第16話


「それか、何か言いたいことでもあるか?」


挑発するような態度に反射で言葉が出そうになるが、なんとか抑える。

この機会を逃してはならないことは俺でも分かる。


「……お前、名前は?」

「名前はない」

「じゃあなんて呼べばいいんだよ」

「メルには『あんた』って呼ばれることが多いな」


猫は興味なさそうにそう言った。

立ったまま話すのも疲れたので、埃を払ってから椅子に座り猫を見る。


「名前つけようか?」

「いらないな。意図的に名前を持っていないんだ」

「……じゃあ、俺はお前のことをなんて呼んだらいいんだ?」

「好きにしろ」


意図的に名前を持たないとはどういうことなのだろうか。

考えてみるが、答えは出ない。


「そんなことを聞くだけでいいのか?」


猫は俺を見上げる。

その目は相変わらず全てを見通しているような気がした。


「…いいのか?」

「飽きるまでな」


そう言われてしまい、思わず口をつぐんでしまった。


部屋にしばらく静寂が訪れた。

意外にも猫は気長に待ってくれる。


「いつから人間の言葉を話すことができるようになったんだ?」


素直に気になったことを聞けば、猫は少し考えてから口を開いた。


「1つ目の命を無くした辺りで話せるようになったな」

「1つ目の命…?」


聞き慣れない言葉に首を傾げる。

命は1つしか無くないか?


「人間の世界ではあまり浸透していない知識だが、生き物には命の数が決まっているんだ」

「人間にも?」

「そうだ。まぁ、人間の命は1つだけれどな」


猫は自分の長い尾で、心臓がある辺りを指し示した。


「猫の場合、命と言っても心臓とは限らない。魂を表していることもあれば、住む家のことを表している場合もある。自分の場合は命の数だな。今まで何度か死を経験してきた」

「じゃあ今はいくつ目なんだ?」


猫は何かを思い出すように遠くを見つめるも、すぐに首を横に振った。


「正確な数は分からない。だが、きっと半分ぐらいだろう」

「半分…ということは、5つ目…」

「それぐらいでもおかしくないな」


何でもないことのように言うが、死を経験してきたなんて軽く言っていいものではないだろう。

少なくとも、俺には衝撃すぎた。


「メルはそのことを知っているのか?」

「どうだろうな。聞かれたこともない」


他者への興味がないのか、はたまた察しているが故に聞かないでいるのか分からない。

しかし、きっとメルにとってこの事実はどうでもいいのだろう。


「ただ猫の目を共有したり、影に入り込んだりすることを容認してくれる辺り受け入れてはくれているのだろうな」


確かに彼女は当然のように猫の力を借りていた。

それに疑問すら持たないのだろうか。


「なぁ、その能力…?のようなものは昔から使えたのか?」

「どうだろうな。ただ、個人的にはメル以外に干渉する気はないし、お前にも力を貸すつもりはない」


猫はそれが世の理であるように、当然のように言ってきた。


「…お前、悪魔なのか?」


口が自然と動いていた。

その様子を猫は目を細めて見てきた。

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