第3話隙間と狭間



ノットネバーランド

隙間と狭間


蝶はモグラではない。


でも、そのことを残念がる蝶はいないだろう。


          アインシュタイン






































 第三咲【隙間と狭間】




























 「ねえ、次の島ってどこにあるの?」


 「見つからないな」


 残った一つの島を探していたコルクとバリーだが、その島が見つからない。


 そんなとき、近くを通りかかった船を見つけ、自分の船を寄せてみる。


 すると、そこにはメルトたちがいた。


 「あ!お前等!」


 「なんだよ」


 「最後の島はどこにあるの!?まさか、危うくなって隠したんじゃないでしょうね!!!」


 「んな面倒なことするかよ。ちゃんとあるよ。お前等の探し方が足りないんだよ」


 ぎゃーぎゃーと言い争いを始めてしまったメルトたちの間に、ダルが入った。


 出されたチーズケーキが美味しそうで、思わずゴクリと喉を鳴らす。


 「しょーがねえな。じゃ、住人のことだけ教えてやるよ」


 地図上には乗っているはずなのだが、見つからないその島の住人は、女性。


 美良結泉という女で、三十四になったばかりだとか。


 「どこにいる?」


 「それは自分達で探せっての。地図持ってんじゃねえか」


 「見つからないから聞いてるのよ!」


 「リンク!それ俺の分だろ!」


 「何言ってるのよ。これは私の分でしょ。メルトはもう自分の分食べ終わったじゃない」


 「んなわけねぇ!まだまだ食えるぞ俺は!」


 「あんたね、ほとんど動いてないくせに、食べてばっかりじゃ、そのうちブクブク太るから」


 「お前みたいにか」


 そう言って、メルトはリンクの腹を器用につまむ。


 すると、リンクは持っていた通常サイズのフォークをメルトの二の腕に刺した。


 「いてっ!地味にいて!」


 「良い気味ね」


 コルクとバリーは、このままでは何も教えてもらいないと分かると、ダルの船を下りて、自分たちの船に飛び移った。


 そして、地図の示す方向へとまた進めた。


 甲板でそれを見ていたダルは、ダルの分にまで手をつけようとしていたメルトの手の甲を叩いてこう言った。


 「粘り強い侵略者だな」


 叩かれた甲を摩りながら、不機嫌そうに唇を尖らせたメルト。


 「ああ。あいつらも島の住人にならなけりゃあいいんだけどな。それより」


 「俺の分はやらないよ」


 「ちぇっ」


 拗ねたメルトは、広い甲板で大の字になって寝てしまった。


 「ダルは」


 「ん?」


 口にチーズケーキを含んだままのリンクが、ダルに話しかけた。


 この二人が会話することは珍しくはないが、滅多に話す機会はない。


 それはメルトがいるからであるが。


 「なんでまだこの島に残ってるの?私達と違って、人間の世界でも大人として生きていけるでしょう?」


 「ああ」


 ずっと疑問に思っていたこと。


 そもそもは、ダルの先祖がこの島を奪おうとしていたのだ。


 諦めたのか、それともまだ機会を窺っているのか、ダルにはその気はないように見える。


 日がな一日を過ごしているだけだ。


 「ま、腐れ縁ってやつかな」


 「腐れ縁、ねえ」


 納得がいっていないリンクだが、これ以上の詮索は無用だと、チーズケーキを頬張った。








 地図を片手に船に乗り込んだ二人は、迷っていた。


 「何処を探してもいないわよね」


 「無人島とかもないもんな」


 「コンパスが狂ってるとかじゃないわよね?」


 「それはないだろ」


 住人が美良結泉という女であることしか分からないまま、居場所を探していた。


 先程の島のように、何かに埋もれてみつからないだけなのか。


 だが、そんな気配さえないほど、二人は今、静かな海に漂っていた。


 「海底に島の反応はある?」


 「いや。なんか金属っぽいのはあるみたいだけど」


 「もー、どこなのよ」








 ぽつ、ぽつ・・・。


 「はあ・・・はあ・・・」


 ここは何処なのか、私は知らない。


 だからといって、ここにいることに不満は一切ない。


 その理由は簡単。


 この状況が、私にとっては何よりも刺激的で興奮するから。


 きっと傍から見れば、おかしな人間だと思うのでしょうね。


 狂ってるとか、歪んでるとか。


 そんな他人の言っていることなんて、どうでも良いの。








 彼と出会ったのは、結婚を破棄された日。


 絶望の淵に立たされたような感覚で街を歩いている私は、無意識に自殺しようとしていた。


 手首を切ろうか、それとも飛び降りか、毒でも飲もうか、踏切に入ろうか。


 色んなことを考えてみたけど、これといって良い方法が見つからなくて。


 なんか全部面倒になっちゃって。


 そもそも、結婚をしようとプロポーズしてくれたのは、向こうからだった。


 就職した仕事先で出会ったあの人は、とても優しくて、仕事も出来て、誰から見ても素敵な人だった。


 仕事になかなか慣れなかった私を、毎日のように励ましてくれて、あの人に惹かれないわけがなかった。


 「付き合ってくれないか?」


 告白してきたのだって、あの人からだった。


 一緒に過ごす時間が増えて、私はとっても幸せだった。


 あの人さえいてくれたなら、もう他には何もいらないと思っていたの。


 私は仕事を辞めて、あの人のために料理教室にも通った。


 お弁当を毎日作って、翌日が休みの日には、私の部屋に寝泊まりして、朝になったらおはようのキスだってした。


 こんな夢のような時間が過ごせるなんて、本当に信じられなかった。


 「反対されるだろうけど、いつか必ず、結婚しよう」


 周りからの目もあったけど、私達の間には、強い絆と愛情が確かに存在していた。


 だから、どんな壁だって乗り越えられると思っていたの。


 「今度、御両親に挨拶に行こう」


 そう言われて、私は早速両親に連絡をした。


 両親も仕事が休みの日にしてもらって、私の実家へと向かったわ。


 きっと喜んでくれる、そう思っていたのに。


 「何をふざけたことを言ってるんだ!こんな奴との結婚なんて、認めないぞ!」


 「結泉、お母さんもよ。本当なら応援したいけど、ごめんね」


 両親に反対されたけど、私達の関係は止めなかった。


 だってそうでしょ?


 お互いに好きなのに、どうして離れ離れにならなくちゃいけないの?


