第2話〜勇者の試練〜

 勇者の試練。


 それは特別な何かをするわけではなく、聖地バロンから少し離れた場所にある祠で祀られた洞窟の最深部に安置されている『勇者の剣』を握り、勇者の証である『聖なる力』をその身に宿すことだった。


 特に深いわけでもなく、罠や特別なギミックもない一本道なので迷うこともないその洞窟は『勇者の剣』の力のおかげか魔物自体おらず、洞窟内は安全と言われている。


 むしろ危険なのは洞窟に向かうまでの街道で、運の悪い生徒は大体ここで魔物と遭遇する。だからこそ学校側はパーティーを組んで勇者の試練に挑むことを勧めていた。


 ラヴィナとパーチは簡単に買い物をすますと洞窟に向けて歩いていた。


「ラヴィナさん。さっき何を買っていたんですか?」


「え?あぁこれですか?」


 ラヴィナはそういうとポケットの中からが1冊の小さな本を取り出した。


「それって……魔法についての本?」


「はい。どんな魔法があるのか気になってしまって」


「ラヴィナさんは魔法に興味があるんですね!僕も魔法を使えたらいいんですけどそんなに得意じゃなくて……」


「フフッ。私もそこまで多くが使えるわけではありませんので、同じ学園に通うんですから一緒に頑張りましょう」


「そうですね!僕、頑張ります!」


 ラヴィナとパーチはどこかほんわかとした様子で入学生たちが襲われたところを歩いていく。魔物達にとって何も知らず無警戒に魔法について書かれた本を開きながら談笑し歩いている2人はまさに格好の獲物。


「ここが…」


 ラヴィナがそう声を上げた。


「はい。勇者の剣がある試練の洞窟です!」


 2人は特に襲われることなく、洞窟の前に立っていたのだった。


「何事もなくついてよかったですね」


「は、はい!そうですね!」


 ラヴィナがにこりと笑ってそういうとパーチは少し緊張した様子で返事を返してくる。その様子にラヴィナは首をかしげるがすぐに何かを察したような顔を浮かべた。パーチはゆっくりと深呼吸し気合を入れる。


「よし……じゃあ行きましょう!!」


 パーチがそう言いながらラヴィナの方に振り返るとそこには先ほど開いていた本を胸の前で持ち少し照れたように顔を赤らめたラヴィナがいた。


「えっと……よかったら少し休んで行きませんか?ほら!あそこにいい感じに腰掛けれる場所がありますし、洞窟の中で何が起きるかわかりませんし、ちゃんと体力を回復させた方が──」


「ラヴィナさん……もしかして先が気になっちゃったんですか?」


「……はい」


 ラヴィナのその様子にすっかり気合が削がれてしまったパーチは少しの間、呆気に取られていたがぷっと吹き出すと笑い声を上げた。


「じゃあ少しだけ休んで行きましょうか」


 そう言われラヴィナはパッと顔を明るくさせる。


「ありがとうございます!では早速──」


 そう言ってラヴィナは近くにあった手頃な石の上に腰を下ろすと本をパラパラとめくり始めた。パーチもラヴィナの横に座り本の中を覗き込む。


「ラヴィナさんはどんな魔法に興味があるんですか?」


「そうですねぇ……あまり馴染みのない魔法がいいのですが……あっ──」


 そう声をあげラヴィナはそのページに目が止まる。パーチも本の中を覗き込んだ。


「……治癒魔法ヒールですか?」


 そこに書かれていた魔法は治癒魔法ヒールについてだった。治癒魔法ヒールは広く知られている魔法ではあるが全員が使える魔法ではない。


 治癒魔法ヒールは他の魔法と比べて魔力コントロールが難しいうえ、一定量の魔力を傷に送り込み続けないといけないため、攻撃魔法のように魔力コントロールが下手でも魔力を多く送り込めば使える類のものではない。そのためメジャーな魔法であるが中級者向けの魔法として有名だった。


