17. 犯人
(処理部の駆動音!? あ、まず……い……)
くらりと意識が遠のく。全身の力が抜け、コトラの体が崩れ落ちる。だが、咄嗟にコトラを支える腕があった。
「コトラさん! 大丈夫ですか、コトラさん!」
グーベルの声が聞こえる。その声がコトラの意識を繋いだ。どうやら、グーベルに抱えられ、運ばれているらしい。朦朧とした意識の中、カランと澄んだ音が聞こえる。
「しっかりしてください! コトラさん!」
おそらく店の外へと移動したのだろう。新鮮な空気が肺に取り込まれる。そのおかげか、少しだけ意識がはっきりとしてきた。
気がつけば、グーベルの顔が近くにある。その目に涙は浮かんでいない。しかし、くしゃくしゃと歪んだその顔は確かに泣いていた。
(もう、綺麗な顔が台無しじゃない)
だけど、そんな顔も悪くない。とても愛おしいとコトラには感じられる。気がつけば、グーベルの頬を撫でていた。
「コトラさん!? 大丈夫ですか?」
「うん……だい……じょうぶ」
声がかすれる。ケホケホと咳が出た。毒を吸い込んだ影響が、コトラの体には残っている。
しかし、コトラとて魔女と呼ばれる存在。
「ありがとう、店長。もう大丈夫よ」
魔術の効果によって、毒素が抜けた。コトラは、グーベルに抱きかかえられた状態のようだ。完調をアピールして、下ろしてもらう。すぐそばに、レパンとエクレーヌも控えていた。彼らは、すぐに退避したのか。特に毒の影響はないようだ。
「店長、あの導音機は?」
「中です。突然、コトラさんが倒れたので、そのままに」
「そう。店長、申し訳ないけど、アレを壊してきて貰えるかしら。中の線を全部切ってしまえば止まるから。全部切ったなら、おかしな音が鳴っていないことを確認してから、持ってきてくれる?」
「わかりました」
毒ガスを発生させている処理部さえ切断すれば良いのだが、それがどの部分であるのかを説明するのは難しい。ならばと思い、コトラはグーベルに全ての導線を断ち切るように指示した。
「コトラさん、体調は大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません」
エクレーヌが気遣わしげに、声をかけてくる。心配はいらないと示すためにも、大きく頷いて見せた。
「詳しく聞かせてもらってもいいかな? もし、体調が優れないなら後日でも……」
「いえ、急いだ方がいいでしょう」
レパンも気遣ってくれるようだが、犯人を捕まえるなら早いほうがいい。コトラはすぐに説明をはじめた。
「毒ガスの仕掛けらしきものを見つけたので解除を試みたのですが、その直前に仕掛けが作動したんです」
「コトラ嬢が苦しそうにしていたのは、やはり……?」
「ええ。毒を吸い込んでしまったからです。店長がすぐに助けてくれたのと魔術で正常化できたので助かりましたが……」
「バルター氏が導音機の仕掛けによって殺されたのは間違いなさそうだね」
そこにグーベルが戻ってきた。店の入り口から顔だけ出している。
「コトラさん、持ってきましたけど……大丈夫ですか?」
グーベルはまだ毒が発生しているのではないかと警戒しているらしい。導音機をコトラに近づけたくないようだ。
「音が鳴ってないなら、大丈夫よ。心配なら切断したパーツだけ投げてくれる?」
「わかりました」
投げ渡されたパーツを受け取る。完全に切り離されていた状態で、動作音もいない。
「ああ、大丈夫。完全に止まっているわね」
「そうですか。良かった」
グーベルも合流して、先程の話にも戻る。バルターの殺害に使われた仕掛けはわかった。だが、犯人の特定には到っていない。
「遠隔操作では、犯人の特定は難しいか」
「導音機を持ってきたという男の目撃証言を聞いて回るしかなさそうですね」
レパンとレクレーヌが苦々しい表情で、操作の見通しを話す。すでに事件からそれなりの日数が経過している。目撃証言を得るのが難しいと見ているのだろう。だが、コトラは首を横に振った。
「いえ、手がかりはあります。内部の構造を見る限り、仕掛けの作動指示も、放送と同じように中継器を経由してあの導音機に届く仕組みになっているんです。中継器によって魔術式を伝送する場合、特定の中継機に目がけてではなく、全方向に魔術式を伝送します。つまり、伝送範囲内の全ての中継器が魔術式を受け取るわけですね。魔術式を受け取った中継器は、その式を過去に受け取ったことがあるか否か、履歴を参照して判別します。そして、新しい魔術式であれば、そこからまた伝送するわけです。こうやって――……」
「ああ、コトラ嬢。すまないけど、結論だけ教えてくれるかな」
ついつい詳細に説明するコトラをレパンが止めた。技術的な説明をしようとすると話が長くなるのはコトラの悪い癖だ。誤魔化すように、咳払いをしたあと、核心を口にする。
