第9話
そんな話から数時間経った。
私たちは未だに街を彷徨っていた。
「こんなに宿がないことってある?」
日は傾きかけており、夕暮れの赤が空を染めている。
「教会周りは全部家だな」
「しかも城も教会の近くだから、どちらにしろ近くの宿が良かったんだけれどな~…」
しかし無いものは仕方ない。
こうなったら次の候補に移るだけだ。
「ねぇ、できるだけ高い部屋に泊まれる宿を探して。この国は煉瓦造りが基本みたいだから、多分1軒ぐらいは高い部屋があるはず」
「分かった」
トレヴァーと手分けをして探せば、運良く宿屋が見つかった。
教会や城からは少し離れているが、十分な高さがある。
「よく見つけたわね。ありがとう」
「宿屋について聞こうと思って入った建物が偶然宿屋だったんだ」
トレヴァーは扉を開けると、中に入っていく。
私も彼に続いて中に入れば、カウンターの奥から店主らしき人がこちらに歩いてきた。
「あぁ、さっきの方ですね。お連れの方というのはお嬢さんのことでしたか」
「初めまして、お世話になります」
「礼儀正しいお嬢さんですね」
店主は穏やかに笑う。
そんな店主の首元にも、昼間に声をかけた女性と同じペンダントが下がっていた。
それを確認してから、トレヴァーと手を繋ぐ。
「ここの宿は何泊まで可能ですか?」
「いつまででも大丈夫ですよ。この国には聖女様を求めてやってくる旅人も少なくないですから」
店主のその言葉を聞いて、トレヴァーと握った手に一瞬だけ力を入れた。
「私たちと同じ人もいるみたいだね、お兄ちゃん」
力を入れたことと、お兄ちゃんという呼び方で話を合わせるべきだということにトレヴァーは気づいてくれた。
「そうだな。やっと聖女様のいらっしゃる国に来れたからしばらくお世話になろうか」
店主は私たちのやり取りを微笑ましく見守ってくれる。
「お兄ちゃん、1つお願いがあるの」
「ん?どうした」
「折角なら1番高いお部屋に泊まりたいんだけれど…」
おずおずと言い出した私にトレヴァーは頷いた。
「いいぞ。ここまで野宿ばかりだったもんな」
「やったー!」
話を聞いていた店主は私の頭を撫でると、「無くさないようにね」という言葉と共に部屋の鍵を渡してくれた。
旅人が唐突に最上階に泊まりたいなんて言い出したら不審な目を向けられかねないと思い即興で一芝居打ったが、結果的には上手くいって良かった。
よっぽどのことがなければ疑われないが、どこで綻びが生まれるか分からないから念には念を入れておくべきだ。
「申し訳ないけれど、この宿は食事の提供はないんだ。外にお店が沢山あるから長く滞在するなら好きなお店を見つけてみたらどうかな」
「はい、色々ありがとうございました」
2人でもう一度深く礼をすると、私たちは部屋へと向かった。
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