第2話取り残される世界






ノットネバーランド

取り残される世界



人間の一生は誠にわずかの事なり。好いた事をして暮らすべきなり。夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして、苦しみて暮らすは愚かな事なり。


            山本常朝


































 第二咲【取り残される世界】




























 「よし、ここにしよう」


 コルクとバリーは、次の島に来ていた。


 島にいる男の名は、小林一成、頭脳明晰で真面目な男だ。


 小林のいる島は、校舎のような木造の建物が一軒と、DUSTと書かれた箱があるだけだった。


 校舎の外から見る限りでは、窓らしきものも見当たらない。


 たった一つのドアがあるだけで、中の様子を窺う事が出来ない。


 一日中校舎の外で待っていたコルクとバリーだったが、中から人が出てきたのは、真夜中になってからだった。


 しかも、小林とはまた別の男で、彼の姿は全身が黒い。


 肌が、というわけではなく、全身が影のようになっているのだ。


 同じ人間なのかと疑いたくなるその姿を見ていた二人は、思い切って声をかけてみることにした。


 「あのー」


 名前を聞いても、校舎の中がどうなっているのか聞いても、何も答えない。


 彼はゆらっと身体を動かすと、DUSTの箱へと向かっていき、自らその中へと入っていった。


 人が一人入るには、身体を縮めないと行けないように見える箱だが、その後も、数人の黒い影たちが入っていくのを見た。


 「ねえ、どうなってると思う?」


 「さあな。けど、小林って男に話を聞くしかないってことは分かった」


 それからずっと小林が出てくるのを待っていた二人は、いつの間にか寝てしまっていた。


 二人が目を覚ましたのは、翌日の昼になってからだった。


 「今日も出て来なかったらどうしよう」


 「それでも待つのよ」


 そう言って、じーっと待っていると、夕方になって、ようやく小林が姿を見せた。


 すぐさま声をかけると、小林は怪訝そうな表情がしていなかったが、目を細め、ゴミでもみるような目をしていた。


 青のさらっとした髪に、眼鏡をかけている小林は、眼鏡を直す。


 そして何かが気になるのか、眼鏡を外して眼鏡ふきでキュキュッと拭いた。


 かけ直すと、再び二人に視線を向ける。


 「知能が低い君たちと話すだけ、時間の無駄だ」


 「え」


 「はあ?!」


 何の話も聞く事が出来ないまま、小林は去って行ってしまった。


 きーっと悔しそうにしている二人のもとに、メルトがふらっとやってきた。


 「苦労してるみてぇだな」


 「ここにいる奴らはみんなおかしい。なんなんだまったく」


 「知能が低いって言ってたわよね、あいつ」


 コルクとバリーがイライラしているのを見て、メルトはケラケラと面白いものを見ているように笑った。


 それを見て更に機嫌を悪くした二人だが、諦めてはいないようだ。


 「お前等はこの島からしてみれば、部外者だからな。ま、せいぜい頑張れよ」


 バリーがメルトを殴ろうとしたが、メルトはふわっと飛んだため、叶わなかった。


 何処へ向かったかは知らないが、その後ろをリンクが飛んでいるのも見えた。


 「あいつらも暇だな」








 小林は、家に帰って参考書を読んでいた。


 毎日ひたすら勉学に励むだけの時間。


 それは、小林自身が望んだことだった。


 小林は、どちらかというと田舎な場所で産まれ、育った。


 小さい頃から頭が良くて、天才だの秀才だのと言われてきた。


 運動も出来ない方ではないが、得意ではなく、足の速さも平均くらいだった。


 だが、将来大切なのは運動神経が良いことではなく、頭が良いかどうかだと、小林は信じてきた。


 一方で、そんな勉強ばかりしていたためか、人付き合いは下手だった。


 いじめにも遭っていたが、正直、小林にとっては興味ないことだった。


 生意気だとか、弱いくせいとか言われても、全く気にしていなかった。


 なぜって、力でしか人を押さえつけられないような人間は、将来、自分のような賢い人間によって扱われることを知っていたから。


 「あいつらはゴミだ」


 たまにストレスが溜まった時には、ノートにそう書き綴っていた。


 「相手にするだけ無駄な存在だ」


 「あいつらは世の中にいらない」


 「世界を動かすのは、俺のように賢い人間なんだ」


 中学、高校、そして大学と、進学校に通っていた小林だが、それでも物足りなかった。


 「どうして自分の周りには、馬鹿しかいないんだ?」


 そんな疑問が生まれてきてしまった。


 「愚かな人間なんて、ゴミになればいいんだ」


 とはいっても、小林にも、恋をした時期はあった。


 最初で最後の恋だったのかもしれないが。


 高校生時代、相手は違う高校の女子生徒だったが、同じ塾に通っていて、何度も顔を合わせていた。


 出会ったときは、自分と似たような人間がいるものだと、その程度の認識だった。


 隣の席になることもあって、それから少しずつ話すようにもなった。


 今思えば、その時は一番人間らしい顔つきをしていたようにも思う。


 友情という感情だったが、接して行くうちに次第に愛情へと変化し、相手から告白してきた。


 恋愛など不必要なものだと思っていた小林だが、彼女となら上手くいきそうな気がして、OKをした。


 連絡先も交換して、学校帰りには一緒に図書館に寄ったり、塾のときにも家まで送っていった。


 しかしそんなある日、小林は授業が長引いたせいで、待ち合わせに少し遅れてしまった。


 彼女の背中が見え、声をかけようとしたとき、彼女が携帯で誰かと話しているのを聞いてしまった。


 「うん、そう。またこれから会うの。え?はは、んなわけないじゃん。つまんないもん。だって、デートって言ったって図書館だよ?毎日毎日退屈だよ。うんうん。でもご飯奢ってくれるし。違うって。本気で好きになんかならないよ。だってあの小林だよ?適当に付き合って、そのうち別れればいいかなーって思ってさ。そ。だって、あたしと付き合って小林順位が下がって、優斗が一番になれるなら、何でもするって!ははは!うんうん。あ、そろそろ来るかも。うん。またねー」