「この魔法面白いですね!」


 そう語る彼女はそのクールな見た目からは全く想像できないほど子供のような無邪気さで目を輝かせていた。そんな彼女にパーチは少しドキッとしてしまっていた。


「見てみたいですか?」


 パーチがそう尋ねるとラヴィナは顔を上げ、興奮気味に尋ねてくる。


「…!もしかして使えるのですか!?」


「はい!えっとじゃあ……見ててくださいね」


 そう言ってパーチは持ってきていたナイフで自分の左手の甲に軽く傷を作るとその上に右手を掲げた。


治癒魔法ヒール!」


 そう唱えると右手に黄金色の光が集まり、傷がみるみるうちに塞がっていく。傷はものの数秒で塞がってしまった。


「わぁ!これが……!パーチさん、すごいじゃないですか!」


「えへへ。僕、この魔法は小さい頃から練習してたので得意なんです。ただまぁ僕って……魔力量も少ないみたいだからこれ以外はほんとにからっきしで、攻撃魔法も戦いで使えないレベルだからよくみんなからも馬鹿にされちゃって……」


「そうなのですか?」


 そう言って少しずつ暗くなっていくパーチをラヴィナはパーチの横顔を少し眺めた後、声をかけた。


「パーチさん。もしかしてヒール以外の他の魔法は使えないって思ってませんか?」


 そう言われパーチは顔を伏せて、こくりと頷いた。


 ラヴィナはしばらくパーチを見つめたあと、立ち上がりながらパンパンと手で砂を払うとパーチの方に顔を向けた。


「パーチさん。魔法ってたくさん色んなことができますよね。例えばそうですね……小さな炎を出して辺りを照らしたり、大きな炎で物を燃やしたりとか」


「え?う、うん。そうだね」


「それで小さい炎と大きい炎を使い分けるために使う魔力の量が違うのもわかりますよね?」


「…?うん」


「でもねパーチさん。少ない魔力でも大きな炎は出せるんですよ?」


「え?」


「そしてそのやり方をパーチさんは既に知ってるんですよ」


「……僕が既に知ってる?そんなやり方知らないよ?」


 パーチがそういうもラヴィナは笑って立ち上がると背を伸ばした。


「教えてあげてもいいんですが……それではパーチさんのためにならないと思いますので今は黙っておきます。さて!ではそろそろ行きましょうか」


 パーチはラヴィナを呼び止めようと一瞬したがすぐにやめた。


(ラヴィナさんは『僕のためにならないから教えない』って言ってた。なら少しだけ考えてみよう。きっとそれが1番良い方法なんだ)


 パーチはうんうんと頷いたあと、気合を入れるため自分の頬を叩く。


「よし!」


 気合を入れているパーチを横目で見ていたラヴィナは嬉しそうに笑った。その時だった。


「うわあああああああああ!!」


 突然、洞窟の中から叫び声が聞こえたかと思うと中から学生らしき制服を着た男女が5人ほど飛び出してきた。


「あ、あんな魔物が出るなんて聞いてないぞ!」


「た、助けて〜!」


 男女はボロボロの姿で涙目になりながらそのまま聖都に向けて走り去ってしまった。


 その様子をパーチは呆気にとられて見つめていたがやがて洞窟に目を移す。先ほどまでそこまで怖くなかった洞窟が先ほどの生徒たちを見たあとだと恐ろしいものに見え、パーチはごくりと唾を飲み込んだ。


 ラヴィナはというと先ほどの生徒達の姿を見て、何か思うところがあったのか何か考えるように顎に手をやったまま生徒達が走り去った方角をじっと見つめていた。


「今の人達……」


 ラヴィナが考えを巡らせていた時、その背中に向けてパーチが大声で話しかけてくる。


「だ、大丈夫ですよ!ラヴィナさん!」


 突然大声で話しかけられて驚いた顔を浮かべたラヴィナはパーチの方を見る。


「その……実を言うと僕も戦いって得意じゃないですけど……ラヴィナさんのことは守るので!えっと……だから……」


 パーチはわたわたと一生懸命話そうとするがなかなか言葉が続かず口ごもってしまっていた。そんなパーチの姿をしばらく見つめていたラヴィナだったが吹き出して笑ってしまう。


