ノットネバーランド
maria159357
第1話メルト
ノットネバーランド
メルト
登場人物
メルト
リンク
ダル
バリー
コルク
同情なんていらない。それはお前等のエゴだ。 by メルト
第一咲
【みんな子供だった。みんな大人になる】
誰もが夢みたであろう世界。
ずっと子供のままでいられるという、架空の世界、ネバーランド。
しかし、本当に子供のままで良いのだろうか。子供のままが幸せなのだろうか。
そもそも、ピーターパンは子供のままで何をしていくのだろうか。
そう。ここにいるピーターパンは、誰もが思っているような綺麗な心の持ち主ではない。
それを覚悟して、読むことです。
「あー、だるい」
「やーね。相変わらずおっさんじゃないの。私を見習って?こんなにスリムな美人がここにいるんだから、有り難いと思って頂戴」
「・・・・・・え?なんて?」
「むかつく」
海辺にある大きな岩の木陰で涼んでいる影が二つあった。
一つは人間の大きさで、もう一つはまるで妖精みたいだ。
「ここ最近じゃあ、海賊だってこねーし、俺は暇だよ。暇は好きだ。だらだらするんだ。ずーーーっとごろごろしてたいんだ」
「・・・・・・聞いたことないわ、そんな夢の国の住人」
「空を飛んだって、いつ落ちるかわからねーだろ。なんでハラハラして空を飛ぶ必要があるんだよ」
「落ちないわよ。あんたは魔法をかけられてるわけじゃなくて、産まれたときから飛べるのよ?羽根もないくせにね」
「もっと可愛らしい妖精を助手に欲しかった」
「髪の毛全部毟ってほしいのかしら」
「リンク、俺はいつでもお前を握りつぶせるんだぞ」
「あらメルト、私だっていつでも新しいピーターパンを連れてきて、あんたを追放できるのよ」
メルトと呼ばれた人間のような男は、身長は結構高く、176ほどある。
茶色の髪はさらさら風に揺れていて、尖った耳にはピアスがついているし、首にネックレスをつけ、袖のない黒い服を着ている。
緑色の目は綺麗とも思えるが、陽にあたることを拒んでいるため、よくリンクに苔だと言われるそうだ。
そのリンクは妖精で、全長は10センチほど。とても小さい。
ミントの髪の毛は長く太ももあたりまで伸びており、首筋で二つに分かれている。
メルトと同じように尖った耳にはピアスがついており、四つに分かれた羽根は薄い黄色をしている。
肩を出し臍が出た上着と、短パンはピンク色。リストバンドもしている。
短いブーツをはいて元気にメルトの周りを動きまわっているが、メルトはリンクを見て鬱陶しそうに眉間にシワを寄せる。
「昔は確かにガキが来て楽しんでたけどよ、今の世の中じゃあ来ないだろ。こんなずっとガキでいられるーなんて島、誰が来るよ」
「あら、いるかもしれないじゃない。人間は変わらず馬鹿よ」
「あー、暇って良いなー」
「コルク、見えてきたよ」
「あれがネバーランド?思ってたのとなんか違うんだけど」
「夢の国も、今じゃ廃れたってことかな。で、どうする?下りてみる?」
「そうね。どんなところか、一応確認しておきたいわ」
大きな船に乗った、二人の男女。
一人は前髪が分かれていて、おでこが見えた短い髪の毛をしている。
もう一人は、眉毛にかかる前髪に、後ろで髪を二つに縛っている。
二人だけがいる船は、あまりにも大きいのだが、舵を取っている様子はなく、舵のところに置いてあるコンパスが、まるで指示を出しているかのようだ。
「バリー、行くわよ」
「はいよ、コルク」
「ぐかー、ぐかー」
「・・・ああ!もう!メルト五月蠅い!寝られないじゃない!」
いつもは静かに寝ているはずなのだが、隣で寝ているメルトのイビキが今日は酷い。
枕にしていた葉っぱを投げつけるが、攻撃としては弱かった。
「お、こんなところにいた」
「ダルじゃない。どうしたの?」
「いや、メルトにちょっと用事が・・・って、超うるせぇんだけど」
「そうなの。今日はずっとこの調子なの」
ダルという男は、昔昔にはメルトたちの先祖と敵対していたようだが、今ではこうやってしょっちゅう会っている。
長い黒髪を後ろで一つに縛っていて、メルトより行動派で、船乗りをしている。
