15. 現場に残された共通点
グーベルの告白で、喫茶店は沈黙の
顔をしかめているレパンと、それをおろおろと見つめるエクレーヌ。態度は異なるが、二人の内心は同じだろう。突拍子もない話に混乱しているのだ。
グーベルの振る舞いには違和感がなかった。コトラですら、そうだったのだから、レパンとエクレーヌにとっては想像の埒外だったに違いない。
(店長がバル爺の作った人形が元になって生まれたのは間違いないけど……)
コトラはグーベルの正体を知っていた。だからこそ、興味を持った。
魂を宿した人形が何を思うのか。喫茶店をどう運営していくのか。バルダーをどう思うのか。嬉しいこと、悲しいこと。それらを経験した彼がどう感じるのか、見届けたいと思った。だからこそ、研究所を辞めて、喫茶店で働くことにしたのだ。
グーベルは良くも悪くも普通だった。嬉しいことがあれば笑い、辛いことがあれば落ち込む。そして、親しい人が殺されたとわかれば、人を憎む心もある。
お茶へのこだわりは強い。逆にお金への関心が薄い。一つのことに拘りすぎるのは、悪い癖だ。バルターの悪いところを引き継いでいると思う。でも、どんな人間でも多かれ少なかれ、そんなところはあるものだ。つまり、とても人間らしい。
人と違うところは、もちろんある。コトラはグーベルが食事をとっているところを見たことがない。食が細いと言って、昼時には決して食事を摂らないのだ。代わりに、愛飲していたのが月白草のお茶だ。自力でアニムをマナへと変換できないのか。それとも、マナをエネルギーとするための変換が追いつかないのか。定期的に月白草の煎じ茶を飲むのは、それが理由だと思っている。
とはいえ、そんな違いは些細なことだ。普段接する限り、グーベルはほとんど人と変わらない存在に見えた。
だからだろうか。グーベルが自分を“作品”と称したとき、コトラはとても悲しい気分になった。
「信じられませんか? でも、事実です」
黒い手袋。グーベルが人前でそれを外すことはない。洗い物さえ、コトラに任せきりだ。だが、彼は今、ゆっくりとそれを外す。
表れたのは人と変わらない手だ。しかし、よく見れば、精巧に作られたものであることがわかった。グーベルが指先を動かすと、そのことははっきりとわかる。間接部分に僅かな切れ目のようなものが表れたのだ。
エクレーヌが息をのむ。レパンが確認するようにコトラを見た。コトラは少し目を伏せ、答える。
「バル爺は魂を宿した人形を作り……いえ、生み出すことを目指していました」
バルダーは人形師だ。人形の体は作れても、魂は作れない。いや、そんなものは誰にも作れないはずだった。
だが、バルダーはそれを目指し、興味を持ったコトラが協力した。コトラとバルダーの研究とは、魂を宿す人形を作り上げることだったのだ。
バルダーからコトラへの要請は、魂の器を用意すること。当然ながら、コトラにも魂を作ることなどできない。二人は相談して、ひとまずは自動人形を作ることにした。まずは、核となるパーツに魔術の術式を埋め込み、状況に応じて手足を動かす。はじめは、歩行。音声への反応。物を掴み運ぶこと。そして、お茶を淹れること。徐々にできることを増やしていき、魂の器となる人形核は複雑化していった。
研究は進み、人形が対応できる状況は増えていった。それでも、魂は宿らない。諦めたわけではないが、コトラもそればかりに専念するわけにもいかなかった。研究所の要請を受け、別件にかかる必要があった。一ヶ月。コトラは人形工房に顔を出せない日々が続いた。そして、あの日知ったのだ。バルダーが亡くなったことを。
「あの日、私はバル爺の工房へと足を運びました。とくに何か目的があったわけではありません。バル爺の死で研究は頓挫したのだと思っていました。ですが、そこで店長を見たんです」
バルターの孫を自称する青年。その姿は紛れもなく人だったが、試作していた自動人形の面影が残っていた。
「すっかりと変わっていましたが、それでもバル爺が研究を成功させたのだと思いました。もちろん、普通ならば考えられないことです。ですから、魔紋で確認しようと思いました。人形核の魔紋はバル爺の魔紋と一致するように設計してありますから、それで確認がとれるんです」
「なるほど。グーベルさんの魔紋を調べていたのは、そういうわけですか」
レパンの言葉に頷く。
「店長の魔紋はバル爺の魔紋と一致していました。これは一致率が高いということではなく、完全一致という意味です。つまり、店長は……」
「人ではないと言うことですか」
口元に手をやり、レパンが呟く。コトラは頷かなかった。代わりにグーベルが「そうです」と答える。
「それが、が毒の影響を受けなかった理由です。……そして、そのせいで祖父の死の理由に気付けなかった。僕が人間であれば、異変に気付いて祖父を救えたかもしれないのに……!」
「店長、それは……」
「いえ、そうですね……。僕が人間だったら、祖父とともに死んでいたのでしょう。それでも僕は……」
グーベルは人形であることに苦しんでいる。コトラにはそう思えた。
重々しい空気が漂っている。容疑者と見ていたグーベルが魂を宿した人形であったというのは想定外だったようだ。警邏隊の二人もなんと言えばいいのかわからない様子だった。
助け船ではないが、雰囲気を変えるためにコトラは質問した。
「そういえば、レパンさんはやけに導音機を気にかけていましたね。それはどうしてですか?」
「ああ、そのことですか。あの導音機は一般的なものと少し違いますよね。実は、アレと同じ物を何度か見たことがあるんです」
レパンとコトラのやり取りに記憶を刺激されたのか、エクレーヌが何かを思い出したらしい。嗚呼と声を上げて、手を叩いた。
「そう言われてみると、私も。別の事件で同じ物を見た気がしますね。そちらも不審死だったような気が……」
「それだけじゃないよ、エクレーヌ君。犯人不明の放火事件でも同じような導音機が見つかっている」
「そうだったんですか」
死因は別だが、他の現場でも同じ型の導音機が見つかっている。果たして偶然と言えるだろうか。レパンは疑問に思ったのだろう。それで、喫茶店の導音機を怪しんだわけだ。
「結果として、ただの導音機だったけどね」
レパンが肩を竦める。
だが、本当にそうだろうか。コトラにも偶然とは思えなかった。
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