ダンジョン触手の朝は早い。

木枯吹雪

今日も一日うねうねと。

 触手の朝は早い。まずは昨晩仕掛けたトラップに冒険者が落ちていないか、点検して回るところからはじまる。


「君、同じ罠にかかるのこれで三回目だよね」

「はい……」

「冒険者はじめて何年目?」

「ちょうど一年です……」

 聞けば十フィートの棒すら持ってきていないという。仕方なく冒険者を触手に巻き付けて入口まで送り返す。

「もう来ないでね」

「また来ます」

 そんな不毛なやり取りから一日がはじまる。


 ダンジョンに戻り、壁面に付けられたマーカーをひとつずつ消してゆく。

 チョークや木炭で目印を付けるのはまだ分かるのだが、最近の若い冒険者はスプレー缶を使うこともある。なんと嘆かわしいことか。松明を片手にスプレーを吹きかけようものなら、どんな結末が訪れるか、大人は誰も教え……ああ、やはりこのあたりで爆発したか。これは掃除が大変だ。


 表のクリーニングが終わったら今度は壁面の内側へと入り込み、吊り天井の巻き上げ、隠し階段の再隠蔽など、チェックシートと照らし合わせながら機構をひとつずつリセットしてゆく。一晩で元に戻ると噂されるダンジョンも、毎日の地道な復旧作業の成果なのである。


 続いてダンジョンに居を構えるゴブリンたちの朝食の用意だ。いつもと代わり映えのしない謎肉。食堂の遠くから野菜がないぞと不満の声が上がる。ダンジョン内に自生する植物は、マスターにとっては全てが研究対象であり、無闇に食べてはならないというルールがあるのだから仕方がない。

 過去には大規模な抗議運動が起きたこともあるが、マスターによる「自ら鎮圧するも辞さず」の一喝で意気消沈したようだ。これが天性のカリスマというものか。

 諦めきれないゴブリンのうち何匹かはダンジョン近郊の森へと調達に向かうようだ。村人に見つからなければ良いが……。


 そうしている間にマスターの起床時間となる。いまのマスターは異世界から転生してきた者達の中でも珍しいタイプで、事故ではなく天寿に近い形で薨去したのだという。

 そのためか欲もなく、毎日ひたすらダンジョンに自生する植物の研究を続けている。先のルールもこのためだ。

 以前、せっかくダンジョンマスターになれたのだから、例えば帝位や神格化への憧れはないのですかと尋ねたことがあったが、「あの経験は一度でよい」と取り付く島もなかった。


 今日の朝食は地底湖に棲むマーマンの料理人に作らせたフグ刺し。もちろん毒抜きは完璧である。


「ヒロヒト様、ご要望の朝食がご用意できました」

「あ、そう」


 ダンジョンに自生する植物にしか興味を示さないこの風変わりなマスターの安全を守るべく、今日も今日とて触手は各所に罠を張り巡らせるのであった。


(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョン触手の朝は早い。 木枯吹雪 @fubuki_kogarashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