転移聖女~覚醒して転移の力に目覚めた私は、聖女なのに王子から婚約破棄されて王都から追放されましたので復讐します。お覚悟はよろしくて?
折本装置
本編
エミリアはついこの間まではこの国、アストレイ王国の聖女だった。
しかしあっさり追放されたのだ。
隣国から、彼女よりも有能な聖女が見つかったらしく、エミリアは用済みということで捨てられた。
辺境にて聖女を必要としているらしく、そこに派遣されることがすでに決まっている。
平民上がりの自分にとっては、間違いなく出世。
それは間違いない。
だが、どれだけ取り繕ったところで左遷されたことには違いない。
「好きだったのにな……」
エミリアは、婚約者だったイサーク第一王子のことを思い出す。
少し厳しくて、態度は荒々しいことがあって。天使のように美しくて、王族らしい気品があって、誰よりも誇り高くて。本当に、理想の王子様だった。ほんの昨日までは。
「私の何がいけなかったんだろう」
エミリアの口から、本心が漏れ出てしまう。
ああ、これはダメだ。
余計なことは、考えてはいけない。
暗いことを考えていてはいけない。
考えるのみならず、口に出すのはもっといけない。
明るく復讐するって決めたんじゃないか。
聖女とは、光を司る存在だ。
暗い情念を言葉や行動で発しては、聖女の力が失われる。
それは、今後の生計が断たれることも意味している。
復讐のために、自分が犠牲になってはいけない。
それでは両親や友人にも申し訳が立たない。
だから、暗いことを考えるのではなく、明るく復讐しよう。
そしてスッキリしたらたくさん泣いて、笑顔で辺境に行ってまた聖女として生きるのだ。
「よし!」
エミリアは、顔を洗い、タオルで水を拭いてさっぱりした気持ちになった。
優雅さとは無縁の、最近まで庶民だった彼女なりの気合の入れ方だ。
まずは、旅に必要な物を買い集めよう。着替えとか化粧品とか……。
それから、それから……。
お腹すいたので何か食べてから考えよう! エミリアはまず食事を求めて街へ出た。
因みに、この時点では復讐の段取りは全く考えていない。
◇
「あれ? ここどこだろう?」
エミリアは見慣れぬ街並みの中をあてもなくさまよっていた。
どうしよう……。迷子になったかも……。
ついさっきまで、エミリアは辺境にいた。
だというのに、ドアを開けて部屋の外に出ようとした。
ーーそして、次の瞬間外に出ていない。
キョロキョロしていると、ふと道端で何かを売っているおばあさんの姿が目に入ってきた。
「あのぉ、すみません。ちょっと聞きたいんですけど……」
「はいよっ、なんですかぃ?」
おばあさんはニコニコしながら答える。
「ここはどこでしょう?」
「あらまぁ、観光客かい? それとも迷子になっちまったかね」
「あはは、そうみたいです」
「しょうがないねぇ。ほら、これあげるから元気出しなさい」
「ありがとうございます」
エミリアはもらった飴玉を口に放り込む。
甘くて美味しいイチゴ味だった。
「ここはどこでしょうか。私、オークレイっていう辺境にいたんですけど」
「えっとね、ここらはアストレイっていう国の王都、エヴァンスだよ。あんたの国とは遠いから知らないかもしれないねぇ」
「はい、初めて
「この道をまっすぐ行くと大きな通りに出るよ。そこには騎士団の詰め所があるんだ」
おばあさんに言われたとおりに進むと、エミリアは
かつて、エミリアが暮らしていた平民街だった。
「これ、もしかして戻ってる?」
辺境のオークレイにいたはずなのに、戻ってしまっているのだとエミリアは結論付けた。
一体なぜ、私は追放された王都に戻っているのだろうか。
この能力の発動条件は、何なのか。
思い返す。
私は、扉を開けた。
そしたら、王都まで戻ってきた。
……扉だ。
扉を開けることと、戻りたいという意思。それが、能力の発動条件らしい。
今までは、戻りたいなんて思わなかったから能力が発動しなかった。王都の平民街で暮らしていたころは、そこだけがエミリアの居場所だった。そして、王宮に迎えられてからは、ずっと王宮で過ごしてきた。手紙でやり取りをしていたし、王宮での暮らしは正直楽しかったし、殿下はかっこよかったし。
けれど、辺境に戻って初めて私は戻りたいと思うようになった。