 この時、小林は分かった。


 彼女は、自分と同じ学校の、違うクラスの富永優斗という男と付き合っているということ。


 試験ではいつも小林が一番で、続いて富永が常に二番手にいること。


 自分を陥れるために、わざわざ好きでもない自分に告白をして、学力を下げようとしていたこと。


 楽しそうに笑っていたのが嘘であること。


いつもなら一人で勉強している合間にも、メールや電話をしてきて、話したいなどと言って来ていたこと。


出来るだけ二人でいたいと言っていたのは、全て、全て、自分を叩き落とすためだったこと。


そして何より、彼女は自分を騙していたこと。


 それから先のことは、正直覚えていない。


 彼女をどんな風に罵ったかとか、今までコケにされてきたぶん、殴りたい衝動に駆られたこととか。


 富永たちには、翌日、彼女のことで何か言われたような気もする。


 確か、ムカついて富永の腕に、コンパスの針をさしたような記憶もある。


 「やっぱり、必要なのは知識だけだ」


 楽しいとか、充実してるとか、生きがいだのやりがいだの、そういうことじゃない。


 大人になってから見返せるように、必死になって勉強をしていた。


 そして、ここにきた。


 ここでは、とても優秀な人材が集まっている。


 毎日毎日試験をして、ランク付けされる。


 S,Aなら明日もまた同じような時間を過ごすことになる。


 もしもそこに入れない場合、外に設置してあるゴミ箱に入らなければいけない。


 ゴミ箱は底が抜けており、どこかに落とされるときいた。


 実際に落ちたことがないから、小林自身にも分からないが、とにかく落ちるようだ。


 焼却されるという話も聞いたが、自分はあんなゴミ箱に行くこともないと、まともに聞いたことはなかった。


 だが、まだ足りなかった。


 常にSを獲得している小林にとって、なぜこの成績を取れないのか、そっちの方が不思議でならない。


 だが最近では、自分と同じSを取る者もちらほら出てきた。


 ようやく、張り合いが出てきた。


 ここには外を見られるような窓がついていない。


 ただし、天井にはついている。


 雨の日には密室空間になってしまうが、集中出来るから嫌いではない。


 遮断出来るというのは、居心地が良い。


 「そんなに勉強して、何が楽しいの?」


 昔、そんなことを聞いてきた奴がいた。


 今が楽しければ良いとか、未来のことなんて未来にならないと分からないとか。


 考えることさえ拒否している、とても哀れな存在だと思った。


 きっと奴らは後悔していることだろう。


 どうしてもっと学んでおかなかったのか。


 力だけでは、どうしようもない世界がそこら中にあること。


 小林は、ズレタ眼鏡を直し、またペンを走らせる。








 「それにしても、本当に小林って男は勉強が好きだな」


 「ていうか、実際は今何歳なわけ?」


 「えっと、二十四ってなってるな」


 「なら、もう学生時代に学ぶような勉強をする必要って、全くないと思うんだけど」


 「まあ、学校で習ったことを、百パー発揮できる仕事なんて、ないしな」


 来る日も来る日も、勉強にしか興味を示さない小林に、コルクとバリーは文句たらたら言っていた。


 「にしても、小林と全然接触出来ないのはなー。俺達と話すつもりないみたいだし」


 「だからって、ここでずーっと見てたって、何も変わらないわ」


 「じゃ、なんか方法あるか?」


 「・・・・・・」


 何かを必死になって捻りだそうとしているようだが、出て来ない。


 勉強熱心なのは良いかもしれないが、こうも貶されると、逆に燃えてしまう。


 「とにかく、考えよう」


