第3話〜聖霊(?)〜

 台座の前に立ったパーチは緊張したように生唾を飲み込むと、ゆっくりと剣に手を伸ばした。その様子をラヴィナはワクワクした様子で見つめている。


 恐る恐る剣に手を近づけ、一度深呼吸したあと意を決して剣の柄に手をかけた。


 パーチは何が起こるかわからず、思わず目を瞑る。しかしパーチの予想に反して何も起こる気配はなかった。


「し……っぱい……?」


 パーチが思わずそう呟いた瞬間、ゾワッとした感覚が全身を駆け巡る。


 そして次の瞬間──


「あああああああああああああああああ!!!!」


 パーチの体は白い光に包まれ、まるで強い電流を流されてるようにばちばちと鳴り、全身に凄まじい激痛が走る!


 あまりの痛みに剣から手を離そうとするがまるで手がくっついてしまったように離れない。パーチは悲鳴を上げながら思わず膝をついていた。


「パーチさん!?」


 パーチのただならぬ様子にラヴィナは思わず手を伸ばすと、まるで拒絶するように白い光はラヴィナの手を弾く。ビリビリと衝撃が走り弾かれた手はまるで焼かれたようになっていた。


 ラヴィナは驚くがすぐに手に魔力を込めると一瞬にして手は元に戻っていた。


「これは……」


 そういうともう一度パーチの体に手を近づける。そうするとまたもラヴィナの手はバチバチと焼かれる。


(……これが“聖なる力“)


 ラヴィナはパーチの体に起きてる異変を調べようと魔力を送ろうとするがその瞬間、パーチに走る痛みはさらに増し悲鳴を上げた。


(なるほど。原因はさっきの私の魔力残滓まりょくざんしのせいね)


 聖なる力は人間の魔力と反応し、融合を果たすことでその人間に力を与える。だからうまく融合できない人間はそもそも聖なる力をその身に宿すことができなかった。


「なかなか骨が折れる作業になりそうね」


 ラヴィナはやれやれと言った感じでパーチの体に触れている手に魔力を込める。その瞬間、触れている手を通して光がラヴィナの体に吸い込まれていく。


 ラヴィナの腕は血管が膨れ上がり、パキパキと音を立てひび割れた隙間から光が漏れ出す。その状態は腕から徐々に広がっていき、肩を越え、ラヴィナの右頬にまで達し始めていた。


 明らかに凄まじい激痛が走っているはずだがラヴィナは平然とした様子で何かを探るように目を瞑っていた。


 それから少しして──


「これでおしまいっと」


 そう言った瞬間、パーチからほとばしっていた光は消え、パーチの手は剣から離れる。そして支えを失ったパーチの体はそのまま倒れ込みかけるがそれをラヴィナは焼かれた手で背中を掴むとそのまま自分の方に引き寄せ抱き留めた。


 パーチは激痛はあったもののラヴィナのように焼かれている様子もなく外傷がないことを確認したラヴィナは安心したようにホッとしていた。


 しばらくして──


「んん……?」


 気絶していたパーチの瞼が揺れ、ゆっくりと開かれていく。まだうまく視界が定まらずうつろな瞳で辺りを見渡していたパーチだったが頭にある柔らかい感触の気持ちよさで少しずつ現実に引き戻されていく。やがて何があったかハッと思い出すとがばっと上体を勢いよく起こした。


「きゃっ!」


「え!?」


 パーチは可愛らしい悲鳴に驚き、そちらを見ると上を見上げていたのか上体を反って地面に手をつき女の子座りしたままの体勢で驚いた表情のまま固まっているラヴィナと目が合った。


 2人ともいきなりのことで何も言えなかったが、やがてパーチの視線が強調されてしまっている自分の胸元にいっていることに気づくとラヴィナは素早い動きでババっと自分の胸元を腕で隠しながらスカートの丈を掴み赤面したまま下を向いてしまう。


「あっ!ご、ごめんなさい!!」


 パーチはすぐに謝るがラヴィナからの返事はなく、気まずい空気が2人の間に流れた。パーチは何か話さないとと慌て思い出したかのようにラヴィナの方を見ないようにしながら声をかけた。


「あっ…えっとそういえば!試練はどうなりました!?」


 ラヴィナはまだ頬を赤くしていたがそう言われ顔を上げる。


「試練…?」


 そう言われラヴィナはゆっくりと上を見上げる。パーチもそれに釣られ上を向くとそこには視界いっぱいに猫の肉球が広がっていた。そして次の瞬間顔全体にまるで何か乗っているような重みを感じる。