多分だけど、先ほどのおばあさんの服装からしてここは平民街だ。戻りたいと思う気持ちが、能力の発動条件なら。もっと、具体的に念じたらどうだろう。きっとさっきは、漠然と念じていた。王都に、元の暮らしに戻りたいと。だから、王都の、平民街の、そしてそれでいてあまり記憶に残っていない場所に戻ってきてしまった。場所をピンポイントで念じればその場所に移動できるのではないだろうか。
近くに、食事処と思しき建物を発見。
もし、推測通り扉が能力発動の鍵ならば、そう考えてエミリアは扉を開く。今度は、王宮を思い浮かべた。開けると、今度は王宮の、書庫に入っていた。本にすっと指を通して、それからまた書庫の扉を開いた。
エミリアの能力が、発動したのだ。
聖女は、神に祝福された存在である。
聖なる魔法である、回復魔法などを行使できる。そして、神に認められた聖女は固有の能力を発現する。
というか、エミリアの場合はこの固有能力を発現しなかったがために、追い出されてしまったのだ。能力を使えない、半人前の聖女など、相応しくない、と。
「ああ、最近隣国から来た聖女様の能力らしいよ。通ろうとしたあらゆるものを防ぐ障壁なんだと」
「あらゆるもの、ですか」
「ああ、ドラゴンさえも通れないって話だ」
ドラゴンは、魔物の頂点に君臨する存在であり、生ける災害だ。
その被害は、ハリケーンや地震とどっちがマシかというもの。
それを防げるほどの結界を都市全体に展開するなんて、なるほど隣国から来た聖女は間違いなく優秀だ。
「ま、私の扉渡りは防げないみたいだけど」
空間を捻じ曲げて転移する以上、障壁も意味をなさないということだろう。
これは、面白い。
エミリアより上とされた聖女の張る結界を破って、王都に侵入して。
その上で、エミリアをあっさり捨てたイサーク王子に復讐して。
それで、エミリアは完全にすっきりして新たな生活をするのだ。
そのためにも、いくつかやっておくべきことがある。
「お父さん、お母さん、ただいま」
「おかえりなさい、エミリア」
「大丈夫だったかい?」
「うん、ぼちぼちやってるよ」
エミリアは、久しぶりに、実家に戻っていた。
「そういえば、ダグラス君にはもう会ったの?」
「いいえ。ダグラスがどうかしたの?」
ダグラスというのは、エミリアの同い年で幼馴染の男の子だ。
明るくて、元気な好青年で、エミリアにとっては兄みたいな存在だった。
エミリアが聖女になってからは、手紙のやり取りとかもしていなかった。
一応、王子と婚約中の身だったので異性とやり取りをするのは憚られたのだ。
「ダグラス君ねえ、騎士になって、今は辺境都市で頑張っているみたいよ」
「ええ!そうだったの!会いたいなあ」
王都にしか、友人知人がいないと思っていたけれど、実はそうでもなかったらしい。
◇
エミリアが復讐を誓ってから数週間後。
「いったいどうなっているんだ!」
アストレイ王国第一王子であるイサーク・フォン・アストレイは激昂していた。
全身が震えているが、それが怒りによるものか、恐怖によるものかは本人にも判別がつかない。それほどまでに、彼は精神の均衡を失いかけていた。
最初は、手紙が王城の前に捨てられているだけだったらしい。
門番が、危険物である可能性を憂慮し調べてみると、特になにも細工を施されていないただの手紙であると判明。
だがしかし、その手紙の筆跡がエミリアのものであるというのが問題だった。
隣国から別の聖女を連れてきたというのに、彼女の能力でも防げない。
彼にしてみれば、能力も不明な出来損ないなどより、より優れた力をもった聖女を妻に迎えたかった。何より、それ以上に彼には重要なことがある。エミリアは平民育ちだ。彼女なりに必死で勉強はしていたが、どうしても同じ年頃の貴族令嬢たちと比べると気品にかける。そもそも、尊い血族に平民という穢れた血統が混ざるなど、王族として看過できなかった。この国に聖女がエミリアしかいなかったがゆえに仕方がなく婚約することになったが、本来ならばそんな役回りはごめんだった。何より、今度結婚する聖女のレベッカは最高だ。隣国の王族であるのはもちろん、聖女としての能力も、容姿も申し分ない。慎ましやかなエミリアとは比べ物にならないと、彼は考えていた。
だというのに、これだ。
原因は、わかり切っている。
(聖女の能力か。本当に、目覚めるタイミングが悪すぎる。何で追放した後に目覚めるんだ?)