 初めてあの人を受け入れたのは、あの人が会社の歓迎会でお酒を飲んで、酔っ払って私の部屋に来たとき。


 理性が残っていたのかは分からないけど、あんなに熱っぽい顔をされたら、拒むことなんて出来ない。


 「結泉、好きだよ、愛してる」


 「私もよ」


 「結婚しよう」


 「でも、お母さんにもお父さんにも、ダメって言われたわ」


 「そんなの構わないよ。一緒にいたい」


 好きな人との口づけは、こんなに心をドキドキさせるのね。


 プロポーズされて、婚約指輪も貰った。


 毎日毎日、それを眺めて一日が過ぎた。


 けど、それからしばらく経った頃、あの人の様子が変わって行った。


 「ねえ、どうして最近会ってくれないの?」


 「仕事が忙しくて」


 「嘘」


 「嘘じゃないよ」


 「メールくらい、打てるでしょ?本当は直接会ったり、電話で話したいのに、我慢してるんだから」


 「・・・ごめん」


 その時、仕事が忙しいからといって、私に連絡をしないことに対して謝っているのだと思っていた。


 だから、私はそれからも頻繁にメールを打っていたの。


 だからって、一日に何十通も送ってないわ。


 朝におはよう、今日も頑張って、と送って、夕方にお疲れさま、と送っているくらい。


 大きなプロジェクトが入ったと聞いたから、なるべく邪魔にならないようにしていた。


 嫌われたくないというのもあったし、何より、仕事中でも私のことを考えていて欲しかった。


 たまに会えたときには、あの人の要望に合わせた。


 買い物に行きたいと言われれば、買い物に付き合ったし、部屋でゆっくりしたいと言われれば、部屋でのんびりしていた。


 二人でいられるだけで幸せだったから、あの人の可愛い我儘だと思って。


 結婚しようと言われたけど、このまま収入がないのも辛くなってきて、私はパートで働くことにした。


 貯金はしてあったから、もうちょっとニートでいられたけど、やっぱり将来のことを考えると、もっと貯蓄していた方が良いと思って、始めることにした。


 だから、気付く事が出来なかったの。


 あの人が悩んでいることにも、私との関係に終止符を打とうとしていることも。


 なんとなくおかしいな、と感じたのは、一年くらい経った頃。


 「大事な話がある」


 久しぶりにあの人から食事に誘われて、私はお洒落をして出かけた。


 きっと結婚のことだろう。


 挙式も挙げられず、籍も入れられないでいたのだから、きっとそのことだと。


 連れて行ってもらった店は、モダンな雰囲気で、あの人はすぐにコース料理を注文した。


 お腹がキュッとなるドレスのような服を着てきてしまったから、沢山食べられるかと心配してしまった。


 コース料理って、少しずつ出てくるから苦手だ。


 もともと小食なため、メインに行くまでにお腹が一杯になってしまう。


 大事な話があると言っていたけど、あの人はなかなか口を開かない。


 私は自分から聞くことも出来ず、前菜が運ばれてくるのを待っていた。


 メインのお肉もなんとか平らげて、デザートを見た途端、なぜかお腹に空きが出てきて、簡単に胃袋に入ってしまった。


 「美味しかったー」


 「・・・・・・」


 ふー、と満足した私は、若干出てしまったお腹を摩った。


 ワインが注がれ、それを口に含んでいると、ようやくあの人が口を開いた。


 「あの話、なかったことにして」


 「・・・え?」


 最初は、何を言われたのか理解出来なかった。


 だって、私はその為に会社も辞めたし、ここまで支えてきた心算なのに。


 「どうして?」


 「・・・ごめん」


 「他に好きな人でも出来たの?」


 「違う」


 「じゃあ、どうして?なんで?私じゃダメだった?親が反対したから?」


 「違う」


 「分かんないよ・・・!こんなに・・・こんなに好きなのに!!!」


 急に込み上げてきた絶望感に、私は泣きだしてしまった。


 みっともないかもしれないが、自然と出てきてしまったのだから、仕方ない。


 止めようと思っても、止めどなく溢れてくるのだから。


 「ちゃんと説明してよ!」


 周りの人達も、私達の異様な空気を感じ撮ったのか、気まずそうにちらちらとこちらを見てくる。


 けど、そんなことどうでもよい。


 「分かるだろ。無理なんだよ、やっぱり」


 「無理じゃ無い!」


 「うちの両親にも話したけど、やっぱり拒まれた。当然だよ」


 「けど・・・!お互いが好きなら、他の人には関係ないわ!」


 「結泉、分かってくれ。僕も辛いんだよ」


 「嫌!絶対に嫌!」


 いつから、こうなってしまったのか。


 ただ、好きで好きで、一緒にいたいと願っただけなのに。


 私が泣いていると、そっとハンカチを差し出してくれた、そんな愛しいあの人。


 「結泉、僕たちの関係は、終わりにしよう」


 「そんな・・・!本当に、もう会えないの?一緒にいられないの?」


 「ああ・・・。仕方ないよ。だって僕らは、女同士なんだから」


 「けど・・・!」


 「僕の両親が、僕に見合いをさせようと、何人か男の人を選んでるらしいんだ。きっともう、君とも会えなくなるだろう」


 店を出て、餞別と言わんばかりに、私に最後のキスをしたあと、あの人は帰っていった。