「むぎゅう!」


 パーチはいきなりのことで思わず変な声を出してしまった時だった。


「やっと起きた!全く!呼び出しておきながら寝てるなんて失礼しちゃうわ!」


 パーチの上で座っている猫はプンプンと怒りながらバシバシとパーチの頬を叩きまくる。パーチはいきなりのことで全く動けなくなっていた。


「……降りてあげないと喋れないと思いますよ」


「あら?それもそうね」


 そう言われパーチの上からそれは降り、パーチはそれが何かやっと見ることができた。


 それは全身が白い猫だった。見た目だけ見れば可愛らしい普通の猫だったが喋れているのと背中に生えた天使のような小さな翼が普通の猫じゃないことを物語っていた。


 パーチは思わず後退りする。


「ひっ…!魔物!」


「誰が魔物よ!」


 そうキレた猫がパーチに抗議するように威嚇する。


「へっ?違うの?」


「違うわよ!私は聖霊!」


「聖霊……?」


「そう!あんたの魔力と聖霊王様の魔力が融合した結果、招ばれたのがあたしってわけ!」


「そ…そうなんだ。じゃあこれも普通のことなんだね」


「そんなわけないでしょ!」


 聖霊と名乗る猫はそう言ってパーチを威嚇するとパーチは怯えたように縮こまってしまった。


「はぁ……言っとくけど聖霊王様の魔力と人間の魔力が融合したからって聖霊がぽんぽん招ばれるわけないでしょ。というかそれだったらあんたの街の至る所に私の仲間がいることになるじゃない」


「あっ…そっか。あれ?でもじゃあなんで僕の時は君が招ばれたの?」


「招ばれたというか…もしかしたら生まれたって表現が正しいかも。なんでそんなことが起きたか具体的にはわかんないけど…あんたの魔力と聖霊王様の魔力の相性が随分良かった結果、あたしが生まれたんじゃない?」


「そんなアバウトな……」


「あたしも具体的なことはわかんないって言ってるでしょ!起きたらここにいて、んだ張本人は膝枕されて気持ちよさそうに寝てるんだから!とにかく!」


 そういうと聖霊はふわりと飛び上がりゆっくりとパーチの頭の上に降り立った。


「あたしはあんたの魔力で生まれた聖霊。だからあんたは私のご主人様マスター。わかった?」


「えっと」


「わかったら返事!」


「は、はい!!」


「よろしい!じゃあそろそろ帰りましょう。生まれたばかりだからかあたし眠いわ」


「あっえっと──」


「何?マスター?」


「その……羽とかあったらみんな騒ぐと思うから街には…」


「あぁ…これ?消せるわよ」


 そういうと背中の羽は光となって消える。


「これでいい?」


「あっと」


「まだ何かあるの?」


「名前…」


「名前?名前……そういえばあたし名前ないわね。いいわ!じゃあマスターがつけなさい!」


「僕が!?」


「言い出したのはマスターでしょ。ほら早く」


「あっ…えっとじゃあ……カラム?」


「いや」


「コロ?」


「却下」


「……バネ?」


「マスター……あなたって名前のセンス0ね……」


「…言わないで……」


 そう言われずずーんと落ち込んでしまったパーチ。そこへ邪魔しないように黙っていたラヴィナが口を開いた。


「じゃあ……ルースさん…なんてどうですか?」


「ルースね……マスターよりはいいセンスだと思うわ。じゃああたしのことは『ルース』と呼びなさい!わかった!?マスター!」


「わ、わかった」


「よろしい!じゃあ街に向かうわよ!」


 そう言いながらルースは洞窟の出口の前まで行き振り返った。パーチは急いで立ち上がると先に階段を登っていく。ラヴィナもそれに続くように階段に足をかけた時だった。


「ねぇちょっと」


 そう言ってルースがラヴィナの肩に乗ってくる。


「あんた……一体何を企んでるの?」


「企んでるなんて人聞きの悪い。何も企んでいませんよ」


「嘘ね。そんなこと言われて信じられるわけないでしょ。ましてやのいうことなんて」


 そう言ってルースはチラリとラヴィナの左腕に目をやった。その腕は先ほど“聖なる光”の力でボロボロに焼かれていたとは思えないほど綺麗に治っていた。


「よく私が魔王ってわかりましたね?」


「私はマスターの魔力みたいなものよ」


「なるほど。つまり私がパーチさんの体の中に残っていた私の魔力を吸い上げてる時に魔力の性質を読み取ったというわけね」


「ご明察。その異常な魔力は普通の魔物じゃありえないもの」


「ではどうしますか?私を魔王だと伝えますか?」


「……それはしない。あんたにはマスターを助けてくれた恩があるしそれに……」


「それに?」


「あんたにとって命取りになるはずの勇者候補を助けた理由がわからない。だからしばらくは様子見で勘弁してあげる」


 そう言ってルースが鼻を鳴らすとラヴィナは心底安堵したように息を吐いた。


「そうですか。それはよかったです」


「……ほんとに何も企んでないならそもそもここに何しにきたの?人間の国に来てあんたにメリットなんてないでしょ?」


「メリットですか……うーん」


 ラヴィナは少し考えるように上を見たが、やがて口を開いた。


「私、人間に興味があるんです」


「は?興味?」


「はい。私たちと違う文化や知識。それを見て体験できるんですよ?それだけでも十分来る価値はあるじゃないですか!」


 そう目を輝かせながら答えるラヴィナにルースは微妙な表情を浮かべる。


「やっぱり変わってる。万が一、魔王だってバレて殺されても知らないから」


 そう言ってルースは飛び降りるとそのまま走ってパーチの肩に飛び乗った。


「魔王とばれて殺されても……か」


 ラヴィナはその言葉を自分の中で反芻し、そして暗い笑みを浮かべた。


「それはそれで楽しみね」


 ラヴィナは口角がつりあがっている顔がパーチ達にバレないように口元を隠しながら聖地へと帰っていくのだった。

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