勇者学校の魔王様!!

@Misha

〜魔王様、ご入学〜

第1話 〜プロローグ〜

『かつてこの世界には世界を滅ぼそうとした悪い魔王がいました。


 魔王は多くの魔物の軍勢を引き連れて多くの街や村を焼き、多くの人々を苦しめました。


 魔王を倒すために人の王達は兵士たちを募り立ち向かいますが魔王の前では歯が立ちません。諦めかけたその時、魔王をたおすために立ち上がった1人の若者がいました。


 その若者こそのちに勇者と語られる人物でした。


 勇者は多くの魔物を打ち破り新たなる人類の希望となりました。そしてついに勇者は魔王が住まう城へ乗り込んだのです。頼りになる仲間たちとともに勇者は魔王に挑みました。しかし魔王の力は強大で勇者たちは敗れてしまいます。


 ですが勇者たちはあきらめませんでした。


 何度敗れても立ち上がりそのたびに力をつけ聖なる力をその身に宿し、ついに魔王を打ち破ります。


 平和になった世界で勇者達はまた魔王が現れても世界を守れるように願いを込め、学校を作りました。


 魔王に対抗するための育成機関。人はその学校を“勇者学校“と呼びました』



 ここは勇者学校のエントランスホール。そこには多くの入学希望者であふれていた。


 入学希望者たちは受付の前で入学希望用紙を手に列を作り友達たちと談笑しながら自分の番が来るのを待っていた。前で手続きを終えた子がその場を離れると手続きを行っている受付の人が声をかけてくる。


「次の方ー」


「はい」


 そういって短く答えた彼女。ルビーのように赤い色をした瞳と赤い髪をなびかせて、彼女は前に出た。その姿に一部の生徒がざわつくが彼女は気にした様子もなく受付の前に立つ。


「では希望用紙をお願いします」


「はい」


 そういわれ彼女は受付に入学希望用紙を渡す。受付はその用紙に目を通しながら口を開きました。


「ラヴィナ・レッドロードさんですね?」


「そうです」


「希望は勇者候補……ではなく従者となっていますが間違いないですか?」


「間違いありません」


 勇者学校は勇者を育成するための機関ではあるが全員が全員、勇者学校に勇者候補として入学できるというわけではない。


 勇者候補となるためには試練を乗り越え聖なる力をその身に宿す必要がある。そのため勇者候補になれるのは適正ありと選ばれた人しか勇者候補として入学できない。


 なので勇者候補になれなかった人もしくは勇者候補ではなく多くの知識を学びたい人のために従者として入学できる制度が設けられておりそれを『従者制度』と呼ぶ。


 従者といっても勇者を支える大事な役目を担うため、勇者候補たちと格差などなくみんなが平等にいろいろと学べるようになっていた。


 そしてたとえ卒業したとしても必ず勇者となった人と旅をしないといけないわけではなく、自分がなりたい職に就くこともできるため、多くの学生はむしろなりたい職のためにこの学校に入学してくることが多かった。


「わかりました。ではこのボードの上に手を置いてください」


 受付はそういうと机の上に置かれたボードを指さす。

 ラヴィナは手を少し出した後、少し躊躇したように顔をしかめた。


「どうかしましたか?」


 その様子に疑問を抱いた受付が声をかけてくると、彼女は首を横に振り、ふぅと息を吐き出すと「なんでもありません」と答えボードの上に手を置いた。


 彼女の手がボードに置かれたあと、ボードに込められた魔法が発動し彼女の手が少しだけ光り輝く。受付の目の前に置かれた用紙が光り輝くとそこに文字が刻まれていった。


「……はい。結構です。じゃあこの用紙をもってかえってください。入学式は明日なので遅れないように」


 そういいながら受付は指先に魔力を込め、先ほど目を落としていた用紙を上下に割くと、下の部分だけラヴィナに手渡した。彼女はその用紙を手にその場から離れながら用紙に目を落とす。そこには『入学許可証』と書かれた文字の下に大きな文字で彼女の名前が書かれていた。


 それを見た彼女は安堵した様子で胸をなでおろした。


(とりあえずうまくいったかな。それにしても……)


 そう小声でつぶやいた彼女はあまり着慣れていない制服に苦笑いをしてしまう。


「この制服…というものを買わなければいけなかったのもそうだけど……なんでこの服はこんなにスカートの丈が短いのかしら」


 そういいながら恥ずかしそうにスカートの丈を押さえる。その長さは別段彼女の物が短いわけではなく、今日来ていた女生徒たちみんなと同じ丈であり、他の女生徒たちは普通に着ていたものだったため、恥ずかしさを我慢していた。