メルトのイビキを聞くや否や、耳の穴に人差し指を突っ込んで、顔を顰めた。
「おいメルト、起きろよ」
「ぐかーぐかー」
「ったく」
大の字になって寝ているメルトに近づくと、ダルはメルトの鼻をひょいっとつまんだ。
さらに、口にどんぐりを大量に詰め込む。
「あら」
そのままの状態で待っていると、次第にメルトの顔が険しくなってきて、身体もプルプルと小刻みに動き出した。
「~~~~~~~!!!!!」
「あ、起きた」
目をカッと開いたかと思うと、上半身を勢いよく起こしたメルトは、鼻をつまんでいたダルの手を払いのけた。
口の中のどんぐりを吐きだしながら、涙目になって何か訴えていた。
「あ、起きた。じゃねーよ!なんなんだよ!俺ぁ今この瞬間、死ぬかと思ったよ!けど人体ってすごいんだな!寝ててもなんとなく苦しいとか危ないっているのが分かるんだな!マジでお前ふざけんじゃねーよ!!」
「ごめんごめん。でさ、話あんだけど」
「あん!?なんだよ!?」
舌を出して、べーっとしながら、どんぐりが残っていないかを確認するメルト。
そんなメルトの肩にリンクは乗る。
「見たこと無い船がうろついてたんだけど、お前なんか知ってる?」
「ああ?船なんてダルくらいしか乗らねえんじゃねえのか?」
「俺もそう思ったんだけどさ。二人乗ってて。一応報せておこうと思ったんだよ」
胡坐をかいて、肘を膝につけて頬杖をつきながら、メルトは唇を尖らせる。
肩に乗っているリンクは、足をぶーらぶーらさせた状態で、木の実を食べている。
「暇だし、調べてみるか」
「珍しいわね。勝手に行って頂戴」
「馬鹿か。お前も行くんだよ」
「ちょっと。女の子に危ないことさせる気なの!?正気!?」
「正気も正気。てかお前は女の子と呼ぶにはちょっと・・・。それに小さいんだから、見つかりにくいだろ」
「それらしいことを最後に付け加えればいいってもんじゃないのよ、クソメルト」
「じゃ俺が案内してやるよ」
話が進みそうにないため、ダルが率先して立ちあがった。
すると、メルトもリンクも、手を振って見送ろうとしたので、ダルは二人を引きずって、その船がある近くまで連れて行く。
岩場の影に隠れると、ダルが指をさす。
「ほら、あれ」
顔をのぞかせると、そこには確かに見覚えのない船が一隻あった。
だが、人の気配がなく、一番気付かれ難いであろう、リンクに行かせることにした。
最初は嫌だ嫌だと言っていたリンクだったが、メルトに身体を鷲掴みされ、海に叩きつけるぞと脅されれば、投げやりにOKするしかなかった。
上空から近づき、船の縁に着地する。
「まったく。人使い荒いんだから」
こそっと船内を覗いてみるが、人がいる様子はない。
リンクはそのままメルト達のもとに帰ろうとしたが、その時、島から二人がこちらに向かってくるのが見えた。
それを見て、リンクはすぐに飛んでいく。
「メルト!いたわよ!・・・何してるの」
急いで戻ったというのに、メルトとダルは、トランプで遊んでいた。
しかも純粋なゲームではなく、賭けごとをしているようだ。
「ちょっと黙ってろ。今俺ピンチなんだから」
「船に人いたわよ。行かないの?」
「もう諦めろ。俺の勝ちだ」
「・・・・・・」
トランプを睨みつけ、ううーと唸っているメルトは、余裕そうにしているダルをちらっと見ると、トランプをバラっと撒き散らした。
「ダル!そんなことより、俺達にはもっと大事なことがあるだろ!早速例の二人のところに行くぞ!」
確実に負けることを知ると、メルトは誤魔化しながらも、颯爽と船に向かって行くのだった。
飛び散ったトランプを片づけてから、ダルは突き出ている岩場を足場に、ぴょんぴょんと船まで近づく。
「ここには住人がいないのかしら?」
「廃れるにもほどがあるぞ。なんだ、このどよーんとした夢の世界は・・・」
「文句言うならさっさと帰れよ」
二人は、メルトの声に気付くと、バッとそっちを見る。
腕組をしながら、空中に浮いている男の姿に、二人は感激したように目を輝かせている。
「あれだ!あれが有名な奴だ!」
「良く見ると、妖精もいるわ!さすが夢の国ね!」
「・・・・・・なんだお前等。うるせえな」