 二人のことなどいざ知らず、小林は試験を受けていた。


 いつも通りの光景、いつも通りの回答。


 息苦しい中にも、達成感と優越感を味わえる瞬間だ。


 「そこまで」


 制限時間がきて、解答用紙を回収していく生物は、すぐに〇つけを始める。


 そして、その時点でSとAの判定が出ないと判断された者は、すぐに外へと出て行かされる。


 一人、また一人と、どんどん小林の周りかは人がいなくなる。


 翌日には補充されているという、普通ならばどこから連れて来たとか疑問に思うところだが、小林にはどうでもよいことだ。


 このまま一人でいたって、何もならない。


 B以下の判定を下された者がいなくなった空間で、今度はSとAの仕分けがされる。


 一番最初に呼ばれ続けていた小林は、長年の習慣から、呼ばれる前に席を立った。


 だが、この日は違っていた。


 「     」


 「!?」


 気にしていなかった、自分以外の名が最初に呼ばれたことで、小林は思わず目を見開いた。


 自分よりも先に呼ばれた人物を確認すると、小林は二番目に呼ばれた。


 満点解答で判定もSなのだが、どうやら、模範解答に近かったのは、自分ではなかったようだ。


 初めて感じた敗北感に、劣等感。


 だが、それでも満点であることに変わりはないと、小林は明日の試験に向けて、また勉強をするのだった。


 「俺が一番じゃ無い?そんなわけない。明日はまた一番になっている」


 国語に漢文、古文、数学に地理、歴史、地学に物理に化学に生物、それから英語。


 苦手な教科は、体育と図工と音楽。


 だが、それらは一生懸命やっているのを見せれば、悪い成績にはならない。


 いずれ必要になるのは、自分が学んでいることなのだと。


 そして翌日、また小林は試験を受ける。


 「今日こそは完璧に出来た」


 だが、今日も一番には呼ばれなかった。


 それどころか、二番目でさえなく、三番目に呼ばれてしまった。


 「!?」


 解答用紙を見てみるが、これといった減点も見当たらない。


 納得のいかない小林は、採点をした生物のところに行くと、理由を聞いてみる。


 先の二人の方が、自分の考えをきちんと述べていた、ということだった。


 だからといって、間違えてはいないし、模範解答通りに書いた小林にとっては、理不尽と思わざるを得なかった。


 満点の用紙を握りしめながら、小林は翌日のことを考えることにした。


 「なんでだ?どうして?こんなにも正しい答えを書いてるのに!」


 ふつふつと沸き上がる怒りをなんとか押さえこみ、小林は集中した。


 翌日も、またその翌日も、小林の順位はどんどん下がって行った。


 理由を聞いても、納得のいくものは返ってこなかった。


 バン!と、苛立ちのままテーブルを強く叩いた。


 綺麗に整っている髪の毛をガシガシと乱しながら、小林は歯を噛みしめた。


 「どういうことだ!!!ふざけるな!!!俺の完璧な解答じゃダメだと!?」


 気付けば、小林の順位はギリギリSランクでいられる一〇位になっていたのだ。


 だからといって、成績が落ちたわけではない。


 だからこそ、小林は納得できない。


 「俺の解答よりも完璧なものなんて、なかったじゃないか!それなのに・・・!どうなってるんだ!」


 小林は、分かっていなかった。


 先生も人間であって、人の好き嫌いがあるのだ。


 平等に判断しなければいけないが、それが出来ないのが人間だ。


 かつて、小林も経験したことがある。


 どんなに一生懸命やっていても、楽しそうにしていないとか、協調性がないとか、そんな判断基準を言い訳にして、気に入らない者の成績を落とすという、最低な手段を取る者がいることを。


