第4話〜入学〜

 洞窟を出た2人は、道中魔物に襲われることなく無事、聖地へ帰る。


 パーチは勇者候補の証として左手の甲に刻まれた聖なる力の紋様を見せたことにより、無事勇者候補として入学できた。ルースに対しては皆チラリと見るがすぐに普通の猫と判断したのかすぐに視線を戻していた(1部の女性達からはヒソヒソと可愛いや撫でたーいなどの声が上がっていたが)。


 ラヴィナはというと街に戻った後、パーチ達とは別れ道中気になった本を買い漁りながら自分の宿に戻った。


 そして次の日がやってくる。


 朝早くから制服姿の生徒達が校門を抜け、入学受付をしていた玄関校舎のエントランスホールに入る。左右に並べられた螺旋階段の間に鎮座している巨大な勇者の銅像の前には、巨大な紙が宙に浮いておりそこにはクラスと名前がずらりと並んでいた。


 クラスは全部で8クラスあり、生徒は大体40人ずつで分けられているようだった。


 ラヴィナはパーチと一緒にいる時買った本とは別の本を読みながら校舎に入る。その頭には当然のように昨日子犬にしたシルバーウルフが乗っていた。


 凄い速度でペラペラとページをめくり楽しそうにしていたラヴィナだったが生徒達がたまっていて先に進めないことに気づくとため息をつきながら、パタンと本を閉じる。


 そして鞄の中に本をしまい、それと入れ替えるように大きめの袋を取り出し、両端を持って広げその口を大きく開けると頭の上に乗っていたシルバーウルフはゆっくりとその中に飛び込んだ。


 ラヴィナはシルバーウルフが入ったあと、特に何も入っていないように見えるその袋を丁寧に折りたたんだあとカバンの中にしまいこみ、紙の方に目を向けた時だった。


「あっ!ラヴィナさん!」


 そう呼び止められ、ラヴィナが振り返るとそこにはパーチの姿があった。


「パーチさん。おはようございます」


「うん!おはよう!結構早くきたと思ってたけどみんなもっと早かったんだね」


「そうですね。どうやらあそこに見えてる紙にクラス分けの内容が書かれてるみたいです」


「そうなの?うーん……ここからじゃ見えないなぁ」


 パーチは背伸びして見ようとするが紙に書かれた文字は小さな黒い点にしか見えず、内容まではわからなかった。


「どうやらパーチさんと私はAクラスのようですね」


 ラヴィナがその場所から平然とそう答えたのを見た、パーチは驚き声を上げた。


「ここから見えたの!?」


「えぇ。目はいい方なんです」


 そう言ってニコリと笑うとラヴィナは生徒達の脇を通って本校舎の方に続く廊下に向けて歩き出した。


(僕も目は悪くないはずだけど……)


 少し複雑な顔をしたパーチは少し遅れてラヴィナの背中を追ったのだった。


 本校舎に続く廊下は吹き抜けになっていて、その両脇は大きな噴水のある広場を中心に花々が咲いた美しい庭園となっていた。噴水広場にはいくつかベンチも設置されており、そこで上級生らしき人たちが楽しく談笑していたり、本を読んでいたりと自由に過ごしていた。


「上級生の人たちだ」


「そうみたいですね。こんな朝早くから来て、何かあるんでしょうか」


「多分寮生の人たちじゃないかな?ほらここって学校敷地内に寮があるから」


「なるほど……」


「ラヴィナさんは実家から通うの?」


「いえ。寮を借りれたので今日からそこに住みます」


「そうなんだ!じゃあ僕と同じだね!よかった〜うまくやっていけるか不安だったから知り合いが1人でもいてくれると嬉しいよ」


 ラヴィナ達はそんな感じで軽く話しながら自分たちの教室に向かった。1年生のクラスは4階建ての建物の1番下にあり、そこではすでに到着していた同じクラスの生徒達で賑わっていた。


 パーチは自分の制服を軽く正すとがらりと扉を開け教室の中に入る。明らかに緊張しており、ロボットのように手足を伸ばしながら入ってきたパーチに教室にいた何人かがクスッと笑う。