すとん、と船内に着地すると、ダルも丁度船に着いたところだった。
適当に自己紹介をすると、二人はメルトを指さしてこう言った。
「このネバーランド、俺達が買収する」
「・・・ダメだよ」
「契約書も持ってきたし、それなりにお金も持ってきたわ」
「そういうのはいらねえから。所有者の俺がダメって言ったらダメなの。分かる?」
この島には、メルトたち以外にも、何人か住人がいるようだ。
だが、その住人というのが厄介な人間ばかりで、きっと手には負えないという。
「手に負えないって、ここには子供しかいないんだろ?」
「お前ら、馬鹿?俺達が心の綺麗な子供にでも見えるの?」
「いいえ。薄汚れた大人に見えるわ」
「それもちょっと違うんだけど、まあいいや。そんなに島が欲しいなら、島の奴らを説得しな」
それを聞くと、二人は早速住人探しに行ってしまった。
そんな二人を眺めながら、ダルが口を開く。
「いいのか?あんなこと言って」
「いーのいーの。そもそも、俺がいなくちゃこの島存在出来ないし」
「しらねーぞ、俺は」
「そんなこと言って、何かあると助けてくれるのがダルだよな!」
「だよな!じゃないだろ」
「ねえ、監視しなくていいの?」
ダルの肩をぽん、と叩きながら、偉そうに喋っているメルトに、リンクが尋ねる。
うーん、と考えていたメルトの後頭部を、ダルが軽く叩く。
「お前暇なんだから、監視くらいしろよ」
「いてっ」
「島の地図は?」
「これだ」
手に持っていたこの島の地図を広げると、現在地を確認する。
「どこから行く?」
「そうね・・・。ここなんてどうかしら」
コルクが手始めに選んだのは、少女が楽しそうに暮らしている島だった。
観察することもなく、コルクとバリーは少女に接触を試みた。
「こんにちは。私はコルク。こっちはバリーって言います。何してるんですか?」
制服姿の少女がこちらを見た途端、二人は何やら違和感を覚えた。
どう見ても、制服を着る年齢には見えなかったのだ。
互いに顔を見合わせたあと、愛想笑いをしながら、声をかける。
「真山朋。それよりも、あなたたち、なんだかマンガに出てきそうな感じね!双子!?」
「い、いいえ。赤の他人よ」
「なんだ。そう」
「それより、ここはどんな島なの?」
バリーが、親しみを込めて聞いてみると、真山朋は目を輝かせ始めた。
「これは、私が今までにコレクションした、大好きなキャラクターなの!」
綺麗に整えられた髪に、どちらかというと綺麗な顔の真山朋は、自分のコスプレを披露しながら、キャラクターの案内を始めた。
キャラクターと言っても、実際に存在しているのだ。
これは、真山朋にとっての夢の島らしい。
一人一人のキャラクターの説明をし始めると、真山朋の口はなかなか塞がらない。
「えっと、あの、俺達、ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「この前出てきた新キャラも、なかなかのイケメンでね、とはいっても、私は決して顔だけで判断しているわけじゃないんだけど、やっぱり顔って重要だと思うの。だって、第一印象っていったって、最初はみんな顔しか分からないんだから、結局顔で決めてるようなもんでしょ?でね、そのキャラはすごく強くて、身体もマッチョなんだけど、本当は心に傷を負っていて、私としては守ってあげたいランキングで上位に入っちゃったわけ。となると」
「ねえ、話聞いてないわよ」
「ああ、どうしよう」
真山朋の作り出した世界は、二次元のものを三次元に持ってくると言う、なんとも言えないものだった。
恋愛ものもファンタジーも、SFもアクションも、全てのキャラクターがここに集結している。
「あ、彼氏がきたー!」
「か、彼氏?」
真山朋が彼氏だと言って、急に走りだした
その先には、二次元と思われる顔立ちの男がいて、真山朋が近づくと、にこっと微笑んだ。
思いっきり抱きつくと、真山朋は幸せそうに頬を赤らめていたが、その後も何人か、彼氏と呼ばれる男がやってきた。
「ねえ祐二、今度二人で映画観に行きたいなー」
「あ、マルコ!私、あなたのために、ケーキ作ってきたの!食べてね!」
「もー、グールったらエッチなんだから」