 本来ならば絶対にあってはならない、個人的感情を用いた制裁。


 それに気付いていない小林は、毎日毎日、どうして順位を下げられたのか、理由を聞いてしまった。


 そのことで余計に、反感を買ったのだろう。


 これ以上下がってしまったら、今度はランクがAになってしまう。


 それだけは避けなければと、原因が分かっていないまま、小林は徹夜をする。








 翌日、小林は参考書に書いてある通りの解答を綴った。


 これで文句はないだろうというほどに。


 なんなら、この解答を模範解答としてみんなに見せても良いくらいに。


 「そこまで」


 いつもならば余裕で終わらせていた小林だが、今日は一字一句間違えのないように書いたため、ギリギリまでかかってしまった。


 しかし、これでSに残れるならと、小林は期待に胸躍らせていた。


 採点が始まると、次々に人が呼ばれて、外へと出て行く。


 ここまでは想定内というよりも、当然の結果だ。


 だが、問題はここから。


 Sからまた呼ばれていく中、小林の名前はなかなか呼ばれない。


 ついには、Sは終わってしまった。


 Aに残留するものが呼ばれて始めると、小林の名前はすぐだった。


 小林はまたすぐ、採点をおこなった生物のところまで行くと、解答用紙を叩きつけた。


 「どういうことです!完璧な解答で満点なのに、Aに落とされるなんて心外です!説明をしてください!」


 いつも静かな教室は、さらに静まり返った。


 小林の解答用紙を眺めると、生物はビリビリと破いた。


 そして、こう言い放った。


 「君の解答はいつも同じでつまらない。それに、君は頭が硬い。こんな解答を続けるようだと、君がゴミ箱に行く日も、そう遠くはなさそうだ」


 「!!!」


 同じだと言われても、それが答えなのだから仕方がない。


 何を求められているのかも分からない。


 ただただ、どうすれば良いのかもわからずに、迷うことしか出来なかった。


 相談する相手もいない、愚痴を聞いてくれる相手もいない。


 ずっと、自分一人で戦ってきた。


 「どうすればいい?どうすれば・・・」


 それからも、小林は順調に順位を落としていった。


 さらには、今まで満点だった小林は、点数も下げることになった。


 夜中まで必死に勉強しても、試験で再び上位に入れることはなくなった。


 だが、なんとかゴミ箱行きだけは免れているようで、目の下にクマを作り、ぶつぶつ独り言を言っているようだ。


 それを見ていたコルクとバリーは、互いの顔を見た。


 「あれじゃ、話なんて出来無さそうね」


 「てか、あれ大丈夫なのか?」


 「仕方ないわね。次行きましょう」


 「そうだな」


 二人が去って行ったあと、現れた人影。


 日々やつれて行く小林を眺めながら、口元を歪めていた。


 「あちゃー。やっぱダメだったな」


 メルトは、天井にある窓から、中の様子を見ていた。


 今までは、自分が一番有能だと思っていた男の、思いがけない転落。


 「当然の結果だ。働きアリたちだけを集めると、働かないアリが生じるように、有能な人間の中にいれば、自然と無能な者も出てくる。ランクをつけるということは、そういうことだ」


