13. 疑われるグーベル

 コトラが喫茶店の入り口近くでテーブルを拭いていると、ドアがカランと音を立てた。入ってきたのは、もはや常連である二人組、レパンとエクレーヌだ。彼らが来店するのはたいてい昼を過ぎた頃なのだが、その日は早朝と言ってよい時分だった。


「いらっしゃいませ。でも、まだ開店時間前ですよ」

「ああ、すみません。ですが、お邪魔させてもらいますよ」


 挨拶の声をかけると、レパンは軽く一瞥しただけで、奥へと進んでいく。普段ならば、一言二言、コトラに話し掛けてくるのが、今日はやけに素っ気ない。彼に付き従うエクレーヌも心なしか硬い表情で軽く頭を下げると、レパンの後に続く。


 不思議に思ったコトラも、彼らの後を追った。


 彼らが向かう先はカウンターだ。そこでは、グーベルが鍋を火にかけているところだった。レパンたちの注文は、いつも珈琲とポカポカ茶だ。注文前から先回りして準備をはじめていたのだろう。しかし、普段と様子が違うことに気がついたらしく、一旦火を止めてレパンたちへと体を向けた。


「グーベルさん」

「はい、どうしました?」


 名前を呼ばれたグーベルは、不思議そうに首を傾げる。彼にも、レパンたちの態度に心当たりがないのだろう。


(何かあるとすれば、バル爺の死因がわかった……とか?)


 だが、それにしては二人の態度が硬い。


(もしかして、店長を犯人として疑っている……? でも、それは今更よね)


 彼らがこの周辺で聞き込みを続けていることをコトラは知っていた。お喋りなご婦人たちは何でも教えてくれる。


 工房の主が亡くなり、店を引き継いだ人物。遺産目当てと考えるなら、動機があると判断される可能性はある。もちろん、遺産を継いだからといって直ちに犯人の断ずるのは暴論だ。明確な証拠があるならわかるが、それならこれほど穏やかな対応にはならないだろう。


(何か有力な証言でもあったのかしらね?)


 確実な証拠とは言えないが、無視できない情報を掴んだというところか。コトラはそう当たりをつけた。


(でも、店長が犯人ねえ? そんなことありえるのかしら)


 出会って一ヶ月と経っていないが、その間、グーベルのことをしっかりと観察したコトラである。彼がバルターに害意を抱いているとは感じられなかった。それどころか、彼がバルターに抱いている親愛は本物であると確信している。誰より長く生きていて欲しいと願っていたのは彼だろう。


 といっても、コトラにはそのことを証明する術はない。代わりにカウンターの内側に入って、グーベルの隣に並んだ。レパンは一瞬怪訝そうな顔をしたが、構わず話を続けることにしたようだ。


「今日は仕事として来ました。グーベルさんに伺いたいことがあります」

「何でしょう?」


 のんびりと問うグーベルに、レパンは強い口調で問い返す。


「あなたはバルター氏の孫ということですが……本当にそうですか? いえ、実はみなさんが、バルター氏の親類縁者に心当たりはないとおっしゃるんですよ」

「……それは」


 レパンの言葉に、グーベルが眉を下げた。


 親類の証明というのは、なかなか難しい。普段から一緒に住んでいる、容姿が似ている、当人の口から語られた……その辺りが、頼りない手がかりとなるくらいだ。少なくとも科学的に証明する手立ては、現時点では一般的ではなかった。


 バルターとグーベルは全くと言っていいほど似ていない。一緒に暮らしたのも、バルターが亡くなる前の二週間程度らしい。その間、グーベルは積極的に出歩くこともなかったそうなので、証言が出るわけもなかった。こうなると、バルターの口から、彼が孫であると語られていなければ、グーベルをバルターの孫と結びつけるのは難しい。


(もう、バル爺。だから、もう少し周りの人とは仲良くしなさいって言ったのに)


 という内心で愚痴るコトラ自身も、研究に没頭すると人付き合いが薄くなる性格だ。それでも、最低限の付き合いはできている……はず。いや、今だって自分の興味の赴くまま、ろくに説明もせず研究所をほっぽり出して喫茶店で働いているのだ。人のことは言えない。


 その点については、ひとまず棚に上げることにして、今はグーベルの問題だ。


「待ってください、レパンさん。バル爺に親類がいないという証言があったわけではないですよね?」

「それはそうですね」

「言っては何ですがバル爺は偏屈な人でしたから。孫と暮らしているなんて言って回ったりはしてないと思いますよ」


 ズバリと指摘すると、レパンではなく、グーベルがショックを受けてしまった。「偏屈……」と小さく呟いているが、それは無視して話を続ける。


「一応、店長がバル爺の縁者であることを証明する手段はありますよ」

「本当ですか?」


 レパンが意外そうな顔をする。


「はい。といっても、証明が正しいとレパンさんに納得していただけるかどうかはまた別ですが」

「……どういうことですか?」

「研究所で確立されたばかりの方法ですので。実証データも少ないですからね」


 コトラが語ったのは、魔紋と血縁関係の証明についての話だ。


 魔紋というのは、各人が持つマナの特徴を図案化したものである。個人の持つ魔術的な資質を可視化する研究の途中で偶然発見されたことだが、この魔紋は個々人で異なり、決して一致しない……と考えられている。集められたデータが不十分であるため、“絶対に”とは言えないが“ほぼ間違いない”と研究所では見ている。


 また、近親者の魔紋は極めて近いパターンとなることがわかっている。魔紋の一致率によって血縁関係が推定できるというのが、研究所における最深の研究結果だ。


「なるほど。魔紋を調べれば血縁関係がわかると……。魔紋を調べるにはどうすれば?」

「マナが宿ったもの……例えば髪の毛なんかがあれば調べることができます」

「そういうことでしたら、魔道研究所に依頼すれば調べることはできそうですね。ところで、コトラ嬢は、彼がバルター氏の孫であることを疑っていないのですか?」

「そうですね。縁者であることは間違いないですよ。魔紋で調べましたから」

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