傍から見ると、正直おかしな女なのだが、本人はとても楽しそうだ。
コルクとバリーはしばらく呆然とその様子を眺めていた。
すると、次第に空が暗くなってきた。
「何?」
急に、銃声が聞こえてきた。
まるで戦場に変わったかのように、空気も真山朋の雰囲気も変化した。
とりあえず二人は物陰に隠れ、様子を窺う。
「敵を見つけたら、抹殺しろ」
「了解」
そんな会話が聞こえてきて、コルクとバリーはごくりと唾を飲み込む。
真山朋が好きそうな世界とは違うように感じるが、真山朋は制服姿のまま、ある男の前に立つ。
「フィン・・・。絶対、生きて帰ってきてね。私、待ってるから!」
「朋、必ず、生きて帰ってくる。だから、お前も無事でいてくれ」
「うん!」
なんとも甘い空気が流れているなか、急に真山朋の身体が倒れた。
良く見てみると、身体からは血が出ていて、撃たれたことが分かる。
「私のことはいいから!行って!」
男はドラマのような戸惑いを見せたあと、戦場へと駆けて行った。
真山朋は、腕に銃弾を受けたようで、腕を抱えながら避難をした。
雨がぽつぽつ降ってきたかと思うと、次第に土砂降りになってきた。
「これもあの女の世界なわけ?」
「そうだろうな」
意味不明な世界が終わると、今度は学園もののラブロマンスな世界に変わる。
だが、真山朋の腕には先程の怪我の痕が残っている。
「ちょっと!私のパン取らないでよ!」
「お前が遅いからだろ」
「あんたってなんでいつもそう意地悪なのよ!英治!」
どうやら、ランチのシーンのようだ。
真山朋が買ったやきそばパンを、男子生徒がひょいっと奪ったようだ。
一昔前のマンガを見ている感覚で、きっとその男が真山朋の好きなキャラクターなのだろう。
「もー、なんでいっつも英治ったら!」
「ふふ、きっと朋のこと好きなのよ!」
「ちょ、ちょっと止めてよ!そんなわけ、ないじゃない・・・」
「そうかなー?お似合いだと思うよー?」
同じクラスの女子に愚痴を言いながらも、お似合いだと言われて嬉しそうにしている。
頬を赤らめながら、あいつなんか嫌い、とか言っていると、丁度その男が見知らぬ女子と裏庭の方に歩いていくのが見えた。
二人は後を着いていってみると、英治が告白されているところだった。
「私、雛菊くんのこと、好きなの。もし良かったら、私と付き合ってくれないかな?」
どうやら、英治の名字は雛菊というらしい。
英治も、突然の告白に戸惑っているようで、顔を赤くして、困ったように後頭部をかいている。
「えっと、あの、俺」
そんなとき、真山朋はその光景を見ていられず、逃げ出してしまった。
「朋!?」
一緒にランチを食べていた女子が叫ぶと、英治と英治に告白していた女子がこちらに気付く。
真山朋は肩を上下に動かしながら、体育館裏へと走って行く。
「はあっはあっ・・・!」
ついさっきの英治が告白されているところを思い出しているのか、苦しそうな、寂しそうな表情をしている。
泣きそうになった朋に、後ろから温もりがおとずれた。
「?」
「泣くなよ」
「ちょ、なんであんたがこんなところにいるのよ」
「真山が泣いてたから」
「泣いてないわよ!なんで私が泣かなくちゃいけないのよ!」
真山朋が身をよじり、英治の抱擁から逃げようとするが、力では敵わない。
耳元に口を近づけながら、英治が言う。
「俺、自惚れちゃダメ?」
「な、何言ってるのよ・・・」
「俺が告白されてるの見て、泣いてくれたんだろ?」
「そ、そんなわけないじゃない!あんたなんか・・・!」
そこまで言ったところで、英治は腕の力を緩め、今度は正面から真山朋を抱きしめた。
「俺、好きだよ。真山のこと」
「ちょ・・・」
「俺と、付き合えよ」
「なんで命令形なのよ!」
「否定しないだろ?」
「うっ・・・」
二人の間に、甘い甘い甘ったるい空気が流れたところで、キスをした。
「何よ、あの茶番」
「まあまあ」
それを見ていたコルクとバリーは、顔を引き攣らせていた。
そもそも、こんなものを見る為にここに来たわけじゃないのだ。
「で、相談なんだけど」
落ち着いた真山朋のところに行き、話を切り出してみる。
