ねこまんま③


思いに目を瞑り、はっと目を開ける。

 すると、映ったのは、あの不思議な喫茶店だった。


 気付けば、丼鉢は空だった。

 夢中になって食べていた。

 目の前には、席についた女給がいた。


 

「……なにか思い出せた?」




 ああ、思い出せたよ。大事なことを。

 不便なこの体のことも。

 だから、想いを込めて、俺は鳴いた。


 

「みゃあ」

「ふふ、それは良いことです」


 笑う女給をよそに、口元を舐め背中を伸ばす。

 ふう、腹一杯だ。

 俺はテーブルに飛び乗り、女給に近づくと、感謝の意を込めて額をこすりつけた。

 ご馳走様。 


「はい、お粗末さまでした」


 そして女給は、おもむろに俺のことを抱いて立ち上がる。

 ふわりと香る甘い匂い。

 心地良いのでなすがままにされていると、店の奥から男が出てきた。


「おや、珍しいお客様ですね」


 ふわりと優しい笑みを浮かべ近づいてくる男。


 女給とは違った強い香りがする。

 これは、珈琲と煙草と、なんだ?


 男は俺の頭を撫でて、外に出ていった。

 どうやら店仕舞いらしく、看板を持って戻ってきた。


「寛政十二年。ずいぶん長生きだ。二百歳を超えている」

 

 よくわからないが俺の歳がバレたようだ。

 男は神妙な面持ちで近付いてきて、囁くように言った。

 

「尻尾は何本ですか」


 ここまでバレてしまってはしかたない。

 普段は見えないようにうまく誤魔化しているのだが、正直に見せることにした。


 女給の腕の隙間から、するりと尻尾を出す。

 そして、少し力を込めると先のほうからするすると割れていく。

 根本まで別れた二本の尻尾をゆらゆらとはためかせて見せると、男は満足げに頷いた。


 そういえば、女給の方が驚いてやしないかと顔を向ける。

 女給は、真っ黒な瞳で、じっ、と俺を見つめていた。


 そして、唐突に言ったのだ。


「マスター、この子、飼ってもいいですか?」


 俺の正体をわかって言っているのか?

 二又に分かれた尻尾をきちんと見ていたか?

 この男――マスターの話を聞いていたのか?



 

 俺は猫又だぞ!!!





 

「ここでですか?」

「ええ、猫、飼ってみたかったんです」


 そう言ってけらけらと笑う女給。

 どうなっているんだ、こいつの頭は。


「まあ、猫又がいる喫茶店というのも面白いですね。人間は犬猫が好きですし」


 言いながらカウンターに戻っていくマスター。

 この話は終わりとばかりにカップを磨き始めている。


「よし、じゃあトイレとか用意しましょうかねえ。あ、まずはお風呂ですね」


 やる気を見せる女給。



 どうやら、俺はここで飼われるらしい。


 何度も味わった別れへの恐怖はなくなっていた。

 俺はきっと、こうして誰かと関わって生きていきたいのだろう。

 そのあとになにも残らなくても、ただ人と一緒に、俺と一緒にいたいと望んでくれる人たちとゆっくりと時を過ごしていきたいのだ。


 時の流れは残酷だ。

 しかし、時の流れがあるからこそ、このひとときが大切なんだ。


 そう思えた俺は、女給の腕の中で、ごろごろと喉を鳴らしていた。


「あら、ずいぶん気安いですね」

「んなぁ〜ご」


 サービスで一鳴きしてやる。

 ふふん、どうだ。

 人ってのはこういうのが好きだろう。


「ま、ぶさ可愛い声」

「ンナッ!?」


 ぶさ……!!

 素直に可愛いと言えんのか!!

 まったく。

 人ってのは、わからん。

 まあ、いい。

 こうして温もりを与えてくれるなら、俺はそこにいるだけだ。

 いつだって、同じように。

 

 

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喫茶 時間旅行 曇戸晴維 @donot_harry

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