第20話
翌日、私たちは昼のお祈りに合わせて教会の近くに来ていた。
「で、今日の動きの確認ね」
出店で買った朝昼兼用のサンドウィッチを食べながら、今日の段取りを確認する。
カイルも寝たことで頭が休まったのか、いつも通りの調子を取り戻していた。
「これだけの信者がいる国の聖女に干渉するのは至難の業よ。でも国の情報を抜き取るなら聖女への干渉が最適なの」
「リスクが高すぎないか?」
「そう。だから聖女様自ら教会を出てきてもらうの」
カイルは私の言葉に怪訝な顔をする。
「そんなに上手くいくのか?」
「上手くいく」
即答すれば、カイルは驚いたように目を見開いた。
「何故言い切れる?」
「逆に聞くけれど、どうして失敗すると思うの?」
「それは…」
「危険だから?他人が絡んでいるから?…それとも悪だから?」
指を折りながら理由を挙げていくと、カイルは私の最後の一言に反応した。
理由を数えるために持ち上げていた腕を力強く掴まれる。
彼の目には怒りと僅かな悲しみが含まれていた。
「お前が…自分の行為を悪だと認めるな」
捕まれている部分がギリギリと痛む。
でもその反応を見ることができて安心した。
「良かった。ちゃんと怒ったわね」
「は?」
何を言っているのか見当がつかないようで、カイルはさらに凄んだ声を出す。
「あなたが悪だと認めたらどうしようかと思ったわよ。でもそれなりに腹を括ったようね」
悪だと認めていたのなら、こんなに怒るはずがない。
寧ろ、口をつぐんで何も言えなくなるだろう。
だから彼が怒ってくれて本当に良かった。
「ほら、そろそろお祈りの時間になるわよ」
彼の手から自分の腕を抜いたところで段々と聞き慣れてきたあの鐘の音が鳴り響いた。
教会に入るとすでに人が多く、私たちも案内された椅子に座る。
椅子は中央の大きな金色の鳥籠を囲むように設置されており、綺麗な円を何重にも描いていた。
鳥籠の中にはすでに聖女らしき女性が立っている。
相変わらず顔はベールに覆われておりよく見えないが、この前よりも距離が近いため観察しやすい。
しかし、聖女が立っている鳥籠は少し高い位置に置かれており、軽く見上げる必要があった。
「私は聖女や役人の観察をするから、カイルは教会内の見取り図を描けるように配置を覚えて」
「分かった」
お祈りはまだ始まらないらしく、教会内はざわついている。
カイルと話すふりをしながら周囲を観察すれば、役人らしき人が最低5人は見える。
男女に制約はないらしく、男性3人、女性2人という内訳だ。
「ただいまより、昼の礼拝を始めます」
アナウンスが流れ、お祈りが始まる。
お祈りは目を瞑って手を組み、黙祷する形で行われるようだ。
まぁ、私が素直に黙祷するわけもなく目を瞑ることで過敏になった聴覚でできる限り周囲の音を聞き取る。
こんな感じなら猫を連れてくればよかった。
集中して音を拾っていれば、何やら金属が擦れる音がした。
きっと祈りに集中していれば聞こえないほどの小さな音。
司会を担当している役人が何やら話し続けているため、席によっては全く聞こえないだろう。
しばらくすれば、再び金属が擦れる音がした。
「お直りください」
その言葉に皆が顔を上げる。
聖女を見るも、先ほどと変わった様子はない。
「以上を持ちまして、本日の昼の礼拝を終わります」
礼拝は黙祷だけのようだ。
意外とあっさり終わるのだと思ったその時、後ろの席の男性が叫ぶように声を上げる。
「聖女様!どうか、どうか週末のイデアルに私をお選びください!!」
男性の叫びを皮切りに、他の人たちも一斉に聖女へ詰め寄る。
身の危険を感じてカイルの腕を掴めば、守るように抱き寄せられた。
「お願いします、聖女様!」
「私たちには聖女が必要なんです!」
「どうか慈悲を……」
「聖女様……」
様々な声が入り乱れ、まるで怒号のような叫びに耳が痛くなる。
「な、んだ、これ」
カイルは目の前の光景を信じられないといった表情で見ている。
聖女は慣れているのか、1歩を動かずただ姿勢を正して立っているだけだ。
大きな金色の鳥籠の隙間から信者たちが手を伸ばすも、聖女には誰も触れられない。
きっとそこまで計算して作られた鳥籠なのだろう。
「初めまして」
目の前の様子を見ていれば、唐突に声をかけられた。
振り返ると、そこには先ほど観察していた役人の1人が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「初めまして、あなたは…」
「私はこの教会で聖女様の補佐をしている者です。教会の決まりで名乗ることを規制されております故、その点はお許しください」
聖女の補佐を名乗る男性は私たちを見比べる。
それから「おや」と何かに気づいたような反応を示した。
「お2人はペンダントをお持ちではないのですか?」
「聖女様にお会いしたいと思い、先日入国したばかりですので何も…」
「そうだったのですね。遠方からようこそいらっしゃいました。我々はあなた方を歓迎致します」
男性は衣服の内側から皆が首から下げているものと同じペンダントを取り出した。
「このペンダントは聖女様の加護を受けることができる信者の証です。そして、私のような聖女様の補佐から直接贈る物になります。どうぞ、お受け取りください」
「いいんですか?」
「勿論です」
「ありがとうございます!」
お礼を伝えてから受け取ったペンダントを首から下げる。
念のため家に帰ってから調べた方が良さそうだが、今は素直に下げておくべきだろう。
「そういえばあの人たちは何を叫んでいるのですか?」
未だに聖女に手を伸ばしている人たちを見ながら尋ねれば、男性は困ったような顔をした。
「この国では毎週末にイデアルと呼ばれる儀式があります。聖女様と聖女様がお選びになられた信者が直接お話しできる儀式ですので、皆様自分を選んでいただけるようアピールをしているのです」
「イデアル…」
そんな儀式があるのか。
もしかしたらこれは使えるかもしれない。
カイルを見上げれば、彼も頷いてくれた。
「もしかしてイデアルに興味ありますか?」
「はい。…でも、私たちは聖女様にお会いしたばかりですので参加まではまだまだなのかなと」
「いつか聖女様に選んでいただこうな」
カイルは私の頭を撫でながらそう言った。
もう一度お礼を伝えてから教会を出ようとすれば、先ほどまで話していた男性が小走りで近づいてきた。
「お待ちください!」
かかった。
イチかバチかだったが予想通りだった。
つい緩みそうになる頬を必死に抑える。
「どうかされましたか?」
「…最終的に選ばれるのは聖女様ですが、基本的にイデアルのための一次選考は我々が行います。これも何かの縁でしょう。ぜひ、今週末のイデアルの選考に推薦させてください」
「本当ですか!?」
喜びを隠しきれず声が大きくなってしまったが、幸いにも周囲が騒いでいるため目立つことはなかった。
「はい。イデアルに選ばれた場合、当日の昼の礼拝の後にお声がけさせていただきます。それ以外で何かをお伝えすることは禁じられていますのでご了承ください」
「分かりました、ありがとうございます」
カイルのお礼に続いて私も頭を下げれば、男性はそのまま教会内に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます