第6話 少女と少年


 「時は、10年前にさかのぼります。実は私はあなたと一度お会いしたことがあるのです。」


「君と俺が?」


「ええ。あなたは覚えていないかもしれませんが、10年前の私は世の中の暗い部分を知らない小娘でした。」


「今は亡き母の病を治すため、私は少数の供を連れ、王都の外の森へ出かけました。そこには、母の病に効くとされる薬草があったからです。」


「私は、薬草を手に入れ、供と共に、屋敷までの帰路を急ぎました。」


「あの頃の私はとにかく早く母のもとに戻りたかった。使用人に命じ、近道で帰るよう指示をしました。道中スラム街の近くを通りました。そこで、私は野盗に襲われそうになるのです。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 10年前 王国内某所スラム街


「これを持って帰れば、お母さまもきっとよくなる!早く帰らないと。」


「しかし、お嬢様、この辺りは野盗のアジトも近いです。安全のためにも、この道は避けるべきかと。」


「何を言っているの!そんなことをしていたら、お母さまに会うのが遅くなるじゃない。これは命令よ。急いでちょうだい。」


そこは、治安の悪いスラム街のとある道。


王都のはずれにある王国の光があたらない影の街。


人々は生きるのに必死で、他者の命を奪う者も多くいる。


そこは、王国法も及ばない無法地帯。


そんな無法地帯に貴族の乗る一台の馬車があれば、当然目立つ。


そんな光景を捕食者の目で見つめる者達と未知の物を見る純粋な好奇心を表す目で見つめる者が同時に存在した。


(あれが、絵本で描かれていた貴族の人が乗る馬車っていうやつか。)


一人の少年は、本物の馬車に興奮しながら、遠くから眺めていた。


「おやおや、こんな所に高貴なるお貴族様がいらっしゃるとは。ここは、俺たちの縄張りですぜ。ここを通りたければ、金目の物を頂きましょうかね。」


屈強な男たちが馬車を取り囲む。


男たちの手には、刀や斧が握られている。


対する馬車の人員は、執事と護衛武士数名。


馬車の奥では、怯えながら、顔を青白くさせている少女がいる。


その少女と目が合った男たちは言った。


「これはこれは、どこのお嬢様かは存じませんが、かなりの上玉だ。俺たち下々の者と遊んでいただけませんかね。知り合いの奴隷商人に売り渡せば、当分は遊んで暮らせるってもんだ。」


「ひ!」


男の言葉を聞いて、少女は後ずさる。


カタン!


少女の小さな背中が馬車の壁にぶつかる音がする。それはそれ以上、この場から逃げることができないことを少女自身に悟らせるのには、十分であった。


ガタガタと震える少女は恐怖のあまり、失禁する。


その姿を見た野盗たちは歪んだ笑みを浮かべながら、少女に近づく。


「それ以上はお嬢様に近づかせぬぞ!」


護衛武士の男は抜刀し、野盗に斬りかかった。


しかし、野盗たちは刹那の間に、護衛武士たちを斬り殺した。


光のあたる場所で鍛えられた武士と、生きるためなら非道なこともためらわない野盗たちとの武力には、大きな差があったのだ。


そして、野盗たちが少女に近づこうとした時。


ブン ブン ブン


野盗の後方から石が飛んできた。


それは少年が野盗に投擲した石の攻撃だった。


いくつかの石が命中し、野盗たちの意識は少年に奪われた。


野盗たちが少年めがけて、走りだした時、少年は煙幕を出し、辺り一帯の視界が奪われる。


その隙に少年は音を立てないように野盗たちの間を通り抜け、少女のもとに駆けだす。


「いたぞ!女のガキと一緒だ!あのガキは殺しても構わん!だが、女の方は無傷で奪え!」


野盗のリーダーらしき男が部下たちに命令を下す。


その男の指示に呼応し、野盗たちは一斉に少年と少女を追う。


「君、突っ立ってないで、一緒に逃げるよ!」


それまで茫然としていた少女に声をかけ、少女の手を握り、少年は野盗たちから逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る