月と熱帯魚
たとえば
第1話
まだ肌寒い春先、俺は親父に家業の話で呼ばれ一人暮らししている家から実家へ一時帰宅していた。
俺の家はイベント制作会社で、その社長の長男の俺はゆくゆくは会社を継ぐことになるのだろうと、高校を卒業してすぐ親父の会社に就職してから薄々と感じている。
重荷に感じる時は沢山あるが、実際大きなイベントを運営するというのは大変さよりも楽しさが勝ることの方が多く、嫌々ではなかったりする。
久々の地元の帰り道だからと懐かしい空気を感じながら歩いていたところ、何か大きな音が近くでしたのを感じた。
流石にビックリしたので、なんだ?とその場所まで少し走っていってみると、そこには小、中学の同級生の女の子らしき人が床に倒れていた。
本人か確かでは無いので、走って駆け寄ってみると本人で、地面にはカバンや靴、服やノートが雑に落ちていた。
特に何か関わりのあった子では無かった為、上の苗字が思い出せず思わず「月子」と下の名前で彼女を読んだ。
登校班が同じで小学校までは下の名前で呼んでいたおかげでなんとか下の名前は思い出せた。
「善?」
至る所に怪我の跡が見られる月子は意識が朧気な中だろうに俺の名前を呼んだ。
「どうしてお前、こんな家の前で倒れてるんだ。何があった?事件とか事故とかなら警察呼ぶし…」
そう言って携帯を取り出すと、月子は俺の腕を掴んで
「大丈夫」
「大丈夫だから」
と言ってボロボロと泣き出した。
こんな事は初めてだし二回も三回もあってたまるか!という話なので、とりあえずこの道端からは移動しなきゃな…と思い、月子に「家、目の前だけど帰れる?」と聞いたが、分かりきってはいたが月子は首を横に振った。
まぁそうだよな…と思い、「俺、一人暮らしで少しここからは遠いところだけど、来る?」と聞いた。
月子は黙ったままでも少し驚いた表情で、唇を噛みながら今度は縦に頷いた。
荷物を俺が拾い集めている間も、彼女の手を取って立ち上がらせて駅まで歩いてみても、彼女は何も話してくれなかった。
よくよく考えれば中学校ぶりの再会なので、「高校どこ行ったの?」とか「今何してんの?」とか色々聞きたいところではあったが、荷物をばらまかれている状態で自宅の前に倒れていて怪我の後がいくつもある時点で、ある程度想像はついていたので、深追いはしなかった。
電車に揺られている中、昼間の電車の陽気に当てられて安心したのか気がついたら月子は少し眠っていた。
月と熱帯魚 たとえば @_tatoeba_
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