 それから聞いた話によると、あの人は男の人と出会って、結婚前提にお付き合いをしているらしい。


 あの人が結婚したあと、一度だけ街で見かけたことがある。


 私の知っているあの人はもうそこにはいなくて、髪も長く伸ばしていて、肌もきれいになっていて、化粧だってしていた。


 動きやすいようにと、スウェットやジャージが多かったはずなのに、スカートをはいて、女性らしくなっていた。


 自分が女性を好きだと知ったのは、中学生の頃。


 男子からよくちょっかいを出されていた私を、助けてくれた同じクラスの女の子がいた。


 名前は瞳ちゃんといった。


 彼女はショートの髪型で、肌もちょっと焼けていて、運動部に所属していた。


 修学旅行で同じ部屋になったときには、心臓がバクバクしていたのを覚えてる。


 修学旅行最後の日、私は瞳ちゃんにキスをしようとした。


 「やめてよ!」


 拒絶され、私を蔑むような目で見てきた瞳ちゃんに、なんとか冗談だと言った。


 けど、それからも瞳ちゃんは私に話しかけてくれることはなくなった。


 それどころか、修学旅行中に起こったことを、周りの人に言っていて、私は女が好きな変態として、後ろ指をさされることになった。


 高校に進学すると、男の人から告白されることもあった。


 けど、ちっとも嬉しくなかった。


 「ごめんなさい」


 「そっか」


 ある日私に告白してきた男子のことが好きだった、同じ中学だった子。


 私が中学時代に女の子にキスしようとしたのだと、高校でも言いふらしていた。


 そのお陰と言ってはなんだが、男の子から声をかけられることはなくなって、落ち着いた生活を送れていた。


 その代わり、女の子とも話せなくて、辛い思いをした。


 高校三年にもなると、そんな私でも構わないという男の子がいた。


 「あの、でも私」


 「それでも、俺は君のこと好きだから」


 なんだか嬉しくて、初めて男の子のことが好きになれるかもと思って、付き合い始めた。


 手を繋いで歩いたり、キスをしたり。


 心の底から満たされる気持ちにはなれなかったけど、こんな私を受け入れてくれるなんて、優しい人だと思った。


 けど、それも幻だった。


 「レズなんて好きになるかっつーの」


 「罰ゲームで告っただけだし」


 「そのうち振ってやるよ。あ、けどヤルことヤッてからな」


 そんな会話を、聞いてしまった。


 ああ、やっぱり、女の子を好きになってしまう私なんて、好きになってくれる人はいないんだと。


 その日のうちに彼を振ると、彼は振られたことに対して怒ったようで、強引に身体を触られてしまった。


 抵抗しようとしたけど、男の力に敵うはずがなくて、やっぱり男なんて嫌いだと再認識した。


 大学では、極力人と接するのを止めた。


 男女問わずに、話したり目を合わせたり。


 なるべく遠くの大学に行って、私の過去を知らない人たちに囲まれたかった。


 就職してあの人に出会って、私は変わった。


 「美良結泉です。よろしくお願いします」


 私の教育係だったのが、あの人だった。


 美人なのに彼氏もいなくて、性格は男っぽくて、でもガサツでもなくて。


 新入社員の歓迎会で隣で飲んだときも、私なんかよりも気が効いていて。


 飲み過ぎてしまったあの人と一緒にタクシーに乗って、あの人のマンションまで行った。


 鞄から鍵を取って開けてくれと頼まれ、言われた通りに鍵を開けると、部屋の中に連れていき、ベッドに寝かせようとした。


 その時、二人一緒にベッドに倒れてしまった。


 ドキドキしたけど、この感情は隠さないといけないと思って、なんとかあの人から逃れようとした。


 その時、あの人は私の腕を引っ張って、その胸に私を押しつけた。


 「せ、先輩?」


 「んー、可愛い」


 「先輩、もう私帰りますよ?」


 「だーめ」


 ぎゅうっと抱きしめられると、ここまで我慢してきた感情が、一気に溢れそうだった。


 すると、そっと私の頭を撫でてきて、その手が徐々に前に移動してくると、私の顎をくいっと持ちあげた。


 あの人と目が合って、私の顔はきっと茹でタコみたいに真っ赤だっただろう。


 「・・・・・・」


 「?どうかしましたか?」


 「・・・美良ちゃんのこと好きだって言ったら、私のこと嫌いになる?」


 「え?」


 まさか、こんな運命が待っていたなんて。


 「私も、好きです」


 「私の言ってる好きは、上司と部下じゃなくて、友情でもない、愛情だよ?キスもしたいし、その先もしたいと思ってるよ?」


 「はい。好きです」


 そう言うと、あの人は嬉しそうににっこりと笑って、こう付け加えた。


 「じゃあ、今日から結泉って呼ぶね!それから、二人の時は僕っていうけど、いいよね?」


 その時のあの人の笑顔が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。


 あの人も、今まで嫌な思いをしてきたという。


 「両親にも言えなくてさ。一回だけ男と付き合ったことあったけど、やっぱりなんか違うなーって思ってて。僕は女の子が好きなんだ。どうしてそれを知ると、みんな嫌な顔をするんだろうって」


