第12話


「こんばんは、ロサ嬢」

「…やーっと来たわね」


その日の夜、城に偵察に行くために支度をしていたら窓の方から憎たらしい声がした。

振り向くとやはりあの黒猫がこちらを見ていた。


「ロサという名前、似合っていてじゃないか。これから使ったら?」

「そんな足がつくようなことしないわよ。名前なんてその場で考えればいいの」


髪を纏めて、ローブを被る。

小さなカバンも持って身だしなみを整える。


「そうか。…で、今夜は何をしようと?」

「分かってて来たくせに」

「偶然さ」


猫は含みがある笑い方をした。


この猫は私が動こうとする時にいつも来る。

もちろん、猫がいてくれると暗闇でも問題なく見えるからいてくれると助かるのだが、それを察しているかのようにタイミング良く現れるのだ。


「…城に偵察に行く」

「ほぉ、あれほど危険だと言っていただろう?」

「分かってるけれど、警備隊隊長の家にメイドとして入っちゃったなら一緒よ」


ため息混じりに言えば、猫は面白そうにケラケラと笑う。

本当によく笑う猫だ。


「もしかしたら今度の城のパーティーにメイドとして出席するかもしれない。どうせ出席するなら、そこで国がもみ消している情報を得る」

「そのための偵察か」

「だから力を貸して。夜でも見えるように」

「勿論。面白いことに繋がるなら大歓迎さ」


猫は目を細めると私の影に入り込んだ。

私は目を閉じていためをゆっくり開けると、景色は昼間と大差なく明るく見えた。


「見えるかい?」

「うん、ありがとう」


部屋にある鏡で服装の最終確認をしてから部屋の窓を開ける。


冷たい風が入り込んできた。

街の異様な静けさから、街という生き物そのものが眠っているような錯覚にさえ陥る。


「…こんな平和な街なのに」

「もみ消された情報に心当たりがあるのかい?」


猫の声が頭に響く。

心当たりがないわけではない。

でもできればこの予想は外れていてほしい。


「……うん、でもこれはあくまで可能性の話だから」

「聞かせてくれ」

「…………」


一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

そしてゆっくりと口を開いた。


「この国にストリートチルドレンがいない理由が他国への売り飛ばしだけではないとしたら…」

「…なるほどな」

「あくまでも仮定の話よ」


月が照らす城を見やれば、どこか冷たいような雰囲気を感じる。

それがどこかトレヴァー様と重なって見える。


「……行こう」


猫はそれに答えるように一声鳴いた。

その声を合図に、私は窓から外に出て屋敷のフェンスを越えた。


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