島を自分たちが所有したいのだと言うと、真山朋は慌てた様子で拒否した。
「どうして?」
「ダメよダメよ!絶対にダメ!」
「だから、なんで?」
メルトだろうが自分たちだろうが、真山朋の世界には影響がないだろうと思っていた二人。
だが、真山朋は顔を真っ青にして、両手で顔を包むようにして首を横に振り続ける。
「あなたたち、知らないのね」
「何を?」
「この島は・・・」
真山朋から聞いた、衝撃の真実。
「あの男がいないと、帰り道が消えてしまうの・・・!」
真山朋の話によると、この島もこの世界も、メルトによって作りだされているという。
現実世界に帰りたくない者たちが、この島で暮らしているのだ。
現実世界に帰るには、メルトの力が必要なのだろという。
さらには、メルトがいなくなってしまうと、自動的にこの世界はリセットされてしまうのだとか。
メルトと真山朋の間、というよりも、島の住人たちの間にはそれぞれ契約が行われているという。
「私は、アニメとかマンガとかゲームの世界が好きだから、その世界に入れるように頼んだの。もしもリセットされたら、初期設定からキャラクター設定もしなくちゃいけないし、私はここで作られたわけじゃないから、最悪、存在が消えるかもしれない・・・!!」
頭を抱えてしまった真山朋に、コルクとバリーは何も言えなくなってしまった。
真山朋の島から出ると、そこにはメルトが岩場で寝そべっていた。
「契約のことなんて、聞いてないわよ」
「ちゃんと説明しろ」
二人はメルトに詰め寄るが、メルトは目を少しだけ開けると、大欠伸をする。
身体を横向きにし、腕で頭を支える体勢になると、後ろからリンクも現れた。
「真山朋は、二次元の世界で生きることを望んだ。だが、それは平凡な日常を過ごしていた現実とは違い、常に死と隣り合わせであることを、当時の奴は分かっていなかった」
それが幸せなのだと、言い切っていた。
だが、平和なラブロマンスな世界だけでなく、生と死が行き交う世界を実際に体験した途端、恐怖や不安が押し寄せてきたようだ。
それを知ったときには、もう契約を交わしてしまった後だった。
世界は交互に訪れるが、いつどの世界に切り替わるか、それは真山朋の意思とは関係ないため、心の準備も出来ない。
「ヒロインでもヒーローでも、なりたいならなればいい。もし死んだとしたら、ゲームオーバー。でもそれは本人が望んだ世界だろ?死んで英雄になれるなら、願ったり叶ったりじゃねぇか」
メルトが話をしている最中にも、後ろにある真山朋の島からは、銃声が鳴り響いた。
「・・・・・・。生きて帰ろうと思ってるなら、まずはあの世界を生き残ることだ。そして、現実の世界で生きたいと望むことだ」
ゆっくりと身体を起こすと、メルトは二人を見てニヤリと笑う。
「ここは夢の国じゃないの?」
「夢の国さ。ただし、子供の頃の純粋な心で産み出した世界じゃない。欲に塗れた、大人になりきれない大人たちの、夢の国さ」
そう言うメルトの顔が、黒く歪んだように見えた。
コルクとバリーは、それでも諦めてはいないようで、次の島へと向かっていった。
二人の背中を横目で見ながら、メルトは口角を上げて笑った。
「あーあ。あの二人も、もう戻れないわね」
「ま、いーんじゃねえ?決めたのはあいつらだ。俺はここの所有者であって管理者。んでもって、傍観者だ」
「無責任ってことね」
「昔昔の、ここがまだ綺麗な夢の国だったころなら、こんなことにはなってなかったんだろうけどな」
メルトとリンクはしばらく黙った。
「あ、お茶会の時間だ」
「参加者がいないのを、お茶会とは言わないのよ」
ふわっと身体を浮かせると、メルトとリンクは森の奥へと消えた。
次の島を探していたコルクとバリー。
「次はここにするわ」
「大丈夫か?さっきのですごく不安になってきた」
「だからって、ここまで来て引き返すわけにはいかないわ」
「そりゃそうだけど」
次の島は、先程の島とはまた雰囲気が違っていた。
島の中央には広い湖のような場所があり、陸にも、何やら紙みたいなものが沢山あった。
「今度こそ、上手くやるぜ」
「上手くいくといいけど」