 そしてパーチに続くようにラヴィナが普通に入ってくると教室の中にいた大半が話すのを止め、ラヴィナの姿に見惚れていた。パーチはギクシャクと歩きながら、教室を横目で見渡しラヴィナにだけ聞こえるように小さな声で話しかけた。


「な、なんか僕たち見られてますね」


「…?そうですか?」


 ラヴィナはそれだけ言うと教室前に大きく設置された黒板に目が止まり、そのまま通り過ぎようとするパーチの背中を指先で引っ張る。


「わっ!と…どうしたんですか?」


「パーチさん、どうやらここに座る席が書かれているみたいですよ」


「え?」


 そう言ってパーチが黒板に目をやると黒板には教室の間取りが書かれ、席の上には各生徒の名前が書かれていた。パーチとラヴィナの席は1番左後ろで並んで座るように指定されていた。


 2人は階段を登り1番奥の席に座る。ラヴィナは通路側の席で左に顔を向けると窓の外の景色が見え、遠目に先ほど通った時見えた庭園も少しだけ見えていた。


 ラヴィナはしばらく外の様子を見ていたがやがて何気なくパーチの方に目を向ける。パーチはというとカバンの中から取り出した『誰でも理解できる魔法の基礎理論』と書かれたタイトルの本を真剣な表情で読んでいた。


 まだ時間はありそうと思ったラヴィナも読みかけの本を取り出すと静かに読み始めたのだった。


 ラヴィナは先ほど読んでいた本を読み終え、次の本を取ろうとカバンの中に手を入れようとした時だった。


 ふと何かを感じとったのかラヴィナの指先がぴくりと動き、ラヴィナは教室の扉の方に目線をやった。そしてそれと同時に扉ががらりと開き、中に学生服ではなくローブを身にまとった男が1人、大きなあくびをしながら教室に入ってくると無言で教卓の前に立った。


 生徒たちが全員席についてるのを見た後、その男は教卓に手をつきながら話し始める。


「おはよーさん、諸君。俺がこのクラスを担当する西町ゲンマだ。全員、親しみをこめて“ゲンマ先生“と呼ぶよーに。ちなみに担当は魔導生物学だ。わかったか?」


 その問いにラヴィナと何名かの生徒を除いてほぼ全員が「はい!」と返事した。ゲンマは満足そうにうんうんと頷く。


「いいね。元気があるのはいいことだ。これからはよろしくな。それで質問はあるか?ないならこのまま授業を始めるが?」


 そう言われ、勢いよく手を上げる女生徒がいた。その生徒は黒く美しい見事な長髪で後ろ髪に赤いリボンがついた髪留めをつけている真面目そうな顔つきをした生徒だった。


「おっ。確かお前は……」


「仙道です、先生。仙道リンネ」


「そうだった、そうだった。名前的に俺と同じエルド国出身みたいだな」


「はい。あの…質問よろしいですか?」


「おっ口を挟んで悪かった。何が聞きたい?」


「授業と言われましたが私たちはまだ教科書すらいただいていないのですが」


「あーなるほど。すまんすまん」


 そう言ったゲンマは持ってきていたボロボロの茶色いカバンから白い紙束を取り出し、紙をまとめていた封を切るとその紙束を思いっきり空中に投げ放った。


 生徒たちはあっけに取られた表情で空を舞う紙を見つめる。ゲンマは次に自分の額に指先を押し付け印を結ぶと、その紙は一枚一枚生徒たちの机の上にスーッと降り立ち、さらにゲンマが魔力を込めた瞬間、紙はぼんっという音を立ててその姿を変え教科書となっていた。


