第3話


「いやー、彼が狼を追い払ってくれたから助かりましたよ。本当にありがとうございます」


トレヴァーが案内した先にいた老人はそう言って何度も頭を下げた。


「どうしてこの森で野宿をしていたのですか?」

「目的地の国が少し遠いので宿代を節約しようとした結果です」


照れたように頭を掻く老人に呆れてしまい何も言えない。

どうやらトレヴァーが話した内容は事実だったようで、老人は私にもお礼がしたいと言ってくれた。


「これからどちらへ向かわれる予定ですか?」

「ここから南にある国へ行きたいと思っています」

「まぁ、そうなのですね!それならばご一緒してもよろしいでしょうか?私たちも南側に用事があってどなたかに連れて行ってもらおうと考えていたのです」


老人は私の言葉に大きく頷いた。


「勿論ですとも。荷台で良ければ乗ってくださいな」

「ありがとうございます」


次の日から私たちは老人の荷台に乗って移動を始めた。

荷台の中には様々な物が置いてあったが、私たちが乗っても窮屈に感じないほどの広さがあった。


荷台が動き出し、しばらくしてからトレヴァーは徐に口を開いた。


「なぁ、1つ気になったことを聞いてもいいか?」

「何?」


老人に聞こえないように配慮してか、声を潜めている。

何となく重く感じさせる声に無意識の内に肩に力が入る。


「猫はどうしたんだ?」


彼があまりにも真面目な顔をしてそんなことを聞くものだから、私は思わず吹き出してしまった。


「…そんなこと聞きたいの?」

「そんなことって…だってロサの影に入ってから出てこないし声もしないから」


確かに私の影に入ってからずっと音沙汰ない。

老人が昨夜の森で私の目を見ても何も言わなかったということは、今は猫の力を借りていないということだ。


「別に問題はないわ。きっと休んでいるだけよ。前の国の時は自力でついてきたし」

「どういうことだ?」

「勘違いしているかもしれないけれど、私はあの猫を飼っているわけではないの。いつからついてきていたのか、そもそもどこから来たのかすら知らないわ」

「じゃあロサは何のためにあの猫を連れているんだ?」

「さぁ、私にも分からないわ」


正直、猫が何者なのかなんて興味ない。

でも猫は私に人知を超えた力を貸してくれるし、それに何度も助けられた。

だから敵だとは思っていない。

それだけだった。


「猫は気まぐれ、なんて言うでしょう。多分次の国に着いた辺りで出てくるわよ」

「そうか」


揺れる荷台はまた静かになった。


老人を信用しきれないからか眠ることもできず、仕方なく頭の中で次の作戦を考える。

国の状況を見ないと何とも言えないが、今回の仕事ではトレヴァーの仕事ぶりを見たいところだ。

裏切らないと断言はできないが、国を出てここまでついてきたのだから少しは信用してもいいのかもしれない。


そんなことを考えていれば、トレヴァーは心配そうな顔で私を見ていた。


「どうかした?」

「眠れないのか?」

「そんなことないわ」

「嘘をつくな」


咎めるような口調に驚いてしまった。

まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。


「俺のことは信用できないのは分かるが、もう少し頼ってほしい。俺は危害を加えるつもりはない」

「そういうわけじゃないのよ。ただちょっと考え事をしていただけ」

「考えるのはいいが、あまり思い詰めるな」


こんなこと初めて言われたため、どう反応していいか分からない。

私にとっての思考は自分を守るための武器なのだ。


「……分かったわ」


結局出てきた言葉はそれだけだった。

それでも彼は満足そうに微笑んでくれた。

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