18. 喫茶店の再開
後日聞いたところによると、逮捕されたテルヤックは徐々に自供しているそうだ。バルターの死後、空き家となった人形工房を買い取る計画だったらしい。
魔術工学の発展がめざましいディベロは、これからますます賑わう。現に、人口は増え続けている。都市の拡張も計画されており、十年後、二十年後には土地の値段は跳ね上がっていることだろう。工房のある西区画も例外ではない。テルヤックは古びた建物が多い西側区画に大規模な土地を確保しておきたいと考えた。人の入っていない土地は買い上げ、場合によっては代替地を格安で提供し、用地確保に務めた。その中にバルターの工房も含まれていたのだ。だが、バルターはどんな条件でも買収に応じなかった。
諦められないテルヤックに、怪しげな男が接触した。その男が、毒ガスの仕掛けがある導音機と、そのための操作盤を提供したらしい。実行犯はテルヤックだが、教唆した人間が別にいる。レパンはそちらの捜査に取りかかっているようだ。
そして、喫茶店『ドールハウス』はというと事件以来、休業していた。コトラが導音機の解析に力を貸していたということもあるが、一番の理由はグーベルの気が抜けてしまったせいだ。
「ねえ、店長。喫茶店は再開しないんですか?」
「……そうですね。ですが、僕の目的は達成されました」
「地上げ屋対策のことですか?」
「はい」
地上げ屋が逮捕されたことで、人形工房を残すという目的は達成できたと判断したのだろう。グーベルはあれほど熱心に続けていたお茶の研究もやめていた。
「じゃあ、店長はどうするんです? 喫茶店をやめて」
「どうもしません。僕は人形です。人として……孫として扱ってくれたバルターはすでにいません。だから、ひっそりと生きて、いずれ朽ち果てるでしょう」
何でもないことのように言うグーベル。その顔には作り物めいた笑顔が浮かんでいる。そして、どこか悲しげに見えた。
もしかしたら、コトラの気のせいなのかもしれない。それでも――……
(そんな風に孤独に暮らすなんて、私が許さない)
何でもないふりをして。人形のようなふりをして。バルターとの短い思い出を胸に、ひっそりと生きて朽ち果てる。そんな未来を。悲しい結末を。決して、コトラは認めたくない。
だから、コトラは――――グーベルの頬を思いっきり引っ張った。
「な、何をするんですか! 痛いですよ!」
頬をさすりながら抗議するグーベルに、コトラはニッコリと笑いかけた。怒った顔でも、さっきの微笑みよりはマシだ。とても人間らしい表情だ。
「いいんですよ。痛いってことは生きてるってことですから」
「……生きている」
呆然とするグーベルに、コトラは訴えた。自分の思いを。
「そう、生きてるんです! 店長は人形の体かもしれない。けど、生きてる。それでいいじゃないですか。店長にとって、バル爺はたった一人の身内だったのかもしれない。たった一人、店長を……グーベルを人間として認めてくれた存在なのかもしれない。でも、本当は違いますよ。あなたの家族はここにもいます。私だって、あなたの家族です」
「コトラさんが家族?」
グーベルの澄んだ目がコトラを捉える。コトラはゆっくりと頷いた。
「そうですよ。バル爺があなたの体を作った。だけど、あなたを動かす核を作ったのは私なんですから。だから、私はそう……店長のお母さんですね!」
「えぇ!?」
予想外の展開にグーベルは驚きの声を上げる。そこにはもう、作り物めいた人形の笑みはない。コトラの好きな、ころころと表情が変わる、いつものグーベルだ。
「お母さんって呼んでもいいんですよ!」
「そ、それは勘弁してください、コトラさん」
「ええ、そうなんですか? まあ、いいですけど。とにかく、私はあなたの家族です。だから……。だから、もう、そんな風に悲しいことを言わないでくださいよ……」
「コトラさん……」
意図せず、一粒の涙が零れる。それを隠すようにコトラは明るく言った。
「それにですよ、店長。常連のおばさま方が、いつ再開するのかって、大騒ぎしてるんです。この間、偶然出会って大変だったんですから」
その光景を想像したのか、グーベルの顔に苦笑いが浮かぶ。
「そうですか。それは……大変でしたね」
「それに、クッキー食べ放題の約束、忘れてないですよね?」
「食べ放題と言った覚えはないですが……そうですね。家族との約束ですからね」
「それじゃあ?」
ニマリと笑顔を浮かべるコトラに、グーベルはしっかりと頷き返した。コトラに劣らない満面の笑みで。
「明日から再開しましょうか。コトラさんも手伝ってくださいね」
「もちろんです」
◆◇◆
店内で迎えてくる可愛らしい人形たち。魔女が考案したドリンクレシピと笑顔の店主が作る菓子は絶品と評判だ。喫茶店『ドールハウス』には今日も多くの客が訪れている。
魔女と人形の喫茶店 小龍ろん @dolphin025025
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