 彼女の中でせめてもの救いだったのは長いニーソックスのおかげで素足を出さないで済んでいることだった。


「まぁなれるしかないよね……」


 そう呟きながら彼女は指先で宙に魔法文字を刻みながらため息をついた。やがて描かれた魔法文字はゆらりと動くと彼女のスカートに貼り付きそのまま染み込むようにして消えていった。


 次はどうしようかと彼女が考えようとした時、おなかの虫が控えめに「ク~」っとなる。


「……とりあえずご飯でも食べようかな」


 彼女は長い赤髪を後ろに払いながら辺りを見渡す。


 人で賑わうその通りではいろいろな物が売られている雑貨店などが目立った。どのお店も多くの人で賑わっており、皆笑顔だった。


 その光景をどこか懐かしそうに見ていた彼女だったが、ちょうどよく飲食店らしきお店を見つけると顔を輝かせそちらに向かって歩き出した。


 お店の中は多くの人で賑わっていたが全員が食事を楽しみに来た様子ではなくホール横の壁に貼り付けられた手配書や何かの依頼書などを手にカウンターにいる愛想のよい受付係の少女に持っていく。


 ラヴィナはぶつからないように人混みをスルスルと避けながらカウンターの空いてる席に座ると受付の彼女とは別の給仕係の少女が声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。何になさいますか?」


「そうね。ではお水とあと……おすすめは何かしら?」


「おすすめですか?うちはなんでもおいしいですけどそうですね~。今日は冒険者さんからいいお肉をいただいていますのでそのお肉と香草のローズリーを一緒に焼いた香草焼きなんていかがですか?」


「じゃあそれをお願い」


「かしこまりました!少々お待ちください」


 注文を受け付けた給仕係の少女はパタパタと厨房に入っていった。その間、ラヴィナは少しそわそわしたようにしきりに周りを見渡す。


 冒険者風の身なりの人達も多いが、自分と同じ制服を着た子たちも多く、皆席に着き食事をしながら談笑していた。物珍しく辺りをキョロキョロしていたラヴィナだったがその様子を見て、ふっと笑い優しげな表情を浮かべ眺めていた。


「お待たせしました~!」


 声を掛けられたラヴィナはハッと我に返り、前を向くと少女がおいしそうなにおいをさせた料理を運んできてくれた。少女はゆっくりと丁寧にラヴィナの前に料理とパンが乗ったお皿、フォーク、ナイフ、水の入ったコップを並べた。


「わぁ…!」


 初めて見る料理に思わずラヴィナの口から声が漏れる。自分でも香草焼きは作ったことがあるが料理の見た目や香りから使ってる香草の種類や調味料が違うことは明白だった。


 ラヴィナは初めて出会ったその料理に目を輝かせながら上品な手つきでナイフとフォークを使いお肉を切るとゆっくりと口へと運ぶ。そして噛んだ瞬間に口の中で広がる香草の香りと肉の旨味、そしてその両者をさらに引き立たせる調味料。


 ラヴィナは幸せな感情に包まれながらもあまり顔に出さないように上品に食べ進めていった。その様子を黙ってみていた給仕係の少女は嬉しそうにラヴィナに声をかけた。


「お口にあったようでよかったです!お姉さんはあの……貴族様なのですか?」


 その言葉にラヴィナはぴたりと手を止め首を傾げた。


「貴族……ですか?いいえ。私はま――」


 そこまで言ったラヴィナは慌てて言葉を切った。その様子に今度は少女が首をかしげる。


「ま?」


「……コホン。少し言い間違えました。えっと私は貴族ではなく普通の平民ですよ」


「そうなんですか?」


「えぇ。どうして私を貴族とおもったのですか?」


「だってここら辺の人でお姉さんみたいにきれいな食べ方する人ってあまりいないですもん!あっ私、ポルネって言います!向こうで冒険者さんたちの受付を担当しているのが妹のパルネ!」


 パルネと呼ばれた少女は依頼書の処理をしながら、ぺこりと頭を下げた。


「ポルネさんにパルネさんですね。私はラヴィナといいます」


「ラヴィナさんですね!このお店、家族みんなで経営していますのでよかったらこれからもご贔屓にしてくださるとうれしいです!ところでその制服を着ているということはラヴィナさんも勇者学校に入学するのですか?」