 そんなあの人も、私から離れてしまった。


 きっと平凡な幸せを満喫していると思う。


 私はと言えば、あの人との結婚以外はもう考えられなくなっていて、一人で生きて、一人で死のうと思っていた。


 そんなとき、彼が現れた。


 「現実が嫌なら、あなたの望む世界を作ってあげるよ」


 悪魔の囁きとしか思えなかったが、通常の思考を持っていなかった私は、迷く事なく彼に着いていった。


 彼の名はメルトというらしい。


 良くみてみると、肩には小さな羽根の生えた少女もいて、私をちらっと見て、またすぐ前を見てしまった。


 「少しだけ、眠っていてもらいます」


 そう言うと、彼は私の目に自分の手を覆いかぶせてきた。


 私の身体は力が抜けて、思考も声も、何もかも止まってしまったかのように、倒れた。


 「どんな世界を望む」


 「刺激的なもの」


 次に目を開けたときには、もう何も見えない場所にいた。


 目隠しをされているようで、ここが何処かもわからない。


 ただ、椅子のようなものに座らされていて、手首も足も、縛られているのだけは分かった。


 「ねえ、ここどこ?」


 聞いてみるけど、返事はない。


 いるのに答えないだけなのか、それとも誰もいないのか、それも確認出来ない。


 そして何よりも、ぴた、ぴた、と規則的に何かの音がする。


 自分の腕には冷たい感触があるが、それが何かさえも分からないまま。


 「あの、誰かいますか?」


 少し大きめの声を出してみると、響いたような感じがした。


 だが、やはり返事はない。


 私は恐怖に襲われていたけど、そのうち、なぜか気持ちが良くなってきた。


 恐怖は興奮に変わり、私から光は奪われたけど、今となってはそれさえも快感。


 ねえ、今頃あなたは何をしているの?