湖のほとりに二人が到着すると、湖の中で何かが蠢いた。
なんだなんだと思って見ていると、ざばっと水面から人が顔を出した。
漂っているその女性は、紫の長い綺麗な髪を濡らして、妖艶に微笑んでいた。
少しずつ陸に近づいてくると、女性の下半身がちらっと見えた。
魚のような鱗をもった、大きなヒレ。
「人魚!?」
そして、陸にある紙だと思っていたものは、全てお金だった。
「どういうことだ?」
しばらく様子を見ていた二人の前に、一人の男が現れた。
黄土色の無造作な髪型で、男は人魚の方に近寄る。
「ドール、今日はゆっくり海底で過ごしたいわ」
男に微笑みかけながら、人魚は言う。
男はドールというようで、人魚の誘いには乗らず、金で手に入れた大きめの水槽に人魚を移動させると、観賞しながら札束にキスをした。
夜になって人魚を湖に帰すと、コルクとバリーはドールに接触した。
名前を言って、事情を説明すると、ドールは黙ってしまった。
「買収って、この島を?」
「そう。あの男、メルトと何か契約をしてるかもしれないけど、出来るだけ俺たちが助けるから、考えてくれないかな」
「・・・無理だろうな」
「どうして?」
バリーの質問に対し、ドールは前髪をかきわけると、鼻で笑った。
「まあ、ゆっくりしていくといい。ただし、人魚には手を出すなよ?あと金にもな」
真山朋の島とは違い、ここは幾分か安定して平和な気がする。
暗くなってきてしまい、ドールも寝てしまったため、コルクとバリーはひとまず野宿をすることにした。
「まだ帰ってないみたいね」
そんな二人を、物陰からこっそり見ている人影があった。
「放っておけよ。そのうち大人しく帰るって」
「そんなこと言って、メルトだって気になるから見張ってるんでしょ?」
「俺がいつ見張ってたよ」
「さっきも今もよ」
メルトとリンクは、クッキーを食べながらのんびりとしていた。
「俺は見張ってるつもりはないって」
「じゃあなんなのよ。追い返すつもりなら、さっさと追い返した方がいいと思うけど」
「別に追い返そうなんて思っちゃいねえよ。ここに長居したいなんて物好き、そうそういねぇからよ」
クッキーのカスがついた指を、舌でぺろっと舐めとる。
口の中がぱさついたのか、メルトは近くにある葉っぱから垂れる水滴を口に含む。
「この島はもう、誰もが憧れた場所じゃねぇんだ」
翌日、ドールは起きてすぐにお金を持って、島には似つかわしくない、ネットを利用してまた何か買っていた。
空からコンドルが飛んでくると、小包をドールに渡す。
「きたきた」
注文したものは、水中を泳ぐためのダイビング一式だった。
説明書をさらっと読むと、ドールはしばらく飾っていた。
飾っていては意味がないのだが、とにかく少し飾っていた。
「今日こそ」
そう、ドールは泳げなかったのだ。
全く泳げないわけではないのだが、はっきり言うと不得意で、学生の頃の水泳の授業も、まとも受けて来なかった。
もし溺れた場合、泳げても意味がないし、泳ぐことなんて一生ないと思っていたのだ。
だが、泳ぐ理由が出来てしまった。
メルトに出会ったとき、なんでも夢を叶えてやろうと言われた。
そこで、ドールは大好きな人魚と生活がしたいと言ったのだ。
あと、少々の金も欲しいと言って。
最初は、沢山の人魚を目にして、興奮してしまった。
その中でも一人、際立って美人でスタイルも良い人魚がいた。
ドールはすぐに口説き始めたが、人魚はいつもこう言った。
「海底でゆっくり過ごしたいわ」
海ではないのだが、どうやら湖は海と繋がっているようで、深くまで潜ると、海に行けるようなのだ。
だが、今日までその誘いも断ってきた。
なぜなら、泳げないから。
溺れることが目に見えていて、そんな誘いに乗るほど、ドールも馬鹿ではなかった。
それでも、人魚と一緒にいたいという気持ちはあって、大きな水槽を買う事にした。
まるで水族館がそこにあるかのように、大きな水槽の中では、人魚も自由自在に泳ぐことが出来た。
だがそれでもやはり物足りないようで、いつもドールを誘ってきた。
「ねえ、今日は海底で過ごしたいわ」
毎日毎日断ってきて、さすがにドールはそろそろ我慢が出来なくなってしまった。
