第6話


「次の者、こちらへ」


長い列に並んでいた青年は兵士に呼ばれて前に進み出た。


「荷物を……その子は?」


兵士は青年が抱きかかえる少女を見た。

少女は眠っており、可愛らしい寝息を立てている。


「妹です。昨日夢見が悪かったらしく魘されていたのですが、今ようやく穏やかに寝てくれたんです」

「そうだったのか。大声で呼んですまなかった」


兵士は声を潜めてそう言った。

青年は妹を抱え直すと、持っていたトランクを器用に机の上に置いた。


「荷物は妹の分もその中にまとめてあります」

「分かった」


兵士はトランクの中身を確認する。

衣服と少しのお金が入っているだけで特に怪しいものは見当たらない。


「問題ないな」

「ありがとうございます」

「本来は身体検査もするが…」


兵士は青年が抱える少女を見た。

幸せそうな顔で眠る少女の表情を見て、兵士の表情も綻んだ。


「…今回は特別に免除しておく。早く宿を取って妹を休ませてやれ」

「ありがとうございます」


トランクを受け取った青年はそのまま入国審査を通過した。








国は美しい大きな教会を中心に栄えていた。

教会の尖塔が天高く聳え立ち、その周囲にはいくつもの建物が立ち並んでいる。

石畳の道に煉瓦造りの家。

道行く人々の服はどれも質素ではあるが清潔感があり、人々は笑顔を絶やすことなく生活していた。


「…なんとか通過したわね」


私の言葉にトレヴァーは頷いた。

少し小道に入ってもらい、そこで降ろしてもらう。

同じ体制をしていたからか、体を伸ばすとパキッポキッと音が鳴った。


「大丈夫か?」

「えぇ、それにしてもよく長時間抱えられたわね。辛くなかった?」

「全く問題なかった。寧ろもっと食べた方がいいぞ」

「食事はできるだけ節約したい出費なの」


そんな話をしながら彼は腹部に隠していた短剣を取り出した。

私を抱えることで短剣を隠すことができるという結論に至り、短剣は彼の服の内側に収まっていたのだ。

ついでに私が寝たふりをすることで身体検査を免除してもらおうという寸法だった。


「それにしても、入国審査で名前を聞かれなかったのは珍しいわね。どこから来たのかも聞かれなかったし」

「確かにそうだな。不用心と言うには違和感がある」


トレヴァーがそう言った時、鐘の音が国中に響いた。

耳を塞ぎたくなるほどの大きな音に驚いて、顔を上げる。


「今のは?」

「教会だな。何かあるのか?」

「行ってみましょう」


私たちは顔を見合わせて教会へ向かった。


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