 この空間でたった一人、私は生と死だけを見つめて生きて行くわ。








 「まだ見つからない?」


 「んなこと言ったって、どうやって見つけろっていうんだよ」


 「ねえ、海底に金属の反応あったのよね?それ詳しく見られない?」


 「さあな。縦横五メートルの立方体みたいだけど」


 「そこに行ってみる?」


 ということで、二人は海底にあると思われる箱の近くまで潜ってみることにした。


 海底と言っても、そこまで深くではなく、水深二十メートルくらいの場所だ。


 バリーは船の上から指示をし、コルクが潜ることになった。


 最初は文句を言っていたコルクだが、泳ぎが得意なため、素潜りでどんどん潜って行く。


 「相変わらずすげー女だ」


 バリーがそんなことを言っているのも知らずに。


 『あった、これね』


 「どんな感じだ?どこか入口とかありそうか?」


 『見た感じ、無いわね。てか、本当に鉄の塊って感じよ』


 「そうか」


 触って四方八方ぐるっと回るが、何処にも入口らしきものがない。


 というよりも、小さな穴も、継ぎ目さえも見当たらない。


 「ぷはっ」


 「おー、死んでなかったか」


 「生憎ね」


 あの箱は美良結泉と関係があるのか、そこまで分からなかったが、なんとなく気に成っていた二人。


 「まだいたのか、お前等」


 「うおおお!」


 そこに、ひょこっと顔を出してきたメルトに、二人は驚いた。


 近くまでダルの船もきていて、コルクとバリーは思わず銃を手にする。


 ひらひら飛びながら、メルトは二人のいる下へと下りて行く。


 「で?どうだ?この島の居心地は」


 「最悪ね。かつて誰もが夢見た国だっていうのに、今じゃこんなに腐った夢しか見ていないなんて」


 「ここの住人たちも、もう普通の世界じゃ生きていけないだろうな」


 にこにこと笑ったまま、メルトは足を組んで横に寝そべった。


 人の船だというのに、なんとも緊張感のない格好だ。


 「それより、美良結泉はどこにいるの?」


 「どこって、見つけたんじゃないのか?」


 「見つからないよ。まさか海底の変な箱にいるわけじゃあるまいし」


 入口も何もなかったし、と言うバリーだったが、メルトはそれを聞くと目をぱちくりした。


 「それだよ、それ。そこにいるよ」


 「はあ!?どうやって入れっていうんだよ?」


 「そもそも、なんなのよ、アレ」


 「あれはなー」


 ふあああ、と欠伸をしながら、メルトは説明をした。


 どうやら、先程見つけた海底の箱の中に、美良結泉はいるらしい。


 どうやって入れたのかは不明だが、その中では目隠しをされていて、美良結泉が自分の血が抜かれていると思う様に、チューブまで腕につけてあるという。


 実際に聞こえている音は、ただの水滴。


 完璧に見える箱だったが、ごく僅かに隙間があって、そこから水が漏れているとか。


 いずれは溺れるだろう、なんて、他人事のように呑気に言っているメルト。


 「あんた、本当にあの人の子孫なの?」


 ふと、疑問に思ったコルクが尋ねた。


 コルクの質問に、横になっていたメルトは身体を起こして胡坐をかく。


 「子孫かどうかはおいておいてさ、お前等、これからどうすんの?」


 「はあ?」


 「いやさ、ここで戦ったって、俺はいいよ?別に構わないよ?そういうのダメって規則はないからさ。けど、俺は武器を持って無いのに、そんな相手に対してお前等は銃を持ってるなんて、対等じゃない気がするんだよね」