 「ま、もうちょっと人の気持ちってものを分かった方がいいわね」


 「だからあいつは今日までここに居続けられたんだよ。少しでも弱い気持ちを持ったら、もう這い上がるのは難しいだろうな」


 「ところで、ゴミ箱って結局どこに繋がってるの?メルトは知ってるんでしょ?」


 「え、知りたい?」


 リンクの問いかけに、ニヤッと笑い返してきたメルト。


 それを見て、リンクは視線を上に動かして何か考えたあと、首を横に振った。


 「いえ、やっぱり止めておくわ」


 「それがいい。知らない方が良いことってのが、世の中にはあるもんだ」


 それよりも、と続けると、メルトのお腹が鳴った。


 そういえば、今日はまだちゃんとしたご飯を食べていなかった。


 「あ。ダルんとこ行って、魚貰ってこようぜ」


 「あんたって、人に恵んでもらうことしか考えてないのね」


 「何言ってんだよ。俺は、一人でも多くいた方が、ご飯は美味いと思って提案したまでだよ」


 「あら、それならいいけど」


 大抵、ダルは船の上で過ごしている。


 朝昼夜と、三食全て魚の日も多い。


 メルトの島をぐるっと回り、不審者がいないかとか、警備を主にしている。


 釣りも上手で、釣り竿を一本持たせれば、それはもう数日困らないくらいの魚を釣ってくれるのだ。


 「おーい、ダルー!」


 「また来たのか」


 「そんな嬉しそうな顔すんなって」


 「リンク、俺嬉しそうな顔してるか?」


 「全く」


 思った通り、ダルは釣りをしていた。


 もうすでに美味しそうな魚たちが数匹、船にあるイケスに入っている。


 それを調理までしてもらい、メルトは食事にありつくのだ。


 「うめー」


 遠慮なしにバクバク食べるメルトを見て、ダルははあ、とため息を吐いた。


 「あの二人は、まだ帰らないのか?」


 「ああ。全部回る心算なんだろ。好きにさせとけって」


 買収されたら、行き場をなくしてしまうのはメルトだけではないのだ。


 リンクも、ダルだって同じだ。


 人が心配しているというのに、メルト自身はまったく気にしていない様子。


 「大丈夫だって。夢を持ってここに来たとしたら、現実ってもんが分かるだろうよ」


 それ以上、メルトには何も言わなかった。








 「ここにいるのは、また男ね。名前は、シン」


 すでに三つの島の奪還を断念したコルクとバリーは、男のいる島に着いた。


 「なんだここ」


 辺り一面、とにかくお金しかなかった。


 森も海も、何も見えない。


 「おかしな。地図ではここに、結構でかい湖があったはずなんだけど」


 「住人はどこよ?」


 住人であるはずのシンの姿が見つからず、まずはシンを探すことから始めた。


 だが、船を島につけようとしても、お金に阻まれて全く近づけない。


 二人はとにかく碇を下ろし、お金を踏みつけながら、島の中へと入ることにした。


 「うお。歩き難い」


 「ちょっと、すごい金額じゃない」


 何億、何丁、いや、それ以上あるだろうか。


 とにかく、邪魔だとさえ感じるほどのお金を抜けた二人だが、景色は全く変わらない。


 右を見ても左を見ても、どこを見ても人の気配さえない。


 「何処にいるのかしら」


 「さあな。とにかく、探そう」


 埋もれているのか、住人のシンはなかなか見つからなかった。


 ついには夜になってしまい、その日、二人は船に戻ることも出来ず、寝心地の悪いその場所で野宿した。


 翌日、お金の山から顔を出している男を見つけた。


 「あなたがシン?」


 男は黒の短髪の髪をしていて、背は大きいのか分からないが、大きそうに見える。


 お金から顔だけを出した状態で、コルクとバリーのことを見上げる。


 「そうだけど、何?」


 「良かった。やっと見つけた」


 「話がしたいんだけど、落ち着いて話せる場所とかない?」


 「ないね。てか、ここ落ち着かない?」


 「ええ、まあ」


 「へえ。珍しいね」


 お前がな、と言いたかったが、グッと堪えた。


 シンはとても嬉しそうに、お金に埋もれていた。


 話を聞いてみると、このシンという男、万年ギャンブルで金欠だったという。


 とにかくお金が大好きで、こうして埋もれていられるのは夢だったとか。


 「世の中、どんなに綺麗事並べたって、結局金だろ?金さえあればなんとかなるんだよ。だから俺は金が好きだ。金があれば何もいらないね」


 という具合だ。


 メルトには金の成る木が欲しいと言ったところ、その木からなった金をこうして集めているようだ。


 「何に使うんだ?こんな大金」


 「は?使う?」


 何言ってんの、と付け足すと、さも当然のようにシンは言った。


 「手元にあるだけだよ。だって見てみろよ。何処に金なんか使う場所があるんだよ」


 じゃあ何の為のお金だ。


 それならば、ギャンブルが出来るように頼めば良かったのではとも思ったが、それもまた違うようだ。


 ギャンブルは一か八かの賭けごとで、金がなくなるのは嫌なんだとか。


