第4話おまけ「ダルの風邪」




ノットネバーランド

おまけ「ダルの風邪」


おまけ【ダルの風邪】




























 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ


 「・・・・・・」


 ダルは、ベッドで寝ていた。


 今朝起きたときから、なんとなく身体が重くてダルいと感じていたから、熱を測った。


 体温計を見ると、そこにはこう書かれていた。


 ―三十九.二度


 「・・・はあ」


 大きいバケツに水を用意して、自分でタオルを濡らし、額に置く。


 それを何度も何度も繰り返していた。


 食欲もなく、身体はダルさと重さを感じる。


 こんな風に一日中寝ていることなんて、今までに一度だってなかったというのに。


 今日は薬を飲んで、ゆっくり休んでいようと思っていたのだが、そんな儚いダルの希望は、無残にも打ち砕かれることになった。


 「ダル―、腹減ったー」


 きっと空でも飛んでいて、ダルの船を見つけたのだろう、メルトが無遠慮にやってきた。


 だが、いつもならすぐに顔を見せるはずのダルがなかなか出て来ないことを不思議に思ったのか、メルトは船の中を探し始めた。


 人の生活の領域を、こんなにも土足で踏み込んでくる人がいるだろうか。


 いや、メルトを普通の感覚で測る事の方が、きっと難しいことなのだろう。


 「お?こんなとこにいた。何してんだ?まだ寝てんのか?こんなに天気が良いのに、昼間っから部屋の中で寝るなんて、お前どうかしてるぞ。昼寝するなら外でしろよ」


 「お前と一緒にするな」


 「じゃあなんだ?てかお前顔赤いな。変なもんでも食ったのか」


 「お前と一緒にするな」


 「うへー。なんか今日は御機嫌斜めだな。けど俺は腹が減ったんだ。なんか喰いもんあるか?」


 「お前と一緒にするな」


 「あれ?壊れた?」


 会話が成り立たないことで、ようやくダルがいつもと違うことに気付いたのか、メルトがじーっとダルを観察する。


 もう放っておいてほしかったダルは、メルトを睨みつけて、手でシッシッと払う。


 「なんだよ。こうしてお前の手料理を食べにきた俺に対してそんな態度を取るのか?っかー。お前も冷たいねー」


 頭痛が酷くなってきて、ダルはとにかく静かに寝かせてほしかった。


 だが、ダルの容体も知らないメルトは、寝ているダルのベッドに腰掛け、あーだのこーだのと文句を言っている。


 そろそろタオルを交換しようと思っていたダルは、上半身を起こしてバケツに手を伸ばそうとした。


 その時、メルトがそれに気付いて、バケツを取りあげた。


 「おいおい、話聞いてるのか?バケツの水を飲もうなんて、お前は本当の自堕落だな。少しは俺を見習ってほしいもんだ


 「・・・・・・」


 伸ばしかけた手をそのままに、ダルはふつふつと込み上げてくるものを感じた。


 わなわなとしていると、そんなダルに気付かずに、メルトはバケツを持ったまま、未だにダルにご飯を作るよう言ってくる。


 「それにしても、いつもなら素直に作ってくれるのに、どうして今日に限ってそんなに拒むんだ?俺はお前に何かした覚えは全くないぞ。そうなると、リンクか。リンクがお前を怒らせるようなことをしたんだな、きっと。まったくしょうがない奴だ。だからといって、俺のことを恨むなんて、ダル、お前も心が狭い奴になったもんだな」


 「・・・メルト」


 「なんだ?別に謝罪なんてしなくてもいいんだぞ。ああ、したいならしても構わない。俺は怒っているわけでも恨んでいるわけでもないからな。ダルとはこれからも仲良くやっていきたいと思ってる。というのも、お前の料理は本当に美味いからな」


 「メルト」


 「なんだ。やっと何か作る気になったのか。それならさっさと作ってくれ。俺はもう餓死しそうだ」


 「メルト・・・」


 「だからなん・・・」


 次の瞬間、本当に一瞬の出来事だった。


 一気に怒りが頂点に達したのか、ダルはメルトを殴り飛ばしていた。


 持っていたバケツをひっくり返したメルトは、あまりに急に出来事に、なんともいえない表情をしていた。


 今日まで生きていて、ダルに殴られたことなんてあっただろう、いや、ない。


 どちらかというと温厚な性格のダルに、殴られたのだ。


 しかも、表現しようのないほど、恐ろしい顔をしてメルトを見下ろしている。


 「さっきから何好き勝手なことしてんだよ。マジで殺す?殺しちゃうよ?」


 「え?え?ダル?」


 「大人しくここから消えるか、俺に殺されるか、どっちがいい?早く決めろ。はいいーち、にーい、さー・・・」


 「ストップストップ!!!ごめんごめん!出て行く出て行く!だからその手に持っている剣を下ろせ!」


 ぴた、とダルの動きが止まったかと思うと、メルトは顔を青くしたまま、様子を窺う。


 すると、ダルが勢いよく前のめりになって倒れてきた。


 「おおおお!?」


 思わず避けてしまったメルトだが、そーっと目を開けてみると、そこには顔を真っ赤にして、息を荒げているダルが横になっていた。


 「?」


 よく分からないが、とにかく起こした方がいいのだろうと思ったメルトは、ダルを起こしてベッドに寝かせる。


 そこにリンクが現れ、メルトが適当に簡単に説明をすると、リンクにまで小突かれてしまった。


 「馬鹿ね。ダルは風邪ひいてるのよ」


 「風邪?」


 「タオル交換した方がいいわね。それから空気を入れ替えて、おかゆが何か作った方がいいわ」


 「風邪?」


 単語を口に出しながら、首を傾げているメルトに、リンクは早くしろと言うと、メルトは大人しく従った。


 そんな看病が役に立ったのか立たなかったのか、とにかく、三日後にはダルは元気になっていた。


 その代わり・・・。


 「うう・・・なんか飛びたくない。身体が重い・・・。クラクラする・・・」


 「風邪がうつったわね」


 今度は、メルトが風邪を引いてしまった。


 リンクがしょうがなく世話をしていると、そこにダルがやってきた。


 事情を話すと、ダルはふう、と息を吐いた。


 「あら、面倒見てくれるの?それとも、この前の仕返し?」


 「あれは本当にいらついた」


 「ごめんなさいね」


 メルトの代わりにリンクが謝ると、ダルは一旦船へと戻っていった。


 そして、おかゆを作ってきてくれた。


 「これ、メルトに食べさせてやってくれ」


 「ありがとう」


 颯爽と戻っていったダルの背中を見て、リンクはクスッと笑った。


 ダルから貰ったそれを持ってメルトの元に行き、ダルが作ってくれたことを話すと、メルトは感激のあまり、泣き真似をしていた。


 いや、そこは実際に泣いたんじゃないのかと思うかもしれないが、メルトだから、そこは泣かない。


 「じゃあ、早速」


 身体を起こして、ダルが作ってくれた美味しいおかゆを掬いあげ、口に持って行く。


 「・・・・・・」


 「メルト?」


 「か・・・」


 「か?」


 「辛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええっっっっっっっ!!!あの野郎――――!!!!!!」








 「人生、そう甘くはないよ」




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