 「そんなこと関係ないじゃない。そうよ。私達はこの島を奪いに来たの。あんたを殺して、島全部を貰うわ」


 銃を構え、今にも戦闘が始まりそうになったとき、ダルが到着した。


 「よいしょっと。あれ、なんか変なタイミングで来た感じ?」


 「こいつら、まだ諦めてないんだと」


 「ああ、そういうこと」


 腰には剣をさしているダルだが、抜く気配はない。


 メルトは腰をあげて立ちあがると、うーん、と背伸びをする。


 「お前等はまだ分かってねぇんだよ」


 「何を?」


 「この島の意味をな」


 「意味・・・?」


 何を言ってるのだろうと、コルクがまずメルトに向けて銃を撃つと、バリーがそれを援護するように撃つ。


 ひょいひょいっと、人間離れした動きで銃弾を避けるメルトと、狙われているメルトから離れるダル。


 「ちょこまかと・・・!」


 二人は一列に並び、コルクとバリーは息のあった攻撃を見せたが、それもすぐに終わった。


 バキバキ!とすごい音が聞こえてきたかと思うと、船のメインマストが、二人の頭上に落ちてきた。


 間一髪、直撃は免れたが、それによってメルトとダルに捕まってしまった。


 「リンク、よくやった」


 「まったく。重労働させないでよね」


 「好きなくせに」


 「嫌いよ」


 ダルによって強く縛られてしまった二人は、なんとか逃れようと身を捩るが、ぴくりともしない。


 「ダル!あんただって、昔はその男と敵対していたはずでしょ!なんで今は協力してるのよ!」


 「俺達と手を組もう、ダル」


 「俺の前でそういう話をするなっつーの」


 メルトがコルクの背中に腰を下ろすと、何やら下りろとか下りろとか聞こえてきた。


 「俺だって、こんな島から出られるもんなら出たいけどな、島からは出られないんだよ」


 「意味分かんない」


 「この島は、俺の血によって守られてる。俺があいつらに夢を見せてる。俺が消えるときは、この島は消滅するときだってことだよ。理解した?アンダースタン?」


 「ちょっと待てよ!なら、どのみち、俺達がお前からこの島を買収するのは、無理だってことか!?」


 「ま、そういうこと。もしも自分達だけのワンダーランドが欲しいなら、一から全部作ればいいだろ」


 あーもー、メンドクせぇ、と言いだしたメルト。


 「子供のままが良いなんて、どこの誰が言ったのかは知らねえけど、大人にならない生物はいないんだ。それに、子供は子供で不自由だと思うけどな」


 「あらメルト、あなたは精神的には子供よ」


 「あ、そうだった」


 コルクとバリーは、顔を見合わせた。


 コルクの背中から下りたメルトは、両膝を曲げて二人を見る。


 「ここにいた奴ら、どうしてここにいると思う?」


 「え?どうしてって、だからつまり、大人になりきれてないから?」


 「それもあるが、違う」


 「じゃあなんだ」


 「前はな、もっといたんだよ、住人が。人魚も海賊も動物だって、沢山いたんだ」


 この島の名は、ノットネバーランド。


 その名の通り、永遠ではない島。


 永遠に子供には戻れない、永遠に夢を見ていてはいけない、永遠を求めてはいけない。


 「夢を見るな、夢を持つな、夢に溺れるな、夢を信じるな、夢に騙されるな、夢と生きるな、夢に唆されるな、夢を望むな」


 この島はかつて、子供たちが多くいた。


 人種の違う子供もいて、生物もいて、とても楽しく過ごしていた。


 だが、時は経ち、その面影はなくなった。


 動物たちはいなくなり、自然は枯れ、みなこの島を離れて行った。


 人間に慣れていたはずの人魚さえも、海の魔物として蘇り、恐怖へと姿を変えた。


 理由は解明されていないが、ある時代に起こった異変ではないかと言われている。


 それは、忌み子の誕生だ。