泳ぐ訓練なんて面倒なことはしない。
酸素ボンベも用意して、人魚に優しく連れていってもらえれば大丈夫。
そう思っていたのだ。
「ねえ、ドール。それはなに?」
「これ?これは、泳ぐための道具さ」
「じゃあ、今日こそは一緒に海底に行ってくれるのね?」
「ああ、もちろんさ」
そう言って、ドールはダイビングスーツに着替え、酸素ボンベを背負い、準備を整えた。
「ねえ、ドール?」
「なんだい?」
「そんな恰好で行くの?」
「そうだよ?」
「どうして?」
人魚は、不思議そうに首を傾げていた。
それはそうだろう。
人魚は生まれながらに海中を自由に泳ぐことが出来て、呼吸だって出来るのだ。
肺呼吸なのかエラ呼吸なのか、どっちかということはひとまず置いておき、とにかく生まれながらに、ということが重要だ。
それはドールからしてみても同じことで、人魚にはどうして足がないのか、陸を歩けないのか、と言っているようなものだ。
そんな小首を傾げた仕草さえ、なんとも可愛いと思ってしまうのだから、この感情は厄介だ。
「それはね、俺達人間は、水の中では呼吸が出来ないからだよ」
「?どうして?」
「えっと、酸素がないから?」
「酸素?イルカたちや鯨たちと一緒ね。あの子たちも、時々呼吸をしに、わざわざ海面に行くの」
「そうそう。あいつらも哺乳類だからね。それを同じ。けど俺達にはヒレさえないだろ?」
「そうね。とても泳ぎ難そう」
装着完了したドールが湖に入ろうとするが、なかなか一歩が踏み出せない。
こんな格好をしても、溺れるときには溺れてしまうのだ。
そんな恐怖を感じながらも、恐る恐る水に足をつけて行く。
「さ、もっとこっちに来て」
人魚に誘われるように、ドールはどんどん身体を浸していく。
だが、途中で恐怖が襲って来て、足を止めてしまう。
それを見て、人魚は心配そうにしている。
「ドール、大丈夫?怖い?」
「そ、そんなこと、ないよ」
「・・・・・・怖くないわ。私を見て」
優しい声が聞こえてくると、ドールは縋る様に人魚を見る。
今までされたことのないくらい、温かな眼差しに、艶やかな唇に肩。
濡れて身体に纏わりついている髪でさえも、艶やかさを演出している。
「そんな重いもの外して、私に身を委ねて?」
そっと、細くて白い腕が伸ばされる。
「大丈夫よ。私を信じて。これからはずっと一緒よ」
甘い囁きに、ドールは苦労して着たスーツ類を全て脱ぎ払った。
一歩近づくと、一歩遠くなってしまう。
また一歩近づくと、さらに一歩遠くなり、距離が縮まらない。
そんなやりとりが煩わしくなり、ドールは一気に人魚の腕を引っ張ろうとした。
通常なら、男の力に女が敵うはずがない。
だが、思った以上に人魚の力が強くて、ドールは一気に湖に引きずり込まれた。
「ぷはっ・・・!」
足が届かないことによる恐怖と、息が出来なくなる恐怖との相乗効果は、絶大だった。
すると、水面から、鼻より上だけを出してドールを見つめてきた人魚。
ぷかぷかと、苦しそうにもがいているドールを見て、ニヤリと笑った。
「!!!」
次の瞬間、ドールは人魚に引き寄せられ、一気に百メートルまで急降下させられる。
「!!!」
口や鼻から、大量の酸素が吐き出され、ドールは苦しさのあまり、人魚から逃れようとした。
酸素を求め、必死に海面へと向かって行くが、なかなか辿りつかない。
やっとの思いで、少しだけ酸素を吸ったと思うと、またすぐに人魚に引っ張られてしまった。
今度はもっと深く、もっと奥まで。
そして、気付かなかったが、ドールの周りには、他にも数人の人魚がいた。
気を失いそうになりながらも、なんとか耐えていたが、海面と海底への往復による水圧の差で、ドールは死にかけていた。
「ねえ、ドール」
そんなとき聞こえてきた、いつも耳に響いている優しく甘い声。
「約束したでしょ?海底で過ごすって。ゆっくりしていってね?」
「!!!」
「あれ?あの男はどこにいった?」
その頃、寝坊したコルクとバリーは、ドールを探していた。
「あれ、何かしら」
コルクが見つけたのは、先程ドールが装着していたダイビングスーツだった。
