第10話


「はぁー……」


部屋のベッドに腰掛けると、自然とため息が出た。


部屋自体は簡素だが、必要な物は一通り揃っているし何より広い。

ベッドもふかふかで申し分ない。

まぁ、野宿後の今ならどんなベッドでも満足するに違いないのだが。


「そういえば部屋は同じで良かったのか?」


トランクを置いたトレヴァーは気づいたようにそう言った。


「宿泊代の削減よ。それとも何?私みたいな少女を襲う趣味でもあるの?」


冗談交じりにそう言えば、彼は心底嫌そうな顔をした。


「俺にそんな趣味はない」

「どうかな~。世の中にはセーズ様みたいな趣味を持っている人も一定数いるわけだし」


煽るように笑う私を見て、トレヴァーはため息をついた。

それから椅子に座るとうんざりしたように私を見た。


「さっきまでの無垢な少女はどこに行ったんだ…」

「無知な子どもを演じるにもそれなりに知識が必要なのよ。自分の見せ方とかさ」

「だからって……はぁ、もういい。疲れた」


彼は天井を仰ぎながら目頭をマッサージし始めた。


こんなギャップで疲れられてはこれからが心配だ。

名前なんて使い捨てるし、役者よりも沢山の役を使い分けることになる。

まぁ、それも段々と慣れてくれればいいのだが。

慣れるというか、感覚が麻痺すると言った方が正しいか。


「ちょっと、まだ寝ないでよ?これから色々決めないといけないんだから」

「こんな時間から何を決めるんだよ…」

「大まかな作戦、明日からの動き方、…あ、そうだ。名前も決めないと」


指折りながら説明していれば、重要なことに気づいた。


次の偽名を考えないといけなかった。


入国審査の時に聞かれなかったから忘れていた。


「名前?」

「偽名よ。流石に同じ名前は長く使えないからね」


そう言うとトレヴァーは困惑したように首を傾げた。


「名前を…捨てるのか?」

「……大丈夫よ。その内、思い出せなくなるから」


私の言葉を聞いて、彼は泣きそうな顔になった。



何が大丈夫なんだ。




そう問われている気がして、逃げるように視線を外した。



そんなこと私だって知らない。



それを問いたい心を押し殺して、『大丈夫』という言葉で蓋をしてここまで来たのだ。




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