14. グーベルの告白
サラリと告げたコトラの言葉に、最も驚いたのはグーベルだった。
「調べた!? いつの間にですか?」
「それはお会いしたその日のうちに」
「そうだったんですか!?」
レパンも訝しげに口を挟む。
「先程、コトラ嬢は魔紋の調査にマナが宿ったものが必要とおっしゃいましたが……バルター氏の魔紋はどうやって調べたのですか?」
当然の疑問だった。コトラは軽く頷いて答える。
「以前話しましたが、バル爺とは共同研究をしていました。詳細は明かせませんが、その研究に関して、バル爺の魔紋の記録をとっていたんですよ」
コトラがその記録とグーベルの魔紋の一致率を調べたところ、魔紋は
「なるほど。それならたしかに、血縁者か否か、判断はできそうですね。もっとも、コトラ嬢の証言をそのまま信じるわけにもいきませんが」
「それはそうでしょうね。後日、研究所に調査を依頼すればはっきりしますよ」
レパンの立場からすれば、グーベルを擁護しているコトラの発言を全面的に信じるわけにもいかない。それはコトラもわかっている。
すぐに確認する術がない以上、このまま議論を続けても意味がない。この場では、一応グーベルがバルターの孫であるという前提の下、話を進めることになった。
「とはいえ、孫だからといって、容疑者から外れるというわけでもないのですが……」
「ですが、レパンさんは全くの他人が孫を騙って工房を不当に継いだという筋書きで見ていたんですよね?」
「……まあ、そうですね」
コトラの追及に、レパンは肩を竦める。若干やりづらそうにしているので、申し訳ない気分になるが、それでもグーベルの疑いを晴らすためには仕方がない。
「そもそも、何故、僕は疑われているんですか?」
グーベルが率直に尋ねた。
それはコトラも不思議に思っていることだ。グーベルとバルターの血縁関係がはっきりしないことは前々から掴んでいたことだろう。それを今更になって持ち出すのは、他に根拠となりそうな事柄があるはずだ。
レパンは答えない。警邏隊が捜査情報を、犯人かもしれない相手に漏らすことはできないということだろう。
重々しい沈黙を破ったのはエクレーヌだった。
「レパン様。ここはコトラさんの力を借りてはどうでしょうか。コトラさんなら、良い知恵を貸してくれるかもしれませんよ」
コトラの正体を知ったエクレーヌは、コトラを魔女様と呼ぶようなことはなかったが、それでも信仰にも近い尊敬の念を捨ててはいなかったらしい。
(さすがにそれは買いかぶりだけど……)
あくまで、魔術の研究者……いや、元研究者にすぎないコトラに、エクレーヌの信頼は重すぎる。それでも、グーベルの疑いを晴らす手がかりが得られるならと口を噤んだ。
当然ながら、レパンは難色を示した。それでも手詰まり感があったのだろう。エクレーヌが説得を重ねると、ついに重い口を開いた。
「まず、バルター氏の死因は毒だと思われます」
レパンが語るところによると、特定の毒が原因で死亡した場合、遺体にその痕跡が残るらしい。バルターの遺体にも、その痕が見られたそうだ。
「その毒はガス毒なのですが、そうなると疑問が生じます。グーベルさん。あなたは、自分の目の前でバルター氏が亡くなったとおっしゃっていましたよね? ですが、そうなるとあなたが無事でいる理由がわからないんです」
レパンの鋭い視線が、グーベルを射貫いた。どうやら、これがグーベルを疑う理由らしい。
毒ガスならば、同じ空間にいたグーベルも毒の影響を免れない。死にはしなくとも、体に異常は起こるはずだ。だが、グーベルからそのような証言はなかった。だからこそ、レパンはグーベルを疑ったわけだ。
(でも、それは……)
コトラには、グーベルが毒の影響を受けなかった理由がわかっている。しかし、本人が秘匿している事実を説明して良いものか悩んだ。
「ああ。コトラさんは、僕が何者か気付いているんですね」
話すべきか、話さざるべきか。コトラが葛藤していると、ポツリと呟く声が聞こえた。弾かれるようにグーベルへと視線をやると、その顔には悲しげな笑顔が浮かんでいる。
「何者、というのは? いったいどういう意味です?」
レパンが険しい表情でグーベルを見た。グーベルは、悲しげな笑顔のまま、それに答える。
「僕は祖父……バルターの孫ではありません」
「何ですって? ですが、コトラ嬢は、縁者だと……」
「はい。縁者というのは間違いないですね。作り手と作品という縁ですが」
「作り手と作品……?」
あまりに意外な言葉だったのか、レパンの顔に浮かんだのは理解ではなく戸惑いの色だった。エクレーヌも同じだ。グーベルの真意がわからず、彼とレパンの間で視線を彷徨わせるばかりだった。
「店長、私は……」
コトラは思わず声をかけた。続く言葉はなんであったか。彼女自身にもはっきりとしない。ただ、その先が紡がれることはなかった。グーベルがゆっくりと首を横に振り、コトラの言葉を遮ったのだ。
「いえ、いいんです。誰が何と言おうと、事実は変わりません。僕は、バルターの作った――――人形です」
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