「ん。これでいいか?」


「……先生今のは」


「ん?エルド国出身のお前なら符術魔法なんて珍しくもないだろう?」


「そうですが!……いえ失礼しました。ありがとうございます」


 いきなりの魔法で教室内がざわついてる中、リンネはそれだけ言うと頭をさげ席についた。そして入れ替わるように違う女生徒が手を上げる。


「はいはーい!」


「おっ元気がいいな。確か……レオーラ・フィストセンスだったな。何が聞きたい?」


「ゲンマ先生が言ってたまどーせーぶつ学?ってなんですかー?」


「魔道生物学な。これは選択科目になるから習いたいやつだけに教える学問だからなー」


「難しいんですか?」


「おう、難しいぞ。まぁ簡単に言えば魔物の研究だな」


「魔物の研究なんですか?」


「あぁ。魔物っていうのは、俺たち人間と違って魔力を使って生きている生き物のことを指すんだ」


「そーなんですか?」


「そうだ。魔物にとって魔力は生命力と同義だ。だからこそ魔力を奪う魔法や体内魔力を枯渇させる薬は魔除けとして使われる」


「へー!」


「あとこの内容は必修科目である基礎生物学に入っている内容だから今のうちに覚えておいたら、後々楽できるぞ。他に質問はあるか?」


 そう言ってあたりを見渡すが誰も手を挙げていなかった。


「よし。じゃあ授業を始める……つもりだったが…すまん!先に流れを説明しないとな」


 そう言ってゲンジはチョークを手に取り、かっかっと黒板に描き始めた。


「まず科目についてだ。科目は必須科目と選択科目に別れており、必修科目は全員が受けるものでこれは基本朝に行う。そして逆に選択は全員ではなく興味がある科目の教室に向かうことで自分で勉強すると言うものだ」


「先生。質問よろしいですか?」


「なんだ?仙道」


「選択科目は先生から授業を受けるのではなく、自分だけの力でその学問を学べということですか?」


「自分だけの力で…と言うのは少し違う。選択科目の教室にはそれを担当する教員はもちろんいるし、話しかけれるなら上級生だっているだろう。さらに言うなら選択科目には必修科目にあるようなテストは基本ない」


「それは……生徒の知識にムラができてしまいませんか…?」


「だろうな。だから選択科目でその科目を習得していると証明したいならその科目の“終了証明章“が必要になる。これが欲しいならテストを受けて合格すればもらえる」


 ゲンマはさらに黒板にイラストを書き始めた。


「例えばだが……俺の魔道生物学を真面目に勉強した後、自分が合格できるだけの知識は会得したと思ったら俺にテストを受けさせて欲しいと言ってくれたらテスト期間中にその教室でテストを実施する。俺の科目だったら完全筆記で内容をちゃんと理解しているかを見るが、料理教室とかだと実践形式で行うとか言ってたな」


 そう言った後、教卓の前にゲンマは戻った。


「逆にこの“証明章“がいらないなら選択科目でテストを受ける必要はない。まぁ必修科目はテストがあるからテスト期間中完全休みになることはないがな。まぁ要するに選択科目は必修より自由に勉強できるってことだ」


 そういうとゲンマは黒板を消す。


「次に勇者候補の連中だがお前たちには特別授業がある」


「特別授業?」


 パーチは小声でそう呟きながら首を傾げた。


「勇者候補生は修得してもらわないといけない科目が多い分、昼からの選択科目の時間を削って勇者学を履修してもらい、卒業までにその全てをマスターしてもらう」


「マスターできなかったらどーするのー?」


 レオーナが無邪気にそう聞くとゲンマはニィッと暗い笑みを浮かべた。


「もちろん退学だ」


「えぇ!!」


「当たり前だろ。勇者候補になっただけで勇者になれるならこの世界に何人勇者がいるって話だ。勇者になりたいならこれくらいの試験くらい簡単に突破しないと話にならん」


 そう言ってゲンマは教卓に置いていた教科書を持ち上げペラペラとページをめくりながら口を開いた。


「勇者候補の奴らにアドバイスするなら、日々の勉強はおろそかにしない事だ。勇者学は範囲が広い分4年かけて授業をするが、テスト自体は1年ごとに行うからな。どこかでつまずいたらその時点で適正なしと判断されて勇者候補ではなくなるから頑張れよ」


 ゲンマはそう言って黒板に体を向ける。


「よーしじゃあお前ら。授業を始めるぞー」


 そう言ってゲンマは黒板にチョークを走らせていく。こうして勇者学校の初日が始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者学校の魔王様!! @Misha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