聖女は、回復魔法や浄化魔法などとは別に、固有の能力を持っている。
彼女の目覚めた能力の可能性はいくつか考えられる。幻惑の能力で、警備などを欺いて侵入したか。
あるいは、すり抜けの能力で突破してきたか。あるいはーー転移能力でここまで来たか。
もし、転移能力だとしたら問題だ。
聖女の能力は、防壁など、一人で戦術級の働きができる。
その中で転移能力というのは、非常に有用である。交通や流通の問題をすべて解決できる力は、それこそ戦略級の力を持つ。
エミリアの能力を理解せずに追放したとなると、それはイサークの責任になる。
隣国の聖女との結婚も、それに伴うエミリアとの婚約破棄も、イサーク主導で行ってきたものだ。
転移能力に目覚めていた聖女を冷遇していたということが分かれば、第一王子と言えど、凋落は免れない。つまり、イサークはことを公にすることができない。自分の力のみで、この問題を解決しなくてならなくなった。
その日の夜、イサークは不安から眠れぬ夜を過ごしていた。
「殿下、殿下、殿下」
「うわああああああああああ!」
イサークは、しりもちをついた。
目と鼻から液体を出しながら後ずさる。それを見て、エミリアは少し悲しそうな顔をして、扉を開けて消えた。
それから一か月、イサークは部屋に閉じこもってしまった。
毎晩、同じことがあり、限界に達してしまったのだ。ある日、国王陛下が訪ねてきた。
「父上、陛下」
「お前は精神に異常をきたしている。休んだ方がいい」
「陛下、エミリアが来ているんです!あいつが悪いんです!」
はあ、と国王はため息をついた。
「お前という奴は、大体エミリア殿が本当にここにいるわけがないじゃないか。彼女は辺境だよ」
「そ、それは聖女の能力で……」
「固有能力がないからと、追放したのはお前だろうが!いいからもう休め!跡継ぎは第二王子にする!」
「あ、ああああああああああ!」
イサークは、膝をつく。
彼は、そのまま引きずられていった。その後、隣国の聖女との結婚も破談になってしまった。精神に異常をきたしているというのが、その理由だった。
◇
「そんなわけで、イサーク様は今、修道院で療養中なんだそうだ」
「そうだったのね……」
エミリアは、辺境の喫茶店で幼馴染みのダグラスと会話していた。ダグラスは、遠因がエミリアだとは知らない。ただ、イサークが療養中であるということだけ知っている。
「それは貴方もじゃない、特に悪いことをしたわけでもないのに」
「それは違うよ、俺は自分の意志でここに来たんだ。志願して来た」
「え?」
「騎士になったのは、君を守りたかったからだ」
エミリアは気づいた。
自分をまっすぐ見つめる彼の目に、深い愛情がこもっていることに。そしてそれを、嬉しく思う自分がいることに。
優しい目つきも、短く刈り揃えられて清潔感のある綺麗な黒髪も、白く輝く歯も、全部が魅力的に見えた。
「エミリア、俺と結婚してくれないか?ずっと前から君のことが好きだった」
「はい、喜んで……!」
そうして、エミリアとダグラスはささやかな結婚式を挙げた。
二人は、辺境で死ぬまで幸せに暮らしたのだった。
◇
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