「ぷっ!アハハ!もうパーチさんったら!そこはもっとかっこよく『君のことは俺が守る』くらいのことは言い切ってくれないと!」


「へっ!?いやそんな!僕そんなに強くないからそんなこと──」


「ふふっ。では行きましょうか」


 ラヴィナはそういうとパーチの手を引いて、洞窟の中に入っていった。

 洞窟の中に入るときちんと整備された階段があった。


 パーチはまだ緊張しきっているみたいでしきりに辺りを気にしながら階段をゆっくりと降りていくが、ラヴィナは鼻歌を歌いながら軽やかな足取りで階段を降りていく。


 しばらく降りていくとやがて階段が終わり、目の前に広い空間が現れた。そしてその空間の奥に台座に差し込まれた古びた剣があるのが見えた。


「あっ!パーチさん、あれ!あの剣がそうじゃないですか!」


 ラヴィナがそう言いながらパーチの方に振り返る。パーチは膝に手をついて息を整えた後、顔をあげて笑顔を作った。


「そう…ですね!じゃあ早速!」


 パーチは息を落ち着けた後、ラヴィナと一緒に歩き出す。しかしラヴィナは数歩、歩いただけですぐに立ち止まって近くの岩陰の方に目を向けた。その隣で歩いていたパーチもラヴィナが突然立ち止まったことに驚き、ラヴィナの顔色を伺うようにして尋ねた。


「ラヴィナさん?」


 ラヴィナはその言葉に答えなかった。しかしラヴィナの視線の先にある岩陰からゆっくりとした足取りで何かが現れたことでパーチの顔に緊張の色が浮かんだ。それはラヴィナ達に鋭い眼光を光らせ、低く唸りながら少しずつ2人に近づいていく。


「えっ……シ、シルバーウルフ!?」


 銀色の体毛で覆われ、その額に大きな一本角を生やした狼は”シルバーウルフ”と呼ばれる魔物だった。シルバーウルフは広い範囲で生息しているゴブリンやオーク、オーガと違い、北の比較的寒い地域に生息している魔物で好戦的な性格ではなく比較的大人しい魔物だった。


 そのはずだが、目の前のシルバーウルフは明らかに敵意をむき出しにしてパーチとラヴィナの目の前で低く唸り声を上げながら威嚇し続けていた。


「ど…ど…どうしよう。僕なんかにシルバーウルフが倒せるわけないし……でも戦わなきゃラヴィナさんが──」


 そう言いながらラヴィナの方に顔を向ける。しかしそこにいたのは自分と同じようにいきなり現れた魔物に怯えているラヴィナの姿ではなく、彼女はどこか悲しそうな表情を浮かべていた。そして彼女はパーチの耳にかろうじて届くくらいの小さな声で呟く。


「かわいそう……」


「……え?」


 パーチはその言葉に驚いた表情を浮かべ、ラヴィナを見つめる。そしてラヴィナがゆっくりとシルバーウルフに近づこうとしたため、急いでその腕をとりパーチはラヴィナを止めた。


「ちょ!?ラヴィナさん危ないですよ!」


「パーチさん……でも私…」


「……っ!ラヴィナさんは下がっていてください!」


 パーチはラヴィナの前に立つと剣を抜き放った。それを見たラヴィナは驚いた表情を浮かべる。


「パーチさん、何を─」


「大丈夫です!僕に任せてください!」


 パーチは精一杯の勇気を振り絞り大きな声をあげると真剣な表情でシルバーウルフの前にたった。その姿を見たラヴィナはシルバーウルフとパーチを交互に見ていたが、やがて頷くとパーチに声をかける。


「ではお任せします」


「…はい!」


 そう言ってラヴィナは後ろに下がり、パーチは剣を構えシルバーウルフと対峙する。シルバーウルフは本来群れで行動する魔物だが1匹でも並の冒険者ではかなり苦戦する魔物だった。駆け出しの冒険者どころか今ままで木刀しか振ったことがないパーチでは真正面から戦えば負けるの必至だった。


 だからと言って戦闘が得意でないパーチがいきなり戦い方を変えるのは無理な話だった。


「やぁぁぁ!!」


 パーチは剣を振り上げながらシルバーウルフに向かって走り出す。

 シルバーウルフはしばらく様子を伺っていたがパーチが振り下ろしてきた剣を素早い動きで軽くかわすとパーチの横腹を牙で引き裂く。


「痛っ!」


 脇腹に走った鋭い痛みに思わず顔をしかめたパーチだったが手をやって自分の傷がそこまで深くないことがわかるとまた剣を構えシルバーウルフと対峙する。


 シルバーウルフは低く唸りながらパーチを睨みつけていた。


(全く見えなかった……)


