「なんの話ですの?」

「男には男だけの話があるんだとよ。知らんけど。ただ、なにかやる時は巻き込んでな」

「山下は良いのか?」

チラッと坂本が今度は、一人離れた席で別の友人と弁当を食べている旦那さんこと山下を見て言った。

「旦那さんは良い奴やし。申し訳無いが今回は仲間外れや。危険やしな」

「俺は良いのかよ」

「こんな筋肉持っててなに言うんや。むしろお前の存在自体が危険やろ」

「あ?てか何するつもりだよ」

「そりゃ西宮さん関係に決まってるやろ。このままだと後味が悪すぎる」

「……西宮さんは私の大切な友人に当たりますわ。坂本全力を尽くすように」

「大切じゃ無い友人が居そうな言い方だね」

「貴女も一応大切な友人に当たりますわよ」

「別に話した所でどうにかならんのに」

森野は小声で聞こえない様に言った。あんなにやる気に満ちてくれてる皆の前では言えなかった。

「てか西宮関係なら私達も入れろ」

「そうですわ。私達は友人ですもの。あと貴方達ですと野蛮な考えになるかも知れませんし」

「やっぱええ女やな。二人とも。ならいっそ全員で話し合おうか。美術部の奴らも巻き込んで」



 天月と成瀬は最初美術室に来たとき驚いた。教室を間違えたのかと、何故ならまず美術などに一切興味無さそうな筋肉の塊とこちらも馬鹿な運動部っぽい男がいたからだ。さらには、パッと見ただけでお嬢様!と分かる人もいるカオスな空間になっていたからだ。辛うじて深浦や大島などの美術部のメンバーも居るから間違ってはいないと思ったが。

「異世界転生でもしたみたいだな。クラクラする」

「なぁ。本当にここ美術室なんだろうな」

「ん?おー来たな。これで役者が揃うたな」

片岡が席から立ち上がって困惑している二人を適当な席に座らせた。これを見届けた坂本が美術室の黒板の前にあった椅子から立ち上がった。

「じゃこれより西宮さんと霧島さんの救出作戦の会議を行う」

片岡もその隣に立った。まるで参謀のようだった。

「まずは、情報整理からですね」

天月の正面の席の大島が立ち上がって発言した。ノリノリである。

「と言うても手元にある情報は少ない」

「真。無能」

「そんなに期待してくれてどうも。取りあえず分かってんのは西宮さんと霧島さんがマテリアル教に居るって事だけや」

「……結局何も分かってないって事ですわね」

「真。無能。スピードスター」

「次なんか言うたら泣かしたるからな。ただ安心せぇ目星は付いとるわ」

そう言うと片岡は、内側のポケットからスマホを取り出して少しだけ操作を行った。

「そういや学校やから皆マナーモードか。ほんなら送ったから皆スマホ見てや」

言われて皆がスマホを見ると片岡から通知が来ていた。

 森野は、既に試合で負けを宣告された気分では合ったがここまで色々用意してくれた片岡に対して見ないのは失礼と思って一応スマホを開いた。皆も各々片岡から送られた情報を見ている様だ。

送られた情報は、2つ。両方ともある建物についてだった。一つは、かなり大きい豪邸だった。もう一つは、こじんまりとした一見ただの民家に見える場所だった。

「教会が保有する場所で秘匿性が高そうな場所は、この2つだけや。あとは住宅街や国道沿いにあったりするからな」

「でもそれだけで確定って言えますかね?」

「大島さんの言うとおりだ。……そもそも場所が分かったから何なんだ」

珍しく感情が出ている成瀬を片岡は何時もの半笑いが無くなり真面目な表情で少しだけじっと値踏みをする様に見つめた。そしてフッと笑って

「そりゃ殴り込みやろ」 

美術部の面々は、それが本当か冗談かの区別は出来なかった。

「殴り込みしてもそこに誰も居ませんでした。じゃお疲れした解散とか嫌だぞ。どうせやるなら場所がはっきりしてからじゃないとな」

 逆に坂本を初め、神条、白雪などは殴り込みに何の反応を示さなかった。

「この2つ以外の例えば表向きの教団本部とかは、公になっているからな。そこは警察連中が見張っているはずや。あと信者個人の家も情報保護の観点から考えるとほぼ無いと見ても良い。そうなると山中で誰も寄り付かなさそうなこの2つが候補って訳や」

