5
思い出したのはなぜか、高峰さんのことだった。きみを愛している、と、確かに言ってくれたあの人。
俺はあのとき、彼の気持ちに応えられなかった。
その理由も、本当は分かっていた。
「……一緒に死ぬしかなくなるぞ。」
喉から絞り出した言葉は、死にかけの動物みたいにぴくぴくと痙攣していた。
「俺もお前を好きだって認めたら、一緒に死ぬしかなくなるぞ。」
だって、俺達は実の兄弟だから。疑いようもなく、血を分けた兄弟でしかないから。
そのへんの映画や漫画みたいに、都合よく血のつながりがないと判明したりなんかしない。
だから、この感情を認めたら、もう一緒に死ぬしかない。
離れたくないなら、恋情を殺したくないなら、二人で死ぬしかない。強迫観念みたいにそう思っていた。
それなのに速人は、あっさり首を傾げてみせた。
「なんで?」
「なんでって、そんなの……、」
言葉に詰まる俺に、速人はごく当たり前みたいな顔と声で言った。
「高校出たら、二人で暮らそう。それだけの話だろう?」
それだけの話。
俺は唖然として速人を見やった。
速人は笑って俺を見返した。
「思いつめ過ぎだよ、良人は。兄弟が一緒に暮らして何が悪い?」
何が悪い?
言い返そうとした俺は、言葉が見つからずやはり唖然としたまま固まっていた。
兄弟が一緒に暮らす。
許されるはずはないと思っていた。天も地も他人の耳目も、何もかもが許すはずないと。
それなのに、俺を抱きしめた弟は、平然と首を傾げている。
幾度も俺を犯した男だ。
何度でも憎み、恨んだ男だ。
それでも振り払えずに、恋をした男だ。
そこまで考えると、もうだめだった。
弟の考えはきっと甘い。甘すぎる。天も地も他人の耳目も、俺と弟を許すことはない。
それでも、俺の身体は恋した男の体温に負けた。
高校出たら一緒に暮らそうだなんて、頼りない約束にあっさり負けた。
気がついたら俺の腕は弟の背中に回り、俺の頬は弟の肩に埋められていた。
「馬鹿じゃないのか、お前。」
本気で口にした言葉も、ただ恋した男に戯れているようにしか聞こえなかった。
「馬鹿だよ、俺は。」
弟の腕が俺の背中を抱き返す。
俺はその幸せに酔った。
何もかもが上手く行かなかったとしても。天も地も人の耳目も俺たちを許さなかったとしても。結局二人死ぬしかなかったとしても。それでも俺は、この男について行くのだろうと、その絶望的な予感が甘美に胸に渦巻いていた。
最後のキス 美里 @minori070830
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