 シルバーウルフの動きを捉えることができなかったパーチは必死に考えを巡らせる。このまま突っ込んでもまた同じように引き裂かれると考えたパーチは左手を前に出した。


 左手に魔力によって発生したわずかな赤い光が宿っていく。


炎魔法フレイム!!」


 パーチが叫び、左手から形成された炎が飛び出していく。


 …がその炎は小さな火の玉くらいの大きさでシルバーウルフに届く前に煙となって消えてしまった。


「くっ!このっ!」


 パーチは諦めず先ほどと同じように魔法を発動するがまた煙となって消えてしまう。それから何度も繰り返すがちゃんとした魔法になることはなかった。


「……なんで……上手く……いかないんだ?」


 パーチは荒く息を吐きながら自分の左手を見つめ悔しげな表情を浮かべる。そんなパーチにラヴィナが叫んだ。


「パーチさん、避けて!」


「え…」


 パーチが目を離している隙にシルバーウルフはパーチに襲いかかる。パーチは咄嗟に腕でガードしたため、首筋への攻撃は回避できたが、右腕を牙により引き裂かれた。


 シルバーウルフは軽やかに着地するとまた低く唸り声を上げてパーチを睨みつけた。


「…む…無理……やっぱり僕なんかじゃ…」


 そう言ってパーチは尻餅をついてしまう。パーチの目には悔しさと情けなさで涙が溢れ出してきていた。


 シルバーウルフがパーチに近づこうと一歩踏み出そうとした時、パーチの前に突然現れた人影を見て逆に一歩距離をとった。


「パーチさん。大丈夫ですか?」


 ラヴィナはパーチの前に立ちながら背中越しに尋ねた。


「……ごめ…ごめんなさい……あんな……大見え切ったのに……僕じゃやっぱり…!」


 パーチは涙を拭いながらラヴィナに謝り始めた。そんなパーチにラヴィナは振り返ると優しく声をかけた。


「パーチさん、大丈夫ですよ」


「え…?」


 ラヴィナはパーチの前でしゃがみ込むとパーチの傷に手を置いた。


「ヒール」


 ラヴィナがそう唱えると手から溢れ出た光がパーチの傷を癒していく。パーチは驚いた顔でラヴィナを見つめた。


「ラヴィナさん……ヒール使えたの?」


「いいえ。さっき覚えました」


「覚えたって……そんな簡単に」


「それよりもパーチさん」


「え……何?」


「もう諦めて帰りますか?」


「え……?」


「もしパーチさんがここから今すぐ逃げたいなら私はパーチさんについていきます。あの子も逃げる私たちをおっては来ませんから今なら無事帰れますよ」


「帰る……でも…」


「パーチさん、改めて言っておきますが私は戦えません。ですので今この場で戦えるのはパーチさんしかいないんです。それにこれは私ではなくパーチさんの試練です。だからパーチさんが自分で決めてください」


 その言葉にパーチは項垂れてしまう。そんなパーチを見たラヴィナは申し訳なさそうにまた声をかけていた。


「……少しきつい言い方しちゃいましたね…ごめんなさい」


「そんな…!ラヴィナさんは悪くないです…!僕が…僕がもっとつよかったら…!」


「……パーチさん。パーチさんはどうして勇者候補になりたいんですか?」


「え…?」


「勇者になりたいんですか?」


 パーチはその質問にしばらく口をつぐんでいたがやがて頷きながら口を開く。


「……うん」


「そうですか……その夢を諦めきれますか?」


 その問いにパーチは首をブンブンと横に振る。


「……パーチさん。諦めないと言うことはこの場を“逃げない”と言うことになりますがいいのですか?」


「諦めたくないんです……」


 パーチはポツリとそうこぼす。


「……わかりました」


 ラヴィナ納得したように頷くとパーチを立たせながら背中にまわり、手を置いた。


「え…?ラヴィナさん何を…?」


「少しだけ私もお手伝いします」


 そういうとラヴィナの手が赤く光りがパーチを包み込む。


「これは……?」


 パーチはその赤い光に包まれている自分の体を驚いたように見つめた。


「では行きますよ……」


 ラヴィナはゆっくりと息を吐くと魔法を発動させる。


 “龍の鼓動ドラゴンズビート勇気ある魂ブレイブソウル


 パーチを覆っていた赤い光は吸い込まれるようにパーチの体に入っていく。魔法をかけ終わったラヴィナはゆっくりと背中から手を離すとパーチに尋ねた。


「どうですか?気分が悪くなったりしていませんか?」


「気分が悪いとかは……それより…なんか」


 パーチは胸の心臓あたりを握りしめる。心臓の音がやけにうるさく感じ、徐々にその心音が上がっていくのを感じていた。そして身体中の血液が勢いよく巡っていることで体温もどんどん上がっていくのを感じる。