 数百年に一度しか生まれてこないというその忌み子が生まれてきたことにより、全てが変わって行ってしまったのだとか。


 だがそれも噂でしかなく、真相は闇の中。


 「まさか、メルト!お前があの・・・」


 「まあ、そんなことどうでもいいだろ?お前等はここで、島の住人として死んでいくか、それとも別の世界で生きて行くかしか、道はねえんだから」


 文献でしか読んだことはないが、確か八〇年ほど前に忌み子が一人産まれたはずだ。


 そこから考えると、メルトはそんな歳には見えないから、その後にまた忌み子が生まれたことになる。


 そうとすると、もっと不吉なことなのではないかと、勝手にコルクとバリーは思っていた。


 「どうでもいいけど、さっさとしましょう。どこの島に流すつもり?」


 「あー、まだ考えてなかったな」


 ふとリンクがメルトに聞くと、メルトは腕組をしてうーんと考え出した。


 「どこにするか。お前等、なんか行きたいところとかないわけ?」


 「行きたいところって・・・私達はこの島が欲しいだけなの!さっさと渡して!」


 「この島のコピー島にでも送るか」


 「それがいいわね」


 良く分からないまま、二人は眠らされてしまった。


 次に目を開けたときには、先程までいた島で二人して寝そべっていた。


 「どういうこと?」


 「あの島、だよな?船ないけど」


 「とりあえず、見て回りましょう」


 メルトたちの姿も見えず、二人は落ち着いた様子で島を見て回ることが出来た。


 どこかの種族のいる島や、動物たちだけの島、人魚の島に夜しか来ない島。


 生き急いでいた世界とはかけ離れた、そんな場所だった。


 「なんか、長閑だな」


 「そうね。さっきまでいた島とは随分違うわね」


 二人は、リゾートのような島に向かうと、ハンモックを設置して、ごろごろする。


 「私達、何しに来たんだっけ」


 「なんだっけ。とりあえず、昼寝でもするか」


 「そうね」


 目をつむれば、程良い風が身体を掠め、暑すぎない太陽の視線を浴びながら、眠った。








 「おーい、おーい」


 呼びかけてみても、起きない二人がいた。


 「おい、どうすんだ?これ。ここに放置しておいていいのか?」


 「放っておけばいいじゃない。起こしたって碌なことにはならないわよ」


 「ま、そうだな」


 とある島に来た、コルクとバリーの二人は、あまりの気持ち良さに寝ていた。


 どれくらい寝ているのか、時間も時計もないこの島ではきっと必要無いものだのだろう。


 この島に来てからというもの、二人はずっと寝ていた。


 それを不審者だと思い、起こしに来た人影が三つあった。


 「ダル、お前が起こせよ」


 「なんで」


 「じゃあリンク」


 「嫌よ」


 「ならどうすんだよ。こんなところで寝られたって、困るんだけど」


 どんな夢を見ているのかは知らないが、不機嫌になったり、ぶつぶつ文句を言っている。


 「だってよ、こいつらここに来てからどのくらい経ってる?一度も起きやしねえ」


 「さあ?軽く三日は経ってるな」


 「なんでこんな島に来たのかしらね?もしかして、島を買い取りにきたとか?」


 「んな馬鹿なこと・・・ねえよな?」


 茶髪のさらさらの髪をしている男が、ダルとリンクという二人に向かって首を傾げる。


 「メルトの所有物だからな。もしそうだとしたら、相当面倒なことになるだろうな」


 メルトと呼ばれた男は、ふわっと空中に飛び立った。


 「あー嫌だ嫌だ。その二人が起きたら、何が目的か聞いておけよ。それから、もし島を買いにきたとかなら、さっさと帰ってもらえよな。ここにはお前にやる島はねぇってよ」


 そう言って、メルトは飛んで行ってしまった。


 小さな身体に羽根をつけたリンクは、そんなメルトの後を追って行く。