 そして月日が流れ、いつの間にか、森だったとこも海だったところも、お金に埋もれてしまったのだ。


 「それで、楽しいの?」


 「ああ、俺ぁ今、誰よりも幸せだと思う」


 そう言うと、シンはまたお金の中に潜ってしまった。


 島の話をしようとしたのに、まったく話にならない人ばかりだ。


 それにしても、使い道がないお金をこんなにもっていて、彼はどうしたいのだろう。


 「金は裏切らないってことか」


 夕暮れになっても、シンはお金に埋もれたままで、その日はそれ以来、会う事が出来なかった。


 翌日になって、シンが顔を出すのを待ち続け、出したところで本題を話に行った。


 「ということでね、私達がこの島を買おうと思ってるんだけど、構わないわよね?」


 「・・・・・・」


 じーっと、コルクが持っている、買収するにあたっての内容を熟読する。


 「別にいいけど」


 「やった!ついにきた!」


 喜んでいた二人だが、シンは大きめの声を出して、もう一度「けど」と言う。


 「俺、あの男との契約で、この島が違う奴の所有になった場合、一旦この金が全部消えるってことになってんだよね」


 「す、すぐに金のなる木を準備するよ!」


 「本当に?絶対に準備出来る?すぐってどのくらい?もしもそっちが準備出来なかったら、どうすんの?保証がなんかしてくれんの?」


 「ほ、保証・・・」


 あまり口をきかなかったシンだが、お金のことになると、こうも饒舌になるのか。


 正直言うと、二人には金のなる木なんて心当たりがなかった。


 きっとメルトが作りだしたものなのだろう。


 嘘をつくわけにもいかず、二人は黙ってしまった。


 すると、シンは二人を一瞥し、続けた。


 「出来ないなら、その話はなかったことにして」


 そう言って、またお金に潜ってしまった。


 「ちょっと!折角いい感じになったのにー!なんでよ!」


 「仕方ないだろ。金のなる木なんて、俺だってあったら欲しいもんだよ」


 「けど、今までにないくらい、感触としては良いわ」


 「あー、どうなることやら」








 シンの両親は会社を経営していて、小さい頃から裕福な暮らしをしていた。


 欲しいものも何でも買ってもらえたし、お金に困ったことなんて、一度もなかった。


 友人も沢山いて、学生の頃から、女をとっかえひっかえしていた。


 単純に人は寄ってきた。


 シンがお金を持っていることを知っている人が寄ってきて、そこからさらに人へと話が行き、シンのもとにはいつも友人がいた。


 お金で人が寄ってくることに、少しも抵抗がなかった。


 それで手に入るものがあるなら、安いものだとさえ感じていた。


 だが、それは突然やってきた。


 「え?どういうこと?」


 両親が経営していた会社は、あっという間に潰れてしまった。


 理由は分からないが、とにかく、本当にあっという間の出来事だった。


 ちゃんとした仕事にも就いていなかったシンは、親に自立を進められ、一人暮らしを始めた。


 だが、アルバイトさえ碌にしてこなかったシンの手元には、お金なんてなかった。


 これまでだって、両親から小遣いをもらっていたシンにとってこれからどうすればよいのか、分からなくなっていた。


 そこで、真面目に働こうと、アルバイトを探すことにした。


 なるべく自給が良いところが良いと思い、パチンコ屋でバイトを始めた。


 だが、生きているだけで、こんなにもお金が減るとは思っていなかった。


 アパートの家賃に水道代と電気代、ガス代を始め、生活費に税金。


 他にも、年金などで引かれてしまうと、手元にはほとんど残らなかった。


 スマホの代金も馬鹿にならず、だが手放すことも出来なかった。


 そんなとき、バイト先の先輩が、ギャンブルをしないかと言ってきた。


 今は金がないから、と一度は拒んだものの、一度だけやってればいいと誘われた。


 なけなしの金を持って、競馬場へと向かった。


 ビギナーズラックというべきなのか、見事にシンは、手持ちの金を五倍に出来た。


 そのときシンは、こう思ってしまったのだ。


 まともに働くよりも、こっちの方が早く大金が手に入るじゃないか、と。


 折角のバイトも辞めて、シンはギャンブルにはまっていった。


 競馬だけではなく、毎日のようにパチンコ店にも入り浸り、閉店までいることもしばしばあった。


 「真面目に働くよりも、こっちの方が手っ取り早いし楽だ」


 その考えになってしまったら、もう仕事に就くことは出来なかった。


 両親のように、優秀で真面目に仕事をしていたって、人生どうなるか分からない。


 それならば、楽に稼いで人生楽しく生きた方がいいと。


 シンの両親の会社がつぶれてからというもの、毎日のように連絡を取っていた友人との連絡も途絶えてしまった。


 所詮は金の繋がりだったのだ。


 だからこそ、シンは以前のようになりたくて、ギャンブルにはまっていったところもあった。


 金さえあれば、またみんな自分のところに戻ってくると。


 そんなシンに、警告をする者もいた。


 近所に住んでいた、幼馴染だ。