「ラヴィナさん!これ…!」


「パーチさん……その魔法はあなたの潜在能力を最大限発揮させる魔法です。ただ有効時間はとても短く、すぐにきれてしまいます。ですから次の攻撃で決めてください」


「……はい!」


 パーチは剣を握り再びシルバーウルフと対峙した。魔法のおかげかさっきまであった恐れや不安はパーチの中からすでに消えていた。それどころか今ならなんでもできそうな気がして気持ちが昂っていた。


 パーチは右手を前に出すとゆっくりと息を吐き出し、魔法を発動させる。


「フレイム!」


 魔法により生み出された炎は一瞬手のひらで爆発したように見えるも生み出された火の玉はシルバーウルフに向けて一直線に飛んでいった。シルバーウルフはその炎を軽々と交わすがそれ以上に魔法が上手く発動したことにパーチは嬉しそうに声を上げた。


「で、できた!」


「気を抜かない!!」


 パーチはその声で我にかえると剣を構えシルバーウルフに体を向けた。シルバーウルフは地面をタッタッと駆けるとパーチに目掛けて噛みつこうと大きく口を開きながら飛びかかった。


 パーチはそれを剣で受け止める。シルバーウルフは剣を噛みながらも低く唸り声を上げながら、パーちから剣を奪おうと首を振りパーチの体を振り回す。


「わわっ!!」


 パーチは剣を取られないと必死に剣を掴むがいいように体を振り回されている状態では剣を取り戻すどころかいつ剣を取られてもおかしくなかった。パーチは必死に考えを巡らせ、そして何か閃いたように顔を上げると何を思ったのか剣を掴んでいた手を離す。


 シルバーウルフはパーチを引き離すため勢いよく首を振ったため、そのまま勢いを殺しきれず一瞬、無防備になる。そこにいち早く体勢を整えたパーチがシルバーウルフの胸に右手を押し当てた。


「フレイム!!」


 その叫ぶと同時にパーチの右手が赤く光ると爆発と共に炎が発射され、シルバーウルフの体は炎に包まれながら壁まで吹き飛ばされ地面に崩れ落ちた。


「……や、やった」


 パーチは荒く息をしながらそう呟くのと同時に魔法が切れたのかパーチの体から一気に力が抜けていくのを感じた。その場にへたり込んだパーチは勝利を確信しながらもシルバーウルフが落ちた場所に目を向けていた。


 しかしパーチの期待を裏切るように岩陰からのそのそとシルバーウルフが姿を現す。


「そんな……」


 パーチは絶望した表情を浮かべる。今のパーチが撃てる最高の魔法はシルバーウルフの毛を少しばかり焦がした程度でシルバーウルフが体を振るうと体に若干、付いていた炎もすぐに消えてしまう。


 シルバーウルフは唸り声も上げずただゆっくりとパーチに近づいていくが、パーチは怯え切った表情で逃げ出すこともせずにただシルバーウルフを見つめていた。


 シルバーウルフはパーチのそばまでくるとゆっくりと口を開き、パーチに噛みつこうとした時だった。


「少しは落ち着いた?」


 不意に聞こえてきたその声といきなり背中を撫でられたシルバーウルフは驚きのあまりその場に固まったまま、いまだに背中を優しく撫でてくる笑顔のラヴィナを横目で見ていた。


「手荒な真似してごめんね。でも今なら話聞いてくれるでしょ?」


 そう言ったラヴィナの手がぴたりと止まり、そして笑顔のままゆっくりと瞳を開きその紅玉のように妖しく光る赤い瞳でシルバーウルフを見つめた。


「話……聞いてくれるよね?」


 その瞬間、まるでシルバーウルフの全身の毛が逆立ちぶるぶると全身が震えだす。怯え切ったシルバーウルフは平伏するように地べたに伏せてしまっていた。


「いい子ね」


 そう言いながら満足そうに数度シルバーウルフの頭を優しく撫でたあと、パーチの方に顔を向け手をパンパンと鳴らした。


「パーチさん。パーチさん!そろそろ起きてください」


 その場に固まったままだったパーチだったが、やがて意識を取り戻したのかハッとしたように顔を前に戻し、自分の前で伏せているシルバーウルフの姿を見て驚きの声をあげていた。