「はい、そうですよ」


「ということはやっぱり勇者候補ですか?」


「いえ私は従者として入学するつもりですよ」


「あれ?そうなんですね!ラヴィナさん強そうなので、てっきり勇者候補なのかと思っちゃいました!」


 その言葉を聞いてラヴィナはきょとんとした顔を浮かべる。


「私……強そうに見えます?」


 その返しに少女も笑顔のまま首をひねり返してきた。


「そうですね〜。ここって見たらわかりますけど冒険者さんたちがたくさん来るので強そうだなぁって方は雰囲気でなんとなーくわかるんです。まぁ"タレントスキル"を使ったわけじゃないのでただの勘に過ぎないんですけどね」


「…なるほど。いままでの経験というわけですね」


「そういうことです!」


 その答えに内心ほっとしたラヴィナはばれないようにテーブルの下に隠しながら、左手の薬指にしているダイヤル式になっている指輪に指をかけた。


 4つのメモリのうち左から1つ手前のメモリで止めていた針をカチリと左に最後まで回す。すると指輪に刻まれた魔法文字が一瞬淡く光り、ラヴィナの体からかなりの力が抜け一瞬視界が歪み崩れ落ちそうになる。


 その様子を見たポルネは驚いた表情を浮かべ慌てたように声をかけた。


「ラヴィナさん大丈夫ですか!?」


「…ごめんね。もう大丈夫。ここに来るまでずっと歩き通しだったから少し疲れがでたのかも」


「そうだったんですね。じゃあ今日はもうゆっくり寝たほうがいいですよ」


「ありがとう。でもここでゆっくりしてたら元気になるから気にしないで。それよりもっとこの街について教えてくれない?」


「え?この街のことですか?」


「えぇ。私、辺境の地出身であんまりここら辺のこと知らないの。だから教えてくれると嬉しい」


「そうだったんですね。じゃあ私がいろいろと教えてあげます!」


 そう言ったポルネはラヴィナにこの街について簡単に説明をはじめ、2人は談笑を続けていくのだった。


 ポルネの話によると聖地バロンは勇者学校を中心に置き、その北側地区に聖王が住む巨大な王城がある。


 聖地には3つ正門から入ることができそれぞれの正門を通り抜けた大通りをまっすぐ進めば勇者学校にたどり着くことができる。その大通りはいろいろな商店が並んでいて毎日多くの人の往来があるらしい。


 実際にラヴィナが通ってきた大通りも多くの人が行き交い、活気があったのをラヴィナは思い出していた。


 ラヴィナがポルネの話を聞いていると、1人の学生がパルネのもとにやってくる。その学生は少し幼い見た目をしていたが制服を着ていたことからラヴィナと同じ17歳だということは分かった。


 幼さが残り中性的な顔立ちをしている彼は持ちなれていない少し古びた剣を大事そうに抱えて、パルネに話しかけた。


「あ……あの!」


「はい。ご用件はなんでしょうか?」


 パルネに笑顔で接客されると彼は一呼吸をおいたあとパルネに話しかける。


「ここで…あの…勇者候補の試練に付き合ってくれる仲間を募るようにと言われたんですが…」


 それを聞いたパルネは少し困ったような顔をする。


「あの…うちでですか?」


「え!?違いましたか…?」


 彼はおどおどした様子でパルネに尋ねると困った様子でパルネは返事を返した。


「違わなくはないんですが……ここで依頼するとなりますと冒険者の方を雇うことになりますのでそれなりのお金が必要になりますが大丈夫ですか?」


「え!?そうなんですか!?」


「はい。ちなみにどなたから聞かれたのですか?」


「えっと…受付の先生から…です」


「受付の…」


 それを聞いてパルネは彼の姿を改めて見て納得したように頷いた。


「おそらくその先生はきっと善意でここを勧めたのですね」


 そう呟くとパルネはさらさらと机の上に出された紙に羽ペンで文字を書いていき、彼の前に差し出す。


「お名前をお聞かせいただいてもいいですか?」


「えっと…パーチ=フィスタって言います」


「パーチ様ですね。冒険者を雇うとなりますと先ほども言いましたようにそれなりのお金が必要となります。そして試練の付き添いとなりますと相場でこのくらいとなります」


 パルネは紙に書いた金額を指さし、パーチはその金額を見て驚いた表情を浮かべパクパクと口をあけながら青い顔になっていった。その額は一般的な依頼内容の額よりも安いものだが働いたことのない普通の学生ではかなり高額なものとなっていた。