「それでも二択か。普通に考えると最初の大きい建物が怪しいな」

「確かに神条さんの言う通りですわ」

「水差して悪いが、2枚目の小さい方を殴り込もうと考えてる」

「最初から決まってんなら、送るの一枚で良かっただろ」

「そう言うなや坂本。理由は色々あるが、一番は楽って点や」

理由になってないだろと込められた目で周りから見られたなか神条が片岡の意図を理解したらしく

「まず最初に簡単に落とせる拠点を落として、もし西宮さんと霧島さんが居たらそこで終わり。無かったら次に行くって事か」

「せや。もし居なくても相手の混乱を誘うことが出来るしな。ここを速攻で襲って退却。教団側は小さい方に兵を出すだろ?そしたらでかいほうが手薄になるかもしれんしな」

「って事は大きい方も殴り込む可能性があるのか」

「これ見る限りだと結構大きいな。こっちの方は」

神条がスマホをポチポチ触りながら言った。坂本も自分のスマホで見て

「これは侵入すんのは厳しいな。中の規模的に100人近くは収容出来るし」

「うーん?私の実家の力を使えたら何とかなるかも知れませんわ。無理だと思いますが聞くだけ聞いてみますわ」

と白雪はスマホで連絡を取った。

これを聞いた成瀬や天月は驚いた。出来る可能性があるのかよと。そして直ぐ返事がきた。

「はぁ。やっぱり無理だそうですわ。友人の為と言ったのに。申し訳ありません」

「あのシスコン兄貴でも流石に無理だよね。これは」

美術部の連中以外は大会社白雪グループの社長で有りながら度を越すほど妹、白雪姫乃が好きなシスコンを思い出した。

「こっちは少しは使える手駒を内部に置いてるが…正直あんまり戦闘は期待しないでほしい」

「手駒って何だよ」

流石に坂本が突っ込むが反応が無いと

「まぁ白雪グループも色々居るしそんなもんか」

と手駒が居る事に関しては軽く流した。これには、美術部の連中が流すのかよと思ったが誰も何も言えなかった。

「となるとやっぱり戦力はこれだけか。そうなるとやっぱこっちの侵入は厳しいな」

はーいと予想外の人物が手を挙げた。

「一応、私の親父警察やってるんです。どうにか向かわせて見ますか?」

大島だった。ふと彼女の発言を聞いて白雪は病院での出来事を思い出した。

「確か前に西宮さんのお見舞いに行ったときに、話し掛けてきた警察の人、確か大島と名乗ってましたわ」

それを聞いて思い出した森野は制服のポッケからあの時貰った名刺を見つけた。そしてそれを大島に見せると

「あっそうです。その人私の親父です。何か失礼しました?」

「世間は狭いですわね」

「この島もそんな大きくないからな。……流石に警察は、証拠も無しに侵入は厳しいな。てか無理やな。森野によると自分で入ったらしいしな」

だろ?と片岡に顔で聞かれて

「ん。そう言ってた」

やる気が無いのを隠しもせずに森野は頷いた。

「更に警察が着た瞬間に何かするかも知れんしな」

 森野にしてみれば、例え二度と会えなくても自分に取って一番駄目なのは西宮桜花が死ぬ事である。それだけは何が合っても防がないといけない。そうなると騒動が大きくなる警察は止めて欲しいと考えていた。そしてここまで皆が考えてくれて有りがたいが西宮桜花が戻ってるなんてもう絶対に無理な為早く諦めて帰らせて欲しかった。