「あれっ!?へっ!?どうして……シルバーウルフが!?いやそれよりもラヴィナさんは!?」


「どうか落ち着いて。ほら深呼吸してください」


 ラヴィナは慌てふためくパーチを見てクスリと笑いながらそう言った。パーチは言われるまま深呼吸すると少しは落ち着いたのかゆっくりとラヴィナに声をかけた。


「ラ、ラヴィナさん。それでこれはどういう状況なんですか?僕は確か……」


「パーチさんのおかげですよ」


「へ?僕のおかげ?」


「パーチさんの一撃でこの子も少し落ち着いたみたいでしたので、私が『スキル』を使って大人しくさせたんです」


「……ラヴィナさんのスキル?」


「『魔物鎮静クラムダウン』。このスキルは一定以上のダメージが入った魔物を大人しくさせるスキルなんです」


「そ、そんなスキルがあるんですね……」


「そうですね。


「見れていてよかった?」


 パーチの疑問にラヴィナは答えることなく、シルバーウルフの頭を撫でながら声をかけた。


「そろそろこの子をどうするか決めないといけないですね」


「あっそうですね。えっと……やっぱりここで止めを刺したほうがいいのかな?」


「……殺しちゃうんですか?」


 ラヴィナに驚いた表情を向けられ、パーチは一瞬口ごもる。


「……シルバーウルフはその……無闇に人を傷つけない魔物だし落ち着いてる今なら逃がしてあげてもいいと思うけど……ここは聖地の近くだから外に出てもすぐ殺されちゃうと思う。それにここにいてもさっき逃げていった人たちが兵士をたくさん連れてくるだろうし…」


「パーチさん。私はパーチさんの気持ちが知りたいんです。だから教えてください。?」


 そう言われパーチは気まずそうに頬を掻いた。


「……そりゃ僕だって好き好んで血が見たいわけじゃないし……できることなら殺したくないかな…」


「……でもレベルを上げるには魔物を倒すのが1番手っ取り早いんでしょう?」


「そうだけど……レベル上げは別に魔物を殺さなくてもできるし。だから殺さないでいいなら僕は殺したくないかなって……」


「そう……ですか。そうなんですね」


 ラヴィナは少しホッとしたように視線をシルバーウルフに戻した。


「でも……ここから逃す方法なんて」


「大丈夫です。私に考えがあります」


 ラヴィナはそういうとシルバーウルフの顔をそっと自分の方に向けるとその額に自分の額を合わせる。


『汝、我を主人と認めその生涯を捧げよ』


 ラヴィナの声は額を通してシルバーウルフの脳内に直接響いていく。シルバーウルフは少しの間、固まっていたがやがてその言葉に従うように瞳を閉じた。


 するとぽんっと音ともにシルバーウルフはその姿を変え、可愛らしい白い子いぬに姿を変えた。


「え…えぇ!?」


 いきなりの出来事にパーチは驚きの声をあげるが、ラヴィナは尻尾をブンブン振る子犬を抱き抱えながら笑った。


「そんなに驚かないで。これもスキルの力ですから」


「そ…そうなの?」


「はい。『魔物従属化モンスターテイム』。このスキルは魔物を従せることができるスキルで従属の際、その魔物の姿を無害な姿にかえることができるんです」


「へ…へ〜…そんなスキルあるんだ。まるで魔法だね」


「そうですね。このスキルは魔法と違い魔力じゃなく体力を消費するので乱用はできないんですけどね」


 そう言いながらラヴィナは子犬を頭に乗せる。


「それじゃあパーチさん。早く済ませちゃいましょ!」


「え?何を?」


「“聖なる力”……手に入れないとですよ」


「あ…」


 そう言われ思い出したように台座に目を向けた。


「さぁ立ってください!」


 ラヴィナはそう言いながら手を差し出す。パーチは転がっていた剣を拾いながらその手を取り立ち上がる。そして2人は台座まで歩いて行った。

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