第22話



セーズ様がそう言って顔を近づけてきた時、私は先ほどの持ったクッキーを彼の口に入れた。

喉の奥の方に入れたから苦しかったようで咽ている。


「油断大敵ですよ」


苦しむ彼の腹を蹴り飛ばし、体勢を整える。


「な、何をしているんだ!お前は俺の女だろ!?」

「幼子の悪戯ぐらい笑顔で許してくださいよ~」


ベッドから降りて笑ってやると、彼は怒ったように声を荒げる。


「ふざけるな!!私がお前を欲しいと言っているのだから逆らうな!!!」

「ふーん…子どもを買って乱暴しているのをそんな言葉で正当化しているんですか」

「何でそれを…」


セーズ様は狼狽えた様に視線を彷徨わせた後、開き直ったのか、不敵に笑みを浮かべた。


「それを知っているなら余計に君を手放すわけにはいかないな」

「あら、熱烈なプロポーズですね。とても嬉しいです」


左手の薬指に嵌められた指輪を見せつけるようにして笑ってやる。

セーズ様は私を追い詰めるように段々と近づいてきたが、急にふらついた。


「あのクッキーの混入物は痺れ薬でしたか」


私に食べさせる用だったからか、大人のセーズ様には薬の量が少ない用であまり効かないようだ。


もう少し食べさせるのもありかな。


段々と動きが鈍くなっていくセーズ様に近づき、今度は口の中に厨房から拝借した香辛料の粉末を彼の口に大量に入れる。

自分でもめちゃくちゃなことをしているとは思うが、ちょっとぐらい愉悦に浸らせてほしい。


セーズ様は辛さに耐えきれなくなったらしくワインを飲みだしたが、それでもまだ辛いらしく自分が用意したチョコレートを食べ始めた。

私はそれをソファに座って眺めていた。

すると、影から猫が話しかけてくる。


「完全に遊んでいるだろう」

「遊んで何が悪いの?」

「悪びれない所が実にお前らしい」


猫は楽しそうに笑う。


「この後の計画は?」

「多分あのチョコレートには眠り薬が入っていると思うの。いくら子ども用だと言ってもあんなに食べたら流石に効くでしょう。ワインも飲んでいるしね。そのあとは状況にもよるけれど、近い内にこの国を発って他国の情報屋に見聞きしたことを売るわ」

「この国の情報屋ではなく他国の情報屋に売るのか?」

「この国はもう駄目よ。気色悪いし、早く出たいわ」

「お前さんがそんなことを言うなんて珍しい」


目の前でセーズ様の体が傾き、そのまま大きな音を立てて倒れた。

遠目から見ても良く寝ているのが分かる。


「そんなにあの男が気に入らないのか?」

「やり方が気に入らないのよ」


ソファから立ち上がり、セーズ様の体を仰向けに転がしてから何とかベッドに運んだ。

意外と重たいなこの男。


「あと、髪も染め直したいのよ。流石にこれだけ大きく動いたらこの銀髪のままではいられないだろうし」

「また染めるのか」

「仕方ないでしょ?あーあ、意外と気に入っていたのにな」


そんなことを言いながら部屋の隅に置かれたセーズ様の荷物を漁る。

目当ての物はきっとこの中にある。


「重要書類ほど意外と身近な所にあるんだよね~」


トランクに綺麗に詰められた衣服を取り出して鞄を探ると、やはり加工がされていた。

一見分からないが、軽く叩くと中から軽い音が返って来た。


「ここに空間があるのは分かったけれど、鍵がないと開かないな…」

「鍵ならさっきその男がワインボトルを開けるのに使っていたぞ」


猫が長い尻尾を使ってワインボトルを示す。

言われた通り見てみれば、コルクに銀色の鍵が刺さっていた。


あの香辛料そんなに辛かったのかな。

きっと必死になって開けたのだろう。


「本当だ。曲がっていないといいけれど」

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