16. 毒ガスの仕掛け
「怪しいですね」
謎の人物が無理矢理に押しつけていったという代物だ。しかも、受け取った翌日にバルターが死んでいる。単なる偶然とは思えない。
「コトラさん?」
訝しげな顔でグーベルが名前を呼ぶ。それには答えず、代わりにカウンターの導音機を手に取った。
「ちょっと解体してみます。いいですか?」
コトラは導音機の原理を知っている。中を見れば、それが正常な動きをしているか判断する自信があった。導音機の筐体は木製なので、工房の道具を利用すれば解体もできる。工作は得意ではないが、バラすだけなら問題ない。
「それは構いませんが……普通の導音機なんですよね?」
首を傾げてグーベルが問う。コトラは、それに対して首を横に振った。
「少なくとも、王立魔術研究所の委託を受けた正規品ではありません。中を見てみないとわかりませんが、余計な機能が仕込まれている可能性があります」
「余計な機能……ですか」
グーベルが声音を低くして呟いた。導音機を睨むように見ている。
警邏隊の二人も険しい表情だ。レパンが少し黙考するような仕草をみせたあと、コトラに視線を向けた。
「その余計な機能があったとして、コトラ嬢にはそれを見抜くことができるんですか?」
「おそらくは。魔術式を処理している部分の制御式を解析すれば、どんな機能なのか概ね想像がつきます」
「それは誰でも?」
「……いいえ。基本的には魔術研究所の秘匿技術です。所員ならば解析できますが、一般的には知られていない技術です」
「そうですか」
唸るように声を漏らしながら、レパンが顎に手をやる。
(まあ、そうよね。解析できる人間が限られるってことは、仕込める人間も限られるわけだし。魔術研究所が関係しているとなると厄介ね)
レパンが考えていることは、概ね想像がついた。導音機に仕掛けがされていた場合、その仕掛けを施したのは魔術研究所の関係者である可能性が高い。そして、その関係者にはコトラも含まれるのだ。
彼の立場からすれば、コトラに解析を任せて良いものか判断しかねるのだろう。コトラが仕掛けに関わっていた場合、解析結果の捏造や証拠隠滅の恐れがある。
だが、研究所に解析を依頼するにも懸念はある。もし、所員の中に犯人がいた場合、同じ恐れがあるからだ。
「レパン様。懸念はわかりますが、ここはコトラさんに任せましょう」
煮えきらないレパンにエクレーヌが具申する。だが、レパンは複雑そうな顔で首を振った。
「コトラ嬢はバルター氏と共同研究をしていた間柄だよ。もし、研究成果を独り占めしようと考えたとしたら、それは殺人の動機になり得る。安易に解析を任せるわけには……」
意見としては真っ当だ。しかし、エクレーヌを納得させることはできなかった。
「では、研究所の所員に任せるのですか? そちらは信頼できると?」
「いや、そういうわけではないのだけどね」
「でしたら、
徐々に早口になっていくエクレーヌ。根負けしたレパンは、慌てて彼女の言葉を遮った。
「待ってくれ、わかった。私としても、コトラ嬢が研究成果を独り占めするような人間だと思っているわけではないよ。あくまで、可能性の話だ。研究所に依頼してもリスクはあるんだ。ここはコトラ嬢に任せることにするよ」
結局、コトラに解析を任せるということになった。しかし、ノコギリを導音機の筐体に当てたところで、コトラは気づく。
「あ……解体すると、仕掛けが発動するような仕組みになっていると危ないですね。お二人は下がって貰った方がいいかもしれません」
今の話の流れで二人を遠ざけるというのは、少々疑わしい行為だ。それは自覚していたが、リスクを考えるとそう言わざるをえなかった。少なくとも、コトラならばそういった仕掛けを作ることができる。
最初に反応したのは、レパンではなくグーベルだった。
「え!? それならコトラさんも危ないじゃないですか。僕がやりますよ」
「店長は中を見ても、わからないじゃないですか。毒なら魔術でどうにかできますから」
「いや、解体までは僕がやりますよ。異変がなければ、コトラさんに変わって貰いますから」
バルターの死因からして、導音機の仕掛けは毒ガスだろう。グーベルならば、影響はない。レパンたちに不必要な疑いを持たせないためにも自分が解体した方が良い、というグーベルの主張が採用され、解体はグーベルが担うことになった。
喫茶店の窓と入り口を開け放ち、離れた場所でグーベルの作業を見守る。中を傷つけないように、箱の端をノコギリで切断してもらった。ひとまず、目に見える危険はないようだ。
「店長。何か異音はありますか?」
「いえ、特には」
魔術において術式の起動には詠唱を必要とする。それは、世界に満ちる事象改変エネルギーであるアニムへの呼びかけだ。魔工機は、一見すると詠唱を必要としていないように見えるが、それは誤った認識である。人の詠唱とは異なるが、カチリカチリと小さな音で詠唱の変わりとなる呼びかけを果たしているのだ。従って、魔術的な仕掛けが作動しているのなら異音がするはず。
「大丈夫そうですね」
異音がない以上、仕掛けはなかったとみて、コトラは導音機に近づく。ノコギリで切断された箇所から、その内部を覗いた。
導音機の構造は、それほど複雑なものではない。構成要素としては、放送局から送られてくる放送を受け取る受信部、受信した魔術式――放送波は音そのものではなく、音を再現するための魔術式を、伝送用の特殊な魔術式でパッケージングした形で送られる――を正規の魔術式へと復元する復元部、復元された魔術式を発動する処理部、そしてそれらを結ぶ導線から成る。
全体を見通したところで、コトラは導音機の構成に不審な点を見つけた。
(処理部が分岐して二つ? どちらかが、毒ガスを発生させるための処理ってことでしょうね)
処理の流れを見ることで、本来の構成では不要な部分を探り当てたコトラは、一旦顔をあげる。
「どうですか?」
グーベルが不安げにコトラを見ていた。心配ないと笑いかける
「毒ガス発生源と思しき処理部は見つかりました。無力化は簡単ですから、大丈夫ですよ。ハサミを貸してください」
「わかりました」
処理部は前段の復元部から魔術式を受け取ることで、種々の処理を実行する。従って、処理部に繋がる導線を切断すれば、仕掛けの処理が実行されることはない。導線の切断と同時に、処理部が作動するような構造にすることもできるが、内部を見る限り、この導音機にはそのような仕掛けはなかった。
コトラが、毒ガス発生させる処理部を切り離そうとしたそのとき――――導音機の内部からカタカタと独特な音が聞こえてきた。
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