第14話
次の日の昼、アメリアさんと食堂に行くと食堂がいつもよりざわついていた。
「え、なんですかこれ」
「どうしたんだろうね」
近くの人に何があったのか聞いてみると、どうやら今日トレヴァー様が久しぶりに屋敷に帰ってくるらしい。
私がこの屋敷で働き始めてから2回ほど帰ってきていたらしいが、時間が噛み合わず会わなかった。
「今日、ですか」
「数日前にご連絡なさることが多いのだけれど、こんな急なことが珍しくて。加えて数日間お休みを取られたらしく、屋敷にいらっしゃることになったから皆慌てちゃってるのよ」
何で今日なんだ。
昨日のことがバレた?
証拠は何も残していないし、そもそも何もしていない。
強いて言えば夜に外出したぐらいだ。
まさかそんなことが原因ではないよね?
内心冷や汗を流していると、アメリアさんが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ロサちゃん、顔色悪いけれど大丈夫?」
「…トレヴァー様と一度しかあったことがないので少し緊張してしまって」
我ながら雑な言い訳だと思う。
でもアメリアさんはそれで納得してくれたようだ。
「そういうことなら緊張しなくていいわよ!トレヴァー様は大抵の無礼は許してくださるわ」
うん、その大抵の範疇に当てはまらない場合はどうなるかが私としては重要なんだけどね。
でもさすがに言えないので曖昧に笑って誤魔化す。
「多分夕食前には帰ってこられると思うから、私たちも掃除頑張りましょうか」
「はい」
悪い方に行ってしまう思考を払いつつ、昼食を済ませて仕事に戻った。
トレヴァー様が帰ってこられたのはアメリアさんの言った通り、夕食の前だった。
久々に見たトレヴァー様は明らかに疲れていた。
警備隊の隊長の仕事ってそこまで忙しいのだろうか。
それとも別の理由があるのだろうか。
考えてみても答えが出るわけじゃないので、とりあえず他のメイドに倣ってトレヴァー様のご帰宅に整列する。
「お帰りなさいませ、トレヴァー様」
メイド長が代表して挨拶をする。
トレヴァー様は私たちを見ると首を横に振った。
「ただいま帰った。だが、前から言っている通り出迎えはいらん。仕事が増えて大変だろう」
「ですが…」
「まぁいいか。俺はこのまま自室に戻るが、メイドたちは…そうだな、交代の時間は何時に設けている?」
「メイドの交代は21時に設けております」
「そうか。では、メイドたちは21時を目安に広間に集まってくれ。遅れても来なくても構わないが、来れそうな者は来てくれると助かる。話は来月、城で開かれるパーティーについてだ」
「かしこまりました」
トレヴァー様はそれだけ言うと、さっさと歩き出した。
その後ろ姿は疲労困憊といった感じで、思わず見送ってしまった。
本当に大丈夫なのかな。
不安になりながらも、私たちは持ち場に戻るしかなかった。
そして時間は過ぎ、私はアメリアさんと一緒に広間に来ていた。
「皆さん意外と集まるんですね」
「パーティーに興味なくても、トレヴァー様から直接お話があるとなれば集まるわよ。この人数は多分全員集まっているわね」
本当にこの屋敷は雇用人数が少ないのか、見た感じ15人ほどしかいないように思える。
他にも執事などを雇ってはいるが、こんなに少ない屋敷は見たことがない。
21時ちょうどを針が指した時、トレヴァー様が広間に入ってきた。
少しカジュアルな服に着替えてはいるが、なぜか疲労が滲み出て仕方ない。
「…これ、全員集まってないか?」
「はい、先ほど数えましたが全員おります」
「……遅くに悪かったな」
トレヴァー様は申し訳なさそうに眉を下げる。
雇用主としては本当に珍しく、メイドの私たちにも気を使ってくださる。
初日の冷たい印象は気のせいだったのかと思うほどだ。
「早速本題に入るが、来月城でパーティーが開かれることになった。そこでこの中から準備や当日の給仕のために何人か選出してほしいと頼まれたんだ。もちろん無理強いするつもりはないから、やりたい者だけ残ってくれ」
トレヴァー様の言葉を聞きながら、皆が顔を見合わせている。
アメリアさんの話ではこの仕事で結婚したメイドが私の前任者だったらしい。
周囲の様子を伺っていれば、私を含んだ5人以外は自室や仕事に戻っていった。
「よし、じゃあこの5人でいいか?」
トレヴァー様の問いかけに私たちは返事をする。
アメリアさんも残ってくれたから私としては安心だ。
「5人なら準備に3人、当日の給仕に2人だな。どちらがいいか希望があったら言ってほしい」
どこまでも気を使ってくれるらしく、希望を聞いてくれた。
でも情報を探るなら、警備が厳しくなる当日よりも準備のタイミングの方が良さそうだ。
「あの、私できれば準備の方を担当したいのですが…」
「いいよいいよ!ロサちゃんも初めてのお城の仕事は良い思いで作っておいで!」
アメリアさん以外の先輩方も快く要望を受け入れてくれた。
その話を聞いていたトレヴァー様は首を傾げた。
「もしかして1カ月前に働き始めた者か?」
「はい」
「そうか、あまりに馴染んでいたから気づかなかった。確かにその銀髪は印象的だな」
トレヴァー様は何度か頷くと、置いてある椅子に座って話し合いが終わるまで待っていてくださった。
結局、アメリアさんは当日の給仕の担当になったため別れてしまったがこれはこれで動きやすくなって良かったのかもしれない。
「よし、決まったようだな。ではまた日にちが近くなったら追って連絡する」
この日はこれで解散となり、私たちは部屋に戻った。
アメリアさんと部屋の前で別れ、自室に入ると猫が窓の向こうに座りこちらを見ていた。
窓を開けてやると、部屋に入ってくる。
ベッドに腰かけていれば、猫は不思議そうにこちらを見た。
「どうした、そんなに疲れた顔をして」
「…城に行けることになった」
そう言うと猫は目を大きく見開いた。
まるで信じられないとでも言いたいような表情だ。
「なんだ、お前らしくない」
「この国はそこまで重要じゃない情報については雑な管理をしている。でも絶対的な証拠は掴ませないように守られているわ。」
これはこの国に来て詮索を続けたから分かった事実だ。
宿で見た馬車や施設の話。
これらのことから、明らかに何かが秘密裏に行われていることは察せても、確実な証拠が見当たらない。
でもこの屋敷で雇われ、メイド服の件やアメリアさんと話すことでいくつか隠されている可能性がある情報の候補が浮かんだ。
つまり、内部に入り込めば証拠を見つけることができる可能性があるのだ。
証拠がなければ情報屋は情報を買ってくれない。
それならば、多少の危険を覚悟してでも証拠を得て高値で売った方がいい。
「それに、子どもがターゲットならちょうどいいわ」
「…自分を囮に使うのか?」
「あくまでも最終手段よ」
私だってできるだけ被害を最小限に抑えたい。
でも死ぬことになるなら、多少の犠牲には目を瞑れる。
「私だってこんなことしながら生きてるんだから、とっくの昔に覚悟はできてるよ」
猫は何も言わなかった。
ただ、私が座っているベッドに乗ってくると頭を擦りつけてきた。
それが猫の優しさだと知っているから、私は黙って受け入れた。
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