脱ぎっぱなしで置いてあり、二人は互いに顔を見合わせた。
もしかしたら、どこかで昼寝でもしてるんじゃないか。
そんな希望を持って、あちこち探し回ってみたら、ドールは見つからなかった。
「そういえば、今日は人魚もいないな」
「あんまり水面に顔近づけない方がいいぞ」
「!?」
バリーが湖を覗こうとしたとき、背後から声が聞こえてきた。
二人揃って振り向くと、そこにはメルトではなく、ダルがいた。
「あの男はどこに行った?お前達が隠したのか?」
「何処に隠すんだよ。それより、お前等も船乗りなら、気をつけろよ」
「?何を?」
ダルの言っていることが理解出来ず、コルクとバリーは眉間にシワを寄せる。
ゆっくりと湖に近づくと、ダルは石ころを投げいれた。
「いつもは静かに見えるが、一度荒れるとそう簡単には収まらない」
長い髪を揺らして二人を見ると、ダルは真剣な顔つきになる。
「特に、人魚には注意しろ」
「に、人魚?」
「ああ。奴らは、最初人間を恐れるフリをする。だが人間に懐き始め、人間がこちらに油断を見せると、本性を露わす、海の魔物だ」
「海の、魔物・・・?」
太古の昔から、人魚は船乗りにとって不吉なものとされてきた。
人魚の歌声を聞けば、波にさらわれてしまう。
人魚の肉を食べれば不死身になれるなど、そんなデマが流れたときもあったが、喰われたのは人間の方が多いだろう。
海の中を変幻自在に自由自在に泳ぎ回るその姿は、海の支配者とも呼ばれていた。
人魚はなぜか、みな美しい姿であるとされる。
正確に言うと、見た者が望む異性の姿に見せるとも言われている。
だからこそ、人魚に心を奪われる人間が後を断たないのだ。
人魚の甘い囁きに乗ってしまえば、海の中では逃げることも叫ぶことも出来ない。
海中は、人魚たちにとっての舞台だ。
「じゃあ、もしかして、あのドールって男も・・・?」
「多分な」
「違う!この島の人魚は、もっと、なんていうか、そんな悪いことをするはずがない!」
「そうよ!」
ダルの話に納得がいかないのか、コルクとバリーは異議を唱えた。
ああだこうだ喚いていると、また二人の後ろから、声がした。
「言ったろ?ここは薄汚れた大人の世界だってな」
「メルト、何してたんだ」
「何って、いつも通り二度寝して、その後昼寝してた」
夢の国の住人とは思えないほど、活気のない男、メルト。
その肩に座ってシフォンケーキを食べている、最近ちょっと丸くなってきた妖精、リンク。
「あいつが溺れたのは欲だった。それだけの話だろ?」
「上手いこと言うわね」
「だろ?座布団一枚な」
「座布団なんてないから、葉っぱ一枚で良いならあげるわ」
「んなもん尻にひいたって、痛くなるだけじゃねぇか。もっとソフトなもんにしろ」
そんなメルトとリンクのやりとりは良いとして。
コルクとバリーは、交渉しようと思っていたドールがいなくなってしまったことで、この島を諦めるしかなくなった。
「次こそ、島を買収してみせる」
「覚悟しておきなさい」
「・・・・・・何あの捨て台詞」
二人が去っていったあと、メルトは湖の方をちらっと見た。
「あーあ。やっぱ、女に溺れると、碌なことはねえな。なあ、ダル?」
「俺に振るな」
ニイっと子供の様な笑みを浮かべると、メルトは水面に映る影を眺めた。
ゆらゆら揺れながら、その影はまた水中へと姿を消してしまった。
「さてと、まだまだ俺を楽しませてくれないとなー」
「悪趣味だな」
「お互いにな」
「それにしても、あの二人もなかなかしぶといわね。もうここが、昔のような国じゃないって分かった時点で、買収する価値もないって分からないのかしら」
「夢の国を金で買い取る、ね。それこそ、夢とは真逆の行為に思えるがね」
「でも、止めないんでしょ?」
「なんで止める必要がある?俺はおもしろけりゃなんでもいいんだよ。暇つぶしくらいにはならぁな」
「ほんと、悪趣味」
「最上級の褒め言葉だな」
そこは、夢の国。
夢が現実となったとき、非現実に逃げたくなる衝動さえ、甘い蜜のように。
大人しかいない、夢の国。
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