 「ちょっとメルト待ってよ」


 「折角だらだらしてたってのに。いきなり現れやがって」


 そんな二人を眺めながら、ダルは乱れた髪を直す為、一度縛っていた髪留めを解く。


 長く綺麗な髪が見えたかと思うと、素早くまた一つに結い直した。


 突如船でやってきた、目の前の二人。


 こんなに起きない人間を見たことはないが、起きるのも面倒臭い。


 ひとまず見張っていると、そこにまたメルトがやってきた。


 「おーいダルー」


 「なんだ。お前も暇なら見張ってろ」


 「えー。絶対嫌だ。てかさー、人の島に来ておいて、何日も起きずにいるってどういうこと?どんな神経?」


 「で、なんだ」


 「あ、そうそう。腹減ったんだけどさ、なんか魚釣ってよ」


 「釣り竿なら俺の船にあるから、勝手に釣ってればいいだろう」


 「それがさー、なんでか、俺のところには魚が全く近寄らないんだよなー。まじ不思議。怪奇現象なんだけど」


 「こいつらが起きて、島を勝手に回られても面倒だろ」


 「そりゃそうなんだけど。それよりも俺の方が緊急事態だよ。腹減ったし。それに」


 メルトは、ふと他の島の方を見る。


 「見て回ったところで、ここにいる住人はそう簡単にはいかねぇって」


 「・・・・・・」


 ふう、と小さくため息を吐くと、ダルは腰をあげて船の方に向かって歩いた。


 その後をメルトが追って行く頃、リンクが二人のもとに到着した。


 「ちょっとメルト!置いていかないでよ!」


 「お前遅っせぇんだもんよ」


 「あんたがマックスで飛ぶからでしょ!」


 ぎゃーぎゃーと文句を言っている二人を無視して、ダルはどんどん歩いていく。


 全然起きる気配のない、謎の二人をそのままにして。


 「ダルー、ムニエルがいい」


 「なら自分で作れ」


 「おやつはショートケーキでいいぞ」


 「お前なんて溺れればいい」


 「ダルってば過激な発言―。知ってるか?俺は海の中でも自由に泳ぐことが出来るんだぞ。万能なんだ」


 「万能なら自分で料理くらいしろ」


 「万能ねぎってあるだろ?いくら万能っていってもネギなわけだよ。そうすると、料理幅は広がると言っても、やっぱりそこには限界というものもあって」


 「もういいから黙ってろ」








 この世界には、誰もが夢見ながらも、全員は行くことのできない場所がある。


 ましてや、子供の時にしかお呼ばれしない世界など、大人になってから行けるはずがない。


 そんな世界に行けるとしたら、あなたならどんな世界を望むだろうか。


 愛に満ちた世界?金に困らない世界?好きな絵本の中の世界?自分だけしかいない世界?過去?未来?


 どれだけ望んでも、大人は子供にはなれない。


 子供はいつしか大人になるが、大人はもう戻ることの出来ない虚しい存在。


 もしもあなたが、大人であるにも係わらず、理性や義務よりも、欲求や自我を優先するのであれば、きっと彼は現れる。


 そして、あなたにこう尋ねるだろう。


 「君はどんな世界に生きたい?」


 だが、忘れてはいけない。


 その世界に足を踏み入れてしまったら、そう簡単には逃れられない。


 きっと、平凡なあの日々がどれだけ愛おしいのかを、後悔するときがくる。


 だとしても、彼の掌からは逃げられない。


 「君の願いを叶えてあげるよ。ただし、契約を交わしてもらう」


 契約を交わしてしまったら、希望など一切捨てた方が良い。


 あなたは夢の中でずっと生き続け、夢の中で死んでいくことになるのだから。


 ほらまた。彼は眠そうな目のまま、獲物をとらえる。


 「夢は現実よりも残酷だろ?」








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