 その様子をみたパルネはパーチが払えないと悟ると別の案をだしてくる。


「ですがこれはあくまでここで依頼をすればの話です。それに試練は別に冒険者を雇わないといけない規則はありません」


「そうなんですか?」


「はい。ただ道中、魔物が出るため甘い考えで挑んでしまった方なんかは痛い目を見ていますね。ですので1番おすすめな方法としては学生の皆さんでいくのがいいと思いますよ」


「同じ学生……」


「学生の皆さんで協力し合い試練を乗り越えるのを学校側も1番おすすめしてますし、よかったら1度お誘いしてみたらどうでしょう?幸いここには学生さんも多くいらっしゃいますし」


 そういわれパーチ不安そうに辺りを見渡し、そしてポルネと話しているラヴィナを見つける。パーチは緊張したように唾を飲み込むとパルネに向き直った。


「わかりました!僕、頑張って誘ってみます!」


 パルネにそう宣言したパーチはラヴィナのほうに近づいていく。近づいてくるパーチに気づいたポルネとラヴィナは談笑をやめ、パーチのほうを見た。


 パーチはラヴィナの近くまで歩いていくと緊張した様子でラヴィナの前に立つ。


「あ…あの!」


 緊張しすぎたせいか声が裏返ってしまい、周りでたむろしていた冒険者や生徒たちがパーチのほうに目を向ける。注目されていると感じたパーチは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にし、俯いてしまう。


 それを周りにいた冒険者や生徒の何人かが小さな声で笑っている声がパーチの耳に入ってきた。その声はパーチを余計に話せなくするには十分だった。


「ゆっくりで大丈夫ですよ。私に何か用ですか?」


 完全に押し黙ってしまったパーチの頭上から優しい声が降ってくる。パーチは恥ずかしさのあまり瞑っていた目をあけおずおずとラヴィナのほうに目を向ける。ラヴィナは体をパーチのほうに向け、優しく微笑んでいた。その姿にパーチは先ほどとは違う意味で顔を赤くしてしまう。


 ラヴィナはパーチから話せないと思い先に口を開いた。


「私の名前はラヴィナ。ラヴィナ・レッドロード。あなたのお名前は?」


「あ!えっと!僕はパーチ!パーチ・フィスタです!」


「そっか。パーチさん、よろしくね」


「あ……よろしくです!ラヴィナさん!」


 そういってパーチは嬉しそうに頭をかく。その様子にラヴィナはにこりと笑うと話をつづけた。


「ところでパーチさん」


「あっ僕のことは気軽に呼び捨てでだいじょうぶですよ!」


「そうですか?じゃあパーチ。私に何か用があったんじゃないですか?」


「え……あ…それは」


 そういわれパーチはまた俯いてしまう。そして意を決したのかラヴィナの目をしっかりと見ると思い切り頭を下げた。


「ぼ、僕と!一緒に試練に挑んでいただけないでしょうか!?」


 ラヴィナは突然の申し出にきょとんとした顔を浮かべてしまう。いつまでも返事が来ないことに不安を覚えたのかパーチはおずおずと顔を上げた。


「……だめ…ですか?」


 そういわれラヴィナは悩むように口元に指を置くと近くにいたポルネに尋ねた。


「ポルネさん。勇者の試練なんですが従者志望の人でも参加してもいいんですか?」


「大丈夫ですよ~。従者志望だったけど試練を経て、勇者志望に乗りかえた人もいますし。ラヴィナさんも挑戦してみたらどうですか?」


 そういわれラヴィナは少し考えるそぶりをしながらパーチを見つめにこりと笑う。そしてお金をカウンターに置くと立ち上がった。


「じゃあいいですよ」


「……いいんですか!?」


 パーチがそう声をあげるとラヴィナは頷く。


「はい。実のところ私も試練というのがどういうものなのか気になっていましたので。ですが1つだけ」


 ラヴィナはそう前置きをおくと話を続ける。


「私は戦えないので、戦いはお任せしてしまうと思いますが大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です!僕、頑張ります!」


 パーチがそう言うとラヴィナはクスクスと笑い「じゃあよろしくお願いしますね」と返事し2人は試練に向かったのだった。

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