 裕福でもなかったその幼馴染の周りには、シンよりも多くの人が集まっていた。


 最初は金が何かで集まっているだけだろうと思っていたが、両親から聞いた話によると、その幼馴染の両親は普通のサラリーマンと専業主婦。


 特別良い暮らしをしているわけではなかった。


 だからなのか、高校に入るとすぐにアルバイトをしていて、帰りも夜遅くになることがあったらしい。


 その頃には、シンは友人たちとキャバクラや飲み屋に行っていた為、見たことはないが。


 小学校、中学校と同じ学校に通っていたが、高校にもなると、変わって行った。


 シンは裏金で進学校に通い、幼馴染は家から近い、それほど偏差値も高くはない高校へと通っていた。


 だが、記憶では、とても頭が良かったような気もする。


 きっと進学校に進むと、バイトもしづらくなってしまうため、近くの高校に行ったのだろう。


 大学進学に伴い、進路指導などが始まった頃、状況が一変した。


 幼馴染、というのは面倒なので、この際名前を教えておこう。


 朝比奈丹奈は、シンの幼馴染だ。


 どうしてシンというのかというと、本名は佐々原新一というからだ。


 みんなからシンシンと呼ばれていたので、ここではシンと名乗っている。


 丹奈は、柄の悪い男女と遊んでばかりのシンに、一度だけ忠告したのだ。


 「自分の将来のこと、ちゃんと考えなくちゃダメだよ」


 久しぶりに会ったと思ったら、そう言われたのだ。


 きっと、シンの金遣いの荒さや、女癖の悪さ、そして周りにいる友人たちを見て、言ったことなのだろう。


 だが、その時、シンはまだ若かった。


 「うるせぇよ、関係ねぇだろ」


 特別仲が良かったわけではない。


 ただ、昔は家族ぐるみでの付き合いもあって、その頃から丹奈はシンに対して他人行儀なところがあった。


 他人なのだが、他の学校の友人には、とても親しくしているのを見たことがある。


 それが気に入らなかったと言えば、ガキだと言われるかもしれないが、それが事実。


 そして丹奈に忠告されたとき、丁度シンの周りには、いつもの仲間がいた。


 「なんだ?あの生意気な女」


 「でもちょっと可愛いな」


 事件が起こったのは、それからすぐだった。


 珍しく早く家に帰って行ったシンは、丹奈がバイトから帰ってきたとこを見ていた。


 疲れているのか、暗くて良く分からないが、でもげっそりとしているように見えた。


 声をかけようかとも思ったが、迷っているうちに丹奈は家に入ってしまった。


 翌日、シンが目を覚ましたのは、昼過ぎになってからだった。


 何やら外が騒がしくて、身体を起こしてカーテンを開けてみる。


 すると、どうやら丹奈の家の前に、警察や救急車が来ているのが見えた。


 「!?」


 勢いよくベッドから起き上がると、シンは丹奈の家の前まで来ていた。


 野次馬もいたが、そんなことしらない。


 家の中から、一台の担架と、丹奈の両親が出てきた。


 丹奈の母親がシンに気付き、お辞儀をしてきた。


 思わずお辞儀をしたが、この時、シンの心臓はなぜかバクバクと大きく鳴っていた。


 丹奈の葬式と告別式に参列したとき、丹奈の両親から話を聞いた。


 「自殺だったの。朝になっても起きて来ないから、おかしいと思って部屋に行ってみたら、首を吊って・・・」


 「丹奈がどうしてこんな・・・!何に追い詰められていたのかも、わからない!」


 白装束を着た丹奈の顔を、まともに見ることは出来なかった。


 丹奈が亡くなってから半年ほど経った頃、友人たちと集まって飲んでいた時。


 酔っ払った友人の一人が、こんなことを言った。


 「それにしてもよー、死んだんだって?なんだっけ、あのシンの幼馴染の子」


 「ああ、丹奈か?」


 「そうそう!まさかなー、あれくらいのことで自殺するなんて、思ってなかったよ」


 「けどさー、あんなことで死ぬなんて、馬鹿だよな」


 「確かに!普通しねーよな!」


 ギャハハハ、と卑下た笑いを続ける友人たちの言葉に、シンは頭が真っ白になる。


 飲み屋から出ると、友人の一人を、人気の無い場所に連れ込み、聞きだした。


 力いっぱい壁に押しつけると、友人は顔を引き攣らせながらも、笑って誤魔化そうとする。


 「何したんだ?」


 「ちょ、なんだよ。冗談はよせよ」


 「あいつに何したんだ?話せよ」


 なかなか口を割らない友人に苛立ち、シンは友人の顔を地面に押しつけ、上から足を乗せた。


 全体重を乗せる心算でぐぐっと力を入れると、ようやく吐いた。


 「俺たちはただ!あの女が生意気だから、困らせてやろうと思っただけだよ!」


 男たちは、あの後丹奈に接触して、シンを更生させたいと思うなら、金を払えといったようだ。


 だが、そんな金など持っているはずもなく、丹奈は断っていた。


 そんな丹奈の態度でさえも、男たちにとっては気にくわないもので、丹奈のバイト先にまで現れて、丹奈のあることないことを言いふらしたようだ。


 丹奈自身は耐えられるとしても、バイト先にしてみれば、信じる信じないはともかくとして、そんな丹奈を置いておくわけにもいかず、バイトを辞めてもらった。


