第8話


「あれは何なんだ」


人ごみから離れてしばらくすれば、彼は疲れたような声でそう言った。

彼がいた国には教会がなかったから、少なからず戸惑っているようだ。


「どうやらこの国の信仰対象みたいね」

「でも…あれは人間だろ?」

「私たちから見てただの人間だとしても、彼らにとっては信仰対象なの。宗教なんてそんなものよ」


納得いっていない様子の彼にさらに付け加える。


「信仰は自分の生き方に添え木をするようなものだと私は勝手に思っているわ」

「…難しいな」

「無理に理解しなくていいのよ。詳しいことはきっと誰にも分からないから」


私の言葉にトレヴァーは首を傾げるだけだ。


でもこれだけ色々なことに対して疑問を持てるなら、学び舎に入学させてみるのもありかもしれない。

もしかしたらとんでもない才能が開花する可能性もある。



でもそれは彼がこんな生き方をやめたいと思った時の話だろう。



もしくは私が彼を見捨てた時か。



「…やっぱり分からないな」


トレヴァーのその言葉に意識が思考から現実に戻る。

彼の顔を見れば、困ったように眉を下げていた。


「俺は今まで何も知らずに生きてきたんだと痛感するよ」

「別に知らないこと自体は悪くないわよ。そのあとが大切じゃないかしら?」

「そうかもしれないが…」

「まぁ、難しいことは考えずに今は目の前のことに集中しましょ。これからの宿を探さないとね」


私が歩き出すと、彼は一旦思考にキリを付けたのか私の後ろをついてくる。

こういうところは素直でいいのだが、如何せん素直すぎて不安になる。


「できれば教会の近くの宿がいいわね」

「どうしてだ?」


どうやら彼の疑問は尽きないようで、すぐに質問を投げかけてくる。

こういうところを見ると、やはり子どもっぽいなと思う。



「次のターゲットはこの国だから」



後ろの彼を振り返りながらそう言えば、驚いたように目を見開いた。

それから嬉しそうな表情を浮かべる。


「本当か!」


国によっては相当な罪に問われる行為。

私たちの動きは国が滅びるきっかけになりかねないのだ。

それなのに彼は目を輝かせた。


「……子どもの無邪気って恐ろしいわね」

「何か言ったか?」

「なんでもないわ。ほら、宿探しに行くよ」


そういうとトレヴァーは先ほどよりも軽い足取りで私の隣を歩いた。


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