第7話 私とあなたが出会った日
「ふう。ここまで来れば、安心だ。」
全力で走ったことで、乱れた息を整えながら、少年は少女に安心させるよう微笑みながら、語り掛けた。
「あの、ありがとうございました。助けていただいたことは忘れません。必ずこのお礼をさせていただきます。」
「お礼か。僕は見返りのために君を助けたわけじゃない。だから、気にしなくていいよ。それよりも、もうここには来ないほうがいい。知っての通り、この地域は危険と隣り合わせだからね。」
「でも、あなたはここに住んでいます。」
「それは、僕ら奴隷には他に行くところなんてないからね。君たち貴族と僕らは生まれた時から違う。僕たちは権力者たちに道具のように扱われ、壊れれば捨てられる。そもそも人権なんて無いに等しい。」
「あなたはそれで納得しているのですか?」
「納得もなにも、僕らには選択肢なんて存在しないんだ。生まれた時から今日までこの環境で生きてきたし、他の環境を知らない。だからこれが僕らの当たり前なんだ。とりあえず、今日も生きれた。それだけで僕は満足だ。」
私は今まで自分の生きている環境が当然のものとして疑いもしなかった。
これまでそのことに何の疑問も持たずに生きてきた。
彼らのような存在を知らずに生きてきた。
彼らも私と同じ人間。
でも、生まれた環境で異なる人生を強いられる。
私はなんと浅はかだったのだろう。
少なくとも、私を助けた少年は自身の境遇を受け入れることしかできない。
「改めて助けていただいたことに感謝します。私はクラウディア・フォン・リヒター。あなたの名前を聞かせてください。」
「僕達に名前なんてないよ。でも、みんなからは58番と呼ばれている。」
「58番、必ず御恩はお返しします。」
「わかったよ。じゃあ、君は貴族だから、偉くなって、いつか僕らのような弱い人間を助けてほしい。僕は君が偉くなって、僕らのような奴隷でも、希望を持って生きることのできる社会の実現を叶えるための一歩を歩んでくれることが僕の望みだ。」
この方が望めば、奴隷の境遇から脱することもできる。お父様に頼めば、彼の身分を上げることは可能なことだ。
一貴族でも、気に入った奴隷に市民の身分を与える権限は有する。それは公然の事実だ。
でも、彼は自分のことよりも、他者の幸せを願っている。
私と同じような年齢で、ここまでのことを願うことができるだろうか?
少なくとも、私の周りにいる貴族の子弟たちには無理な話だ。
それから、私は彼に屋敷近くまで送ってもらった。
「ここまで来れば、もう君は安全だね。じゃあ、僕はもう行くよ。」
路地から一歩外に出れば、私兵が警護する私が住む屋敷は目の前だ。私兵も私の存在に気が付き、私を保護するだろう。
わかっていたことだが、彼とはここで別れることになる。
それを考えると胸の奥が痛んだような気がした。
私が改めて、お礼を言おうと、もう一度彼がいるはずの後ろを振り向いた瞬間、そこにはもう、何もなかった。
「お嬢様!よくぞご無事で!」
私の存在に気が付いた、私兵は私のそばに駆け寄り、私は保護された。
彼と別れた路地にもう一度振り返るが、彼はもういない。
それが私が初めてあなたと会った日のことだった。
成り代わりの簒奪者 ただ仁太郎 @tadajintaro
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