 新しいバイト先を探しても、それがずっと続いていたのだ。


 その噂は丹奈の学校にまで伝わってしまい、丹奈はいじめの対象となってしまった。


 ある日、丹奈はトイレに入ったとき、個室の上から水を浴びせられてしまった。


 変わりの着替えなど持っていなくて、丹奈は授業を欠席して、家に向かっていた。


 帰り道で、男たちは丹奈を見つめた。


 全身びしょびしょになっている丹奈を見て、男たちはくだらないことを考えた。


 丹奈を引っ張って公園のトイレに連れ込むと、制服をとっぱらってカメラで撮影をした。


 助けを呼ぼうとする丹奈の口に、丹奈の身体からはぎ取った下着を詰め込み、何枚も写真を撮った。


 解放された丹奈に、男たちは言った。


 「写真を蒔かれたくなかったら、金持ってくるか、俺達の相手しなよ。ね?」


 バイトで貯めた金を、少しずつ男たちに渡していた丹奈だが、そんなものすぐに底をついてしまった。


 だからといって、男たちに身体を触られるのは嫌だった。


 最後まで言いなりにはならまいと、丹奈は自殺したようだ。


 男の口からそれを聞かされたとき、シンは理性を失いかけていて、平常心ではいられなかった。


 逃げようとする男の首根っこを掴み、壁に押し付けると、足下に転がっていた丁度良いサイズの木材を手にした。


 そして、男が意識を手放すまで、いや、手放しても尚、殴り続けた。


 どれだけ血が流れても、助けてくれと乞われても、気が済むまで殴った。


 男が持っていた煙草に火をつけたところで、やっと落ち着いてきて、乱れた呼吸を整えながら、男など見ずに空を眺めていた。


 その後だ。シンの両親の会社が倒産してしまったのは。








 そんなことがあって、シンは金だけしか信じられなくなっていた。


 「あー、これだけあれば、一生好きに暮らしていけるな」


 大好きなお金に包まれながら、シンは幸せそうに空を仰いでいた。


 三十路になって、本来ならば結婚をしていてもおかしくはない。


 それでも結婚もせずにいるのは、人生には何があるか分からないからだ。


 結婚した相手の女性が、とてつもなく金遣いの荒い性格だったら。


 株や投資にはまって、あっという間に金がなくなってしまったら。


 子供が出来たとしたら、学費もかかるし食費も生活費も、どんどん金は出て行く一方で、入ってくるのはごくわずか。


 今月はなんとか黒字だ、なんて考えなくても済むなら、ここにいる方が良い。


 「一生ここで過ごせるなら、俺は誰よりも幸せだな」


 「あ、見つけた!」


 のんびりしていると、またあの二人がやってきた。


 どうせまた、島がどうだのこうだのという話をしにきたのだろうが、生憎、シンにはどうでも良いことだった。


 それよりも、この二人はどうしてそんなにこの島を買いたがっているのか、そっちの方が不思議でならなかった。


 「あ」


 そういうことか。


 シンは、この二人はきっと自分の金を奪いにきたに違いないと、そう思った。


 「俺は騙されないぞ」


 「は?いやそれよりも、この前話したことなんだけど」


 「俺に近づくな。この島からさっさと出て行け!金ならやらないからな!」


 「そういう話じゃ・・・」


 「五月蠅い!消えろ!」


 物凄い形相でシンに追い出され、二人は島から出た。


 「ちょっと、何だったの?急に」


 「さあな。金がどうとか言ってたが・・・。あれじゃあ、宥めるのは大変だろうな」


 諦めて島を離れるコルクとバリー。


 その船を見送ったあと、一本の木の上から男が舞い降りた。


 「金はありすぎても不自由なものだ。金だけあっても、使い道がなければ、宝の持ち腐れ。死んだら使えないっていうのに」


 「本人がそれで良いっていうなら、いいんじゃないの?」


 「まあな。こんなに金持ってても、ここじゃあ価値はないのにな」


 メルトは、シンがこの島に来た時のことを思い出していた。


 死にそうな顔をしながらも、金にだけは執着を忘れることがなかった。


 「哀れなもんだ」


 「それにしても、お金ってあるところには有り余ってるものね」


 「そういうもんだ。だから言ったろ?世の中は不平等と理不尽で成り立ってるんだよ」


 「やんなっちゃうわ」


 「必死に働けば稼げるってわけじゃねえ。そんな平等に出来た世界なら、誰も文句は言わねえよ」


 「あら、私はメルトに文句あるけど」


 「なんで?」


 「なんでって、島の管理者のくせに、島を巡回してるのは私とダルでしょ。なのになんであんたが一番権限持ってんのよ」


 「リンクはそんな小さいことを言う女じゃないはずだ」


 「言うわよ。細かいことを言う女よ、私は」


 「よし、じゃあ、おやつでも食うか!」


 「話聞かないわね」


 メルトとリンクは、空を飛んでシンの島から離れて行った。


 そして船で昼寝をしていたダルを起こし、ホットケーキを作ってもらうのだった。


 「勘弁してくれ・・・」






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