「もうどうしようも無いな。自力で侵入も警察に任せるも全部駄目だし」

そして吐き捨てる様に森野は言った。難攻不落の高い壁だった。誰もそれを越えることが出来ない。

今回の事件で本来なら一番やる気がダサいといけない人物のこの態度に全員が黙った、瞬間

「おいおいお前らしく無いな。むしろこういう高い壁の時のが燃えるタイプやろ」

「確かに侵入は、厳しいって言ったが無理とは言ってないぜ。そもそも最初の方に居たらすぐ終わるわけだしな」

「もし、居て会えた所でどうするんだよ。あいつは自分で」

全部言い切る前に、椅子から立ち上がり近づいてきた坂本にネクタイごと胸倉を掴まれていた。

「本気で言ってんのかよ」

「……桜花が選んだんだ。だから」

「確かに西宮が自分の意志で選んだかもしれない。でもお前はそれで良いのか。本当にそれで。それが胸張って幸せですって言えんのか。諦めても良いのか。」

「ほんま、がっかりや。今のお前は見てられへんわ。もうええで。お前は何もせんでも。後は俺らだけでやるから」

と、激高している坂本を片岡は宥めていた。相変わらずの胡散臭い笑みをヘラヘラと顔に浮かべながら。その言葉を合図に坂本、片岡は、美術室から出ようと歩き始め、白雪、神条の二人も椅子から立ち上がって出口に向かって歩き始めた。

そして神条と白雪が振り返って、まるで揃えたように

「で本当にそれで良いのか?」

「で本当にそれで良いのですか?」

言った。これが森野のトリガーとなった。

「言いわけが無いだろ。俺だって諦めたくないよ。それも振られたとかでも無く、変な宗教に入るからとかいうクソみたいな理由で。でも桜花がそれを選んだよ。だったら俺は諦めるしか無いんだよ」

ようやく森野は感情を吐き出した。だが

「…全然私達の質問の意図を理解してないな。お前がこの結末で良いのかってのを聞いてんだよ。あいつの考えなんて知った事か。私達は、自分の勝手な都合で助けに行くんだよ。この結末にに納得してないから」

「で、お前は西宮桜花を諦めるのか?」

神条は、攻めの手を緩めなかった。いつもと違って獰猛なやる気に満ちた笑みを浮かべていた。明らかに森野に対して挑発をしていた。

「諦めたくねぇよ。何が何でも桜花だけは」

 目に光が戻っていた。森野は皆の言葉を聞いて思い出した。あの時、怪我して野球が出来なくなった時に忘れていたある事を。唯一子供の頃から他人に誇れた物。野球の実力や頭の良さでは、上には上がいた。だがこれだけは自信を持って誰よりも持っていると言えた。そう西宮桜花に初めて会った時から何回も何回も振られても諦めなかったその心である。それこそが森野烈火が森野烈火をたらしめている大部分に違いない。むしろ本来の森野ならあの怪我でも無理にでも野球も続けたに違い無い。だが諦めた。それで一回忘れてしまった。自分自身を。しかし思い出せた。

「わりぃ。もう大丈夫だ」

不適に笑った。久しぶりに本当に笑った気がした。

「やっぱそっちの顔のがええな」

「折角森野くんのカッコいいシーンなのに桜花ちゃんが見てないのは残念だな」

「だから早く助けて俺に惚れて貰わないとな」

「惚れた人に助けられると今まで以上に惚れちゃうからな」

まるでそんな経験があるのか神条は恋する乙女の表情で呟いた。

話はまとまった。後は取り返すだけだ。

「ちょっとちょっと待ってよ。侵入とか止めようよ。話しを聞く限りかなり危ない組織らしいし危険だよ。あと誘拐なら犯罪だし。大人しく警察に任せようよ」

でも他に納得してない人物が居た。

「確かに深浦さんの言ってる事は正しい。…俺もその方が良いと思う」

天月もそれに賛同した。この空気の流れを止めようと

「確かに一番のビターは警察に任せるのが良いかもしれませんわ。でもそれではベストにならない可能性もあります」

白雪が断言した。まるで警察では、救えないと。また父親が警察の大島も父親からの愚痴を聞いているのか同意した。

「そうですよ。警察なんて自由に動けませんですからね。全く何回も引っ越しして」

 森野を煽ってこの空気を作り出した原因である片岡は冷静な目で周囲を観察していた。そしてこの中で本当に善人と言えるのは反対意見を言った二人だけだと考えていた。どんな理由があろうと侵入するのは悪い事である。更に暴力に訴えようとしている。完全に正しいのはこの二人である。しかしこの美術部の空気ではむしろ二人が間違っている。そんな雰囲気が流れている。もし本来なら片岡はこういう時、一つの意見に流されない様に反対の穏便な意見を言う事が多い。だが今回はその役目を放棄した。その心中は誰にも分からない。ただ一つ言えるのは自分達と違って本当の善人である二人を心の中で高く評価したという事だけだった。