「先程の魔術式を逆探知すれば、仕掛けを作動させた最寄りの中継器がわかります。おそらく、犯人はその近くにいるはず」
「なんだって!? その逆探知というのはすぐにできるのかい?」
驚くレパンに、コトラは不敵に笑ってみせた。
「もちろんですよ。中継器を開発したのは私なんですから。それを使って、バル爺を殺めるだなんて……絶対に許しません」
そこからのコトラの動きは早かった。壊れた導音機のパーツから、毒ガスの仕掛けを作動させた魔術式を特定し、逆探知の魔術式を即席で作りあげたのだ。中継器の仕組みを熟知しているコトラだからこそできる技術だった。
「西側区画、四八番機からの発信ですね。たしか、ここからそれほど離れていないはずです」
「案内してくれるかい?」
「はい!」
その中継器は西側区画でも、特に寂れた場所にあった。人通りはほとんどないような場所だ。人目を盗むには良い場所かもしれない。だが、そんな場所をうろうろしていれば目立つ。不審な人物はすぐに見つかった。
「店長……あれって!」
「地上げ屋の……たしか、テルヤック・ハガーという男です」
不審人物は、いつか見た地上げ屋の男だった。テルヤックはしきりに手元を気にしている。そのせいか、まだコトラたちには気付いていないようだ。
「犯人はあの人物で間違いないのかい?」
「断言はできませんが、おそらく。何か操作しているように見えませんか?」
コトラは犯人がまだ中継器の側にいるのではないかと考えていた。というのも、毒ガスの仕掛けは一度に大量の毒ガスを噴出するようなものではなかったからだ。
大規模の魔術を発動するためには、相応のエネルギーが必要となる。が、導音機にはエネルギーを供給するようなパーツが組み込まれていなかった。おそらく、大気中のアニムを取り込んで作動しているのだろう。そうなると、仕掛けの発動規模は小さくならざるをえない。それを補うためには、何度も術式を発動させる必要があるのだ。
「つまり、奴はまだ仕掛けの指示を出しているということだね?」
「はい。部屋に毒ガスを充満させるには時間がかかります。確実に殺そうと慎重になっているんでしょう。あの操作盤のようなものを解析できれば証拠になると思います」
「なるほど。では、さっそく」
レパンを先頭に、テルヤックへと近づく。ある程度近づいたところで、さすがに気がついたのか、テルヤックがコトラたちへと視線を向けた。人数の多さに一瞬怯んだ様子をみせるが、グーベルの姿を認めると目をつり上げて叫んだ。
「お、お前は! 何故、お前がここに!?」
言い返そうとするグーベルを手で制したあと、レパンが一歩前に出る。
「テルヤックさんですね。私は警邏隊所属、レパン・カーマキー捜査官です」
「なっ、捜査官!?」
鷹のエンブレムを突きつけられたテルヤックが驚きに顔を歪める。だが、すぐに取り繕って、逆に太々しく笑ってみせた。
「捜査官がいったい、何のようだね?」
「人形師のバルター氏はご存知ですね? 彼の死に関してお話を聞かせてもらいたい」
「話をするのは構わないが、私は何も知らんぞ。まさか私を疑っているわけではあるまいな?」
「あなたが殺したのではない、と?」
「当然だ! 証拠でもあるのか?」
レパンの追及にも、テルヤックは罪を認めようとはしない。だが、それは予想されたことだ。魔工機まで使った殺人計画の実行犯がそう簡単に罪を告白するはずがない。となれば、コトラの出番だ。
「それは操作盤ですよね。こちらに渡してください」
「な、何の話だ?」
「その操作盤が、導音機の仕掛けを作動させていることは見当がついています。解析すれば、あなたの罪は暴かれます」
導音機という単語が出た途端、テルヤックの目が一瞬泳いだ。気付いたのはコトラだけではないだろう。
形勢はほぼ決まったようなものだ。だが、テルヤックは往生際が悪かった。
「何の話かまるでわからん! それに、解析? 貴様のような小娘にそんなことができるのか? これは渡さんぞ。貴重な魔工機を壊されてはかなわんからな」
テルヤックの醜い足掻きに、怒りを顕わにしたのはエクレーヌだ。
「はぁ? 何を馬鹿なことを! この方を誰だと思ってるんですか! 叡智の魔女様ですよ!」
「叡智の……魔女? いや、まさか……そんな」
意外にも、エクレーヌの宣言は抜群の効果を発揮した。コトラの想像以上に叡智の魔女の異名は大きな影響力を持っていたようである。
もはや言い逃れはできないと悟ったテルヤックはがっくりと項垂れて、罪を認めるのだった。
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