 そしてその空気の中、森野は二人を真剣に見つめて言った。

「二人の意見はむしろ正論だ。でも結局俺らは、そんな方法しか出来ないんだよ」

「だからすまんな。見て見ぬ振りしてくれや」

 そして片岡は素直に頭を下げて言った。森野もそれに頼むと良いながら続いた。まだ二人は迷っている様だった。例え自分とは真逆の意見でも真剣な意見に対しては一般論ですぐ却下出来ないのを片岡は好ましく感じた。

「俺も手伝う」

そして突然ここまで黙っていた成瀬が言った。

「!」

それを聞いて天月は言葉が無くなるほどに驚いた。腐っても中学からの仲である。その彼の覚悟を見て天月も覚悟を決めた。

「じゃ俺もやるよ。霧島さんが心配だし」

「……なら私も」

結局この場に流れて深浦が仕方ないように言った。

「よし。全員一応賛成か。なら早速行くか」

森野は今すぐにも美術室から飛び出そうとした。

「馬鹿か君は?2つも候補あって、どっち行くかも決めてないのに。あと施設の事も何も知らんだろ」

「でもどうせ調べた所で施設の詳しい内部や何人信徒が居るかなんて分からんし」

「一応宗教内部に二人ほど俺の可愛い部下共を送り込んでいる。もしかしたら二人がどこに居るか分かるかもしれない。…細かい作戦は部下と連絡が付き次第明日までに俺と」

そして回りを見渡し

「坂本と白雪さんとあと大島さんとで考えるわ」

荒事に慣れている二人は分かったと反応したが意外は指名に大島は驚いた。

「何で私?」

「君の父を通じて警察と少しだけ連携取りたいんや。万が一の為に警察を突入出来る場所にも置きたいしな」

「力になれるか分かりませんが」

「…取りあえずは一旦解散か」

森野は昂る気持ちを押さえるように言った。

「そうだな。じゃ今言った人は夜また連絡するから電話出る準備だけしてくれや」

それだけ決めると、森野など天文部成瀬は片岡に小声で耳打ちをした。

「今回の侵入に天月と深浦さんは参加させない方が良いと思う」

「深浦さんに関しては俺もそれが良いと思う。最後の最後で決心が鈍られると困るしな。ただ天月は来てもらうつもりや」

「……」

「そんな怖い目しなさんなや。……友人巻き込んで申し訳ないが、一応人数は多い方が良いんでね」


 次の日森野は登校中早速片岡から作戦決行日を伝えられた。この日の朝は、何も感じなかった。悲しみも怒りも。無論喜びも。

「月曜の深夜に集合し侵入開始は3時や。夜のピクニックと洒落込もうや」

「侵入はもう少し時間が早い方が良いんじゃないか?2軒回る訳だし」

「バレないで全部上手く行くならそ早くてもええ。でも多分それは無理や。ならバレても相手がまともな判断が出来ない夜明けにバレるのが一番良いって坂本が言ってた」

「そう言うもんか」

「あと侵入するのは、俺とお前と坂本、白雪さん、伊織、成瀬に天月と大島さんだ」

「成瀬と天月と女子組は大丈夫か?いや神条は大丈夫そうだけど」

「伊織は大丈夫や。白雪さんも多生の護身術は習ってるしお前よりは強いやろ。成瀬と天月は、ちょっとな」

「まぁ作戦とか頭を使う作業は任せるけどよ。しかし決行日月曜か」

出来るなら直ぐにでも侵入したいが友人の片岡がその日が良いと決めた以上それを信頼する事にした。

「その日に備えてぐっすり寝とけよ。マジで」

「安心しろ。寝ることなら授業で一番習ってる教科だ」

と言って片岡と一緒に笑った。笑えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気になるあの娘の問題点  @aus1771

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